第六話 波倉家へようこそ

 家に入るのが非常に面倒くさい。日が落ち始めて、辺りは夕焼け色に染まっている。今日は始業式だけで帰宅できたはずなので、きっとお母さんは帰りが遅いと心配しているに違いない。


「幸絵? 早く入ろうよ!」


 そんなに気楽に入れる感じじゃないでしょ。もっと早く帰ってくるはずの娘が3歳時くらいの子供を一人連れて帰ってくるみたい感じよ? お母さんなんて言う分からないでしょ。


「……ごめん。ボクのせいだよね」

「え!? あ、そっか。違うの。違うよ、アマテラス」

 

 私の心の中アマテラスに丸見えだったんだ。ぐぬぬぬぬ。


「私も、絶対に叶わないと思ってた夢を叶えさせてもらったんだから、お互い様よ」

「そうだよね。それじゃあ、早く入ろう!」

「それはちょっと待ってーー!!」


 私は慌てて颯爽と中に入ろうとするアマテラスの腕をつかんで止めた。


 こいつ、きっと私がこう言うって分かってやがったな。気持ちの切り替えが早すぎるだろ! 


「でも、いつかは入らないといけないよ? それに、ボクについての説明はさっき一緒に確認したじゃないか」

「それはそうだけど……」


 そう。さっき、公園でアマテラスをお母さんに何て説明するかは2人で考えたのだ。


 アマテラスは私の家では『天野照あまのてらす』という名前を名乗るらしい。私がこの家に連れてきた経緯は私の通学路にある神社に1人でうずくまっていて、名前以外の記憶がないからだ。


 警察に連れて行かなかったのはアマテラスがそうすることを頑なに拒んだから。この場に放っておくのも可哀そうだし、私は家に連れて帰るしか選択肢がなかった。


 これが2人で考えたシナリオだ。お母さんもこれなら納得してくれるはず。


「……よし。入るよ」

 

 私は大きく息を吐いてから、玄関のドアを開けた。キッチンからいい匂いがするので、多分お母さんは夕ご飯を作っているのだろう。


「ただいまー」

「おかえり、幸絵。遅かった……あら?」


 キッチンから出てきたお母さんは、私が知らない子供を連れていることに気づいた。お母さんの動きが止まり、目線はアマテラスから動かない。私はゴクリと唾を飲んだ。


「……どうしたのこの可愛い子!?」


 ……え? いや、……ええええ!?


 お母さんはアマテラスを思いっきり抱きしめて、頭をすごい勢いでなでなでしている。


「え、え、お、お母さん、その子のこと気にならないの?」

「気になるわよ。幸絵、こんなにかわいい子どこで拾ってきたの!?」


 いや、犬じゃあるまいし。お母さんが今腕の中に抱いているその子、神様なんですよ。


「詳しい話は中で聞くから、さあ、上がってちょうだい。あなた、お名前は?」

「天野照……」

「あら。珍しいお名前ね。それじゃあ、テラちゃん。そう呼ぶことにしましょ」


 私にはわかる。お母さんはすごく機嫌がいい。そういえば、お母さんは大の子供好きだった。これは話を簡単に進められそう。


 アマテラスはお母さんに抱えられて、家の中へと連れられて行く。私はお母さんの後に続いて家の中に入った。


「幸絵。靴揃えなさい」

「は、はい……」


 ご機嫌に微笑んでいたお母さんは、私が靴を脱ぎ棄てて家に入ったのを見た瞬間、瞬時に厳しい顔へと変わり、私を叱った。


 お母さんはこういう当たり前のことにすっごく厳しいんだ。






「……なるほどね~。そういう事だったの」

「うん」


 私は打ち合わせ通りにアマテラスの事を説明した。お母さんは何度も頷いて聞いてくれていた。……アマテラスの頭をなでながら。


 アマテラスをペットかなんかだと思っているかな?


「それなら仕方ないわね。親御さんが見つかるまでうちで預かることにしましょ」


 よし! 本当に簡単にいったな。楽勝すぎる。アマテラスも何だかほっとしている様子。


「それじゃあ、今日はテラちゃんの歓迎会しましょうか」


 お母さんはそう言ってソファーから立ち上がる。キッチンから、包丁で食材を刻む音が聞こえてきた。同時に鼻をくすぐるスパイスの匂いが漂ってくる。


「今日はカレーだ!」


 私はカレーがすごく好きなんだ。特にお母さんの作るカレーが大好き。あー、早く食べたいなー。急にお腹空いてきちゃったよ。出来るまでアニメでも見てるかな。


「お母さーん。ご飯できるまで部屋いるねー」

「はーい。あ、幸絵! テラちゃんも一緒に連れて行ってあげて」

「わかった」


 お母さんに言われずともそのつもりだった。アマテラスは私の後に続いてリビングから出た。


「うまくいったね」


 アマテラスは階段をのぼりながらそう言った。私は振り返り大きく頷いて、親指を立てた。アマテラスも親指を立てて返す。


「ここが私の部屋だよ」


 階段を上がってすぐ右にあるドア。この先が私の部屋だ。二階には私の部屋とお父さんの部屋、それとお父さんとお母さんの寝室がある。ちなみに、一階はリビングとカウンターキッチンがある。


 私とアマテラスは部屋のドアを開けて中に入った。


「ゆ、幸絵……」

「ん? どうした?」


 アマテラスは私の部屋に入ると、扉の前で立ち止まってしまった。眉をぴくぴくさせて、驚いたような、引いているよな、そんな表情で固まっている。


 どうしたのだろう? 特に変な部屋ではないと思うんだけど……


「いや、十分変な部屋だよ! なんで壁一面ポスターなの!? フィギュアケースも3つもあるし、全部埋まってるし! 入りきらないのパソコンの周りとかテレビ台の上とかにも置いてあるじゃん!!」

「あー、そういうことか。確かに、世間一般からみれば、かなり騒がしい部屋ではあると思う。でも、綺麗にはしてあるよ」

「そういう事じゃないんだよー。考えてみてよ。ボクもこれから一緒にこの部屋で生活することになるんだよ?」


 あーそうだよね。それじゃあアマテラスにも魔法少女を好きになってもらおうか。この部屋、崩したくないしね。


 私はテレビをつけ、Blu-rayをしまっている棚を開けた。


「何見たい?」

「見る前提で話進めないで!」


 アマテラスはそう言って私の脇をすり抜けてベッドの上に立った。


「幸恵! ボクはまだ幸恵にすべてを説明していないんだよ。まずはしっかりと話をしたい」

 

 アマテラスは強く私に言った。確かに、フェンリルから隠れているときに聞いた話だと、これからも戦わないといけないみたいだしね。


「幸恵ー! テラちゃーん! ご飯できたわよー!」


 一階から私たちを呼ぶ声がする。夕ご飯ができたのだろう。さっきよりもカレーのにおいが強くなている。


「ご飯食べた後にしよっか」

「そうだね」


 アマテラスの話を聞くのは後にして、私たちはお母さんのおいしいカレーを食べるために部屋を後にした。

 

 

 

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