第七話 神の世界

「いただきまーす!」


 私は大好物を口の中にかき込む。口の中にひろ上がるスパイスの香り。まろやかな旨味。はあ、最高。ほっぺが落ちる。なんでも、お母さんはカレーを作るときはスパイスから作る人らしい。


「今日もさいっっっっこうにおいしいよ、お母さん!」

「そう言ってもらえて嬉しいわ」


 お母さんはにっこり微笑み自分のカレーを口に入れ、しっかりと噛んで味を確かめ、大きく頷いた。満足のいく出来だったのかな?


「テラちゃんはどう? おいしい?」

「おいしい……」


 アマテラスはおそらく拾われた子という設定の下で演技をしているのか、あまり感情を表に出さないようにしている。本当はどう思っているんだろう?


 あれ? そう言えばアマテラスには私の心の声が聞こえるのになんで私にはアマテラスの声が聞こえないんだろう? ……まあ、考えてもわからないし後で聞こうっと。


「ただいまー」

「あ、お父さんだ」


 お父さんが帰ってきた。今日はいつもより少し早い帰宅だ。いつもなら19時半ごろ帰ってくるのに、まだ18時過ぎだ。


「おかえりなさい、修三しゅうぞうさん。今日はずいぶん早かったわね」

「ただいま、幸子さちこ。夕方からの会議が急遽なくなってな。今日はカレーか」


 お母さんはお父さんからカバンと上着を預かり片付ける。お父さんはネクタイを緩め、いつも通りお母さんの隣の席に座った。そこで初めてアマテラスの事に気づく。


「うおっ! ど、どうしたんだこの子」

「幸絵が連れてきたの。何でも記憶喪失なんですって」

「警察には届けたのか?」

「なんでも、テラちゃんが嫌がるらしいのよ。あ、テラちゃんっていうのはその子の名前ね。天野照ちゃんっていうらしいわよ」


 お父さんは流石に簡単にはいかなそう。お母さんからの説明を聞いても全然納得してなさそう。さて、どうしたことやら。


「……まあ、幸子が家にいてもいいというなら俺は構わないが」


 おろ? 意外とすんなりいったな。お母さんがアマテラスを家に置くって言っただけでお父さん的にはOKなの? どんだけお母さんのこと好きなんだよ。


 お母さんはお父さんの分のカレーを持ってきて、自分の席に着いた。その後、アマテラスの事が話題に上がることなく、いつも通りの夕飯の時間が過ぎていった。




 ♢    ♢    ♢




「何だか拍子抜けだな~。あんなにすんなり受け入れてくれると思わなかったよ」


 私とアマテラスは部屋に戻ってきた。ベッドに寝っ転がり天井を見上げ、呟く。アマテラスも同じことを思っているようだ。


「あ、そうそう。私にはアマテラスの声聞こえないの?」

「夕食の時に言っていた話でしょ? 聞こえるはずなんだけどな。きっと心の弁が邪魔してるのかも」


心の弁? なんだそれは。


「心の声ってね、感覚的に言うと第六感みたいな類なんだ。人間は五感の情報を脳で処理しているでしょ? そこにもう一つの感覚が加わると負担が増える訳。だから、普段は心に入ってくる情報をシャットアウトしているんだ」

「あーそういうことなんだ。で、その心の弁っていうのはどうやって開ければいいの?」

「耳を塞いで目を閉じて。そしてボクの声を聞こうとして」


 ん? どういうことだ? 耳を塞ぐのにアマテラスの声を聞こうとするの? 言ってること矛盾してない? 


「とりあえずやってみてよ」


 アマテラスに促され、私はきちんと理解できていないまま、アマテラスの言う通り耳を両手で強く塞いで目をぎゅっと瞑った。音のない世界でアマテラスの声を探す。


 ……………………


 何も聞こえないじゃんか。心の弁ってそんなにしっかり閉じてるものなの? あーもう! なんかイライラしてきた! 心の弁早く開けーーーー!!!


(幸絵!!)

「うわああ!!」


 全く音が聞こえなかったところでアマテラスの声が急に入ってきた。私はびっくりして思わず目を開けてしまう。


「びっくりしたじゃんか!」

(ふふふっ。ごめんごめん。でも、もう心の弁は開いてるはずだよ)

「え?」


 あ、本当だ。アマテラス今喋ってなかったのに声聞こえた。おおおおおお! すごいすごい! これが心の声かー! なんか変な感じする!


