04-027.武将と剣豪。 Teufel Prinzessin und Kaleidoskop Schwertkämpfer.
午後に入り、次第に雲の切れ間が多くなる。風も少なく、暖かな陽射しが降り注ぐ時間も増えて丁度良い気候であろう。とは言え、過ごし易い、と恩恵を感じるのは、地元民や緯度の高い地方から来た者に限られることだろう。現に、熱帯、亜熱帯などの緯度が低い地方から来た
午前中の試合で勝ち抜いた
それぞれ
そして、冬季学内大会第二部
その最初を飾る試合は、トーナメントAグループで勝ち抜いた
――時刻は一三時半過ぎ。
「
「ごきげんいかがですか、
「どうやら万全の様子ね。激励に来たわ、激励に来たのよ」
ルーとベル、マグダレナの自称応援団が
「三人共、ほんとに試合ごとで巡回してるんだな。他も回って来たのか?」
三人の心意気は嬉しくもあるが、
「さっきシルヴィアさんのところに行ってきました! キュピーンってカンジでした!」
「シルヴィア姉さんはルーにオヤツくれたです。イイ人です」
ベルとルーの受け答えに温度差はあるが、ここへ来る前に
「
マグダレナは、
六月のホーエンザルツブルク要塞攻防イベントで、攻撃側チームの要となったシルヴィア、マグダレナ、
だからこそ、
だからこそ、シルヴィアが対策を練って来たのは当然であると。
「そうですか。シルヴィアも万全なのですね。それは願ってもない」
相手が手強いことを歓び、笑みが浮かぶ
「……
空気を読まず緊張感などブチ壊すことを平然と言い放つルーは平常運転だ。
ルーの言葉で、卓上に置いてあるドライフルーツの袋に皆が視線を向けると言う、何とも間の抜けた空気に
「やれやれ、またか。何度も言うが、それは試合後の糖分補給用だから全部は食べないでくれよ?」
応援団が滞在中だった約五分程は終始賑やかとなり、良い意味で空気を変えていった。
時刻は一四時。今回は午後からの試合が一戦毎に時間をとれたことから、試合コートは中央に一面のみへと再設営されている。
競技コントローラー近辺の待機線では、武器デバイスの最終登録等、準備を終えた
そして漆黒の中へ光を吸い込む
冬季学内大会の本選が始まってからの
『皆さん、
学園生アナウンサーが試合開始前の導入部として、
『さて。午後のために設営された特設試合コートでは第四回戦、つまり準決勝戦の一つ目が始まります。解説は再び戻って来た運営科六年、
審判業務の現場となる試合コートで、簡易式
午前中で幾試合か解説していたマリオと審判のエルネスティーヌは、休憩を挟んで再び戻って来た。技量も高い高学年である
『会場もお待ちかねでしょう! まずは
特に日本の
槍などの
しかし、
二二世紀では、十分な栄養摂取や自立を促す教育理念などのおかげで心身ともに早熟傾向であり、あらゆる事柄で低年齢層が熟練層の領域へ進出している。更に運動面なども最新の科学的トレーニング法などが広く普及しており、一般的に於いても個々の身体能力は一〇〇年前と比べ、世界的にも随分と底上げされた。
その結果とも言えるだろうか。世間で一流と呼ばれるアスリート達は、反射神経の限界値と一昔前に言われていた〇.一秒の壁を超えたのも一昔前の話。現在では〇.〇八秒にまで届く者さえ現れている。
速度と回避に特化している
相手が
この競技に於いて、重く取り回しが大きな
それをさせない練達した技量を持つ
『次に
紹介を受けて、シルヴィアも折り目正しい騎士の礼を一つ取った。肩で切り揃えたストレートのサンディブロンドが陽の光を浴びながらサラリと流れる。
『双方、開始線へ』
審判であるエルネスティーヌの良く通る高い声が、二人の競技者を促す。
開始線を結ぶ距離は四
「シルヴィアが今大会で戦った試合を見せて頂きました。歩法から戦術にいたるまで、いったい幾つの引き出しを持っているのかと驚かされます。なるほど、
「こちらこそ六月のイベントで
シルヴィアも返しが固い。二人共、生真面目な
互いが一度だけの遣り取りで終わる。しかし、今大会一の真面目なマイクパフォーマンスだった。
