僕は今日王国のためにお嫁さんをまた貰います。
広田こお
第1話 漁師の正体
海に出て魚を今日も釣る。本業じゃないにしては上等かな?僕は料理は得意じゃないから、いつもあの店に行く。
「タレイア漁師料理店」と大きく看板が出ている。その小さい可愛らしい建物には見合わないほどだ。この料理店はいつも漁師たちの憩いの場で、酔った男たちの海の自慢話で溢れかえっている。その賑やかな店を切り盛りするのは看板娘のタレイアだ。
小鳥のように、店の中を飛び回り、愛らしい快活な声で漁師たちの注文を捌いていく。可愛らしいワンポイントがある藍染のエプロンをし、髪を後ろに束ねている。
束ねているのは僕がプレゼントした紅のリボンだ。丸顔で、くりっとした目。栗色の髪。太陽のような笑顔とキチンと洗濯された服の香り。
「タレイアさん、今日釣れたのはこのぐらいなんだけど」
僕がおずおずと恥ずかしげに釣れた魚を入れた桶を見せると彼女は微笑み
「ダラン少年よ?大漁だねぇ!おめでとう。買い取るよ。このくらいでいいかな?」
とタレイアは「世知辛い額」を提示した。無理もない、みんな小ぶりの雑魚ばっかりだったのだから。
「料理してくれるかな?」
タレイアは苦笑すると、
「じゃ、お金は出せないよ?」
と言った。手間賃を考えるとお釣りもでない。というわけだ。もっともである。
僕は、でも弾んだ声で
「ありがとう。タレイアさんの料理は本当に美味しいから、それで十分だよ」
と応える。
僕の本業は漁師じゃないから、魚をうまく釣れないのは仕方ない。気晴らしと庶民的な美味しい料理が食べれて、そして何より
「どういたしまして!」
と笑顔のタレイアと言葉を交わすことができれば僕は十分なのだ。
「それは、そうと。こんなんで食っていけるのかね?少年よ?」
とタレイアは心配してくれた。
「大丈夫だよ。タレイアさんに食べさしてもらうから。料理いつもありがとう。」
と僕が言うと。
「稼げない婿を取る気はないよ」
と彼女の母が釘を刺した。
「もう、お母さんたら!そんなこと言わないで!」
とタレイアは照れ笑いを浮かべた。
ときどき、僕はタレイアを船で連れ出していた。正確には、タレイアが
「もう!もっとがんばらないと将来ないよ?私がどんな釣りをしているのか確かめてあげる。」
と言って、僕の魚釣りの指導を買って出たからだ。
幸せな時間だ。
小さな漁師船に僕とタレイアさん二人きり。脈、あるのかもしれないな。
なんてね?
「ああ、もう、ダランさん?大物の魚はそんなところには居ません!ほら、もう少し船を寄せて!」
彼女は喧しく僕を叱責する。
ときどき大物が釣れると彼女は自分のことのように
「やったー、すごい大きさの魚だね!」と喜んでくれた。
僕はひたすら一生懸命に黙々と魚を釣る。
あるときのこと。
「ねぇ、仕事熱心なのはいいんだけどさぁ」
ともじもじすると。
「もう少し、お姉さんを女性として意識しない?漁師の鬼親方みたいに思われているみたいで悲しい」
と拗ねられた。
「え、ええと。どうすればいいですか?タレイアさん」
「もう、いくじなし!」
僕は女性の扱いに慣れてないわけではない。
でも、壊したくなかったんだ。他に替えがたい日常の幸せを。
僕にとって彼女は本命だった、ということだ。
僕の本業は漁師ではない。僕はこの港町を首都にする王国である「タランシル」の若き王タランシル三世なのだから。
ダランという偽名で漁師をし、タレイアと束の間の平和を楽しむ。
それが僕の何よりの楽しみだった。
この世界にはロマンシル大陸とアトランティス大陸の二つの大陸があり、それぞれその大陸の名前を有する帝国が支配していた。その交易を担う港がタランシル港であった。必然的に争い事のタネはつきない。
大陸の間にはよく荒れる大きな海が広がり、バイキングが統べていた。
海は嵐が絶えぬゆえ、タランシル港から飛び石のようにある島々をつたって船を出さないととても渡ることは適わない。だからこそ、タランシル港以外は交易には役に立たないのだ。そしてその島々、ガラン諸島をバインキングの長であるガランが支配している以上、通行料金を払わざる得ない。
そのバイキングも争いの火種という訳である。
そして僕は、ロマンシル帝国の公女と、バイキングの一人娘と、両方に結婚の約束をしていた。タランシルの国教では重婚が認められているから問題ないと思っていたのだが、夫婦の契りは一人だけと教えるロマンシル国教ゆえ、公女が怒るのは無理もないことだった。
だけど、まさか公女が治める、公国がいきなり僕の国を攻めてくるなんて、常識ではあり得ないから、油断していた。政治的に解決できると思っていたのに。
馬鹿に常識は通じない。帝国はタランシルとの争いは望まなかったが、独断で公女は、全軍を率いて、タランシル港を包囲したのだった。
そして僕は身一つで秘密の地下通路を通り、バイキングの治めるガラン諸島へと向うことにした。彼らバイキングの長であるガランの一人娘とも婚約をしていたから、助けてくれるかもしれない。女騎士に護衛され、僕は夜の港を、貧相な漁船で旅立つ。
その予定だった。
旅立つ前にタレイアと挨拶だけでもしたかった。
だから、僕は女騎士に
「すまないけど、ちょっと一人の時間を一時間だけもらえないかな?」
と言った。
「また、あの女のところに行くつもりですか?」
女騎士は顔をしかめた。真面目に僕を護衛するのが馬鹿馬鹿しいと言う感じで肩をすくめる。
