第15話 考察

 次々と本は目を通され読み終わった本は部屋の外に積み上げていき、もうこの部屋には戻す事はない。アメトリンの協力も相まって事は捗っていった。

 

 本の種類はというと考古学を始め多種多様、それらはバラバラに散らばっていて、たまに解読不可能な資料や全く関係のないものなど様々で、その変人の度合いが伺えた。それから読めど読めど減る気がしない物量がこの部屋には収まっている事に改めて気が付く。途中、取り忘れた昼ご飯の休憩を挟みながら時間は過ぎ去る。ガーアイ図書塔とは違い、外の状況が分かり気が付けば空はオレンジ色に染まっていた。

 

 そして図書塔の方向から鐘の音が鳴り響く。


「もうこんな時間ですか」

「夕方だね、ヒスイどうだった?」

「いや、ダメだった」

「そっか……」

「また明日にしますか? それとも泊まり込みで探しますか?」

「え、泊まっていいんですか?」

「もちろん、この研究棟は常に関係者には解放されていますから」

「どうする? ヒスイ?」

「一旦帰ろう、泊まり込みを始めるならパパラチアにも話をしなくてはならない」

「そうだね、また明日にします」

「分かりました、それではこの許可証を渡しておきますのでいつでも来てください。僕はまた明日もここにいますので」


 許可証を受け取ると二人はアメトリンに別れを告げ、研究室を後にした。


「何だかアメトリン寂しそうな顔をしていたね」

「同時に何か焦っているような印象も受けた」

「焦っている? 何で?」

「分からない、そこは俺達は詮索しない方がいいかもしれない」

「……そうだね、よーし! 明日も頑張ろう!」

「……足どうかしたか?」

「え、どうもしてないよ」

「本当か?」

「うん」

「……」

「大丈夫だって、なんかあったらすぐに言うから」


 ヒスイは横で歩くコハクが少し右足を引きずって歩いているような気がした。


……


 翌日の朝、パパラチアに今後、夜は戻らない事があるかもしれないと伝えると、パパラチアは”好きにしな”と一言だけ言って奥へ引っ込んで行ってしまった。相変わらず不器用ではあるが、この日も昼ごはんを用意してくれており、それを持って研究室へ向かう。

 

 研究室へ着くと既にアメトリンの姿があり読み漁っていた。


「おはようございます。今日も頑張りましょう」

「はい、よろしくお願いします」


 研究室での二日目が始まった。昨日からそれなりに部屋から出て行った物はあるのだが、風景がまるで変わっていないような錯覚に陥る。本や積み重なった紙に目を通しては溜息をついたりして、読んでは本を部屋から出すを繰り返した。そんな行動が続いて行く中、コハクがある本の山の上から数冊持ち上げると


「キャー!!」


 コハクの悲鳴が上がり、すぐさまヒスイが駆け寄る。


「どうした?」

「あ、あれ……」


 コハクが指差す方向を見ると人とはかけ離れた恐ろしい顔があり、ギョロとした目でこちらを見ていた。ヒスイはその顔まで近づき確認するとその事実をコハクに伝える。


「ただの石像だ」

「な、なんだ~」


 安堵したコハクもその石像に近づき、まじまじと観察する。おおよそ大人の女性と同じくらいの大きさ、石製のものであった。


「なんか、私達の村で祀っていた神様に似てるね」

「その像について何か知っているのですか?」


 不注意に出たその言葉に後ろで聞いていたアメトリンが興味を示すと、コハクは”しまった”という何とも言えない顔でヒスイを見た。


「その石像について調べたのですが、どこの地域の物なのか全く分からなくて」

「いや、俺にも分からない。俺達の村では豊穣神を祀っていたが、この世界で信仰にありふれている神ではあっても形は成してはなかった」

「では、なぜ君達の村で祀っていたと?」


 ヒスイは返答に悩んだが顔色一つ変えず切り出す。


「コハクは少し妄想癖だったり虚言癖の節があるんだ」

「へ?」

「村では皆困っていたんだ、有る事無い事、夢で見た事もまるで真実のように話す事がある」

「……」

「ああ……そうだったんですか……すいません、聞き出すつもりはなかったんです」


 何とかその場を切り抜け、安心したヒスイだが突き刺すような視線を感じ横を見るとコハクが引きつった表情でヒスイを見ていた。


「どうかしたか?」

「……何でもないです」


 明らかにコハクの機嫌が悪くなった事には気が付いていたが、何が原因なのかヒスイは鈍感ゆえ分からなかった。


 この部屋にはこの石像を始め、正体不明の物が沢山ある事が本を退けていくと分かり、石像病の手掛かりを探すのを含め、まるで発掘作業のようだった。

 