『双方、抜剣』
審判のエルネスティーヌが合図をかける。
シルヴィアが
「(なるほど。その小盾が
故に
『双方、構え』
その言葉を受け、二人は直ぐに戦闘態勢へと切り替わる。
そしてシルヴィアは右腕の肘を上げ、刀身を頭上後方へ流し置くファルシオンの型である
直立姿勢で軽く膝を曲げてはいるが、重心は
注目すべきは左手で持つ
『用意、――始め!』
審判が開始を告げる。
が、二人共その場を動かない。外からは様子見をしているように映っているだろう。その状況が数十秒経過した時、試合が動く。
いきなりシルヴィアがバックステップで後方へ飛び、完全に二人の間合いは一息では届かないところまで離れたのだ。
観客のみならず、観戦に回っていた
「さすがですね。まさか一瞬で気付かれるとは思いませんでした」
その
「恐ろしいですね。このような崩され方を受けたのは初めてです。本当に武術とは奥が深い」
シルヴィアは認識外から仕掛けられたことに、驚きと畏怖、そして自分が知らなかった技術を受けて溢れる好奇心を抑えきれないでいる。
「(一体、何をされたのか見当がつきません)」
何故か自身の重心が、下半身から上半身へ
開始からここまでの間、
人間は面白いもので、外部から受けた感覚や視覚情報をほんの僅かでも鋭敏に察知し、脳が対応しようと無意識下で反応する。
以前、ルーが椅子から転げ落ちそうになった時、
武術の心得がなくとも自身の重心移動は意外と簡単に出来る。意識せずに胸式呼吸をすれば重心が上がり、
――閑話休題。
二人の距離は五
誰しもがお見合い状態から相手を探りつつ有利な距離の奪い合いが始まるだろうと見ていた。
しかし、
無造作に、ごく自然な仕草であるかのように、例えるなら陽気が良いから散歩へ出かけるかの如くシルヴィアの元へ歩きだした。
「(っ! 仕舞っ)」
シルヴィアの
だからこそ、それを意に介さず無作為で近づかれた場合、相手が何をして来るか判別するために思考を一瞬取られて仕舞う。
その一瞬はシルヴィアの反応を後手に回させた。
刹那の
だが、その代償は大きく、両脚の位置とは逆に股関節を動かしたことで、直ぐには
本来の予定だった、
ところが、右脚を先に
お互いがその位置で仕切り直す。とは言え、
「(さすが、シルヴィアはエイルと真っ向から撃ち合うだけはあるな。
「(小盾と股関節の軸合わせだけで
そして、見て取ったシルヴィアの練り上げた技量は、決して
世界の強豪と数多く戦い抜いた経験を積んでいる
「(私の動き全体を追う視線を感じました。どうやら初手は見定めることに費やしたのですね。攻めと回避、両方へ動けない状況を造った上で私の本質となる動きを探りに来るとは)」
シルヴィアは
様子見どころの話ではなく、僅か一合で多くの情報を収集された。それこそ、これからの攻防で中核に紐づく動きを引き出されたのだ。
確かに技術で回避出来る事柄ではあるが、他流の同格相手に知られたとなれば、ここぞの時に
だからこそ、シルヴィアは攻撃に対処した瞬間、「仕舞った」と漏らしたのだ。
「(さて。
シルヴィアは再び
何気ない素振りで構えの順序立てと
その一連となる動きは、
それはシルヴィアが
来るべき攻撃は、シルヴィアが
盾を持つ側の左脚が接地したタイミング。
「(やはり、ここで来ましたか)」
罠を張ったのはシルヴィアだ。故に、どのタイミングで攻撃されるのか予測していたが、予測した最良を
そして、罠が発動する。
驚いたのは
しかし、そのまま
初めから歩法を
この段に入ればシルヴィアが俄然有利となる。右肘を軽く曲げたハーフカットの構えから手首を外回しにしながら、イタリア剣術家マロッツォの教えにある、
カラン、と
音と同時に、
だが、これは次を確実に通すための布石。
攻防へ被さるように――ポーンと、被弾した通知音が続けて二つ、場内に響く。
その折には、脇差を捨て次の動きに入っていた。
これこそが、本命の反撃。
相手に防御と追撃をさせない、遠間からの一撃。
――ブーと、合わせて一本となった通知音が、その結果を語っていた。
『
