第5話 八百八十八番目の長女

「どうして私を呼ぶの」

その目と初めて焦点があった。そこにたくさんの私が映っていた。

「行こうとするからだよ、まだ道がないのに。まだ門が閉まっているだろう」

「掃いているこの道を通って行くの」

「おかあさんもおばあちゃんもみんな通ったんだ、ここを」

私を見ていた今井さんのおばあさんの顔がお母さんに変わった。目にはまだたくさんの私が映っていた。

「世界中の長女から生まれた長女のまた長女、三代続いた長女だけが通る道なのよ」

やっぱりお母さんだ。

「どんな道、なにがあるの、景色は見えた、なにか覚えている」

「おばあさんが掃いていただけ。それだけの道、何もないのよ、なにも。おかあさんで八百八十七代目だって言われただけ」

そこまで言って、また今井さんのおばあさんになった。

「道には時間もないんだ。長女たちの憎悪や絶望が地層のように重なって景色を消した。だから掃いていたのさ。せめて時間だけは取り戻したくて」

「じゃあひょっとして私って」

「そうだよ」

訊こうとしたのに今井さんのおばあさんが先に応えた。

「そう、今から生まれる長女さ。時間が戻れば特別な使命を持ってあの世に行く」

「あの世」

「ああ、ここじゃないからね」

「そこにママがいるのね」

「死んだ人にあの世もこの世もない。あの世ってのは人間になって暮らす時間さ」

今井さんのおばあさんが竹箒を強く握った。

「八百八十八番目の長女には特別な役目があるんだ」

「誰から数えてなの、一番初めは誰なの」

「無から数えて最後の数さ」

「最後?」

「また初めに戻すために生まれるのさ」

「私が」

今井さんのおばあさんが大きくうなずいた。

「選べるのは一つだけ一回だけだ。ちゃんと考えな。なーに、生まれてから考えたっていいさ。八百八十八番目の長女なんだから、そこからは逃れられない。考えて選ぶんだ。選んで無にするんだよ、いいね」

そう言って今井さんのおばあさんが箒で空中に円を描いた。掃いたという方が近い。

穂が通った跡に、どろどろの赤黒い塊が見えてきた。地が裂けて稲光が止むことなく光っていた。

まさかここに行くの。これがあの世なの。

違うわ、逆だ。選ぶってそういう事か、無になるって意味が分かった。

「止める事は」

「それはできない。八百八十八番目の宿命だ」

そう言ってまたサッと宙を掃いたら火山が消えた。消えたけど幾筋もの線が残っていた。

その線が動いてた。うそっ。

津波が迫ってきた。

「だめっ」

波に飲み込まれる寸前に掃き消してくれた。

「それじゃあ、こっちかな」

またサッと掃くと巨大な火の玉が迫ってきた。

「やめて」

サッと消した。

「あと一つしか残ってないよ」

「だったらそれでいい。そしてそれがなんなのか私は知らなくていい。知らないままあの世に行く」

目をつむったまま哀願した。

サッと音がして、今井さんのおばあさんの気配も消えた。

目を開いたら、笑顔のおかあさんがいた。

「おお、かわいいねえ。こんにちは、なっちゃん」

私はおかあさんに抱かれていた。

あの世に生まれたんだ。

笑顔のおかあさんに伝えたい事がたくさんある。私は全てをリセットするために生まれたの。

「なんてかわいいの、私の天使」

私は手足を動かす事しか出来なかった。

そしてすでに、無になるカウントダウンが始まっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る