第3話 その指で触れて


カタカタカタと深夜のオフィスにパソコンのキーボードの音が軽やかに響く。



私と先輩しかいない深夜のオフィス。



今の部署に配属されてから1年。



ずっと先輩を見てきた。



厳しくて優しくて誰にでも親切で明るい先輩。



同棲している彼女がいるって知ってても、先輩が好きな気持ちが止まらない。



「袴田、お前いつまでいるつもり?」



キーボードを打つ手を止めずに話しかけられてドキッとした。



その指で私に触れて欲しいと思わず先輩の指を凝視してしまう。



「あともう少しで切りがつくんです」



うそ。



本当は先輩が帰るまでいたいの。



「そんなに俺に送ってもらいたいの?」



先輩は時々、私の気持ちを知っているかのように振る舞うから困ってしまう。



「違います」



「俺、知ってんだけど?」



キーボードを叩く指を止めて私を見た先輩の顔はニヤリと笑んでいた。


ドキッと胸が痛くなる。



まさか、気づかれていた?



「お前、俺の手に恋してんだろ?」



「違います!指です!キーボードを打つ指が好きなんです」



「ぶはっ」



先輩が吹き出す。



赤くなる頬を隠すように手で押さえて、先輩から顔を反らして目をギュッとつむる。



「袴田って見てて飽きないよね」



そう言って先輩は私の手に触れた。



先輩の指が私に触れた瞬間、熱が身体中から集まってくるのが分かる。




ゆっくりと顔から私の手をどかすと、私の頬を両手で包み込む。



それから、先輩は私の唇に、その細く長い人差し指をゆっくりと這わせた。



「なあ、知ってる?同棲してる彼女がいるって嘘だってこと。」



「えっ?」



驚いて顔を上げた瞬間、



満面の笑みを浮かべている先輩と目があった。






〈了〉

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短編小説集(恋愛編) 葉柚 @hayu_uduki

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