エルネスティーヌの高い声が良く通る。その
歓声を背景音にシルヴィアが語りかける。
「驚きました。仕掛けた罠を
よもや
「いえ、そちらこそ防御と見せかけて攻撃へ繋げる一手を打たれるとは、してやられました。結果、この試合は辛くもいただきましたが、
――
右腕を封じられることを防ぐため、遠間へ転がるよう
シルヴィアの攻撃が吹き抜け、最長位置まで到達したことを確認してから、脇差を横抜刀する。その流れで小盾を持つ左内肘を斬り抜き、再び
役目を終えた脇差を
後は相手の体勢が整う前に、
それが罠に掛かりながら
開始時と同様、二人の会話は固い。互いが礼儀正しい言葉使いで一言だけ交わし、待機線へ下がっていった。
選手待機エリアで経口飲料水をゆっくり口に含むシルヴィア。
「
一見すれば無敵ではないかと畏怖させるに値する、高位の域である
しかし、この世には完璧なものは物理的に存在しない。例え
シルヴィアは
何年も世界のトップ層と戦い続けたシルヴィア。
その者の名はエデルトルート。彼女自身で発動をコントロール出来ないが、視界の範囲内ならば本人が認識していない攻撃を受けたとしても身体が反射より速く防御する。まるで異能とも呼べる特殊技能だ。そして、異能たる
「これはエデルトルートに感謝ですね。おかげで何を見るべきか良い
過去の対戦があったればこその今があると、口元を緩ませるシルヴィア。
エデルトルートと剣を交わした経験は、
つまり、
彼女が
だからこそ、槍の攻撃を
それは全て、「経験」の一言で表せた。シルヴィアの優位性、そして
「途中までは思惑通りに運びましたが、
あの局面で
そんな奥深さも持っていた
「うーん、
午後は
「
――宇留野御神楽流 奉納槍術 奧伝三之段「
シルヴィアが疑問を口に出した最後の一手は、技として確立されていたものだった。ならばこそ、練度が高い筈である。
これは、戦場にて無手となり体術へ移行出来ない場合の搦め手に分類される技だ。付近に武器と
言葉にすれば容易く聞こえるが、そもそも対峙する相手は技量の高いことが多く、拾う素振りでも見せようものなら、即座に斬られて仕舞うのだ。それをさせず、尚且つ反撃するための技が故に、奧伝の一つに数えられる。
当身や受け身にて相手の攻撃を
今回は、
先の試合、戦いの流れが
「もしや、
同じ空間に
その
『さあ、お待たせしました! これから第二試合が開始です! 試合開始まで、第一試合を簡単にお
インターバルの終了に合わせて、場内にアナウンスが響く。
『冒頭のお見合い状態からシルヴィア選手がいきなりバックステップと、選手同士でしか判らない高度な攻防があっただろうと伺えました。次に
今試合の学園生アナウンサーであるマリオ・ライナルディが第一試合の振り返りを話だし、観客を盛り上げる。
『しかし、
マリオ特有の耳に残る抑揚を付けた喋りは観客の高揚を引き出し、次の試合に向けて場を温めた。
『双方、開始線へ』
前説代わりの解説がアクセントとなり観客の注目が次の試合へ興味を惹いていく中、それを敏感に感じ取った審判のエルネスティーヌが、丁度良いタイミングで選手へ合図を
これから始まる第二試合。開始線を挟んで向き合った二人が礼を済ませて上げた顔からは、第一試合で掴んだ情報を取り込んでいると、お互いが認識した。
二人の間に時間が流れる。この段階で軽く
「噂されていた、気付けば繰り出される攻撃。あの日、この目で見た時と比べ自身が受けて初めて、その恐ろしさを実感いたしました。なるほど、
シルヴィアの言葉は
「過分な評価、ありがとうございます。しかし、既に私の技が通じるか怪しくはありますね。小盾の技だけでも予想の上を
対する
互いが一歩も譲る気などはないのは当然であろう。
真剣勝負、手加減無用。幾ら負け越そうとも最後の瞬間まで勝利を掴むために足掻く。
それが
だからこそ、人々は
だからこそ、人々の記憶に残るのだ。
『双方、抜剣』
シルヴィアの鞘から抜いた直刀式
『双方、構え』
シルヴィアは、
しかし、
一方、
特殊、と言われるのは、槍が上段構えを取れば、必然的に相手の首より上を狙うことになるからだ。
