第14話 微かな希望

 図書塔に篭り始めて三日目、この日も手掛かりはない

 

 それから四日、五日、六日と過ぎて行き根気よく続けていたが流石に精神的にも疲れが目立ってきた。今では馴染みとなったインカの店には図書塔からの帰りに必ず寄り、楽しみかつ失った体力を蓄える夕食であっても今日は中々気分が上がらない。


「……今日もダメだったね」

「ああ」

「明日は見つかるかな」

「見つけないとならない」

「そう言ってもう六日目が過ぎちゃったね」

「……そうだな……やり方を変えてみた方がいいか」

「やり方?」

「自分達だけでは限界がある」

「他の誰かに協力してもらうって事?」

「そうだ」

「誰に?」

「明日、37周から70周までいる学生に声を掛けてみよう、石像病を知っている人がいるかもしれない」

「なるほど! ……あれ? でも、それなら最初からそうしておけばよかったんじゃ」

「おそらく俺達の部族は外の世界では知られていないはずだ。不注意に知られてしまう事があったとしたら不味い。ましてやここまでして手掛かりさえない石像病にかかっている事もある。ここで研究対象として拘束される恐れがあったから人との関わりは最小限にしていた」

「そっか……」

「だが、今の状況では流石に埒があかない」

「うん、そうだね、よし!」


 ほんの少し希望が持てたように思えた二人は気を取り直し、目の前の食事に手を伸ばしこれからの為に力を蓄えようにした時、コハクはフォークを落としてしまう。通路側に飛び出したフォークを拾おうとした時、先に誰かの指がそれを掴んでいた。コハクはこちらの言葉でお礼を言おうとその人物の顔を見上げると、そこには金色の長い髪を後ろで束ねメガネを掛けたヒョロッとした若い男がいた。


「あれ? あなたは確か」

「あ、えっと、あの~」


 ガーアイ図書塔でコハクを助けたアメトリンであった。


「奇遇ですね、またお会い出来るだなんて」

「えっと、先日は有難うございました」

「俺からも改めて礼をさせて欲しい」

「そうですか……それじゃ一緒に食事をさせて頂けませんか、私いつも一人なので」


 三人は食事を取りながら色々な話を交えると外の世界においてはヒスイ以外の人間とは会話をしなかったのでコハクの気持ちが沸いた。

 

 まずアメトリンが何故コハク達の言葉が話せるのかという事だが、彼の専攻している考古学で師事を受けていた教授がかなりの変人だったらしく、研究の一つでほとんど情報もなかった古代文字の研究に明け暮れている時、そのお供として付き合った結果習得してしまったらしい。実際、数日前にそれを聞いて自分の口からスラスラと話せた事は正直自分でも驚いたと語った。


「そうなんです、まさか私の人生の中で使用するなんて思いもしませんでしたよ」

「不思議な人なんですね、アメトリンの先生は」

「そうなんですよ、急にいなくなったり。帰ってきたと思ったら妙にこの言語が上達していたり、何をしていたんだか」

「ここにはどのくらい住んでいるんのでいるのですか?」

「自分は生まれも育ちもフローラで、ガーアイの学生になったのは16の時だったのですが、今や何も成果が上げられず29歳になってしまいましたよ、ははは……」


 とりわけ話は質問をコハクがおおよそ一方的なものにしまってしまっているが、会話自体は弾んでいた。

 そんな様子をヒスイは黙って聞いている。先程、コハクに説明したように未開の人間だとバレてしまうのはよろしくない事で、うっかりとコハクが口を滑らせてしまいそうになった時、そことなく助け舟を出し話自体を反らせようとするつもりでいた。


