04-025.武将と戦乙女。 Teufel Prinzessin und Walküre Der Gnade Mitleid.
時刻は一一時を後少しで迎えるところ。
屋外Duelコートで第二回戦の全八試合が終了した。そして第三回戦へ進む八名、つまりベスト
各
【Aグループ】
エイル・ロズブローク、
【Bグループ】
シルヴィア・フィオリーナ・ベルトンチーニ、ヴェロニカ・レシチニスキ。
【Cグループ】
ヴリティカ・チャウデゥリー・ガウタム、
【Dグループ】
リンダ・フォーチュン、
八名の内、
しかし、他の
二人の存在は、競技者以外の強者が在野に潜んでいるのだと、雄弁に物語っている。そのような実例さえも見ることが出来るのは、
屋外Duelコートの四万五千席には空席が見当たらず、立ち見客も続々と入場して来る。学園内各所に設置されたインフォメーションスクリーン越しではなく、直接観戦をしたいがために入場チケットを購入し、場所移動して来た者達だ。現地会場で観戦する場合の特典目当てである。
一〇
その内部空間では、
試合コートを取り囲むSHF環境用多機能ポールはサイバースペースへ偏光フィルターを掛けており、レンズなどの光学機器で内部を視認出来ない仕組みだ。観客は試合会場の入場チケット購入時に、細胞給電式コンタクトレンズ型モニターや眼鏡型のARグラスモニターなど、個人用モニターへ閲覧表示の許可を受ける仕組みだ。
そこで特典が関わって来る。チケット購入者は会場内に限り、SHF環境用多機能ポールに実装された高性能カメラの視点越しに試合を観戦出来るのだ。コート一面毎にカメラの数が四〇を超え、更にドローンのカメラも対象となる。視点切り替えも自在で、
放送局や動画配信のカメラワークとは異なり、目の前にリアルタイムで戦う
但し、肖像権や版権、著作権保護の名目で、個人で試合の録画、写真撮影は原則禁止である。それでも撮影等をしたい場合、事前にかなり面倒くさい申請を出し、非常に厳しい承認手続きが通れば、許可が降りる。
試合会場の入場チケットを購入しない観客は、共有野外座席や学園内に至るところへ設置されたインフォメーションスクリーンに流れる映像で観戦するのだ。その映像はスポーツ競技などで良く見る、選手が
ベスト
試合コート第一面でトーナメントAグループの第三回戦を目当てに来たのであろう。これから始まるのが、注目カードの一枚であるエイルと
もう一つの試合は、試合コート第五面でトーナメントBグループの第三回戦だ。こちらはシルヴィアとヴェロニカのサーベル対決で注目度も高いのだが、六:四で観客をエイル達に持っていかれている。
一一時を五分過ぎ、試合コートの準備が完了した。試合コートの競技コントローラー操作を受け持っていた電子工学科の担当からメンテナンス終了の通知が運営チームに入り、学園生解説者がアナウンスを始める。
『皆さん、お待たせしました。これよりAグループ第三試合の開始です! 試合コート第一面の解説担当は引き続きスポーツ科学科六年、キース・スウィフトがお送りいたします。審判は変わりまして、スポーツ科学科六年、ロン・シャイダーでお送りします』
審判は第二試合終了まで立ち会っていたが、ここで交代するようだ。解説者が継続なのは、技量が高い
『お待ちかねAグループの競技者を紹介いたしましょう!
