第15話 宰相の娘、フォッシーナ・ピエトロの話・4



 九歳の時に、近隣諸国との平和条約が結ばれた。


 即ち、周辺国でちまちま争ってないで、最近調子こいてる西の皇国にデカい顔をさせないよう皆で牽制しようぜ、な意味もある条約らしい。これによって、五年に及ぶごたごたは終止符を打った。王国に平和が戻ってきたのだ。

 多くの騎士達にも余裕が出来た。各国に派遣されて家族とも会えない日々を過ごしていた彼等も、言葉は悪いが暇になった。



「その暇になってしまった騎士達の中から、ローレンス殿下の師匠を決めに行くんですね」

「暇な騎士に師匠になってもらいたいわけではないけどな」


 相変わらず私達は仲良しだった。手を繋ぎながら訓練場へ向かう。途中、すれ違う大人達が微笑ましく見送ってくれる。私達可愛いでしょう? 仲良しでしょう? 信頼しあっている婚約者同士なんですよ。そんなアピールを忘れない。ペット枠で喜んでいた私はもういない。第二王子殿下の婚約者という立場を盤石なものとして、確実に婚姻に至らせ、ゆくゆくは権力を持って同性間の恋愛を認めるという法律を作らせるのだ。


「ふっふっふ」

「また何か悪い事を考えているな、私の婚約者殿は」

「あら、悪い事ではありませんよ。とても素晴らしい世界の事です」

「…………」

 ニコリと笑って答えると、殿下は曖昧な笑みを浮かべて受け流した。数々の恋愛小説でポンコツな王族の話を読んできた私が見ても、ローレンス王子殿下は優秀な王族だと思う。人に平等で、正義感が強いが柔軟な考え方も持っている。私が婚約者になってから、ずっとポンコツな王族はみっともない、という話を耳を塞ぎたくなるくらい毎日聞かせたおかげだ。王子教育を手掛けている教師達からも、私のその偉業は盛大に認められている。


「ローレンス殿下、受け流すのが上手になりましたけど婚約者の私の言葉には、もう少し反応してくださってもよろしいのでは? 殿下が皆に平等なのは素晴らしい事ですけど」


 ローレンス殿下は皆に平等。平等に冷酷。常に仏頂面は幼い頃から変わらない。対処しきれない事があるとアルカイックスマイルで誤魔化すスタイル。

「平等かな? きみの前では結構笑っていると思うが」

「誤魔化しのアルカイックスマイルですね」

「違う」

「だって、愛するペット(改)の私の話を、いつもちゃんと聞いて下さらないから」

「愛するペットの話はいつだって真摯に受け止めているぞ。ただ、愛する婚約者は法改正の話ばかりするから、たまに聞き流しているだけだ」

「まあ!」


 九歳にしてこの返し。将来どんなイケメンに育つのかしら。ペットとして婚約者として傍で見守れるこの立場、贅沢の極み。


 そうこうしている内に訓練場へ到着した。


「第二王子殿下、ようこそお越し下さいました」

 近衛騎士団長が挨拶に来てくれる。殿下の隣にいる私にチラリと視線を寄越し、私にまで敬礼をしてくれた。

「ボールドウィン候爵、楽にしてくれ。今日は私の剣の師匠を探しに来た」

「殿下、それでしたら……」

「いや、いい。私の婚約者に決めさせる」

「は?」

「これから長い付き合いになるのだ。私の婚約者ともうまくやれる人間でないとならない」

「……はぁ」

 ボールドウィン侯爵は、殿下の説明が頭に入っていかなかったのだろう。目を点にして固まっている。今まで、婚約者に剣の師匠を選んでもらった王族なんているのだろうか。第二王子殿下はペットに甘いと、各方面からなめられませんように。


 訓練場を見渡す。近衛だけあって美形が多かった。その中でも無駄にキラキラしい一角がある。超絶イケメンと、女性といっても違和感のない美形のコンビ。冷たそうな顔つきのイケメンに、にこやかな美形が話しかけている。鬱陶しそうにしているのがツボだ。もう、その二人から目が離せなくなった。

「どうした?」

「……あの二人がいいです……」

「…………美形だな。面食いめ」

「私が面食いなんじゃなくて、美形二人がいちゃいちゃしてるのを想像するのがいいんですよ! 私は殿下の婚約者。他の男性に目移りしたりしませんよ?」

「わかったわかった」

 小さな子供に言い聞かせるように、頭をぽんぽんとされる。お兄さんぶっちゃって。同い年のくせに。唇を尖らせて睨んでいると、それに気付いた殿下が口の端をあげた。最近、妙にいい男風の仕草を身に着けている殿下だ。



 後日、剣の師匠は、ハリー・オクトーバー公爵令息に決まった。もう一人の美人にも頼みたかったが、二人は駄目だそうだ。オクトーバー卿は、ノーベンバー伯爵も名乗っていて、十歳も年下の婚約者がいるらしい。男女でも、歳の差婚は萌える。美人の騎士は、トニー・マーラー子爵。なんと妻子持ちらしい。しかし、妄想は自由である。私は、殿下の剣の稽古には毎回ついていって、あのキラキラしい二人の妄想を繰り広げる予定。ノーベンバー伯の嫌そうな顔は気にしない。私にウインクしながらわざとノーベンバー伯にベタベタ触るマーラー卿には、奥様とお子様宛てにプレゼントを贈りまくる予定だ。



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変人令嬢達は裏庭で優雅に茶を啜る 香月しを @osiokackey

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