第13話 宰相の娘、フォッシーナ・ピエトロの話・2



 望まれて結婚するのが、女は幸せになれるものよと母は言っていた。


 小さな子供に聞かせる話ではない事は、おませな私にはわかっていたが、一応、わからないふりをしたものだ。うちの両親の夫婦仲は悪くない。美人の母に、家の中ではただのおじさんな父が上手に手の平の上で転がされている感じ。七歳の子供がわかった風な口をきくな? 七歳だって、ありとあらゆる恋愛物(男性同士)を読んできた百戦錬磨?の戦士よ。男女の機微なんて、わかってしまうんだから。

 今の私に、恋愛的に望むものなんてない。でも、ペットは別。私も、ペットはものすごく欲しい。つまり、婚約者として望まれるよりも、ペットとして望まれる方が、完全に上だと思うの。ペットとして望まれれば、とてつもなく幸せになれそうな気がする。


「よろしくてよ。殿下のペットになっても」


「何を言っているんだフォッシーナ! 親の私を差し置いて、王室との婚約を勝手に結ぶんじゃな…………え、ペット?」

「そうよ、お父様、ペットよペット。婚約者になってくれと頼まれたら、即お断りでしたけど、ペットとしての勧誘であれば、私も吝かではないですわ」

「な、何故だフォッシーナ! お前は、貴族令嬢なのだぞ? 何故ペットだなんて……」

「そ、そうですぞ、フォッシーナ嬢! 殿下の戯れに付き合う事など……」

 大人達が慌てて私を説得しようとしてくる。まあ、気持ちはわかるのだ。貴族令嬢が、王族相手とはいえ、ペットだなんて。それが、王子殿下が本気で強く望まれたものだとしても、ペット本人がそれで良いと思っていたとしても、外聞が悪すぎる。

 なんと言い返そうか悩んでいると、私を抱えたままのローレンス殿下が、呆れたような声をだした。


「は? お前こそ何を言っているんだ。戯れなどではない。私は、この令嬢を本気で飼って癒されたいのだ。お前、知らないのか? 彼女は、まるで子犬のようなのだぞ?」

「私が……子犬……?」

 自分でも知らなかった事実を初対面の少年に突き付けられて首を捻る。重くなってきたのか、地面におろされた。くしゃくしゃの髪を指で梳いてくれながら、殿下が笑う。新鮮。笑った顔など、初めて見た。


「私にしては珍しく、名前だって知っている。フォッシーナ・ピエトロ侯爵令嬢。そこの宰相の娘だ。三度の茶会で姿を見た。茶会が始まるとすぐに立ち上がり、どこかへ走り去って行く。三度全てでだ。兄や私と繋がりを持とうと、ギラギラした目でこちらを見てくる子供達と全く違う姿に、私は最初から興味を持っていた。ただ、すぐにいなくなるから声をかけた事はない」

「……どの令嬢にも興味が無いと、先程そちらの方にお話ししていたようですが?」

「令嬢には興味が無い。だが、お前は子犬だろう?」

「子犬に見えますか?」

「見えないけど子犬だ」

 話が通じない。私は一応貴族令嬢なので、子犬だと思われるのは不服である。子犬が喋りますか? 子犬がカーテシーをしますか? ペット枠で望まれるのを嬉しく思うのと、完全なるペットになるのとでは、ワケが違う。解釈違いだ。きっとどこまで行っても平行線で、意見が交わる事はない。従姉に誘われた世界では、一般的にはそう思われている。私は穏健派だけれども、過激派だったら、既に暴れている案件だ。


「ペットの件、お断りします」


 大人達が、安堵する様子が伝わってくる。帰りましょうと言いながら父の手を掴むと、殿下が叫んだ。


「なんで!?」


「私、人間なので。人間としてペット枠で望まれたのなら、婚約者として望まれるよりも、きっと幸せになれるかと思ったのですが、子犬としてのペット枠では、完全なペット扱いされてしまいますもの。私、首輪をつけられて悦ぶような性癖はありませんの」

 隣で、父が、七歳児が性癖なんて言葉を使うなと喚いている。耳年増なお子様なの。少しは大目に見て欲しい。


「そんな事はしない!」

「だって子犬なんでしょう? 散歩の時だってリードが必要ですわ。私は、自由を強く求めます」

「子犬なのに……」

「私が、ちょっと撫でられたぐらいですぐに尻尾を振るような、簡単な女だとは思わないことね!」

「そ……そんな事、思ってない……」

 ローレンス殿下は、いつもの大人ぶった顔ではなく、年相応の子供らしい顔で、困惑していた。眉が八の字になって、なんだか泣きそうで。少し可愛いと思ったが、お子様なのだから当たり前なのだ。そんな事で私は騙されない。ツンと顔を反らし、父の手をぐいぐい引っ張りながらその場を後にした。殿下はもう何も言ってこないし、追いかけてもこない。


 帰りの馬車で、ずっと呆然としていた父がようやく意識を取り戻した。


「えッ? さっきの何? プロポーズ? ペット契約? 口げんか? それで、いったいどうなったの?」

「お父様ったら、宰相としての姿が保てていませんわよ。少し落ち着いて下さいな」

「うわー! 七歳児に窘められる宰相! わー!」


 家族の事になるとだいぶポンコツになる父は、家に到着してからもずっと騒いでいたが、母に怒られて少し落ち着いた。王宮で起きたことの私の詳しい説明は、両親ともに理解できず、明日にでも国王陛下と話し合う必要があると結論が出て、その日はお開きになった。


 第二王子殿下が私を訪ねてくるという先触れが届いたのは、翌日の早朝だった。



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