今回、装備の中で革
『続いて
エイルは片脚を引き、もう片脚で膝を曲げる様に背筋を伸ばした挨拶、カーテシーで応える。フワリと揺れる
そんなエイルだが、今回は武器デバイスの形状が異なっている。鞘は何時も通りなので
『双方、開始線へ』
審判が試合準備を促す合図で、ザワザワと騒々しかった観客が静かになっていく。競技者のマイクパフォーマンスに耳を傾ける準備のようなものだ。
二人が開始線へ辿り着き、まずは審判に一礼、そして互いに礼が交わされる。そして、
「あら、随分と自信に満ち溢れていますのね」
「エイルにはそう見えますか? 私としては何時もと
返す
「春のグループ予選ベストエイト決定戦が始まる前。あの時に見せた弱々しさが別人のようね。そこはやっぱり
「あの時の私も、今の私も、全て私の中にある一部ではありますよ。人の本質はそう簡単に変わりませんから」
「ええ、その通りよね。
エイルが平時と戦時に見せた
そして、この
二年前、
只者ではないからこそ、
――実際、
今年の春季学内大会本選。全力を出した
武術家ならば一度は至る夢を見る、遥か遠い絶対的な
そして戦いの間、
エイルの目的は、既に
「(これは……。フロレンティーナとは違った厄介さですわね。全く、次から次へと
少ない会話から得られたものは、
ゾーンと呼ばれる「超集中状態」へ入るためのメンタルトレーニングはない。ゾーンへ入るためには、平時のフロー状態がしっかりと確立されている必要がある。そこで初めてゾーンへ至る一歩を踏み出せるのだ。
それを
つまり、エイルはヴォルスング家の奥義「竜殺しの法」を最初から出さざるを得ない状況に、心の中で
「(シルヴィアと言い、
エイルが見定めた
「(ふむ、余り心理戦を使って来なかったな。何か確認でもしてた感じだったし)」
エイルが確認していたとすれば、自分が最近話題にされている
実際、武術の上級者であれば、ほぼ必須で持っている技能だ。攻撃の虚実に使用するものであるし、相手の反応を引き出すものでもある。マグダレナの戦法などは、その両方を自在に扱っているが故に、戦い辛いと評される。
ならば何故、と疑問が残る。
――それは、これから始まるエイル戦で理由が明らかになる。
『双方、抜剣』
審判の合図とともに
向かい側ではエイルが音も無く、
『双方、構え』
その声と共に、
そして、ザワリと観客席から落ち着きのない騒ぎが随所で起こる。その原因はエイルだ。彼女が今まで見せたことのない構えを取り始めたからだ。
ヴォルスング家に伝わる奥義「竜殺しの法」には、決まった構えは存在しない。奥義を使用する
エイルが見せたのは、ドイツ流武術や近似する武術に似た構え、ではある。
識者が見れば、ここから有効な攻防が出来るものなのか疑問を
「(初っ端から全力を出すのは初めてですわね)」
エイル自身も、見せられたら疑問を生じるであろう構え。が、只々淡々とその姿を受け入れている
だが、その言葉と共に、奥義「竜殺しの法」が
「(なんだ⁉ エイルの剣から外側一歩分まで何かの膜でもあるようだ。
心は静かに凪いでいる。その先へ辿り着く準備は出来ているようだ、と客観的に自分を捉える。辿り着く
自然に在るがまま。それこそが道に繋がる、と。
しかし、ルーンやティナは強制的にゾーン状態を造り出す法を持っているので、教えに水を差しているとも言えるのだが……。「一旦棚に置く」とは
両者の間には緊迫した空気などなかった。只あるのは、冬の静かで遠くまで見渡せるような冷たく澄んだ、何処か暖か味のある凛とした空気。
『用意、――始め!』
開始の合図で直ぐに試合が動き出すことは無かった。
エイルは開始の合図とともに、
只、
それほどまでに
噂される「
「(参りましたわね。
エイルが展開中の奥義「竜殺しの法」は、厳しい鍛錬と地道な修練により研鑽して鋭さを増していく。
五感を研ぎ澄ませ、六感で周囲を掴み取る。そして身体内部に巡る力を連動させて取り出し、十全に活用する。中国武術で言うところの
それら全てが自分の精緻に察知出来る範囲までを「法」の絶対領域として展開する。そこに触れるものが何であれ、情報差分からほぼ確実に察知と対応が可能な空間だ。それを無意識に身体が反応出来るようになり始めて、
その技を
「(ああ、雲が少なくなってきた。午後からは陽射しが見えるかな?)」
心身ともにゆっくり凪いでいく。
呑気に呟く
――そして。
丁度、獲るに都合の良い
開始から一秒なのか、もしや一分を超えていたのかも知れない。エイルは曖昧となった時間感覚から、
「(
攻撃を検知したのは、あわや
左前半身から半歩右へ入り身をし、剣先を
その結果、
それは空気の流れと槍から接触法で受け取った力の流れにより検知済なため、左脚をほんの少し引いて
エイルが剣先を持ち上げた方法は
根底に螺旋を乗せた防御。そうしなければ、
それが幾ら強度のある名剣であろうとも、相手より遥かに小さな武器では受け止めることが非常に難しく、基本は
故に、エイルは
「(なるほど……。
エイルは僅かに不自然な空気の流れを感じ取り、紙一重の差で最悪な事態を回避した。
