【短編集】異世界転生出来なかった者たち

ちょこさんど

第1話 次席新兵の死

私は恐らく優秀と称えられる人種だ。

特段勉学に励んだわけでも体術に秀でているわけでも、教官に媚びたわけでもない。

ただ言われたことを言われるがままこなしただけである。

しかし、ただそれだけで帝国陸軍学校を次席で卒業できてしまったのだ。

不甲斐ない。

それが私が同期の少年少女に対して抱いた唯一の感想であった。


私は卒業と同時にすぐさま大陸の前線へと送られることなった。

私のような優秀な新兵をすぐさま前線に送り経験を積ませ、さらに優秀な兵士に仕上げることができる余裕があるということはわが帝国の勝利はもう目前であろう。

前哨基地までは船で大陸に渡った後、人員輸送車に乗せられるそうだ。

招集日当日の朝、意気揚々と港へ向かうとそこには小汚い漁船と見間違うほどの小船と教官の姿しか見えなかった。

寒風吹きすさぶ曇天の中、私はたった一人で一刻以上も待ちぼうけを食らったのだ。

教官もいまだ来ぬ新兵に呆れたような、また一人待たされる私を憐れむような顔をしていた。

我々はもう生徒ではなく、兵なのだ。

そのことを理解していないものなどもはや同期でも、ましてやこれから戦友になどなれやしないだろう。


決められた時間を過ぎても港に集まった兵の数はまばらであった。

このような楽な戦いで経験を積め、さらには勲章もついてくるというのに馬鹿が多いことこの上ない。

この戦で左官にでも成れてしまうのでは、そんなことを思うと頬が緩んで仕方がない。

また本国に帰ってくるときには人を顎で使う立場にいるのだから威厳が欲しい。

高級品と伝え聞くべっこうでステッキを特注しようか、漆塗りの額当てなども持っているものなどいないだろう。


船での長旅はそんなことを想像しているうちに終わってしまった。

着いた港は雪のために活気こそないが、規模は出発地のそれとは比べ物にならないほど巨大だった。

私にはそれがすべて自分の城に見えた。

ここから私の輝かしいすべての歴史が始まるのだ。


すぐさま人員輸送車にぎゅうぎゅうに詰め込まれ前哨基地へと直行することとなった。

今度は船と違い舗装すらされていない道を延々と走ることとなった。

すし詰めで体も思うように動かせず尻が壊れるかと思った。

しかし次に同じ道を通るときはサスペンションのよく効いた高級車に一人で乗り凱旋する時であろう。

そう考えると苦が苦でなくなるような心地であった。


現地の上官の態度はなんとも猛々しい、軍人の誉れのような大人物であった。

ずらり並んだ新兵に一人ずつ勲章の引換券となる小銃を手渡し声をかけてくださった。

私は上官の言葉に目頭を熱くした。

たかが新兵の習熟訓練のようなものなのに、こんなにも熱く語ってくださる。

私は金言を胸に塹壕へと駆けた。


戦場全体に響き渡る銃声、爆発音、怒号、悲鳴、機械音、風切り音。

すべてが私の本能を昂らせた。

顔が熱い。

血が滾る。

ここには本物の戦場、本物の戦闘、本物の私がある。

私は手の内の小銃を握りしめ、すべてを俯瞰しようと塹壕から乗り出した。

直後、私の体を鉛の風が薙いだ。

手だったものから勲章がスルリと滑り落ちる。


こうして私は死んだ。

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