競技の特性上、首を含む頭部への攻撃は反則だ。そこへの攻撃が意図的ならば、危険を伴う攻撃と判定され、即退場となる。故に、
槍使いである
『用意、――始め!』
その合図と共に、
「(……来ますか)」
次の瞬間、シルヴィアが予測した通り、遠間に居た筈の
ギャリリ、と金属が
シルヴィアは槍が引かれる速度に合わせ、そのまま
槍が連撃をするに有利な位置へ、
「(掛かった)」
一拍を置かずに槍の刺突が腹部へ繰り出されたことで、シルヴィアは試合を制したと確信する。
一撃目を受け流した
だからこそシルヴィアは、
――ポーン、と
だが、シルヴィアは止まらない。
更に貫通した槍を身体へ押し込むように半歩踏み込む。
その距離は、シルヴィアの攻撃範囲内だ。胸の位置に降ろしていた
ヴィーーと、一本取得を知らせる通知音が鳴る。
シルヴィアが一本獲り返したのだ。
爪先から離れ、爪先から降りる独特の歩法。それは、自然の中へ同調した
その移動は攻撃態勢を整える手段でもある。その場所に辿り着いたと同時に無意識下から槍の刺突を繰り出していた。
一撃目に反応したシルヴィアはさすがと言えた。
日本の槍は後ろ手で放つ技法を持つ。前手のガイドで方向を制御させ、後ろ手による引きと送りは股関節の可動で
それが仇になった。まさか、シルヴィアが小盾を使い
その結果が、
『シルヴィア・フィオリーナ・ベルトンチーニ選手一本! 第二試合終了。待機線へ』
第一試合と比べれば、あっという間に決着が付いた第二試合。しかし、その短い時間に凝縮された戦いを目にし、観客の熱気は益々上がっていた。
「お見事でした。私の想像が及ばない戦法で仕掛けてくるなど、良い修行をさせて貰いました。第二試合は私の完敗ですね」
潔く自分の負けを認める
「今回も賭けでした。望む展開へ持っていけるよう仕込みはしましたが、一撃目を放たれた時、仕込みが失敗したかと内心焦らされました」
会話はお互い一言だけで終わる。余分な言葉は無粋だとでも言うように。
「ルーのことは言えないな。実戦と競技の境界が認識出来ていなかったのは私もだった」
しかしながら、シルヴィアは胴に刺さった
「エイルと戦った時も、畳んだ腕と骨を使って穂が直ぐに抜けない判定で防がれたな。シルヴィアもやり方は違ったけど、
だが、シルヴィアは
「やっぱり、
明らかに格上の戦いをされたのだ。相手の良いように踊らされた試合結果は、自分が至らないことを浮き彫りにされた。自嘲気味の溜息を零した
そして――。
「ならば――」
一人は、目的のためならば
一人は、いつも陽気に振舞いながら何があろうと決して揺るがない少女。
人々が知る
「――私に足りないものを手繰り寄せれば良い」
時代の陰で脈々と続いた
その選択が自然に出ると
ならば。怖れが故に、必要なしと打ち捨てた
それは純然たる
唄おう
あれに見ゆるは荒魂。
あくがれさせで
シルヴィアは、お馴染みの経口飲料水で喉を潤してから大きく息を
「中々の綱渡りでした。まさか初撃で
そのお陰で、
それが判ったからこそ、シルヴィアは即座に反応出来たのだ。
「槍の引きが想像以上に速く、追いかけるのがギリギリでした。前手をガイドにする技法は、速度と威力を両立しているところが厄介ですね」
そもそもシルヴィアの罠は、マイクパフォーマンスが始まる直前、
それは
無意識の技が故、こちらが隙を見せたと反応し、攻撃をさせることが出来た。予想した攻撃箇所ではなく焦りはしたが。
結果として、シルヴィアが槍の引きに合わせて距離を詰めたこと、布石を打った上方への意識付けが無意識下へ刷り込まれていたことで、二撃目を当初の目的通り腹部へ刺突を導けた。それ以降は試合を見ての通りだ。
ポイントを失おうとも
「双方、後一ポイントの奪い合いですか。彼女を形作る根幹が何であるか、判る良い機会です」
最後の戦いに向け、シルヴィアは気を引き締め直した。
特に双方が後一つポイントを獲れば良い状況は、身心共に消耗度が跳ね上がる。お互い最後を締め括るに相応しい技を
だが
