第13話 変わる事と戻らない事
差し込む光が昨日より弱い事もあり、元より暗い部屋は一層と暗くなっている。今日はあいにくの雨だった。
カーテンがヒスイに開け放たれ、強い光ではないが人が眠りから目覚めるには十分な光がコハクの顔面に直撃し、眉間にしわを寄せながらコハクはまた気が重たそうに目を覚ました。
「う~……おはよう。あ、あれ、……っ痛!!」
「……おはよう」
「え!? いつの間に? 記憶が曖昧で」
「俺は止めたよ」
「え!? 嘘でしょ!?」
「言わなくても分かるでしょ」
「ごめん!」
昨日も昨日とてインカの店を訪れ夕食を取ったが、ヒスイが用を足しに少し目を離した隙にインカから施しを受け戻ってきた時、出来上がっていたコハクを見てヒスイは再び頭を抱えたのだ。
「とにかくまたこれ飲んで」
「ごめん、ありがとう」
昨日の朝同様にコハクは薬を口に運びまたまた顔をしかめた。
今日もガーアイ図書塔に向かうのだが宿の入り口手前のカウンターに”二階奥に泊まる坊主と娘へ”との手紙と共に袋に包みと布が巻かれた棒状の物が置いてあるのに気がついた。二人は不思議と思ったが、その包みを解いてみると中には食べ物が入っていた。そして棒状の物は傘であった。二人は傘というも物を初めて見たのであったが弄っていると布が展開したので雨を防ぐ為の道具だと理解出来た。
これらはどうやらパパラチアが用意してくれた物らしい。そこにはパパラチアの姿はなかったが不器用なりの優しさを感じながら感謝の気持ちで二人はそれらを受け取った。
外に出てみるとパラパラと雨が降っているので二人は早速傘を広げ雨の中を歩く。傘は一本しかないので二人は一つの傘の中へ。コハク体はすっぽりと傘の半分に収まったり雨の一滴にも打たれることはないが、ヒスイの傘の持つ反対側の肩は雨に少し打たれていた。
塔に着き、中へ入ると晴れていようがいまいが中の明るさは昨日と変わらず蓄光石によって照らし出されている。そして中央の机には昨日の受付嬢が座っていた。
「こんにちは、今日はあいにくの雨ですね」
「こんにちは」
「今日も頑張ってください。素晴らしき知識がありますように」
軽く挨拶をすませると二人は螺旋道を登り始める。昨日同様、なんの苦もなく登り続け20周目に差し掛かかるとコハクに異変が起きた場所にコハク本人も敏感になっていた。
「ここだよね。私が意識なくしたのって」
「今は何ともないか?」
「うん、大丈夫」
「何かあったら直ぐにに言って欲しい」
「も~、心配し過ぎだって」
気丈に振る舞う中、内心同じ事が起きるのではないかと不安であったが何事もなく37周目に到着出来、コハクは安心した。
本棚から本を抱え、机に向かい、積み重ね、再び闘いが始まった。時間の感覚が失われ、本の中の世界へ意識を送り込む人々からは最小限の音しかしないが天候からかこの静けさの中に微かな雨の音がしていてそれが居心地が良い。
二人は必死になっているが本がただ積み上がっていくのみで発見まで至らない。
コハクは右足が痒いのか、度々爪で掻いたりさすったりしていた。
そうして時間が過ぎていくと流石に腹の虫が鳴いたのでパパラチアが用意してくれたご飯を食べる事に。包みを開いてみると野菜とハム、卵が挟まれたパン、いわゆるサンドウィッチでそれが6つ。頬張ると素朴ではあるが優しい味がした。そして時間は流れていくのだが、一向に石像病に関する記述は現れない。
”ゴーン、ゴーン”
閉館の鐘が鳴り響く。昨日と同じように現実に引き戻された学生達がそそくさと帰り支度を始める。同様に現実に引き戻された二人も帰り支度を始めながらコハクが問いかけた。
「どうだった?」
「何も得られなかった」
「そっか……でも、まだ二日目だもん。そんな上手い事いかないよね」
「……ああ」
「あーそれにしてもお腹すいたなー」
下り終わり1周目。受付嬢から帰りの挨拶を受け二日目の図書塔を後にした。
「今日は何食べよっかな~」
「……わかっているとは思うけど」
