第10話 あなごもり

 ごわごわの毛皮のクマが巣穴の最奥部で眠りについている。


 風が吹き荒れている外の冷たい風も、中には入ってこない。奥に至るまでの壁面には、だれも見たことのないような大きな宝石が埋め込まれ、暗闇でしか芽吹かない植物が生えている。けれど、それらは陽の光を浴びることがないため、だれに気付かれるでもなく、ひっそりとそこに存在している。ただ、存在している。


 クマは時折、ピクピクと鼻を鳴らし、ぷすぷすといびきをかく。


 薄目をあけて、春がまだ先である事を感じ取ると、ふたたび眠りにつくのだ。

 ぐるりと寝返りを打つと、鼻先を藁がくすぐった。ほんのりとした甘い匂いが、クマを夢の世界にいざなう。


 巣穴の周りにたんぽぽが生い茂り、小さな白いチョウが飛んでいる。ほかほかした空気を感じ取り、クマはのっそりとそこから這い出すのだ。近くの小川に行くと、雪溶け水で普段よりほんの少し水量が増している。ぺろりと舐めると、すこし甘さを感じる。


 そこらじゅう、甘い匂いに満ちている。

 小鳥や、チョウ、トカゲなんかに春の挨拶をする。彼らもまた、ひらひらと踊って挨拶を返した。


 木苺やブルーベリーが実っていて、それらをぱくぱく食べる。まだまだたくさんあるけれど、ぜんぜんお腹はいっぱいにならない。口の中が甘さでいっぱいになった頃、そこから離れてふらりと次の場所に向かった。


 ちょうどいい塩梅の木を見つけて背中を擦り付ける。天にも昇るような心地よさに、クマはうっとりと目を細めた。


 気がついたら、クマは野原にいた。

 普段は人間が多くいるから近づかないようにしてる場所だ。けれど、ニンゲンの匂いはまったくしないし、上から降り注ぐ太陽の光があまりにいい気持ちなので、もうすこしその場所を探検することにした。


 ごろごろしたり、地面の匂いを嗅いだりする。

 ふと、地面に穴が開いているのを発見した。穴はどこまでも深く、そして先は見通せない。もぐらが掘るには大きすぎる穴だ。


 クマは好奇心に駆られて、下に潜ってみることにした。


 どれくらい降っただろうか、やがて下り坂ではなく平らな場所に到着した。おかしな場所だなあ、と鼻を鳴らす。辺りは死の匂いに満ちていた。首を傾げて、

ぐるりと辺りを見渡すと、にんげんの頭蓋骨が几帳面に積み上げられているのが分かる。頭蓋骨が壁となり、なにもない土が剥き出しの場所は、通路になっている。


 そこはすこし風変わりな墓場だった。

 クマはどすどすと辺りを観察して回る。

 さいしょはすこし、怯んだけれど、だんだんと頭蓋骨たちのひょうきんな顔にクマは親しみを覚えるようになった。どの骨も同じような形をしているようで、すこしずつ、違いがある。


 ぺろりとちょうど頭の位置にあった、一体をなめてみる。

 なんの味もしなかった。


 首を傾げて、歩を進める。

 通路はやがて、頭蓋骨がなくなり、また細い通路へと戻ってきた。だからクマは、上へと向かいはじめる。


 クマは昇る、上へ、上へと。

 降りるのと比べて、これはすこし骨だった。体がすこし、重かった。

 その通路を抜けた先、ふたたび野原に戻ってきた。


 ふわああ、とあくびをして、クマはもう一眠りをすることに決めたのだった。こうしてクマは夢の、さらに夢の中に潜っていく。

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