 発掘作業は続き、この日早くも夕方に。


「あ、そろそろ鐘が鳴るね」


 コハクがそう言ったのも束の間、聞き慣れた鐘の音が聞こえた。


「今日はどうしますか?」

「俺は泊まり込みで当たろうかと思う。コハクはどうする? 宿に戻ってもいい」

「私も泊まるよ」

「分かりました、そして大変申し訳ないのだけれども、夜は自分のやる事があるのでここから離れます」

「分かった」

「私達何も知らずに手伝ってもらって……忙しい中なのにありがとうございます」

「いえ、気にしないで下さい。毛布はそこの奥にあるので自由に使って下さい。それでは」


 アメトリンは4403研究室を出て行った。そして二人は本を読み続ける。


「昼の時はありがとう……けど、もうちょっと言い方なかったのかな?」

「妄想癖やら虚言癖の事か?」

「そうだよ! なんか納得いかないな!」

「悪い事をしたと思わせるくらいの内容じゃないと向こうも引き下がらないだろ、それにあながち嘘とも言えない。コハクは小さい頃、夢見た事をあたかも現実のように話す癖はあった」

「っく! ち、小さい頃は小さい頃でしょうよ!」


”コンコン”


 言い合いの最中に突然、扉を叩く音がした。コハクはアメトリンかと思い扉を開けると、そこに立っていたのはインカだった。


「や! コハク~!」


 インカはコハクを自分の胸に押し付け抱きしめると、思いのほか強い力でコハクは苦しくなりジタバタした。


「&’%’%(&)っぶっは! インカY’%$&’%00?」

「? 相変わらず何言ってるか分からないのよね」

「『何でここに?』と言っている」

「あ、ヒスイ。通訳ご苦労」

「それで何でここに?」

「今日泊まり込みなんでしょ? お母さんが夕食持ってってやれってうるさくてね。はいこれ!」


 インカは満遍の笑みで手に持っていたバスケットをズイっと差し出しヒスイに押し付けた。


「お腹減ったら食べな、お店にも今度ちゃんと来るんだぞ~、んじゃ、私はこれで!じゃねコハク!」


 そう言って突風のように現れ去って行った。二人はポカンとしてしまったが、コハクは吹き出して笑い始めると先程の言い合いも突風に吹かれてどこかに行ってしまったようだ。貰ったバスケットを開けてみるとパパラチアから持たされたようにサンドウィッチが入っていて、やはり親子だと思わせた。


 食べ終わると再び本を手に取る。オレンジ色だった空は漆黒へ姿を変え、学生寮にポツポツと灯る明かりがこちらへ届く。

 

 灯りが一つ、また一つ消えて行く頃、コハクはウトウトし始め遂には眠ってしまった。ヒスイは彼女を持ち上げソファへ運び毛布をかけた。

 

 それからヒスイは一睡もすることなく読み続けた。


……


 夜が開け、日が昇り学生達の話し声が増え始める頃、アメトリンが合流し三日目が始まる。しばらくするとコハクも目覚め復帰した。この日もインカが昼時に訪れ昼飯と夕飯を届けに来た。なぜ彼女がこうも自由に研究棟に入ることが出来るのかと問いかけると、元はガーアイの学生だったという驚きの答えが返ってくる事に。昨日のバスケットを回収し、またまた突風のように去っていた。

 

 時間が過ぎ、オレンジに空が輝くと鐘の音が鳴り響きアメトリンは研究室を後にする。そして二人は昨日と同じ過程を送った。


 翌日の四日目も同じ過程を繰り返す……

 

 五日目……部屋の本は残り一角まで少なっており、最初の風景とは全くの別物に変わる。ほぼ睡眠を取らずにいたヒスイを筆頭にコハクの体力も限界に達しようとしていたが僅かな可能性を信じて読み続ける。


 日もだいぶ落ち、三人はこの日も何も掴めずに終わると思われた。外もオレンジ色になって鐘の音が鳴り響く。

 

 ヒスイは教授が綴ったであろう手記に目を通していたその時、目を見開いた。


「石像病に関しての考察……」


 そう口に出すとコハクとアメトリンがすぐさま反応しヒスイを見た。そしてヒスイの元へ駆け寄る。


「本当に!? 本当にそう書いてあるの!?」

「ヒスイ君読み上げてくれますか」


 ヒスイは呼吸を整えその内容を口にした。


「石像病……これは世界でも類を見ない症状だ。突然体が石化してしまう難病である。初期症状は部分部分での違和感に始まり運動障害を来らす。この時期では感覚的違和感は覚えるものの特別身体上に異常は目視は出来ない。病状が進行するにあたり痒み、部分的にしこりのような物が現れ、身体上に異変を確認が出来る事となる。更に症状が進行すると、しこりの部分が石化し完全に運動機能が停止してしまう」