「だ、大丈夫だって! もう飲まないから!」
と言いながらもインカの店へ今日とて足を運ぶ。
「いらっしゃい! あー来た来た! 昨日はごめんなさいね」
「もうポロは勘弁してほしい」
「わかってるわかってる! お詫びに昨日お母さんにも良くしてもらうよう頼んどいたから。まあ、今日もゆっくりしていきなよ!」
後ろで二人の会話を聞きながらコハクは今日は何が食べられるのかと目を輝かせている。席に着き今日のお勧めの盛料理とポロ以外の飲み物を注文すると間も無く料理が運ばれて来た。
「今日は魚か~美味しそう~」
「取り分けるからそんなに身を投げ出さないで」
「早く早く!」
魚に夢中になっていると、二人の酔った中年の男が帰り際にコハクに話しかけてきた。
「おい! 姉ちゃん! 昨日は楽しかったぜ!」
「え?」
「また踊ってくれよな!」
「んん?」
完全に理解出来た訳ではなかったが日頃の成果からか、所々の単語からなんとなく何を言われたのかが分かったが覚えがないので首を傾げた。
「なんか、”楽しい”とか”踊り”とか言ってたような気がしたんだけど」
「昨日、中央で一緒に踊ってた男達だよ」
「へ?」
「昨日、出来上がったコハクが中央で踊ってた時に一緒に踊っていた男達だよ」
「ご迷惑をお掛けしました」
その後、出された食事は全てなくなり食後のお茶をすすっている。
「明日は見つかるかな?」
「見つけよう」
「うん、そうだね」
コハクはまた右足が痒いのか度々爪で掻いたりさすったりしていた。
ガーアイ図書等塔での闘い二日目が終わっていった。
……
考古学の研究室にて深夜だというのに、まだ明かりは灯り誰かが何か書きまとめている。
見回りに来た一人の教授がその人物に声を掛けた。
「おい、アメトリン」
「ああ、こんばんわ、教授」
「お前分かっているんだろうな?このままだとここに居られなくなるぞ?」
「分かっています。もう少しだけ待っていて下さい。必ず結果は出しますので」
「そうか。それと前に言った第四研究室の整理はすぐに済ませるように」
「……はい」
なんともバツの悪そうに答え、居心地の悪い気持ちのままながらも再び書きまとめ始めた。
……
石像祭が執り行われる予定だった日から二日後、ソダライトでは村人総出で片付けが行われており人々は失意や怒り、悲しみなど様々な感情が溢れていた。
ガーネもまた片付けに追われ、当日に使用されるはずだった衣装を丘の村長宅へ届けている最中であった。両手に抱えたそれをじっと見つめる彼女は至って冷静で、こういう状況になる事を彼女自身どこかで予感していたというか、望んでいたかもしれない。
村の丘、頂上の村長の家に到着するとガーネは扉を叩いた。
「こんにちは夫人、衣装をお持ちしました」
「あら、こんにちは、衣装はあなたが持って来た物で最後かしら?」
「はい、私で最後です」
「助かったわ~。疲れたでしょう、お茶でもいかがかしら?」
「ではお言葉に甘えて」
村長夫人は居間に通しガーネお茶を差し出す。
「このお茶とても美味しいのよ~」
「頂きます……あ、ほんのり甘くて私好きです」
「このお茶ね、コハクちゃんがくれたものなの」
「……そうですか」
「ガーネ、あなたは大丈夫?」
「と言いますと?」
「あなた、コハクちゃんと仲良しだったから」
「なんですかね。不思議と普通と言うか……もちろんコハクがいなくなってしまったことはともて悲しいのですがこうなって良かったとさえ思っています」
「そう……実は私もね、同じ気持ちなの」
「え、夫人もですか?」
「衣装合わせでコハクちゃんと二人で話をしている時、顔には出てなかったけどとても辛そうだったから本当はこんな事止めてもいいと思ったわ。だってまだ17年しか生きていないのにあんまりでしょう」
「大丈夫ですか? 夫人ご自身がそういった事を言ってしまって?」
「もちろん立場上、公には言うことは出来ないわ。村にとっては石像祭はとても大切なものだから皆んなの気持ちも分かるの。だけれどもね、今日あなたの目を見た時に感じたの。”ああ、私と同じだ”と」
