第10話 旅路

 村を離れ、学問の都フローラを目指し数日が経った。素晴らしい程の快晴、360度遠くまで続く草原を二人は今歩いている。


「ヒスイ! 空見て!」


 コハクの興奮した声がヒスイの歩みを止めた。コハクが指差す空を見上げると遥か上空で巨大な鳥が両翼を羽ばたかせ飛んでいて、自分達に落ちている影の大きさからヒキズリの大きさの比では無い。

 

 広大な土地、嗅いだ事も無い花の匂い、豪雨の後に現れた今までに見た事も無い程の大きな虹。見るもの聞くもの触れるもの全てが二人にとって初めての事であり驚きと感動を覚えた。特にコハクは一つ一つの物全てに心を震わせこの世界にときめいていた。


 ラピスの手記ではソダライトからフローラまではおよそ十日程。


 日中はコハクの体調の事を考慮しつつ休憩を挟みながら歩き続け、日が落ちそうになると野宿の準備をし、食事は村を出る際に持って来た保存食とその場で調達した野生動物や野草などをで賄った。

 調理はコハクが行い、焚き火を囲い食事をしながら話をするのが日課になった。話といってもコハクの”今日のこれがすごかった”を話し続けヒスイはほぼ聞き手であったが毎夜コハクは嬉しそうに話す。

 

 一日中、誰かがいる事は何年もなかったし、食事を一緒にするのはヒスイにとって新鮮な感覚であった。そして話が終わりゼンマイが切れたかのようにコハクは眠ってしまう。


 揺らめく火越しにコハクの寝顔を見つめた。パチパチと枝が燃える音を聞きながら広がる星空の下、ヒスイも瞼を閉じ眠りについた。


……


 ある朝、眼が覚めるとコハクの姿がそこになかった。彼女より遅く起きた事はなかったのだが。起きて周りを見渡すが姿が見えない。微かに人の声が聞こえる。

 その声がする方向へ駆け寄ると見慣れない服装の大きな男に声を掛けられ戸惑うコハクがいたのでヒスイはすぐに割って入った。


「ご、ごめん、ヒスイ。ちょっと散歩に出たらこの人がいきなり……言葉が全然解らなくて」


 大きな男は不思議そうに二人を見つめていたが、再び話を始めた。


「~><***?**|~=|=0!?」

「え、え、なんて言っているの?」


 戸惑うコハクを背にヒスイは冷静に会話を始めた。


「><><>|~=&・・。。:;」

「===!>`**>>『『『!?」


 会話が成り立っているようだ。しばらくすると大きな男はヒスイの腰にぶら下がっているナイフを指差し何か言っている。対しヒスイも男の馬車を指差し何か言った。 

 すると男はすぐさま馬車に戻り、一冊の本と折り畳まれた紙を持って来た。本と紙を受け取りヒスイは紙を広げ全体を確認して畳んだ。次に本をペラペラと捲り考え込んだ。パタンと本を閉じると腰のナイフを男に渡した。


 男はそのナイフを手にするとたいそう嬉しそうにしヒスイとコハクに握手を交わし、そのまま馬車に飛び乗り行ってしまった。

 

 ポカンとするコハク。


「ヒスイ、今のなんだったの?」

「彼は旅商人らしい。コハクを見たとき見慣れない格好していたもんだから興味が出たらしい。声を駆けたら全く知らない言葉だったから当たりだと確信したみたいだ」

「へ、へえ。それでなんでナイフあげちゃったの?」

「見たこともない装飾が施されているから欲しいって言って来たんだ。それなら地図と本で交換すると言ったんだ」

「なるほど~。それはそうとヒスイ普通に話出来てたよ! 本当にすごい!」


 初めて外の世界に来て、いくら家にあった本で勉強してたとは言え、まるで今の今までこの世界に住んでいるようでコハクはいたく感心した。この出来事にコハクは舞い上がっているが、ヒスイはそんなコハクを不安そうに見つめる。


「さっきの商人が話がわかる人間だったから良かったが注意して欲しい。俺たちは不思議の対象でいい商材に成りかねない。あの男だってコハクの事を当たりだと言っていたんだ。今回は運が良かったと思う」


 そう言われるとあの時は感じなかった恐怖が溢れコハクは落ち込んだ。


「ごめん……今度から気を付ける」

「俺も起きなかったのが悪かったが」

「そうだよ! だって何十回も揺さぶったのに起きないし! だから朝ごはんの材料探しに行ったんじゃん!」

「……すまない」


 朝一番の出来事は結局、ヒスイが悪いという事で決着した。

 

 荷物をまとめて今日も今日とてフローラを目指し歩く。目新しい物も無くなって来て流石のコハクも静かになっていたのでヒスイはある物を用意していた。懐から革に包まれた物を取り出すとその紐を解き始めた。その中身は片手に収まるがそれなりに厚い本だった。革に包まっていたお陰で水脈に越えて来たがどこにも水に浸かった形跡はない。


「コハク、これ」

「何? 本?」


 受け取るとコハクはペラペラと本を捲る。そこにはあったのはヒスイの文字であり、見慣れない文字の下に自分達が使用している文字が小さくふられている。その横には説明文があった。

 

 それが外界の言葉が訳されている本だとコハクは理解した。それからもう一つの本をヒスイは手渡した。先ほどの旅商人と交換した本だった。コハクは再びめくり中身を確認したが、その本は外界の文字でしか書かれていなかった。


「この一冊が外界の言葉を訳した物?後の一冊は……ごめん、わかんないや」

「一冊は正解、もう一冊は小説だよ」

「小説?どんな物語なの?」

「それはその辞書を基に読み進んでいってみないか?」

「そんな難しい事……」


 コハクは最後まで言いかけたが気持ちを切り替え言い直した。


「分かった、やってみる」


 フローラを目指すまでの道のりにおいてヒスイの後ろでコハクはひたすら二冊の本と格闘していた。小説から謎の単語が現れる度に辞書に切り替え、その意味を調べ、解ると小説に書き込んでいった。日中も、食事中も、就寝前でも。コハクは二冊を手放す事はなかった。

 

 そして数日後、遂にコハクは読破したのであった。


「やった! 全部終わった!」

「おめでとう、どんな物語だった?」

「全ての命は繰り返されるって言う内容? 人、動物、植物の一生を描いていて、また次の命に生まれ変わるって事かな……楽しかった。私でも出来るんだね」

「これからもっと色んな本も読めるように、文字も書けて、言葉も話せていければいい」

「ありがとね、ヒスイ。もうちょっとこの辞書借りてても良い?」

「もちろん」


 それからもコハクは辞書を読み漁り、分からない事は聞き、言葉の発音も教えてもらい、その辞書の中の知識を吸収していった。

 そうした旅路の中、そして遂に二人は目的の場所が視界に入って来たのだった。


「コハク、コハク向こうを見て」

「ん、何?」

 

 辞書に夢中になっていて最初はヒスイの言葉が耳に入って来なかったが、ヒスイの示す方向に目を向けると一気に心が奪われた。


 遠くの方に横に長く、縦に高い城壁があり、それよりも背の高い建物が頭を覗かせていた。村では見た事のない。人にこの様な物が本当に作れるのかと思うと開いた口が塞がらなかった。

 近付くにつれてその大きさを実感し、正門まで来て改めて驚嘆したのだった。

 

 検問所も問題なく通過し遂にフローラに足を踏み入れた。

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