第2話 人間の鎖
牢の中は退屈だ。だから僕は目を瞑って横になる。眠ろう。
暫くすると、新たな囚人が僕の牢の中に連れ込まれた。ただ、着ているのは囚人服ではなく男の扇情をかき立てる淫らな衣装。暗くてよく見えないが売春婦として売られるのだろうか?そして、強めの香水のフレーバーが漂う。
彼女を中に入れると牢番は意外なことを言った。
「その女はお前を裏切った、好きにしていいんだぞ」
と。
「?」
「ダランさん……。ごめんなさい。わたし、脅されて」
とだけ、なんとか声を振り絞って彼女は僕に話しかけてきた。
「タレイアさん?」
彼女の顔は厚化粧で今はどっからどう見ても男の劣情を誘う売女にしか見えない。
「私たち、これからセットでまとめ売りするって、奴隷商人たちが言っていました」
なぜだ?なぜこうなった。僕は敵の意図を考える。そうか!
「大丈夫。安心して、僕が奴隷商人たちに逆らわなければ、タレイアさんは手を出されないと想うから」
突然彼女は僕に抱きついてくる。あざとい香水の匂い。上品と言い難いその香りに僕の理性が狂いはじめる。そして彼女は拙い仕草で僕の体を優しく撫で回した。
「タレイアさん?」
彼女はキスで僕の口を塞いだ。そして、小声で言う。
「私、あなたと関係を持たないと殺されると脅されています」
力ないその言葉に僕は完全に事態を把握した。
僕は彼女のことを愛している。が、たとえ愛していなかったとしても、「情」がわいて仕舞えば、彼女を人質にとることで奴隷商人たちは僕を安全に管理することができる、と言う仕掛けである。
僕が王であることを確信しての所業に違いない。高値で売れる商品だからこその、「安全装置」。それが今のタレイアの役割というわけだ。
安全装置を確実に発動させるためであろう、牢番も今は目の前にいない。彼女に事情を説明するのなら今のうちかもしれない。
「タレイアさん。したことにして良いから!ね?止めよう。こんなこと」
と行為を遮る。
「正直に言うとそんなに嫌ではないんです。ダランさんのこと」
と彼女は言う。
「それに。嘘をついてもバレてしまいます」
彼女は多分、嘘をついている。涙目だったし、本当は怖かったはずだ。でも、僕の態度に安心したのだろう。微笑むと。
「こんな形で。もう意味もないかもしれないけど。お婿さんにダランさんを貰いたいと思っていたんですよ?」
と言葉をかけてくれた。
「僕は本当は王様だから、それは難しかったけど。ありがとう」
僕も笑う。
「もう、こんな時にも冗談ばかり言って!」
そのくったくない顔に僕はもう一つの事実に気づく。
彼女はまだ僕の本当の正体に気づいていない?それはそうか。王様の顔なんて近くで庶民がみる機会なんてほとんどないのだから。
「遠目にみればそっくりだよな?」
と合わせる。
「ダランさんは影武者として使われるのかなぁ?」
なるほど、そう言う勘違いか。
「もう、本物の王様は処刑されているのかもね」
とかえす。
結局僕たちはキチンと関係を持った。結構良い雰囲気になったし、物理的証拠を掴まれて、凄まれるのも困る。何より僕たちはお互いのことを好きだったことがハッキリしたのだから、脅されてと言うのは少々気に入らないけど、命の危険もあるしそこに拘るのはやめたのだ。
「ダランさん。私初めてだったんですからね!」
「……」
「疑っているでしょ?」
「……全然」
「慣れてますよね?」
う、そうなんだよな。実際のところ僕は通い婚では有るものの、帝国に所属する公国の公女様とも夫婦の契りを交しているし、バイキングの娘とも寝ている。そして、そのことで彼女たちとそのバックにいる人間たちは安心しているのだ。僕の国であるタランシルが自分の勢力下に入ったと。
婚前交渉なんだけど、「確実性」を求めた彼らは「証拠」を欲した。
下世話な話だが行為後のベットもキッチリ「検証」に回されたぐらいである。
王族にそう言う自由はないのである。たとえ色恋であろうが、政治的配慮を求められる。それは宿命というものだ。
だからこそ、タレイアさんとはもっと自然な形で結ばれたかったのが本心なのだが。
「男の人って繊細って聞かされていたのに!」
早速痴話喧嘩だろうか。
「こんな状況下でも平気なんですね?」
僕は苦笑する。見られながら「する」ことすら、僕の王様という仕事柄仕方ないことなのだけど、理解してもらえるわけもない。
「いや、タレイアさんが愛しくて。他のことは気にならなかったよ」
と笑うと。彼女は僕の胸を小突き
「もう!」
と言いつつ、なんとか納得してくれたようである。
安心したのか、彼女は寝息を立て始めた。僕も寝よう。
……僕たちは一週間暗がりの中で一緒の牢獄でそれから2回交わった。おそらく、そのことで奴隷商人たちは僕に手綱を付けれたと確信したのだろう、昼間は牢から出されある程度は自由にして良いようになった。もっとも、僕が自由になっているときはタレイアさんは牢に閉じ込められてはいたが。
