第9話 友達
月光が影の足元、次に胸、最後に顔を照らし出す。
それはゾイだった。
「ゾイ!?」
「コハク!何やってんだよ! こんな奴に着いて行ったら、とんでもない事になるぞ! お前騙されてんだよ!」
「違う! これは私が選んだの! ヒスイは私に選択する事をくれたの!」
「村を! 俺たちよりその混血を選ぶってのかよ! 裏切んのかよ!」
「違う! 私裏切るなんて!」
「コハク聞くな!」
「お前は黙ってろよ! 混血!」
ゾイはその手にナイフを握り再び襲いかかって来た。ヒスイも構えその太刀筋を見極め容易に身を捌く。ただ暴れるナイフは空を切り裂くだけで、まるでヒスイには届かなった。日々の獣達のやり取りに比べたらゾイなどまるで脅威ではない。
「くそ! なんでお前みたいな奴に! コハク騙して何するつもりなんだよ!」
「石像病を治す方法を見つけに外に行く!」
「ふざけんな! そんなあるかも分かんねえ事をコハクに信じ込ませんじゃねえよ!」
「ここにないのは確かだ!」
「死に行くようなもんだ! お前の妄想にコハクを巻き込むんじゃねえ!」
「村に残ってたらコハクは死ぬ!」
「そんな訳も分からない場所で死ぬよりはマシだろ!」
「お前コハクが死んでもいいと思っているのか!?」
その言葉にゾイの体が反応し動きが一瞬止まり、ゾイの中で矛盾と葛藤がいくつも交錯していた。
「う、うるせえ!」
それでも一心不乱にヒスイに襲い掛かるが先ほどまでの勢いがない。コハクに対する思いと自分の気持ちに戸惑いがそうさせていた。ヒスイは大振りになるゾイの右手を素早く取り、そのまま川底へ叩きつけた。そのままナイフを奪い取ったヒスイは馬乗りになって構えた。
「駄目! ヒスイ!」
事は決し、ヒスイはゆっくりゾイから離れると荷物を拾いコハクの所へ向かった。
一方のゾイは大の字なまま動かず天を見つめている。
「先を急ごう」
「でも……」
ヒスイは先を急ごうとしたがコハクは戸惑う。
「……いい訳ないだろ」
その場を離れようとした時、ゾイは小さく力のない声で言った。
「死んでいい訳ないだろ」
「ゾイ……」
「コハクと今まで俺達普通に暮らしていたのに……いきなりこんな事になって、村じゃ守り神やらでお祭り騒ぎになってて……これはいい事なんだと思い込ませたけど、全然納得出来なくて、なんでコハクが死ななんきゃいけないんだってずっと思ってるよ」
「なぜ何もしようとしない」
「どうしたらいいか分かんねえんだよ。俺は何も知らな過ぎるんだ……村の事好きだから決まりには従わなきゃいけないし、けどそれ以上に……」
ゾイは何か言いかけたが続きを言おうとはしなかった。コハクはゾイの気持ちを知っているだけに苦しかった。
「何にも出来ない自分に苛立ってて、お前がコハクを連れ出したもんだから、頭に血が登っちまってお前を殺す事しか考えてなかった」
風と流れる川が熱を冷ましていくと先程の狂人さが嘘のようにゾイは冷静になった。
無言、静寂が続き、コハクが何か言いかけようとしたその時”ピーーーーー!!!”と再び笛が鳴り響きく
「おい! いたぞ! ゾイ! よくやった!」
完全に居場所が知られてしまい、ヒスイはコハクの手を取り再び森の中に駆け出した。
「待て!」
逃げる二人を見て追っ手も駆け出した。先程とは違い追っ手は一人だったが、とても逃げ切れる距離ではない。ヒスイはいざとなれば殺す事を覚悟しなければならないと考えたが予想もしない事が起こった。
「おい! 何すんだ! 離せ!」
ゾイが追っ手の足に飛びついたのだ。
「行け! 混血! コハクを絶対に助けろ!」
追っ手は払い除けようとするがゾイも必死に食らいついた。
「ゾイ! ゾイ!」
松明の柄で”ゴツ!ゴツ!”と頭を何発の殴れるゾイを後ろに二人はその場を抜け出した。
無我夢中で森を駆け抜けていくと先程までの暗闇は無くなり夜明けが近い。一気に走り抜ける中、ヒスイは所々で同じ草を摘み取っていく。光がどんどんと強くなり、遂に森を抜け出した!