「よし。それじゃあ、本題に入ろうか」

「本題?」

「ボクたち神の世界の事だよ! ご飯食べ終わったら話す約束だったでしょ?」


 そうだった。忘れてたよ。でも忘れてるって言ったら絶対怒るだろうなー。


(それも全部聞こえてるの)


 あ、そっか。


「まあ、とりあえず話してよ」


 アマテラスは私があまりに暢気だからか、大きなため息をついて肩を落とした。それでも私がアマテラスの方に向き直して話を聞く姿勢を取ったので、咳払いをしてから話し始めた。


「公園で話したことの続きからだね」


 そうそう。確か、神の世界にいる良くない人たちが団結して神の世界を滅ぼそうとしてるんだよね。神様たちの抵抗してるみたいだけど、結構ピンチらしい。


「ボクたち神は世界の端まで追い詰められた。でも、それは敵が強かったからじゃない」

「え?」

「僕らは敵を油断させるためにわざと追い詰められたんだ」

「なんでそんなことしたの?」


 普通にやっつければいいじゃない。神様なんでしょ? それともそれが出来ない理由でもあるのかな?


「少し時間がかかるけれど、ボクらにはヤツらを倒せる算段があったんだよ」

「……何となく話が見えてきたかも」

「うん。幸絵の考えている通り、その算段っていうのは……」

「魔法少女だ!」

「……神託の戦士ね」


 そうとも言う。


「でも、どうして? 神様同士で戦って決着つけられないの? 別に人間の力借りなくても、神様なんでしょ?」


 私がアマテラスの話を聞いていて、ずっと疑問に思っていたのはこれだ。公園で話を聞いたときから、何故神様は人間に力を借りようとしているのかがわからない。


 神様にとって人間なんてちんけな存在のはず。そうじゃなかったら人間は神社や神的な偶像を作って信仰なんかしない。人間自身が一番、自分たちが弱いことを分かっているからだ。それは信仰されている神側もわかってると思う。


「それは……神の力が、弱っているからなんだ」

「え?」

「多分、幸絵は神様を信じるタイプなんだろうね。でも、そういう人間は今の世の中にはそんなに多くないんだよ」


 ……少し思い当たる節がある。確かに、私たちが習う歴史を見ていると、昔の人に比べて現代人は『神』に対する考え方が変わっているのかもしれない。


 私もアマテラスの事を知ってはいたが、名前やどこの神話の神なのかはゲームのキャラとかになっているから知っていただけだ。人から聞いたとか、神話に出てくる神を信仰していたからとかではない。


「それに加えて、やっぱり大きいのは宗教かな。神話の神よりも宗教を信仰する人が多くなったことも原因かもしれない」


 なるほど。宗教はよくわからん。


「でも、宗教の神様も同じ世界に住んでいるんでしょ?」

「うん。でもキリストさんたちは急に出てきた人間に近い神だから、なんだかきちんと分かり合えなくてね。良くないと思ってる神も多いんだ」


 神の世界でもそういうのってあるんだ。価値観の違いみたいな? どこでもそういうのは同じなのかな。


「前にも言ったけど、ボクたちはかつての信仰の力を取り戻すためにこの人間界にやってきた。幸絵も神託の戦士になったけど、まだまだ信仰の力は足りない。神託の戦士は神の分身でもあるんだ。本来はもっと大きな力を持ってる」


 私はまだまだ魔法少女見習いって感じなのかな? ……ん?


「アマテラス、今、『ボクたち』って言った? 他にも人間界に来ている神様がいるの?」

「うん。ギリシャ神話のポセイドン、北欧神話のトール、ローマ神話のヴィーナス、エジプト神話のセクメト、メソポタミア神話のエンリル、日本神話のカグツチ、そしてボクだ」


 そんなに来てるのか。1、2、3……7人もの神様が人間界に来てるってことになる。神様の数え方は『人』であってるの?


「日本だと単位は『はしら』かな? まあ、あんまり気にしなくていいよ」


 柱って数えるんだ。初めて知った。そんなことより、


「神様が他にも来てるってことは、魔法少女も他にもいるってこと!?」


 神託が出来る神が1柱ではないなら、私の他にも魔法少女がいることになる。そうならば私はものすごく嬉しい。


「うん。信仰できる神は1人に着き1柱だけ。カグツチたちがどこにいるのかは分からないけど、理論的に言えばあと6人神託の戦士が誕生していることになるね」


 よっっっっっっしゃああああああああああああああ!!!! やっぱり魔法少女といえば仲間との絆だよね。一緒に戦っていく中で、互いに協力して、時には喧嘩もして、信頼を得て、絆を深めていく。魔法少女物の醍醐味の1つ!


「明日から他の神様探そう!」

「え、え?」

「だって一緒に戦えた方が良いでしょ? 1人より2人、2人より3人!」

「う、うん。そうだね……」


 私が食い気味に鼻息をまき散らしながらアマテラスに顔を寄せたせいで、ちょっと引かれている。


 でも、そんなことは気にしない!! さあ、明日から本格的に私の魔法少女としての活動が始まるんだ! よーし!


「アニメ見よっと!!」

「今から!? はあああ」


 私はBlu-rayデッキの電源を入れて劇場版のアニメの円盤を取り出す。アマテラスが大きなため息と一緒に肩を落としたのは見えなかったことにしよっと。

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