だからこそ、一瞬に価値がある。
学園生アナウンサーが三度、観客を盛り立て場内に熱気が
『双方、開始線へ』
シルヴィアは、開始線越しに向き合った
「それが本当の
彼女の真に恐ろしいところは、複数の武術を扱う高度な技量でも、冷静で正確な判断力でもない。真似することの出来ない深い洞察力にある。
シルヴィアは知的好奇心が旺盛で、様々な物を観察する。その中には当然、人間、つまり
「その御
『双方、抜剣』
三度となる
『双方、構え』
左脚を前に、右の
場内が騒めく。その原因は
彼女の構えは、槍では見ることがないものだ。ショートスタッフなどで見る
まるで大鎧を纏った武者が扱う刀術の上段である。
その独特な構え、と言うよりも
シルヴィアは、第三試合が今までの流れと全く異なるだろうと察する。
『用意、――始め!』
開始の合図がかかるが、双方は動かない。
特にシルヴィアは
そして、シルヴィアの判断通りであった。初手は、
ジリジリと。時間が過ぎてゆく。第一試合と異なるのは、外から見える形での応酬結果がなかったことだ。双方とも、攻め入るための一瞬を探り合っているかのように見える。
――内実は全く異なっていたが。
「(ここで更に
この試合、シルヴィアは牽制からの崩しで一気に仕留める技を用意していた。それが通じなくとも、幾らでも他の手に切り替える準備がある。しかし、それが一切無駄になると悟った。今の
あれは最早、策を
彼女と同じ舞台に上がらねば斬られて終わる。ならば、その舞台に上がろう。自分が持てる全てを一振りに込めて。
始めの合図と同時に、
「(
自分の流派に言葉だけ残り伝わっていた
あの技の一つひとつに何故、
――
――
だが、そこへ辿り着くために成すべきことを成さずでは、真の意味で届いたと言えないだろう。だからこそ、ここで宇留野御神楽流の全てを出そう。それが血塗られた技であろうとも。
「(世界と一つになる必要はない。私とシルヴィアだけ
集中すべきは一人のみ。それ以外はただの
音が消え、景色が消え、時間が遅速する。そしてシルヴィアだけが鮮明に浮かび上がる二人だけの世界。
動き出したのは二人同時だった。折り合い、気合いが付いたからではない。ただ、
シルヴィアは後ろに置いた右脚から
ここまで一瞬だった。歩法の駆け引きは、互いが正面を向いた状態で距離だけ詰まった結果となる。
その状況へ収まる
接地する筈だった右脚を滑らせ大きな踏み込みへ変え、
今まで誰にも見せたことがない最速の一撃。それは学園内最速を誇るマグダレナの刺突と遜色ない速度を持っていた。
最速の点攻撃。いかな
フォン、と風を切る長い音。途中でカン、と金属を打ち付けた音一つ。
――そして、ポーンと被弾を知らせる音が三つ。遅れてブー、と合わせて一本になった通知音が静寂の間に鳴り響く。
シルヴィアは刺突を繰り出した姿勢のままだ。残身にも見えるが、あまりの出来事に動きが止まって仕舞ったのだ。
「(一体、何が! 動きに全く対応出来ませんでした!)」
正面の
まるで出来の悪いコマ撮り映画のようだった。見えた軌跡は四つ。確かに見えはした。だが、それは被弾する瞬間のみ、だ。故に、
夢でも見たのかと錯覚しそうだ。だが、踏み込んだ右膝、左前腕、そして右上腕のダメージペナルティ。右手に持つ
「(ふぅ。まさか、無心の技より恐ろしいとは。あれは相手に何もさせず
試合終了の猶予時間が過ぎ、ダメージペナルティが解除された。シルヴィアは一つ息を
『試合終了。双方開始線へ』
シルヴィアの耳には審判の声がやけに遠くで聞こえた。精神力を一気に消耗した結果、届いた音の処理が遅れているようだ。
開始線を挟んで横に並ぶ
『
客席が落ち着きなく騒めき始める。一合の攻防で三度の攻撃が与えられたと審判が言葉にしたことで、観客もインフォメーションスクリーンに表示されたポイント情報を
『
シルヴィアの攻撃は誰しもが成功していたと見ていた。その後に獲り返されたのだと。しかし実際は、攻撃が当たる前に
『よって勝者は、
審判の手が差し上げられた
『第三試合まで