「次に私からいいですか? 君達は一体何処から来たんです? 何故古代の言語を使えるのですか?」


 その問いかけに対して自分が下手な事を話してしまいそうな予感がしたコハクは視線でヒスイに訴えかけた。その視線に感づいたヒスイは少し考え、そして切り出した。


「その質問は後々話すよ。また質問で済まないのだけれども……俺達は石像病という病気ついての情報を探している。この病気に関して何か知っていないか?」


 あまりにも直接的な質問であったのでコハクはドキッとした。対してアメトリンは聞き慣れない言葉に眉間にしわを寄せていた。


「石像病? 聞いた事がないですね。一体どういう病気なんですか?」

「体が徐々に本当の石になっていき、最後は正に石像になってしまうものらしいんだ」

「らしい? 本当にそれは実在するものなのですか?」

「分からない、旅の途中でそんな話を聞いて興味が湧いたんだ」

「おとぎ話の一種かもしれないという事ですか……申し訳ない、流行病や奇病なども考古学の一貫で調べてみた事はありましたけど初めて聞きました」

「……そうか、ちなみにこの分野に詳しい人物を紹介してもらえはしないだろうか?」

「それも難しいですね。医学、薬学の学生は一般人の入れない場所で勉学を励んでいて自分達とはまた別の区分になっているんです」


 その言葉に肩をガクッとさせたコハクに落胆の様子が見られ、ヒスイも地道に図書塔での探索を続けるしかないのかと思った矢先、アメトリンが”あっ”と言い何か思いたる様な素振りをした。


「そういえば先生の研究室……」

「研究室?」

「ええ、先程も言った様に私の先生はかなり変人だった事もあり、学生の殆ども知らない様な事ばかり調べていたんです。確か病気に関する事も調べていた様な」

「それじゃ、もしかしたら」

「可能性はないとは言い切れないですね」


 それを聞いたコハクは一転、希望に満ちた表情をヒスイに向けた。


「実は先生の研究室の片付けを担っていて、本当は入れてはいけないのだけれど二人を僕の助手として片付けを一任させることは出来るかもしれません」

「良ければ、早速そこへ案内してほしい」

「急ぐ気持ちは分かりますけど、今日はもう遅いので明日にしましょう」


 一筋、光が見えた。

 

 気分を新たに二人は追加の料理を頼み、力を蓄えると共にアメトリンにも振る舞った。困り顔のアメトリンではあったが二人に好意を素直に受け入れる事にした。

 

 この日が一番店に長くいたであろうか、満室の店内も人影が少なくなっていき頃合いをみて三人は帰ることに。最後に明日の待ち合わせの約束をしてアメトリンの背中を見送る。


「俺達も帰ろう」

「うん、明日は何か手がかりが見つかるといいね」

「そうだな」

「アメトリン良い人だったね」

「そうだと良いな」

「どう言う事?」

「簡単に信じると足元すくわれかねない」

「も~ヒスイは考えすぎだとよ」


 宿に戻るとコハクは風呂に入ってから寝ると伝えると部屋を出て行く。残されたヒスイは外着を脱ぎ壁にもたれ瞼を閉じた。

  

 ガーアイ図書塔の闘いはこうして終わっていきまた別の闘いが始まろうとしていた。


……


 湯船に浸かるコハクはこれから何か手がかりが掴めそうな気がしていた。明日に備え、そろそろ湯船から出ようと思いながら何気なく右足に触れると違和感を覚えた。


 コハクは小さなしこりのようなものが複数あることに気が付く。

  

……

 

 部屋は暗く、僅かな日の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。ヒスイはカーテンを全開にして部屋に明かりを取り込むと鋭い日光がベッドに突き刺さる。ところが今日は誰もそこにはいなかった。


「おはよう、ヒスイ準備は出来ているよ!」


 扉の前で仁王立ちで待ち兼ねているコハクがいた。


「行こうか」

「よし!」


 今日はフローラに来て一番の快晴で、市場でも普段より人が多く賑わいを魅せる。アメトリンとは昼前にガーアイ図書塔の前で待ち合わせの約束していて、到着すると既にアメトリンが待っていた。ヒスイ達の姿に気が付くと長い手を二人に向けて振る。


