1-4 さよなら、ロリっ子JCプロデューサー
23. 絶望の果てに見える、見えている
「行けたら行くわぁ~♪ そこには何も無いけどぉ~! 行けたら行くわー!」
「ただいま。すばるん」
「行けるところま……………えっ?」
なるべく物音を立てないようにドアを開けたので、すばるんは俺が帰って来たことに気付いていなかったようだ。小さな身体とは到底釣り合いの取れないギターを引っ提げ、ベッドをステージ代わりに熱唱していた。
ヒーローショーの物真似をする五歳児のような振る舞いと、俺の姿を発見した際の硬直ぶりと言ったらもう。笑わずにはいられない。誰だマセガキとか言ったやつ。こんな女子中学生が居て堪るか。
「……い、いつからそこに……?」
「今さっき。でも、外まで聞こえてた」
「そっ、そうですか……あっ、いや、えっと、そのっ……かっ、勝手に使ってごっ、ごめんなさいっ! 許してくださいっ! ごめんなさいっ!!」
物真似ショーを見られた気恥ずかしさよりも昨晩から続く流れを優先したようで。慌ててギターを肩から降ろし、土下座でもするのかという勢いでベッドにチョコンと座り込む。
怒られる準備は万端、と言ったところか。肩をプルプルと震わせ、すっかり涙目になってしまっている。まぁ、昨日の今日だしな。俺が怒っちゃったの。
……情けない男だ。こんなに小さな女の子一人も安心させてやれねえで。ロックンローラーの片隅にも置けねえな。
「怒ってないよ。むしろ俺が謝んなきゃ。ごめんな、昨日あんな風に言っちゃって」
「……ユーマさんっ……?」
「昨日作った新曲は、取り止めだ。ボツボツ。大ボツ。二度と歌わんあんなゴミ曲」
「そっ、そうなんですか……?」
昨晩から一転、柔軟な姿勢を見せる俺に彼女は随分と驚いているようだった。潤いを帯びていた瞳は徐々に光を取り戻し、夜明けのように眩く輝いている。
「それよりさ。今までの曲を改造したいんだよ」
「改造……ですか?」
「言っちゃなんだけど、どの曲も単純なコード弾きばっかりで起伏が無いんだよ。聴いててつまらないんだ。だから……すばるんのアドバイスが欲しくって」
「私の……アドバイス?」
「プロデューサーなんだろ? だったらそれらしい仕事の一つでもしてくれよ」
彼女は泡を食ったように目を丸くしている。
まぁ、なんというか。俺がより俺らしくなるために必要な手段というか。そんなところ。曲作りで人にアドバイス貰ったこと無いから、客観的な意見が欲しかったのも本当のことだ。
でもそれ以上に。彼女の、すばるんの、すばるんだけが持つ言葉が、感性が何よりも欲しかったのだ。
俺より俺のことを理解してくれているたった一人のファンなら、自分自身も把握していない魅力を引き出してくれるんじゃないかって。そういう期待感。
「……でっ、でもユーマさん。わたしっ、曲作りに関しては素人ですよっ?」
「専門的な知識なんか求めてねえよ。ただ聴いてくれればいい。そんで「ここはもっと盛り上がりが欲しい」とか「ここは落ち着いた感じで」とか、そういうので良いんだ。だったら出来るだろ?」
「……本当に、良いんですか?」
不安げな面持ちでそう尋ねる。まぁ当たり前の反応だ。昨晩あれだけ拒絶されてしまった手前、どうして俺がここまで従順になっているのか、理解出来る筈がない。
言ってやらないけどな。
お前の歌に感動したとか。
いくらなんでも恥ずかし過ぎるって。
「良いから、さっさと始めようぜ。仕事もしねえで遊んでるだけなら、マジで帰って貰うからな」
「……やっ、やります! 必ずユーマさんのお役に立ちます! 絶対ですっ!」
「おう。じゃあ頼んだぜ。プロデューサー」
「…………はいっ!!」
二人三脚の特訓が始まった。これまで作り上げて来たオリジナルソングを一から十まで披露し、一つずつ改善点を洗い出す。
始めのうちはどこか遠慮がちだったすばるんだが、少しずつ「ここはもっとボリュームを落としてシックな感じで」とか「この曲はライブで乗り辛かったからテンポを上げて」などなど、かなり具体的なアドバイスが飛び出て来る。
同時に登坂スターダムのセットリストも決めることに。初見の観客が多いことも加味し、なるべくアップテンポの楽曲をチョイスしながら練習と改良を重ねていく。
やはり一人で家に籠って曲を作るのと、誰かのアドバイスを貰いながら作るのではまったく感覚が異なる。それはそれで難しさもあるのだが、自分一人では想像に及ばないアイデアや切り口がすばるんの言葉には沢山詰まっていて。
今までの曲をブラッシュアップしているだけなのに、物凄く成長出来ているような気がする。こんな時間の進み方、ギターを握ってから初めてだ。
休憩中は登坂Club Doのスレッドや、二階堂からメールで送られて来た「この中からやる曲選んで」というリストを眺めてけちょんけちょんに貶したり。