「こっちの苦労も考えて欲しいですね。公国兵がウロウロしている港町をウロウロする王様を護衛。私じゃなきゃ放り投げると思いますが?」
と僕を非難する。
「勝手にしてください。でも、私も王様が勝手にするなら勝手にさせてもらいます。」
と投げやりに言う。
僕は苦笑いし
「苦労をかける。すまない。」
とだけ謝る。思えば彼女はこの時には裏切りを心に決めたのかもしれない。無理もない、一人の女のために国体である我が身の危険を省みない若き未熟な王の護衛など、馬鹿馬鹿しいに決まっている。
彼女と別れると、走ってタレイアの料理店へと向かう。彼女は無事だろうか?公国兵が乱暴を働いていないといいのだが。
魚釣りのための埠頭から少し離れたところにあるその店は、おそらく、公国兵の興味を惹かなかったのだろう、ひっそりと明かりを灯し、まるで占領下にあるとは思えないほど平和に談笑する声が中から聞こえた。
扉をノックする。
「こんばんは、ダランなんだけど、開けてもらえるかな?」
と偽名で声がけする。
するとタレイアが扉を開けてくれた。
「ダランさん無事だったんだ!入って!」
と泣きそうな嬉しそうな声でタレイアが言う。
「しばらく、旅にでることにしたんだ」
と僕は切り出す。
「君を護ることができなくてごめん」
と頭を下げようとした時だ。
後ろから怖い声で凄まれた。
「おい、動くな。動いたら喉を切るぞ」
と首にナイフを突きつけられた。
「すまないな?コイツはもらっていく」
タレイアは凍り付いたかのように固まっている。
暴漢たちは三人いて力では敵いそうもない。僕は大人しく縛られ、男たちに目隠しをされ、そしていつの間にか気を失った。
目覚めた時、僕は薄汚いボロを着せられ牢獄の中にいた。
しかし、どう言うことだろうか?暴漢どもが公国兵とは思えない。
持ち物は全部盗られていた。
牢番が僕が起きたの気づいたらしく、誰かを呼びにいった。
しばらくすると目の前にはゴージャスな服を来た長髪で豊満な胸の、年は30ぐらいであろうか、僕より一回り以上年上の女性だ。趣味の悪い金のアクセサリーをいくつも付けていて、紫色の動きやすいズボンを着ている。ピシッと決まった白いシャツ。
彼女は僕を見るとニヤリと笑い。
「これはこれは王様ではありませんか?商人として、あなた様のような商品を扱えるとは僥倖の限りです。申し遅れました。女奴隷商人のカサンドラでございます。まずは、じっくりと検品をさせていただきましょうか?」
と僕を上から下まで不躾な目で舐めるように見た。
「漁師のダランだ。なんのことかな?」
と怯えたふりをして、僕はごまかそうとした。
「王様であれば丁寧に扱おうと思いましたが、ただの漁師であれば雑魚の餌にいたしますよ?」
女は微笑する。
「いますぐ王と認めるならよし、漁師と言い張るなら……」
女は妖艶な笑みを浮かべると。
「どうです?気が変わりました?嘘を吐く悪い子はお仕置きしないとね」
と言ってナイフを手にした。
「僕が王様とか、なんで、なんで、こんな目に僕が合わないといけないんだ!」
と泣きじゃくる僕。
彼女はナイフを僕の服をなめるように切っていく。
「何をするんだ!」
「お洋服を脱がしてあげているだけよ。検品は中身を見ないとね?」
クスリと笑いながら女は優しく僕の脇腹をくすぐる。
「ぞくっとしたでしょ?大丈夫、体の検品するだけだから。あなたを買った、あなたの新しいご主人様もしてくれるわよ、きっと。」
ふんわりと笑うと、女は。
「食べたら美味しい味がするでしょうね。あなたの体」
と思わせぶりなことを言った。
「ねえ、王様って認めたら?その方が私もあなたを高く売れるし、あなたも丁寧に扱ってもらえる。ギブアンドテイクって大事でしょ?」
と諭すように女は僕を説得する。
「仕方ないね。明日まで返答は待ってあげる。でも、検品は今からするからね」
と言う。
「検品係を呼んで!」
お供の男に言いつける。
するとそこに現れたのは意外な女性だった。
「タレイアさん、なぜ、君がここに?」
僕は彼女に自分の裸体を晒している。そして僕はタレイアを女性として好きだった。当然起きる体の反応。それをタレイアは一瞥すると。
「ダランさん、いいえ、タランシル三世さん。私を騙せると思ったの?」
と首をかしげて言う。
「料理店は経営が苦しくてね。裏で身よりのない子をカサンドラさんに紹介してたの、その奴隷としてね。ダランさんは孤児の漁師だとおもったけど、こんな上玉だったなんて驚いちゃった。」
彼女は嬉しそうだ。
「騙し合いって素敵ね?漁師のフリをした王様と、看板娘のフリをした目利きの奴隷商人。勝ったのは私よね?」
だが、彼女は笑っていたが目は泣いていた。なぜだろうか?人間の感情とは複雑な物なのかもしれない。多少は情があった。と信じたいものだな。
「そうだ僕は負けた。降参するよ。僕はタランシル三世。この王国の若き王だよ」
力なく僕は言う。
女奴隷商人の親玉のカサンドラは大声で品のない声で勝利宣言の笑いをした。
「今夜は宴会だね!みんな、よくやった!ボーナスは弾むよ」
奴隷商人たちはみな楽しそうにしている。
タレイアも笑っている。どこか作り笑いめいていたが。それは僕の願望に過ぎないに違いない。
僕を牢屋に残すと彼らはどこか他の場所へ散って行った。
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