第二話 波倉幸絵、魔法少女になる②
あの子は何なのだろう? 頭上に浮かぶ金色のリングに、まず目を引かれるでしょ。それだけでも不思議なのに、さらに不思議な点が容姿に多くある。
身長は30cm程しかないし、透明感なある肌色の肌に空色のショートの髪の毛。フォルムは人間というより人形のような感じだ。3頭身くらいかな? 着ている服は巫女服というのが正しいのかな? でも、神社で見る赤と白のやつと比べると、緑だったり黄色だったりいろんな色が入っているから派手だ。
神々しい雰囲気が漂っているその生物を、私は神様だと認識した。あまりに現実離れしている考えだけど、それは私がこの展開をよく知っているからできる発想だ。
この世界で一番私が好きなもの、魔法少女アニメの冒頭のシーンだ。幼い頃からずーっと憧れてきたあの光景だ。
「逃げて!!!」
なんと声をかけようかと悩んでいると、小さな神様は大きな声をあげた。直後、空から今度は黒い光が、丁度神様がいる辺り降ってきた。衝撃で神様は私の方へと飛んでくる。私は咄嗟にその子をキャッチした。
「これも、また同じだ……」
いきなり現れた不思議な生物を後から追うようにして現れる、何だか悪そうな雰囲気の何か。これも私はよく知っている。
何度も何度もテレビの中で見た光景が、今、現実に、私の目の前で起きている。そのことに私はとても興奮していた。
「どこまで追ってくるの、フェンリル……!」
「俺はお前が逃げるから追うんだよ、アマテラス!」
アマテラス。聞いたことがある。日本神話の神様の名前だ。フェンリルも聞いたことがある。確か北欧神話に出てくるオオカミの怪物だった気がする。確かにフェンリルと呼ばれた人は手足は完全にオオカミのそれだし、耳も頭頂付近から生えている。
「早く君は逃げて!!」
「え!? で、でも……」
アマテラスは私に執拗に逃げろと言う。確かに常人ならここで逃げるのだろう。
しかし、私にはそうできない理由がある。それは、私にはこの後の展開が予測できているからだ。そして、そうなる確率はほぼ100%に近い。
魔法少女アニメの第一話では、妖精と主人公である少女が出会う。それは大抵の場合、空から降ってくるのだ。そして、その後を追うように敵の組織のやつが来て、そこで初めて変身する!お決まりの展開だ。
今の状況は、まさにそれではないか! つまり、私がこの子を置いて逃げることは、即ち魔法少女への冒涜に繋がる。絶対にこの子を守り抜いて、私は遂に念願かなって魔法少女になるんだ!
「……そんなの、出来る訳ないでしょ」
「え?」
「あなた、あの人に追われてるんでしょ? そんな子を放っておけないよ」
そうそう、こういうセリフが私の中にある魔法少女の素質を開花させるんだよねえ。
「でも、逃げないと君、死んじゃうんだよ?」
「大丈夫。そっとやちょっとじゃ……って今なんて言った?」
「だから、ボクを置いて逃げないと君はあのオオカミに殺されちゃうの」
…………え? 魔法少女アニメでそんな物騒な単語聞いたことないんだけど。私、この子をおいて逃げないと死んじゃうの?
「……めんどくせえ」
私が想像とは外れた展開に情報の処理を手間取っていると、フェンリルは一瞬にして私の前へと移動してきた。そして鋭い爪が光る手を振りかざした。
私は馬鹿だった。私が想像していたものは、所詮フィクションだ。実際に現実に起きた時、アニメと同じように上手くいくはずがない。
だって私は、ネクラオタクなんだから。
「危ないっ!」
私はもうここで死ぬんだ、そう思っていた。しかし、フェンリルの攻撃と私の間に、アマテラスが割って入る。
「そうだよなあ、お前なら人間を守るよなあ。だって神様だからなあ!!」
アマテラスは光輝くシールドみたいなものでフェンリルの攻撃を防いでいる。フェンリルはそのシールドを壊さんとばかりに力を込めていく。
しかし、アマテラスのシールドは一向に壊れそうにない。アマテラスはそれで徐々にフェンリルを押し返していく。
「それなら分かっているはずでしょ? いくら人間界だって、ボクにフェンリルが勝てる訳がないってことも!」
アマテラスはその台詞を言い終えると同時に一気にフェンリルを突き飛ばす。
「こっち! 逃げるよ!」
「あ……え……」
アマテラスは私の手を引き空へと飛び上がる。そしてそのまま遥か上空を飛行している。飛行……している!?
