第五話 波倉幸絵、魔法少女になる⑤

 大きな風船に手足が生えている頭足人みたいな怪物、イビル。風船の表面に吊り上がった眼とギザギザした口が張り付いている。多分顔なんだろう。


 こいつとどう戦うのが正解なんだろう。とりあえず肉弾戦で行くのがいいのかな? でも特に武器ないしなー。何か魔法的なものが使えたら一番なんだけれど、それもよくわからないし、そこに手間取っている時間はない気がする。


(幸絵! イビルに有効な攻撃はボクたち神の力を使った攻撃だけだよ! 下手に殴りに行っても全く意味ないから!)


 なるほど。つまり、どういうこと?


(さっき空に跳んだのと一緒! 腕に力込めて攻撃すればそれだけで神の恩恵を上kられる!)


 そういうことか! 魔法少女が力を込めると普段の力に上乗せして神の力が乗っかるってわけね。


 私はそうと決まれば風船の怪物イビルめがけて一目散に駆け出した。


「とりゃあ!」


 とりあえず風船本体を力いっぱい殴ってみる。私の拳が当たった部分は金色の光の飛沫を上げた。それと同時にイビルはすごい速さで飛んでいく。多分電車より速いと思う。


「おおおお! すごいよ、私!」


 感動。その一言に尽きる。何この爽快感。


(幸絵! 早く追いかけて! 追い打ちをかけるよ!)

「わかった!」


 私は背中に意識を集中させる。先ほどと同じように肩甲骨のあたりから半透明の黄色い羽が生える。それを確認すると、私は勢いよくジャンプした。


 飛行速度が速いことはさっき学習した。こう見えても頭はいい方だ。あっという間にイビルに追いつき、もう一発攻撃をお見舞いするために拳を握り、振りかぶる。


 しかし、イビルは空中で風船のようにフワッと上へと移動して私の攻撃を躱してしまった。


「そんなのあり!?」


 率直な感想だけど、よく考えたらこいつ、もともと風船だった。ありか無しとかいう話じゃないね。


 イビルは私の頭上にヒップドロップをおみまいしてきた。その勢いを真に受けて、私は地面へと落下する。猛烈な音が町中に響いた。


「いった……」


 あんなにすごい勢いで落ちてきたのに、感覚的にはとがったものにぶつかったくらいの痛みしかない……。


(神の加護がついているからね。それより、少しまずいかも。こんな街中で目立っちゃうと……)


 は! そうだ。魔法少女物のお約束だ。絶対に正体を知られてはいけない。急いでこの場から立ち去らなければ。


 そう考えて立ち上がると、空から私を追いかけてイビルが降ってきた。イビルの頭の上にはフェンリルが乗っている。


「ちょっと! こんなに人目につくところで戦うつもりなの!?」

「別にいいだろう? 神の世界を支配したら、人間界も俺達の手の中に収めてやるんだ。今、俺達の存在がバレたところで何も怖いことはない」


 ……え? 何こいつ? 私たちの世界にも何かしようってつもりなの?


 ……それは、許せないな。


「……あったまきた」

「は?」

「あったまきたって言ったの! もうあんた絶対に許さないから! 自分勝手に暴れまわって、アマテラスの世界まで滅茶苦茶にして、今度は私たちの世界も? ふざけないでよ!」


 マジで頭に来た。こいつ何なの!? 自分勝手なことばっか言って、何もかも滅茶苦茶にしようとしてる。堪忍袋の緒が切れました!!


「アマテラス! あいつをぶちのめす方法はないの!?」

(もちろんあるよ! このアマテラスオオミカミにお任せあれ!)


 私は乱暴にアマテラスに問いかけた。アマテラスはその言葉を待っていたと言わんばかりに答えてくれた。


 私の胸が強い光を放ちだした。とても大きな光だ。自然と、力が沸いてくる。


(さあ、幸絵! ボクの力を使って!)

「……うん!」


 初めてだけど、何をすればいいのかは鮮明に分かる。私は光る胸に手を当てた。


「太陽の加護を、聖なる力に!」 


 胸に光る太陽の力を私の右手に宿す。私は拳を握り、その光を右腕全体に行き渡らせる。

 

「陽光の煌めき! くらえええええええ!!!」


 黄金に輝く右腕を、イビルに向かって突き出す。右腕に溜まっていたアマテラスの力は、手のひらから一斉に放出された。


 膨大なエネルギーは何倍にも膨れ上がり、イビルに向かい一直線に突き進んでいく。為す術なく、イビルは陽光のきらめきを真正面から食らった。


 イビルの体からは大量の紫色の邪悪に染まった信仰が溢れ出てくる。それをアマテラスの神の力が浄化していく。


「ちっ! これは、引かないとまずいな」


 私はイビルが消えていく視界の端で、フェンリルが暗闇の中へと姿を消したのを確認した。


 狂信を全て払った風船はゆっくり空へと昇って行った。


「……ふぅ。つ、疲れた……」


 私はその場に座り込んでしまうほど疲れた。地面に腰がついたとき、今この場に誰か来られたらまずいことに気づいて、フラフラになりながらも再び空へと飛び立ち場所を移動した。


 


 ♢   ♢   ♢




「おつかれさま、幸絵」


 イビルを倒した場所からかなり離れた公園、その中でも人目につかない場所で私は変身を解いた。ベンチに腰掛け、ぐったりとしている私にアマテラスが声をかけてくれる。


「ありがとう……。すっごい疲れたよ」


 本当に疲れた。まじで。こんなに疲れたのは人生で初めてだよ。腕も足も動かすのに気合がいる。


 ……でも、楽しかった。すっごく。嬉しかった。ようやく私の夢がかなったんだもん。憧れの魔法少女になれたんだもん。


「それでね、この後の事なんだけど……」

「この後?」


 もうイビルは倒したし、フェンリルだってどっか行ったじゃない。まだ何かあるの? ……あ。


「ボクを幸絵の家に住まわせてほしいんだ」


 なーるほどね。そういうことか。……どうしよう。お母さんに何て説明すればいいんだろう。今日は苦労が多い日だなあ。

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