二人いっぺんに「この曲は絶対にムリ!」と指を差した場面は爆笑モノだった。似たようなことばかり考えていて、俺を理解しているどころか、実は元々同じ個体で気付かぬうちに分離したんじゃないかと馬鹿らしいことを言って笑い合ったり。
もしかして俺たち、生き別れの兄妹なのかな。そんなことを口走って、すばるんが急にいじけてしまって慌てて取り繕ったり。
すっかり夜も深まりコンビニへご飯を買いに行ったら、顔見知りの店員に賞味期限切れの弁当をタダで譲って貰って大喜びして。
ホクホク顔で食べ始めたハンバーグ弁当がビックリするくらい不味くてゲンナリして。その顔がまた二人ソックリなものだから、互いに茶化し合うように笑って。
昂り過ぎたテンションに釣られて「一緒にシャワーでも浴びるか」と誘ったら真面目に拒絶されて、またベランダでスタバを熱唱しようとするすばるんを慌てて止めて、ついぞ下の大家さんから天井をブッ叩かれて。
風呂から上がったすばるんが胸元かっ開きの無防備な姿で現れて、指摘したらしたで互いに変に意識して。
気を取り直して作業を再開させたらまた隣の大学生が宅飲みを始めて、流行っているJ-popを歌い出すものだから、演奏を付けてやって、やっぱりクソみたいな曲だと二人して笑い合って。
何をやっても楽しくて。
最高に笑えて。
あまりにも、愛おしくて。
「そろそろ休みますか?」
「ふわぁ~……んー、そーだなぁー……ったく、一日中ギター握りっぱなしなんて学生の頃でもやったことねえわ……」
「夜はほとんどサボってたじゃないですか」
「そんなもんよぉ……」
寝る支度を済ませ最後にちょっとだけギターを鳴らしている。明日も一日フリーだからな、今日で力尽きても困るし、一旦ヤル気はセーブしておこう。
すばるんもいつの間にか寝間着に着替え、気持ちよさそうにゴワゴワの布団へ転がり込む。ここ数日は一度もベッドで寝ていないな。まぁ良いんだけど。
「………ん? どうした?」
「いえっ……ユーマさん、やっぱりベッドでちゃんと寝たい……ですよね?」
「おいおい、今まで傍若の限りを尽くしといてなに言ってんだよ。大人しく寝ろ。いつどんな場所でも眠れるのがバンドマン唯一の特技だからな」
「ですがっ、本番を前に体調を崩されるのも困りますし……わっ、私は構いませんよ? 絶対に手を出さないと誓って頂けるのなら……っ」
布団にギュッと捕まり隙間からこちらを窺う。
それはつまり、一緒に寝ませんかと。
添い寝しませんかと。そういう誘い?
誓うも何も手を出す(出せる)わけが無いので万に一つも心配は無用なのだが。まぁでも、そうか。せっかく許可が降りたんだからな。
「じゃあ、遠慮なく」
「おしり触ったら通報しますからね……!」
「何故に臀部に限る?」
「誰も私のバストに興味などありませんから!」
「そんな悲しい自虐初めて聞いたよ」
電気を消し同じ布団に背を向けて包まる。いい加減に暖かい季節だが、夜はまだまだ冷え込むな。二人で暖め合うくらいがちょうど良い。
「…………ドキドキします。男の人と一緒のベッドで眠るのは、生まれて初めてかもしれません。それがシノザキユーマが相手だなんて」
「なんだよ。顔はタイプじゃないんだろ?」
「容姿など人間を判断する上で最も不確実な要素ですから、当てにしていないだけです。ユーマさんはカッコいいですよ。金髪は、あんまり似合ってないですけど」
「……あ、そう」
ここに来て馬鹿みたいに素直になったな。いやまぁ最初から俺への評価のみならず馬鹿正直な奴ではあったが。なんかこう、ベクトルが。分からんけど。
「……ありがとな。すばるん。お前のおかげで、俺自身も、俺の音楽も、もう一度好きになれた気がするよ」
「…………なら、良かったです。プロデューサーになった甲斐がありましたっ」
「明後日、楽しみにしててな」
「……明後日……ですか」
嬉しいような悲しいような、何とも読めない複雑な声色ですばるんはぎこちなく呟く。なんだ、まだチケットを取っていないとかそういうのだろうか。
明後日か。急なオファーではあったが、何も問題は無い。準備は十分に出来ている。って、半日前の俺が聞いて笑うな。
「どうかしたか?」
「……いえっ、なんでもないです。必ず観に行きますから、頑張ってくださいねっ」
「ん? おう。任せろ」
でも、本当だ。
今の俺なら。俺の音楽なら。
そして、すばるんと一緒なら。
どんな逆境だって乗り越えられる。
本気で信じているんだ。
「明日も頑張りましょう、ユーマさん」
「んっ。よろしくな」
「……おやすみなさい、ですっ」
「おやすみ。すばるん」
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