第12話 宰相の娘、フォッシーナ・ピエトロの話・1
ペット枠で望まれたのは、初めてだなぁって思った。
私、フォッシーナ・ピエトロは、侯爵家に生まれ、更に宰相の娘でもある。故に、私を嫁にと望む声は、何年も前から後を絶たなかった。普段からあまり感情を表に現す事がなく、ぼーっとしていたので、御しやすそうだしちょうどよかったのかもしれない。
おデブで頭つるつるの父、宰相であるピエトロ侯爵は、王宮のお見合い茶会以外の場所でかけられた声は完全に無視をし、お茶会でも私が気に入らなければ、申し出を頑なに拒んでくれた。父の優しげな風貌に騙された高位貴族が私に暴言を吐こうものなら、全力でその家を御取りつぶしに追い込んだり、大変激しい幼児期を過ごさせていただいた。
そんな私も、もう七歳。幼児期を過ぎると何期になるのか調べたところ、遠い国では七歳からひとつところに集められて勉強をするシステムがあるらしく、使い勝手のよい『学童期』という言葉があるらしい。つまり私も学童期。ほかに児童期という言葉もあるそうな。
学童期を迎えた私は、趣味に突き進んでいた。ぼーっとしているのは、頭の中で高速で妄想を繰り広げているからであって、ただのアホの子ではないのだ。ある意味、ただのアホより性質が悪いと、母などはいつも眉間に皺を寄せている。そんなに感情を表に出してしまって、貴族女性としてどうなんだろうと甚だ疑問だ。
「フォッシーナ! どこだ! ああ、目を離すとすぐこれだ! 大変なことを仕出かす前に捕獲せねば……」
父が呼んでいる。駄々を捏ねて城まで連れて来てもらい、入った途端に猛ダッシュして逃げたのだ。幼い頃から鍛え上げてきた隠密と読唇術のスキルは、プロ顔負け。植込みに隠れ、父が誰かに私の特徴と見つけ次第捕獲するよう言っているのを読唇した。
(せっかく来たのに、何も見ない内に捕獲されてたまるか)
私は周囲に気を付けながら、中庭にまわった。三度のお見合い茶会のおかげで、城の見取り図は頭の中にバッチリ入っている。まわりの貴族令嬢は、その茶会で様々な相手と巡り合い、婚約していった。一番驚いたのは、同い年の侯爵令嬢が、茶会受付をし終えた途端に公爵家令息にプロポーズされていた事だ。その令息の美形なこと。涎を垂らさんばかりに観察していたら、隣に立っていた母に、顎を下から押えられたのは、不覚だった。
(だからといって、あの方と婚約したいと思っていたわけではないの)
私の趣味は、観察。しかも、男性同士の、禁断の恋。生まれて初めて読んだ小説は、従姉が持って歩いていた男性同士の恋愛小説だ。難しい字や言葉を、辞書をひきながら読んだ五歳の夏。ドキドキして、きゅんきゅんして、もう、読む事をやめられなかった。それを母に見つかった時は、従姉は目が回るほど怒られていたっけ。可哀想な事をした。
そんな私。今日は、父の目を盗んで、ときめき狩りに、王城へ。世界情勢が微妙なタイミングなのは知っている。浮かれた事を言っている場合ではない事も知っているけれど、子供に我慢を求めないでいただきたい。武官の邪魔をしないよう、本当は武官同士のあれやこれやが好きなのに、譲歩して、文官ウォッチングをすると言っているのだ。それくらい許して欲しい。
中庭には噴水があり、城勤めの憩いの場になっている。以前の茶会で観察したところ、美形の文官達が噴水の周りでお弁当を食べたり、珈琲片手に語らったりしていたのだ。その時は、私の不在に気付いた父に見つかり、猫の子のように持ち上げられて移動させられてしまったが。
(今日は、そう簡単には見つからないわよ)
草むらに身を隠す。中庭には夢のような情景が広がっていた。
キラキラした男性達が、穏やかに語らっている。美形万歳。萌えをありがとう。さらっさらの髪の綺麗系の肩に、短髪のクール系が手を置いたりして。ああ、妄想が爆走している。
そこに、父が駆け込んできた。だいぶ焦っている様子。つるつるの頭も、汗をかいてキラキラしている。以前私を捕まえた辺りを見ているが、今回は身を隠しているので、そうそう見つからない筈だ。クスクス笑っていると、中庭にいた人間が全員、一斉に同じ方向を見て、頭を下げた。誰か、偉い人が来たらしい。
「だから。仕方ないだろう。どの令嬢にも興味がないんだ」
「そうは仰いますが、殿下、三度参加された茶会のいずれも、ご令嬢達に声もかけていないではありませんか」
「女だけじゃないぞ? 誰にも声をかけてないんだ」
「更に良くないですぞ!」
「社会情勢が微妙な時期に、茶会もないだろう。子供の私だって今が大変な時期というのはわかる。女にうつつを抜かしている場合か?」
「うつつを抜かすわけではございません! 未来の王子妃を決める大切な茶会ですぞ!? それに、いずれは側近も決めねばならぬのです! もう少し、他に興味を持ってくださいませ!」
「どうやって? とりあえず、何にも興味を持てない。今は勉強で忙しいしな」
「勉強の合間に癒してくれるようなペットを飼うのは如何でしょう? ご自分で面倒を見たりしている内に、他者との関わり合いにもだんだん興味が出てくる事でしょう」
「…………ふむ」
「何が良いでしょうかね。犬か、猫か。はたまた鳥か。殿下は、何がよいですか? 仰っていただければ、わたくしがなんとか致します」
ローレンス殿下だ。この国の第二王子。たしか、私と同じ年だった筈。三回参加した茶会では、いつも王族のテーブルで、しかめっ面をしていた。王太子殿下と並ぶと、美形が二人で破壊力が半端ないが、私がときめくには年齢が少し足りなかった。少年にはあまり興味が無い。
そのローレンス殿下が私が身を隠している目の前を通り過ぎる。子供同士だからなのか、ばっちり目が合ってしまった。
「あ」
「あ」
まずい。そう思った時には、殿下が私の前で立ち止まり、じっとこちらを見詰めてくる。一緒に歩いていたお世話係のような人も、殿下に声をかけながら立ち止まった。
手が伸びてくる。腕を掴まれ、引っ張られた。草むらから引っ張り出された私の髪についた小さな枝や葉っぱを取ってくれてから、殿下が笑う。
「じゃあ、こいつにする」
「え?」
「は?」
戸惑っているうちに、小荷物のように殿下に抱えられていた。そんなに背の高さも変わらないのに、すごい。
「だから、ペットだよ。ペットを飼えと言ったじゃないか」
どすどすと誰かが駆け寄ってくる音がする。顔をあげると、死にそうな顔をした父が、泣きながら走っていた。
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