「ええええ!! ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとちょっと!?!?!?!?」
もう、なにこれ。本当に理解できない。こんなシーンも知らないよ私。普通は人間が精霊たちを助けるところから物語は始まるのに、何か違うよおおお!!
「降りる!」
「えっ!! うわあああああああああああ!!!」
今度は急降下。もう私はついていけないぞ。考えるのはやめよう。そうだ。そうしよう。
♢ ♢ ♢
その後、アマテラスを名乗る小さな神様は近くの公園の遊具の中に身を潜めることにしたらしい。当然、私と一緒に。
「見つかるのも時間の問題だよ。どうしよう……」
「ねえ、一つ聞いてもいい?」
私はようやく思考を復活させた。今度は魔法少女アニメ通りの展開にはならないことが分かったうえでの思考回路を設定している。
「あなたは神様なの?」
「そうだよ」
……………………え? それだけ? なんかもう少し自己紹介とか詳しい事情とか話してくれるのかなって思ったのに、それしか答えてくれないの?
「さっきのやつは、何?」
「君さっき一つだけって言ったのに、何で二つ目の質問してるの……」
「ごめんなさい……。じゃあ、まだまだ質問させて」
確かに私は一つだけって言ってしまったけれど、もう一つ質問しても別に良くない? まあ、頷いてくれたからたくさん質問はしてもいいってことだろう。
「なんで、神様が追われているの?」
私がそう聞くと、アマテラスは少しだけ悩んでから話し始めた。
「……神の世界が滅びそうだからだよ。ボクたち、いわゆる人間たちから神と呼ばれている存在は全員が同じ空間で生活しているんだ。ギリシャ神話のゼウスや北欧神話のオーディン、日本神話のイザナミノミコト。それにキリスト教のイエスキリスト、ヒンドゥー教のブラフマーとヴィシュヌとシヴァ、仏教の釈迦もね」
質問の答えが想像の範疇を超える壮大なものだった。神の世界? 神話? 宗教? なんか本当に人間が関わってはいけない問題に直面していているような気がするのだけれど、私はこのまま続きを聞いていて大丈夫なのだろうか。私は口に溜まった唾をごくりと飲み込む。
「要は神話や宗教において神と呼ばれている存在が集まった世界なんだ。そして、そこには良くない者も当然いた。さっきのフェンリルもその一人」
つまり、神の世界で神に反抗するはぐれ者がいるってことなのかな? 罰当たりな奴らだな。あ、でも、その人たちも神話の中の登場人物だったり、神様だったりするのかな?
「そいつらは単独で動いてばかりで今まではあまり被害はなかったんだけど、数日前、いきなり連携を取って動き出した。そして3日と経たない内に、ボクたち神はあっという間に世界の端まで追い詰められてしまったんだ」
神様をそんな短い間に追い詰めるって物凄く強いんじゃないのかな? それなのにさっき襲ってきたフェンリルはアマテラスよりも弱そうだったけど。
「神の世界を取り戻すためにボクらは人間界に降りてきたんだ」
「ん? ちょっと待って。なんで神の世界を取り戻すために人間界に降りてくるの? 神様と人間比べたら絶対に神様の方が強くない?」
だってそうだよね。神頼みって言葉もあるし、人間が神様に敵いっこないじゃん。どうやっても人間が神様の世界を救うなんてできる訳ないよ。
「あー。ボク達神は人間の信仰心や神に願う強い気持ちから力をもらっているんだ。ボク達が人間界に降りてきたのは信仰心を人間に強めてもらうためなんだ」
……なるほど。つまり私たちが神を崇めれば崇めるほど、神に願えば願うほど、神様は力を増すってわけか。
私はちょっとだけ残念な気分になった。
アマテラスが私の前に現れた時はとてもワクワクした。ドキドキした。これから何が始まるんだろう、と。それは私が魔法少女が好きで、このような不思議な出会いを何度も見て、憧れていたからかもしれない。
でも、今の話は私がどうにかできる話ではない気がする。妖精の世界を救うとか、世界に迫る悪の手から人間を守るとか、魔法少女が戦う理由でよくある、そんなスケールの話ではない。
この胸が締め付けられ、もどかしくなる気持ちは一体何なのだろう。
「……! 来る!」
アマテラスがそう呟いた直後、大きな音と共にフェンリルが再び現れた。
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