第11話 きらきらしてる人
同居人の大家がリビングでテレビを見ている。
お腹が空いて部屋から出てきたMは、首を傾げた。
彼にしてはめずらしくドキュメンタリーらしい。ゲームをしているところを見るに、きっと朝にアニメ番組でも見て、そのままゲームをし始めたせいで、流れでドキュメンタリーにでもなったのだろう。
大家の祖母がの趣味だったという植物はジャングルのように生い茂り、その合間をむりやり縫うようにして、テレビが置かれている。その液晶に映っている顔を見て、Mはぎょっとした。
記憶ちがいでなければ、そこに映っているのはMのいとこだ。
MのいとこはMの故郷とはちがう国で生まれたので、人生のうちでも三、四回くらいしかあった事がない。
共通する思い出といえば、まだ足取りも覚束ないころにお互いの母親に手を引かれて、祖父母の家の前の道を歩いたことと、長じてから一度再会したときに、共通する言語がないから身振り手振りでコミュニケーションを図ったことくらいだ。画面に映っている彼女は、その当時、とても控えめな笑みを浮かべる女の子だった。
個人的な情報はほとんど知らないけれど、知っていることもある。彼らの勉強にたいする能力はとても高いということだ。Mの母親は、彼女の姉妹の子どもたちはとても優秀なんだと言っていた。事実、いとこたちは国で一番の大学を卒業したらしい。
そしてドキュメンタリーを見るに、妹の方の人生はおおいに成功しているようだった。きっと彼女の兄弟も同じような道を歩んでいるのだろう。
テレビでは、Mのいとこが大企業に魔法研究者として勤めながらも、副業にした趣味もおおいなる成功をおさめている、ということを紹介していた。副業の方の取引先は多岐にわたり、国どころか、大陸をまたいだ商売をしているらしい。
じっと画面を見つめるMの気持ちはどんどん沈んでいった。
正直、とてもうらやましい。
べつに、大企業で働きたいわけじゃない。
でも、研究者はうらやましいし、自分の好きなことでお金を稼げるのもうらやましい。
片や、自分はどうだろう。
いい歳して定職にもつかないで、好きなことばかりして生きている。気楽でたのしい人生だけど、同じように好きなことをしているにしても、それに伴う結果はまったくちがう。
うらやましい。
べつに、いとこになりたいわけじゃないけど。
だってMだって知らないわけじゃないのだ。きっと、いとこは地頭がすごくいいのだろうけれど、それでもきっと天才と呼ばれる人ではないのだ。(たぶん、天才と呼ばれる人間はそんなにあちこちにはいないから天才と呼ばれているのだ)だから、その分すごく努力をしてきたのだろう、とそれくらいの想像はつく。
いい学校に入るために、いい職につくために。
ちゃんと、努力をしてきた人なのだろう。すごい人なのだ。
事実、Mの母親が言うには、毎夏、祖父母のもとに遊びにきても、毎日夜中の三時や四時まで勉強に励んでいたらしいし。
Mはいとこのようにはなれないだろう。
たとえ時を遡ってもMがそんなふうに努力をすることもない。そんなふうに努力することは楽しそうには見えないからだ。Mは自分がすきなことしかしてこなかった。そしていい企業に就職しても、その努力をし続けなければいけないことに、きっと耐えられない。すぐに人生の意味を見失うことになるだろう。
だからと言って、Mの人生や青春が、後悔のないような、かがやかしいものだったというわけではない。むしろいつだって壁や障害や不満なんかの、灰色で、どくどくしいもので心のなかは満ちていた。だから、たのしいことをして生きていこうと思ったのだ。
これは、ないものねだりなんだろう。
Mの望みを、最も手際のいい形でいとこは成功させているから。『たのしいもの』の中にたくさんの女性が思い描くような、一般的なしあわせを入れるのは、Mにはどうしてもムリだった。だから、Mはふらふらとした動機で魔法にとりつかれている。だからこその、いつまでも同じ場所でぐるぐるし続けるMにたいして、だいじょうぶな拠り所を見つけた血縁者にたいする妬み嫉みだ。
Mはいとこのようにはなれない。
いとこがMになれないのと同じように。
だから、Mはちゃんと生きていかなければいけない。
ちょっと、寂しくても。
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