 そして確信的な事実に迫る。


「なお、この石像病に関しての治療法は……」


 そこでヒスイは止まってしまった。コハクもアメトリンも黙って聞いている。

 

 そしてヒスイは重い口を開いた。


「なお、この石像に関しての治療法は……治療法はなく、不治の病とされるであろう。私がこの石像病の症状について現段階で認識出来るのはここまであり、多くの文献でもこれ以上の事は知ることが出来なかった」


 三人は言葉を失った。


「だ、だけど、まだこの部屋のどれかに治療法が載っている本があるかもしれないよね!?」


 焦ったコハクが希望を持ち、切り出したが対してアメトリンは渋い顔をした。


「この先生の手記はおそらく行方不明になる直前に書いた物だと思われます」

「どうして? 何でそんな事が分かるんですか?」

「この記述がいつ書かれたのかの日にちがふられています。この日は7年前に失踪する直前だったはずです」

「そんな……」

「……残念ですが」


 力が抜けたコハクはその場に座り込み、魂が抜けた様になってしまった。ヒスイが近寄りソファまで彼女を誘導し座らせると、疲れと衝撃から気を失ったように眠ってしまった。

 

 そんな姿を心配そうにアメトリンは見つめていた。


「本当に興味本位で調べていたのですか?これほどの状態になるまで……もしよかったら本当の事を教えては頂けませんか?」


 考えた後、ヒスイはアメトリンに全てを話すことにした。自分達が外の世界から隔離された場所で暮らしていた事、そしてコハクが石像病に罹っている事を。


「そんな事が……」

「自覚症状は何かしら出ているはずだ。図書塔での出来事からも伺える。もうあまり時間がない」

「……申し訳ないです、だとしたら貴重な時間をここで失わせてしまった事に…」

「いや、あんたには感謝している。図書塔においても石像病の手掛かりは恐らくなかったに違いない。物量の少ないここで事実が分かって良かった」

「これからどうするのですか?」

「……分からない」


 希望が絶たれてしまい何も言う事が出来なかった。

 

 途方に暮れ沈黙が続く。

 

 ヒスイは何も考えが浮かばず無意識に手記の続きのページを捲るとそこにはまだ続きがあった。疲労困憊の中、それに目を通す。  




 ”始まりの人”についての考察


”彼女の村に伝わる、村のごく一部にしか教えられない伝記がある。

遠く遥か昔、村に病が蔓延し村人全員が死に向かおうとしていた時一人の巫女が神の元へ向かい自らを捧げた事で村を救ったというものだ。 

 病の正体は石像病だった事に始まり、村中で石像病が発症し人々を死に追いやっていく中、村の巫女であった彼女は村を離れ天に一番近く霧のかかる神山へ向かい自分の命と引き換えに石像病から村を救った。そして彼女自身も神となり崇められる事になったという。

 ここで大変興味深いことは彼女は今も生きているという。

信仰でもなく本当に生きているらしい。

そして彼女の元に辿り着いた者には願いを叶える事が出来るという。

彼女が自分を捧げに赴いた”天に一番近く霧のかかる神山”とは恐らくスフェーンの事だろう。

一年中霧がかかった険しい山だ。入ったら最後、生きては帰る事はないという。

ただ時間がない今早急に向かう事にする。”


                               ラピス




 最後に書かれたそれを見た時、ヒスイは再び大きく目を見開く。


「……この研究室の……あんたの先生の名前は?」

「ああ、言ってませんでしたね。ラピスと言います」


 彼はまるで時間が止まったかのように感じた。だが、それ以上は聞く事をやめた。


 ヒスイはアメトリンに先ほど読んだページを見せる。


「これは……先生が最後に向かったのはスフェーンという事か」

「このスフェーンという場所は遠いのか?」

「遠いですね。フローラを出発してカルサイトという街を経由、ジェットの荒原を経て神山スフェーンに、ひと月はかかるかと」

「そうか……三日後ここを目指しフローラを旅立つ」

「こんなおとぎ話を信じるのですか?」

「今や次に繋がるのはこれしか無い。それに……」

「それに?」

「たかがおとぎ話を確かめに言っただけとは思えないんだ。なんというか……この文章からは藁をもすがるような気持ちを感じるというか」

「そうですか……ですが先生が未だに帰らない事も事実ですよ」

「……分かっている」


 コハクの穏やかに眠る顔に胸を締め付けられそうになるが、スフェーンに向かう事を決意する。


 そしてフローラでの日々は終わりを迎えようとしていた。

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