第四話 波倉幸絵、魔法少女になる④

「あれ? フェンリルは?」


 さっきまでいたはずのフェンリルはその場からいなくなっていた。公園を見回してもそれらしき人の影は見られない。


(幸絵! 上から探そう!)


 アマテラスは私の脳内に直接言葉をかけてきた。


「え!? 上って、空のこと!?」


 私、飛べるようになってるってこと? ……まじでか。どうやって飛べばいいんだろう?


(とりあえずジャンプして! そうしたらわかるよ)


 おおお! これはこれは、第一話でよく見るあれのことだ! よーし!


 私は大きく屈伸をして足に力を込める。足元が金色に光輝き、足が地面と離れると同時に飛沫をあげて宙に舞う。私はたった一度の跳躍で町が見渡せるほど高い上空まで到達してしまった。


「うわあああ! 本当に跳んだ……」

(幸絵! 背中に意識を持ってきて!)


 背中? うーん、難しいな。こんな感じかな?


 私はアマテラスに言われた通り意識を背中に集中させてみる。すると肩甲骨の辺りに違和感を感じた。なにかが突き刺さっているかのような違和感だ。


 私はさらに意識を寄せてみる。すると、背中に刺さっていたものが抜ける感覚があったと同時に、空中に浮かんでいた私の体が安定するのを感じた。


「う、おお。……えええ! 羽が生えてる!?」


 背中に目をやると、黄色の透明な羽が私の背中から生えていた。左右に2枚ずつ、上に大きい羽、下に小さい羽が細かく動いている。


 魔法で空を飛ぶとかじゃないんだ……。なんか残念。


(それはそうでしょ! 幸絵は魔法少女じゃなくて神託の戦士なんだから)


 いやいや、これはどう見ても魔法少女だよ。アマテラスが何と言おうが私は魔法少女になったの! 異論は認めん。


(ええ……)

「それで、アマテラス! フェンリルはどこ?」


 私は空から町中を見渡して探すが、ここからだと人が点みたいに小さく見えるからフェンリルを見つけられても判別できない。


(……いた! あそこ!)


 しかし、アマテラスは数秒でフェンリルを見つけ出してしまった。私はアマテラスが指示する方向を見る。そこにはビルの屋上で腕を組んでたたずむフェンリルの姿があった。


「ほんとだ! いた! よし、行かなきゃ……って、これどうやって下りればいいの?」

(普通に動くのと一緒だよ。あそこに行きたいって思ったらそこに行くように羽が動くから)


 なるほどなるほど。そういう仕組みなのか。


 私はフェンリルのほうへと体を向ける。すると次の瞬間、私はものすごい速さでフェンリルの方へ落ちていった。


「あう、ほへ、ばうばうあばうあば」


 ものすごい風圧で喋ろうと口を開けると唇が思うように動かず変な声をあげてしまう。おそらく顔も絶対に人には見せられないほどにひどいものになったいると思う。


 もう目も開けていられない。今、自分がどこにいるのかすらわからない。このままでは顔から地面に突っ込むことになってしまう。


 覚悟を決めたその時、体がフワッと浮く感覚を感じた。


「え?」


 目を開けてみた。私の目と鼻の先の距離に地面がある。


「わあああ! え!? え!? あ……。ん?」


 何が起きているのおお!? 地面ぶつかるって思ったらぶつからないギリギリのところで止まってるし、意味わかんないよ~!


(幸絵、騒ぎすぎ。ほら、前を見て! フェンリルがいるよ!)


 ん? あ、本当だ。なんかすごい変な目で見られているような……。そんなことはどうでもいい! ようやく敵の前までたどり着けたんだ。私の魔法少女としての初陣だぞ~!!


「……なるほど。神託をして俺たちに立ち向かおうってわけだな」

「そういうこと! 変身した私にかかればあなたなんてすぐ倒せちゃうんだから!」


 私はフェンリルを指さし、意気揚々と宣言した。何もおかしなことは言っていない。アマテラスの力を借りて、変身して、悪を討つ。至ってシンプルな正義の構図だ。


 しかし、フェンリルには今の私の発言は面白いものだったらしい。


「ふふっ……はっはははははは!! お前おもしろいこというな! そうかそうか。ならばこちらも使える手札は切らせてもらう!」


 フェンリルはたまたま飛んできた風船を手に取り、ニタリと笑った。


 こいつの笑顔本当に怖い。ホラー映画とかに出てくる猟奇殺人を楽しんでやる快楽殺人者みたい。多分今日の夢に出てくると思う。


(何余計なこと考えてるの! これからボクたちが戦わなきゃいけないのはあれだからね!)


 アマテラスは私の心の中で1人、大きな声を出していた。これから戦うのはフェンリルだろう? そんなことは私もわかってる。


「さあ、狂信よ。俺の元へと集え!!」


 フェンリルはそう言い風船を掲げる。私は実は強がっているだけで意外とピンチになっている、だから奇行に走り始めた。そう推理した。しかし、私の中のアマテラスはそんな冗談な雰囲気ではなかった。


 風船に何か良くないものが集まり始めている、そう感じた時、私はようやくアマテラスが言いたいことが分かった。


 魔法少女もののお約束として、敵勢力はかならず怪物を召喚して魔法少女たちと戦わせる。つまり、フェンリルは今、風船を怪物化させようとしているのではないだろうか。


 私はゴクリと唾を飲んだ。手汗がヤバい。恐怖、ではないな。なんなんだろう、この気持ちは。うまく言えないけど、とても気持ちのいい感情ではない。


「さあ、おでましだ。狂信の化身、イビル!」


 フェンリルはそう言い風船から手を離した。風船は次第に大きくなっていく。紫色の、見ているだけでも不愉快になるオーラを放ちながら。


(気を付けて! あれは、ボクたち神に対する過剰な信仰を悪とみなした、彼らが生み出した狂信の化身。幸絵のような神託の戦士でないと倒せない敵なんだ!)


 やっぱり。そんなことだろうとは思ったよ。じゃないとアマテラスみたいな神様が私たち人間に協力なんか求めないんもんね。


 ……この救いようのない信仰ねがいを救えるのは私しかいない。そうと決まれば、やるしかない! 私の好きな魔法少女たちならきっとこう言うと思う。


 私は目の前に立ちふさがる4mの風船の怪物を睨みつける。


「イガアアアアアアアアアアア!!」


 私に向かってイビルという怪物は咆哮を放った。遂に私の魔法少女としての戦いが始まるんだ。

 

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