学園生アナウンサーの締めで場内から割れんばかりの拍手喝采が沸き起こる。それが試合は終わったと実感させる。
「おめでとうございます、
シルヴィアの賛辞に続く言葉は、
シルヴィアの刺突が決まる寸前、
「ありがとうざいます。むしろ、私の問題点を浮き彫りにしていただいたおかげで、自分と向き合えました。シルヴィアが相手で本当に良かった。また一歩踏み出せたことに感謝します」
二人は剣を交えた者同士でしか判らない言葉を混ぜて短い会話を終える。互いが軽く笑みで
競技者控室に戻った
現在、大量消費した糖分補給のために持参したブドウ糖タブレットとドライフルーツを次々に口へ放り込んでいる。
「うん。やっぱり決断させてくれたシルヴィアに感謝だな。しかし、
先の試合を振り返れば、シルヴィアは
それは六月に行われたホーエンザルツブルク要塞攻防イベントでのことだ。防御組であるエデルトルートを足止めするために対峙した時、
「世界選手権の常連ともなると、私の
どちらかと言えば、特殊技能を持つエデルトルートとシルヴィアが相手だったからではあるのだが。しかし、今回追い詰められたことで取り返しが付かなくなる前に次へのステップを踏み出せたのは大きな収穫だろう。
「実際やってみて判ったけど、一振りで
演武をする際は一連の流れで一つに見せるが、どう動いても一振りでは最初の四つまでしか繋がらない。だとすれば、技で指定された八箇所を狙うことが目的で、一連の流れは動きの基本を現している教本ではあるまいか。宇留野御神楽流の裏と呼ばれる技は、祖と言うだけに、それぞれの動きは基礎として表の技にも受け継がれている部分が多々ある。それを見るに、八つを狙う動きを都度、状況に合わせた組み合わせで使う線が濃い。
裏の技法と言うだけはあり、伝わっている心得も
こころしずめ事成りたまへ。人のけ
手足をもり、
――第三試合、最初にして最後となった一瞬の攻防。
歩法が終わる絶妙のタイミングでシルヴィアから放たれた刺突は、マグダレナと同等と言える最速の点攻撃であった。
――こころしずめ事成りたまへ。
精神を平静に保ち、事を成す。
――静の中に動を持って来ればいいんですよ。
友が誰かに言い聞かせていた言葉が浮かぶ。
――人のけ
相手の気配を見定め、一気に技を
――あれは、出来ないことチガウヨ。もう
友が自分に
出来る出来ないではなく、やる。
気配だけでなく心もスウッと世界に溶かす。世界と一体になるのではなく溶かすのだ。無心へ近づくために存在を消した。
――手足をもり、
裏の技法で狙う八箇所は、相手を無力化し、反撃させずに仕留めることが本質なのだろう。
まずは、迫り来る刺突を無力化する。
刀術に見える上段から、両腕をそのまま下へ降ろす。刀術もそうだが、基本的に構えの段階で刃筋を立てた軌跡となるよう、腕の位置を決める。腕を上げる、降ろす動きは、全く同じ軌跡をなぞる。そうでなければ、関節の回転で前後左右に刃筋が振れて仕舞うからだ。
そのまま
そして、再び
斬撃の終わりは完全に左半身へと変わった中段の位置だ。ここから
――宇留野御神楽流
縦の動作を基本とする裏の技法だ。他の技法ではいきなり頭部を狙うものもあるため、比較的ルールに適用し易い技法を
しかし、技の出始めから
後にインタビューでシルヴィアが質問に応じた時、「斬られる瞬間以外が全く認識できず動きに反応できなかった」と答えている。
その秘密は、認識の
溢れていた
そして、無拍子で放たれた技が、その
人間の映像処理速度は、年齢や個人差もあるが
だが、実際はシルヴィアが
シルヴィアが「相手に何もさせずに蹂躙する」と感じたのは
宇留野御神楽流
だが、その技を実戦の場で扱うには、
これが、第三試合で
次の試合は決勝戦だが、
「少しは近づけたかな」
ポツリと、誰に言うでもなく
困れば振り向き、手を差し伸べてくれる。
いつも背中を追う友たちの姿。
手を伸ばせば触れるところまで追い付けたのだろうか、と。
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