第1話 祥子

彼女はいつも香水をつけていた。

フローラル系と言うのだろうか、彼女が近くに来ると花のような甘い香りがふわっと鼻の奥をくすぐる。私は香水があまり好きではないが、彼女のは彼女に合っているからなのか付け方が上手なのか嫌な感じがしない。


「おはよう」

そう言って隣に座った彼女の息は少し上がっている。髪には少し寝癖がついていて、いつも10分前には教室に着いている彼女にしては珍しく急いで大学に来たことが伺える。

「おはよう、あきらちゃんにしては珍しいね」

「昨日のバイト延びていつもより帰るの遅かったんだよね。しかも家着いてから目覚ましかける前にパタッて寝ちゃったからこんな時間」

「それでも5分前に着いてるんだから流石だよ」

「まあ癖みたいなものだよね」

そう言いながらスマートフォンを取り出し、明ちゃんは髪の毛を手櫛で整えはじめた。

明ちゃんは癖が付きづらい髪質なのか少し撫でると寝癖は無くなっていて、癖っ毛の私はそれが少し羨ましかったりする。

にこにこしながら明ちゃんを見ていたのも束の間、すぐに教授がやってきて授業が始まった。

お互い喋らず、ノートやスマートフォンで雑談などもせず淡々と授業を受けていく。

時折、明ちゃんの香水の匂いがして彼女の隣にいられる、1人だったら退屈なこの90分が私の学生生活の中で最も楽しみな時間になっている。


「祥子、このあと時間ある?」

明ちゃんがこういう時はあまりいい予感がしない。

「今日は次の講義、休講になったから空いてるよ」

「じゃあいつものとこで話聞いて!」

「わかった」

講義の資料やノートを鞄にしまって、私たちは目的地に向かって歩き出した。


いつものとこというのは、私たちがよく2人で話したいときに行く大学近くの喫茶店『アカネ珈琲』のことだ。レトロな雰囲気で少し薄暗いからか同じ大学の人がほとんどおらず、あまり人に聞かれたくない話をするにはちょうどいい場所となっている。


私はホットコーヒー、明ちゃんはメロンクリームソーダを頼んだ。飲み物がきて、私がミルクを少しと角砂糖2つをコーヒーの入ったカップに入れてゆっくり混ぜていると明ちゃんがメロンクリームソーダにささったストローをくるくると回しながら真剣な表情で話し始めた。


「ちょっと気になる人が出来たんだよね」


ああ、やっぱり明ちゃんから誘ってくれる日ってそういう話だよね。聞きたくないな。でも他の誰かに聞かせたくないな。そんなことを思いながら、私は明ちゃんの言葉の続きを待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

点と点は線でつながらない 加賀美まち @kagami-machi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