「おはようございます。それと昨日はありがとう、とても楽しかったです」

「こちらこそ、ありがとうございました! とても楽しかったです!」

「それでは早速行きましょうか」


 アメトリンに連れられて研究棟へ向かう。ガーアイ図書塔のちょうど真裏に建っている研究棟はそれ程の距離はなく、道の途中では学生の行き来が多くあった。


「お疲れ様でした、ここが僕らの学び舎です」


 目の前には七階建ての古くはあるが整備の行き届いている建築物が現れた。木製の両扉をアメトリンが開けると外観からでは予想もしてなかったが、玄関は明るい空間が広がっており、中央にはシャンデリアがぶら下がっている。

 左右には長く廊下が続いていて中央奥には両脇から階段が伸びていて上の階まで続いている。


 ガーアイ図書塔と比べると学生達の人数も多くせかせかと動き回っていて、所々で議論のような事も繰り広げられており、だいぶ雰囲気が変わっていた。


「騒々しい場所で申し訳ない」

「い、いえ、全然大丈夫ですよ」


 コハクはその場の空気に圧倒されるが、ヒスイはいつも通り顔色ひとつ変えなかった。


「先生の研究室は四階にあります」


 中央玄関の両脇から伸びる階段を登り四階を目指す。階段では学生にぶつかりそうになりながら、廊下では積まれた資料、本を縫うように、途中にある研究室での風景を横目にしながら進み続けると段々と人気も少なくなっていった。

 

 そして人影もなった時、ある一室の前でアメトリンの足が止まった。


「着きました」


 ”4403”の数字の札がぶら下がった扉。

 

 アメトリンはポケットから鍵を取り出し解錠した。ノブを回し扉を開けようとしたが建て付けが悪いのか、なかなか開かない。アメトリンが力を込め扉を引くと”バン!”と音ともに明け放れた。研究室の中は薄暗く、中がどうなっているのか分からないが、アメトリンは部屋に入ると咳をしながら奥へと進みカーテンを開け放った。光が差し込み、部屋の全貌が明らかになると、部屋中がいかに埃を被っているのが分かる。先ほどの扉の立て付けの悪さも踏まえると長い間、人の出入りがないようだった。


「さあ、先ずは掃除を始めましょう」


 そう言ったアメトリンの両手には箒が握られており、それぞれを二人に渡した。二人は言われるがままに掃除を始めたが予想以上に埃が酷く、外の光で空中に尋常じゃないくらいの埃が舞い上がっているのが目に見えて咳も止まらない。三人は布を口に縛り当てながら全ての窓を開き換気をしつつ机や本棚に被る埃を取り除いていった。


「この部屋だいぶ凄いですし、全然使われていない様なんですけど?」

「そうですね、本当に時々僕は訪れたりしますが、それ以外は誰も入りませんね」

「え……アメトリンの先生は?」

「かれこれ7年くらいですかね……行方不明になって」

「え、どう言う事ですか?」

「文字通り行方不明なんです。先日話した通り突然居なくなったり、パッと帰ってきたりそういう人だったんですが、7年前に姿を消してからパッタリと。……連絡も何もなく今生きているかもどうかも分からないんです」


 それを聞いてコハクは何も言う事が出来ず手も止まってしまった。また後ろを向いていたがヒスイの手も同じく止まっていた。


「数年前からこの部屋の明け渡しを迫られては何とかくらい食らいついてはいましたが、そろそろ限界で……そんな時に君達が現れた事で決心しました」

「そう……だったんですか」

「すいません、気分が下がってしまいましたね。さあ、気を取り直していきましょう!」


 朝からの作業だった事もあり、昼が少し過ぎた頃にはある程度の汚れはなくなり、人がいる事の出来る環境にはなった。それでも物が多い事は変わらず、とりわけ本や資料は積みあがったまま。


「これくらいで大丈夫でしょう。それでは本題に移りましょうか、ヒスイ君」


 ヒスイは積み重なった本に手を伸ばしその場で読み始める。その姿を見たコハクも身近にある本に手を伸ばしたのであった。

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