24. 夢中で追いかけていたはずなのに


 翌日も似たような流れを繰り返し、いよいよライブ当日朝。予備の弦、予備のピック、一本のギター。一つの身体。喉の調子も良い。足りないものは何も無い。



「スタートは18時ですよね」

「早めに来ても良いけど、広い会場だからな。迷子にならないように気を付けろよ」

「こっ、子ども扱いしないでくださいっ……普段は八宮waveのようなライブハウスしか行かないだけで、経験が無いわけではありませんっ!」


 靴を履きながら致命傷にも足りない毒を吐くと、すばるんは腰に手を当てぷんすか怒り出す。まるで仕事の見送りをする奥さんみたいだな。年齢とお決まりの黒パーカーがどうしたってその気にさせてくれないが。



「あのっ、ユーマさん。最後に一つだけ……」

「ん? どうした?」

「その……昨日はずっと既存曲のブラッシュアップと並行して、新曲の練習をしていたじゃないですか」

「なんだ、あれも気に入らないってか?」

「いっ、いえ! あれは凄く良いと思います! まさにユーマさん自身を体現したような曲で、最高ですっ! ただっ……歌の練習をあんまりしていなかったなって」


 彼女の言う通り、昨日はセットリストに組み込む曲と合わせて新曲の練習をしていた。一時の確執を生んだ例の駄曲ではなく、昼間の公園で披露した例の曲だ。


 初めて聴いて貰った段階では、まだ歌詞は確定していなかった。勿論、まだ決まっていないとかそういうのでもなくて。



「ライブでのお楽しみってわけさ。まぁ期待しとけ。スタバなんて比較にならないくらい最高の曲に仕上がったからよ」

「……分かりましたっ。楽しみにしてます」

「んっ。そうしとけ。どうせ主催者に怒られるのは確定だからさ、さっさと帰って来るよ。で、盛大に打ち上げと行こうぜ」

「………そう、ですね。打ち上げは大切です……楽しんでくださいね」

「おいおい。俺ん家でやるんだから、すばるんも一緒に決まってるだろ?」

「あっ…………えへへへっ、そ、そうですよね……うっかりしてましたっ」


 なんとも判別の付け難い微妙な苦笑いだ。ライブ後の話をすると一昨日の夜からこんな調子なんだよな。まぁ、良いか。



「じゃ、行って来る」

「はいっ……応援してますっ」

「戸締りよろしくな」

「りょーかいですっ」


 ドアを閉め会場の登坂Club Doへと向かう。隣の市にあるから最寄駅からはだいたい一時間くらいだ。絶好のお出掛け日和、日曜日の電車内は老若男女問わず多くの乗客で埋め尽くされている。