「……なんだか安心しました。実は私もどことなく夫人にであれば正直な気持ちを言っても大丈夫な気がして」
「ふふふ、それは嬉しいわ~。だからこれはあなたと私だけの秘密ね。あら、お茶がなくなってしまったわね~。お代わり持ってくるわ~。あ、それとこの前畑を荒らしに来た猪をやっつけて干し肉にしたの。それも今から持ってくるから食べて行って~」
「あはは、相変わらず豪快ですね、ご馳走になります」
それからも話は盛り上がったが、まだまだやる事があるからとガーネは村長宅を後にした。
実の所、ガーネ自身の仕事は終わっていて、手持ちぶたさから何かないかと依然片付けが行われているのを見ながら村中を歩いて回る事にしたが…
「全く罰当たりもいいとこだ!」
「これからこの村はどうなってしまうんでしょうか?」
「もう何もかもお終いだな」
「きっと天罰が下るはずよ」
いく先々に繰り広げられる話が耳に入ってくるのでガーネは何か手伝おうと話しかける気も失せていく。
「なあ、アイツらは外の世界に行ったんだよな? 今からでも追いかけて連れ戻すことは出来ないのか?」
「何言ってるんだよ、外の世界だぞ。二人とも死んでいるはずだ。そんな場所まで自分が死ぬのはゴメンだね。仮に連れ戻したとしてどうする? 裏切り者なんだぜ? 神に背いた咎人として処刑されるのが当たり前だろう、俺が執行してやってもいい」
心無い話にガーネはひどく怒りを感じ、拳を握ったが、夫人との話が頭を過ぎり血が上った頭を冷やす。この居心地が最悪な場所にこれ以上いる事に耐えられないと思い、彼女は誰も居ない所に向かうことにした。
村から外れにある川、ゴツゴツと大きな石があって村人は近づかない場所、ガーネはそこに向かう事にした。どんどんと進んで行くと目の前に一際大きな岩が現れる。ここはコハク達と川に飛び込んで遊んだりした彼女にとって懐かしい思い出の場所であった。
その懐かしの大岩に登ると誰かがいて座っている力無い背中が見えた。
「あれ? ゾイ?」
その問いかけに背中の主が振り返ると予想通り、ゾイであったがその顔はひどく腫れ上がっていた。
「ぷ、何だその顔!?」
「クソが!笑ってんじゃねーぞ! ブサイク!」
「ブサイクはどっちだよ」
「なんだとコラ!」
「うそうそ、ごめんごめん、けどさ、そんくらいで済んで良かったんじゃないの? もしかしたら殺されてたかもしれないんだし?」
「うるせーな」
「夫人にちゃんとお礼した?あの日、戻ってから村中の人からボコボコにされてるのを止めてくれんだから」
「……ちっ、したよ」
「けど、久しぶりに見たわ。ぷ、あんたのそんな顔」
「どっか行けや!」
「あははははは、はあ……ねえ、なんであんな事したの?」
「……分からん」
「ふ~ん、そっか」
「……」
「あのさ、私あんたがした事間違ってると思えないんだ、むしろ格好いいと思うよ」
「……そうかよ」
「一人の所悪かったね。じゃ」
ガーネはその場を後にした。
ゾイにとってもこの場所でコハクやガーネ達との思い出の場所であって、ガーネは自分と気持ちの同じ人が今日二人もいてくれた事に嬉しくなった。
それからしばらくは村に戻らず、仲間と過ごした場所を巡り物思いにしたり、日が落ちそうになってから帰る事にした。
そしてそれは時間が経ち帰り道の途中ガーネは空へ昇っていく二つ煙があるのに気が付く。最初は畑の野焼きかと思い、特に気にも留めずにいたが、よくよく考えてみるとその煙の方向は畑の方向でない。はっとした時その方角からある事に気が付いた。それがコハクとヒスイの家の周辺だと確信に変わった瞬間、もうコハク達に帰る場所がないんだと思ってしまい、二つの煙を見つめながら彼女は瞳から涙を零し顔を覆った。
二つの煙が高く高く昇っていく……
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