開けた場所ですかさずヒスイは耳を澄ませ水が流れる音を探した。そして音を見つけるとその所まで近寄ると手記通りに縦穴があり下では激しく水が流れていた。ヒスイは休む事なく籠を下ろし準備を始めた。
コハクは急ぐヒスイにおろおろとしていた時、太陽が現れた。自分達がいる場所は断崖絶壁の手前。太陽の光によって輝く雲の海。雲の先には今まで知らない世界が続いている。
コハクは目の前の神秘的な光景に心を奪われ言葉を失った。
「コハク、カゴの中へ!」
「う、うん!」
その声に急ぎ籠の中へ乗り込もうとした時、森からこちら目指し追っ手が七~八人向かってきている。
「ヒスイ!」
「くっ……!」
このままでは二人がカゴに乗り込前に追いつかれてしまう。ダメかと思われたその時、突然突風が駆け抜けた。それと同時に追っ手達が悲鳴と共に森の方へ逃げ帰って行ってしまった。
何が起こったのか理解が出来なかったが後ろを振り向くと、そこにはとてつもなく大きな影があった。ラピスの手記にあったヒキズリだ。コハクとヒスイの前まで頭を近づけたが”コーーーーーーーー!!!!”という耳が壊れそうな鳴き声を出し飛び立ち、逃げていく追っ手達を追いかけて行った。
「……助かった」
コハクは生きた心地がしなかった。それでもヒスイに急かされ籠の中へ、続けてヒスイも中へ入り蓋を紐できつく締めるとヒスイはコハクに覆いかぶさるようにした。コハクは少し震えヒスイの服をつかんでいる。二人は息を合わせ籠を揺らした次の瞬間”ドボーン!”と大きな音ともに水脈に飛び込んだ!
激しい水流の中、籠全体が何度も浮き沈む。至る所にぶつかり、落差の衝撃などを受け、二人は何度も水を飲み、身体中を打ち付けながらも暗闇の川を流れていった。
二人は必死に耐えていると確認しづらかったが足元の方で光りが強くなっていく。そして籠が宙に浮いた瞬間、一気に世界が明るくなった。それと同時に落下し”バシャーン”と深く沈んだ。
二人は息を止め頭上の輝く水面に浮かび上がると、二人は思い切り肺に空気を取り込む。籠の紐を解き岸につけ籠から出て周りを見渡すと、そこには先程いた森と何の代わり映えしない世界があった。
「私達、本当に外に出たの? なんかソダライトとあまり変わらないね」
「手記にも書いてあったように滝は森に隠れるようにある。この森を抜けた後、違う風景があるはずだ」
衣服が吸い上げた水を絞り使えなくなった道具は置いき、滝を背にして森をひたすら進む。
「さっき何で私達襲われなかったんだろう?」
「ヒキズリが嫌うんだ。この香草は」
途中でヒスイが摘み取っていったの香草を見せた。独特な匂いが鼻を刺す。
「確かにこれは近づきなくなくなるかも。あの人達大丈夫かな……」
「数は少ないけど森の中にはこの香草がある、それにヒキズリの嗅覚は鋭いからすぐに諦めるはずだ……そろそろ森が終る」
ヒスイの言葉に顔を上げる。そしてコハクの目の前に美しい風景が現れた。
広大な草原が風に吹かれ波打っている。遥か彼方には高い山々が連なり雲を貫いていた。
青空が今までに感じた事の無い開放感を感じさせコハクは呆然とした。
「コハク」
「うん……行こう!」
二人は世界へと歩き出す。
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