服も王族らしい物を用意された。王族として売るのだから当然だろうが。
ある日、カサンドラは僕の買い手がついたと教えてくれた。一週間後に引き渡すそうだ。
「お前を買うお客様はなんと邪教の高司祭さまなのよ。かわいそうに生贄にでもされるのかね。高貴な者の血は最高の捧げ物だと聞くしね。明日、高司祭直々にいらっしゃってお前を検品したいそうだ。お前の女も一緒に売ることになっているよ」
学のない女だ。邪神への生贄になるのは、こんな男女の交わりをすました世俗にまみれた二人であって良いはずがない。だからその線はない。
恐れ多くも邪神とはいえ、神に捧げるのであれば、穢れがあってはならないからだ。高値で買った物を粗末に扱うとは考えられないから、自分のことを王と認めたのは正解だったかもしれない。カサンドラを儲けさせることになろうことだけが、ただ残念ではあるが。
次の日、フードを被った高司祭が私の牢の前に来た。カサンドラが良く顔が見えるようにと、篝火を多めに焚き明かりを付けた。
高司祭はカサンドラに短く。
「間違いない品物だな」と透き通るような女の声で言った。
彼女の胸には聖印が付けられている。その印を見て僕は身の安全を確信した。
あの聖印はロマンシル帝国で国教とされているロマンシル教徒が付けているものと良く似ていた。ロマンシル教徒の中では異端とされている派閥に違いない。邪教と言ってもそんなに酷いものではない、ということだ。
政治的な切り札に僕を使おう、という腹に違いない。
高司祭はサラサラと紙に何かサインした。契約書であろう。
カサンドラはニンマリと笑っている。
「品物が確かなので、できれば今日引き取りたいのだが。構いませんか?」
と高司祭が交渉を持ちかけると。カサンドラは、
「どうぞどうぞ。付属品ともども、どうぞお持ち帰りください」と鷹揚に受け入れる。
そうして、僕はタレイアと共に奴隷商人たちのアジトを後にした。高司祭に首輪を嵌められて。
高司祭は身のこなしから戦闘の訓練を受けているのがわかる。だから、残念だけど逃亡は諦める必要がありそうだ。腰にナイフ。そしておそらくどこかに隠しナイフも持っているに違いない。
高司祭と僕とタレイアだけになると、高司祭は自分はエルンという名だと自己紹介した。
「あなた方に危害を加えるつもりはありません。ただ、私の手駒にはなっていただきたく存じます」
と身の安全を保証してくれた。
「具体的にはどうすれば良いのかな?」
「バイキングの王と会ってもらいます。私の王として」
「やれやれ、奴隷から王にまた戻るのか。忙しいな」
と軽口を叩くと。
「はい、我が教団に後ろ盾がなんとしても必要ですから」
と無礼を特に咎め立てもせず、彼女は率直に申し出た。
「船に参りましょう。王族にふさわしい船ですよ?」
と彼女は笑った。フードを外すと天然パーマのクルクルした長い赤毛の髪の可愛らしい少女ではないか。ただ、宗教家としては、やや色気が強すぎる胸元を強調した赤いシンプルなワンピース。
「一般人のふりをしてまいります。必要になったら、王族と神に仕える巫女に戻りましょう」
エルンはタレイアの方を向くと。
「そして、あなたには王妃ということになってもらいます。厳しく礼儀作法を教えますからそのつもりで。」
と短く要件を伝えた。
船は立派な軍艦だった。もちろん目につかないように、偽装はしていたが。小舟で軍艦に乗り込む。船長にエルンは労いの言葉を短くかける。そして、僕とタレイアに部屋を割り当てると、次の港についたら詳細を話すと僕たちに言った。
この軍艦は明らかにバイキングの物だ。帝国のものでも、僕の国のものでもない。その洗練された戦闘に特化したデザイン。おそらく沖に出れば、公国軍など数に劣ったとしても負けることはないだろう。
水兵たちの練度も非常に高いのが、キビキビした動作と声で伝わってくる。いかにロマンシル帝国といえど、彼らバイキングを全面的に敵に回すのは避けたいはずだ。
航海の間、彼らが斧を素振りするのを何度も見せられたが、恐ろしく戦闘力が高いのが伝わってくる。
一週間ほど航海すると、船はとある島の港にたどり着いた。そこで僕はエルンの計画を知らされることになる。エルンは僕に最低3回は「結婚」して欲しいということだった。そしてそのことが彼女の教団にとって、この上なく良いことなのだとも。
彼女のどこが「邪」なのか、僕はその時悟ることとなる。
僕は今日王国のためにお嫁さんをまた貰います。 広田こお @hirota_koo
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