 登坂駅を降りたすぐ目の前にClub Doはある。利便性に優れ、最新鋭の機材と広々としたフロアが用意された演者にも観客にも優しい最高のハコだ。


 11時の開場はまだまだ遠いが、出入り口には既に多くの人溜まりが。目を盗むように裏口へ移動し、二階堂から貰ったパスを提示し会場入り。

 一つのステージを入れ代わり立ち代わりしていく形なので、タイムテーブルが比較的後ろの方である俺はリハーサルの順番も後回しだ。



「篠崎くーん! 待ってたよ~!」


 控室を探していると、アロハシャツにサングラス装備と先日からまったく変わらない装いで二階堂が現れた。



「今日はよろしくね~! いや~、どうよClub Doは! 中々のもんでしょ~!」

「えぇ、はい。良いハコですね」

「期待しちゃってるからさ~、一発ブチ噛まして来てれよ~! あっ、ちゃんとメールで渡した曲、練習してきた~?」

「……そこそこ、ですかね」

「んー、おっけーおっけー! スタバだけじゃ流石に30分持たないからね~、前に出してた曲も何個か聴いてみたけど、あれじゃちょっと辛いからさ~!」


 気安く触れるな。肩から手を降ろせ。

 汗が凄いんだよ。私服兼衣装だぞ。汚すな。


 どうやら本当に、スタバ以外の曲はやらせるつもりが無いみたいだな。わざわざ口に出さずとも「分かっているよな?」と圧を掛けられている。


 でも、試しに聞いてみるか。

 喧嘩を売るなら理由付けが必要だ。



「これまでの曲もアレンジ付けて用意して来たんですよ。リハで聴いてみますか?」

「ん? いや、良いよ。そっちは別に期待してないし。今日のお客さんにはああいうのウケないからさ」

「でも、最高っすよ」

「おいおい、まさか強行するとか言わないよね~? そんなことしなくたってカバー曲だけで十分だから! ていうか、余計なことしちゃダメ! オッケー?」


 強めに肩をバンっ、と叩かれる。


 ああ。目が笑ってねえわコイツ。

 サングラス程度じゃ隠せない、鋭い眼光。



「……まぁ、どうしてもやりたいってんなら良いんじゃない? 勉強にはなると思うよ。うんうん…………しっかりと現実を見るのも大切だよね」

「だったら尚更……」

「篠崎くん、これだけは言っておくね。キミはあくまでReNAちゃんの代役。ゲストアクターだ。他のアーティストはキミと、あと二組を除いて常連ばっかり……お客さんの反応には気を付けた方が良いよ。これ、忠告ね?」


 両肩を力強く握り「それじゃあとはよろしくね~!」と軽々しい言葉を置いてその場を去っていく二階堂。


 ……決まりだな。後顧の憂いも無くなった。向こうから吹っ掛けて来たようなものだ、ステージに上がってしまえば俺次第。存分に見せつけてやるよ。






 アコースティックギター一本でステージに立つ俺は、声量のチェックも合わせればリハーサルは10分も掛からない。

 PAのアルバイトさんたちは俺と同い年くらいの若い男の子で、こちらとは仲良くさせて貰った。本番に余計な心配をすることも無いだろう。


 控室で他の出演者に挨拶を済ませると、すぐに一組目のステージが始まった。


 今日の参加者は計13組。俺みたいなソロは勿論、ロックバンドに音源と身体一つで乗り込んで来たアイドルと、多種多様なアーティストが揃っている。



「シノちゃん、久しぶり。まさかスターダムで会うとは思ってなかったよ」

「うわっ、丹波タンバさん! 超久々じゃないすか! え、もしかして……」

「そうそう。今は『Nostalgia』でギター弾いてるんだよ。暫くサポートやってたんだけど、こないだ正式にメンバー入りしてさ」


 会場の裏口に設置された喫煙所へ顔を出すと、二年くらい前まで八宮waveで世話になっていた、丹波さんという先輩ギタリストと再会する。他のバンドで活動すると言って拠点を移したんだよな。



「こないだNostalgiaの出した新曲でギター弾いてたのって、やっぱ丹波さんだったんすね。MVに出て来ないのにリード流れてるから誰なんだろうって。すっげえ聴き覚えのある音だと思ったんすよ」

「あははは。さっすがシノちゃん……あの曲が伸びたおかげで、二階堂さんに目を付けて貰ったんだよ。ぶっちゃけ俺は好きじゃないんだけどな」

「あー。言わないようにしてたのに……」

「仕方ないだろ、今どき真っ当なパンクロックは流行らないしさ……あぁ、でも今日のライブではやらないからな! シノちゃんの前にガッツリアゲておくから!」

「うわぁ、ハードルたっけー」


 久しぶりの再会にトークも弾む。


 Nostalgia、今どき珍しいくらい熱くて良いバンドなんだけどな。こないだ出した新曲はメロディーもMVの演出もアイドルみたいでちょっとイマイチだった。


 そうか。今日はあの曲、やらないんだな。まぁ普通にカッコいいバンドだし、別にいつも通りのステージでも十分盛り上がるだろ。

 それで二階堂に嫌われて締め出し喰らったとしても、Nostalgiaはこっちが拠点じゃないから大してダメージも無いだろうし。



「がんばろーぜ、シノちゃん」

「お互いにっすね!」


 拳を合わせ健闘を誓い合う。


 勿論負けるつもりは無い。

 必ずNostalgiaより良いライブをしてみせる。

 自信も、根拠もあった。






 五時間後。俺たちは現実を知る。


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