第14話 宰相の娘、フォッシーナ・ピエトロの話・3



「え? どうして? ペットの件はお断りした筈だけど」


 朝食のソーセージをナイフで切り分けながら、家令に質問するが、彼は首を捻るばかりだ。両親ともに、朝から王宮へでかけている。国王陛下から、陽が上るまえに馬車を寄越されて、寝込みを襲われるように王宮へ拉致されたのだ。邸の騒ぎで私も早く目覚めてしまい、二度寝する気にもなれずに朝食をとっているところだった。


「王子殿下を門前払いするわけにもいかず、貴賓室でお待たせしております。お早目にご準備下さい」

「はあ~、淑女を犬扱いした事といい……王子殿下は常識を知らなすぎると思うのよね。先触れの直後に来ちゃったら、意味なくない?」

「お嬢様、不敬になりますので」

「私七歳だから難しい事はよくわかんない」

「いつもながら、切り替えがお早い」


 仕方なく、早めに朝食を終え、それなりに着飾って貴賓室へ向かう。第二王子殿下は、私の姿をみとめると、軽く手をあげた。

「お待たせ致しました」

「いや、私が強引に押しかけてきたようなものだ。こちらこそすまない」

「あら、御自分でわかってるんですのね」

「…………」

 家令が扉の前で咳払いをしている。ローレンス殿下の侍従のような男性は、ほんの少し眉間に皺を寄せた。表情に出るなんてまだまだね。私は、どんなに萌えても、顔に出していないつもりよ。


「それで? どのような用件でしょうか?」

「うん、人間としてのペット枠に入ってもらおうかと思って」

「あら……」

「どうしてもお前を飼いたい」

「貴女、または、キミ、ですわ」

「は?」

「お前と呼ばれるほど、殿下と私は親しくありませんし、私は殿下の奴隷でもありませんの」

 ハトが豆鉄砲を喰らったような顔をして、殿下は固まった。しばらく、真ん丸な目で私を見詰めてから、急に笑い出す。

「…………それは、失礼した」

「笑ってるけど、反省してるんですか?」

「してるしてる。おま……キミは子犬じゃないからな、本当に失礼だった。ごめん」

 この方は、ちゃんと話せば、わかってくれる方だと感じた。真摯に向き合えば、きっと良い関係が築ける。私の勘がそう告げている。


「ペットになってさしあげても、よろしくてよ?」

「本当に?」

「ええ。私を、ちゃんとレディとして扱って下さるなら」

「勿論だ。でも、ペットみたいに世話を焼く事はあるぞ? なにせ、私に飼われるのだからな」

 優雅に手を掬われた。甲に口付けをされる。こうして私達は、ペット契約を結んだ。両親がいない場所で。


 勿論、後で問題が生じた。




「婚約者でもない二人が、一緒のお風呂に入るとは、なにごとですかああああ!!」


 苦々しい顔をした両親だったが、なんとかペット契約の事を説得して、私は毎日のように王宮に通うようになった。通いペットだ。

ある日、ローレンス殿下の鍛錬にお付き合いをして、そのまま殿下の部屋に向かった私達だが、その途中で、殿下の婚約者の座を狙う令嬢達に、バケツの水をかけられてしまった。頭から水を被った私は、髪の毛から靴下まで、びっしょり。このままでは風邪をひいてしまうという事で、殿下は自分が入ろうとしていたお風呂に、ついでのように私を連れて行ってくれたのだ。

 妙な気配を察知したのか、王妃様付きの侍女がお風呂を覗きにきて、大騒ぎをした。それこそ、王宮中に聞こえるような大きな声で。私がお風呂に入っている事が聞こえたようで、女性だけが集まった。中には、王妃様もいる。


「婚約者ではないが、ペットだぞ?」

「ローレンス殿下は、ペットである私が風邪をひかないように、お世話をしてくれているだけですよ?」


「いや、ペットって!! お世話って!! 二人とも全裸じゃないですか!」


「お前達は馬鹿なのか?」

「お風呂って、全裸で入るものですよね?」

「ちゃんと洗ってやったぞ? 体の隅々までな」

「はい。とっても優しい手つきで、気持ち良かったです」


 お風呂で温まってぽわぽわした気分になっていると、鬼のような顔になった王妃様が、ローレンス殿下の耳を引っ張った。

「痛い!」

「フォッシーナちゃんはよくわかってないみたいだけど、貴方はちゃんとわかってやってるわね、ローレンス?」

「いやいや、私だってまだ子供ですよ? 何もわかってないです」

「その答が、わかってるっていう事だっつうの!!」

 王妃様が大変お怒りでいらっしゃる。しかし、王妃様はああ仰ってくれたが、私だって、それくらいの知識はあるのである。なにせ、男性同士の恋愛本を読み漁っているのだから。そして、数々の男達で、妄想を繰り広げていたのだから。ただ、ローレンス殿下は、ペットとしての私を愛でてくれているのだ。いやらしい手つきなど一切なし。ちゃんとペットの世話をする、良い子。それが、ローレンス王子殿下だ。


「あの、王妃陛下……私は……」


 説明しようと口を開いたが、王妃様に笑顔で制されてしまう。


「責任を取りなさい。ローレンス」

「……は? 責任とは?」

「結婚前のレディの全裸を見、更に触りまくった責任を取れと言ってるのよおおおおお!!」


 大きな雷が落ちた。殿下と二人、耳を塞いで首を竦める。


 こうして、私は、ローレンス王子殿下の、婚約者になってしまった。



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