それでも自ら体験することが出来た。その本質に触れた。代償は二ポイントの損失であったが。
しかし、判った
相手と時間の流れが違う中。エイルは半ば自動的に自己の領域から提示された情報を確かめる。彼女の奥義は、ゾーン状態に入った相手の検知や対応なども当然の如く可能とする法が含まれる。それは自身がゾーン状態にある必要はなく発動するよう、研鑽されている。
そのレベルに達せなければ、
「(確か、フロレンティーナがどこかの番組でコレを避けてたわね。……あー、
夏に、
ティナは、自在にゾーン状態を切り替え、身体のリミッター解除をする
エイルは、昨年までは対戦する相手に、
切っ掛けは春季学内大会、フロレンティーナとの試合。少なくとも普段見せていたドイツ流武術よりも練度が高いと一目で判る、未知の武術を隠し持っていた。予想の範疇を超えた動き、対処方法すら常識では頭を捻って仕舞う技を
エイルが今大会の
さすがに自らの検知領域内で起こったことはエイルも時差なく知覚している。同時に、穂先がどの場所を通り、攻撃を届かせるのかも認識している。動きの流れと検知した情報、経験による未来予測だ。
槍を含む
無論、エイルにそのような隙はない。
最短の軌道で左上腕へ到達した穂先を、エイルは右前半身へ半歩
滑らせた剣先を
「(槍から力が抜けた? 仕舞った!)」
――槍ならば。
斬られた左手首が丁度良い、と
左前半身の左脚を軸に、
その状態に
エイルが
自分の剣先が迎撃に出るためピクリと動いた時には、
一拍も経たず、槍がカランと音を立てて落ちた。
その直後、ポーンと攻撃が成功したことを知らせる通知音と、合わせて一本となった通知音が――ブーと響いた。
『
審判の合図で観客が一斉に騒がしく沸いている中で、エイルは試合時計に目を配る。
「全く。実際に剣を交えなくちゃ本質までは見えないものよね。あなたの
「私は特に意識しなくても、身体に染み込んだ技が自然と出ただけなんですけどね」
――それがどれ
そう言い残して選手待機エリアへ向かって行くエイル。
その姿を見送った
選手待機エリアにて、温度を低めに
「ふぅ、身体への負担が少なくて良かった。ずっと加速状態を維持し続けるのは無理筋だな。気軽にゾーン状態へ出入りするティナやヘリヤを参考にしたら、間違いなく試合途中で失速してたか」
身近で参考に出来る相手が
「やっぱり、一つずつ実戦で確認していくのが一番良いんだろうな」
エイルは、随分と落ち着き払っている。
元々、不利になる展開をある程度予想していたからだ。
今は
「
手を顎に当て考え込むエイル。相手の心情を考察して、次の試合でどう動くのか予測を立て始める。
「表情に一瞬だけ笑みを浮かべたのが二箇所。竜殺しの法を見たときと、視線を会場全体に広げていたとき」
それに、と鋭く目を細めるエイル。
「身体に染み込んだ技が自然に出るだけって言葉」
言葉には本人が意図しなくとも意志が乗り、意味を生み出すことがある。
「あの
第二試合で、
エイルは、一つ獲り返させて貰うわと、小さく呟いていた。
『双方、開始線へ』
インターバルが終了し待機線へ選手が出揃ったことを合図に、審判から第二試合開始の言葉が告げられた。
この時間まで会場へ幾多に設置されたインフォメーションスクリーンの半分には、
学園生アナウンサーが賑やかに解説や豊富な語録を披露したことで、インターバル中も随分と盛り上がっていた。その手腕に
互いに礼を終えて、開始線に向かい合った二人から最初に声が上げたのは
「先ほどはお見事でした。あの展開された結界でしょうか、強力な領域に手を出すのが
「あら? その割にはスルリと入り込んで、二つも獲っていったのではなくって?
エイルが観客席を見回しながら言葉を紡げば、客席の至るところで同意する観客の姿が結構な数、見受けられた。
マイクパフォーマンス中であるが、学園生解説者も「おーっと、エイル選手! ここで観客を
ここに至って、エイルは心理戦を仕掛けたのだ。
それも
観客と言うものは、少なからず試合中の選手へ良し悪し関係なく影響を与えるものである。声援などで力を貰ったり、
エイルの会話から、客席では幾多の奇異な視線が表れ始め、疑念の言葉が
当の
「ふふふ、観客も不思議なようですね。私自身でさえ
何でもないように自然と受け応えた。
これでエイルは、
本来であれば、観客への感情誘導はジワリジワリと効果を発揮し、最終的には決定打となり
エイルが観客へ紡いだのは、第二試合用の戦術調整を目的としたマイクパフォーマンスだったのだ。観客を使い、自分が有利になるように場や思考を特定の方向性に導く予定であった。今回は残念ながら、一切効果を得られそうもないので
「そんなものかしらね。私の法も、
満面の笑みを
その思惑を知ってか知らずか、
『双方、抜剣』
会話が終わったと判断した審判から、次へ促す合図が出される。これからが本番だと。
第一試合同様、空の色を映す槍の穂先と、陽の光を眩しく反射する剣が生み出される。ホログラムと言えど、この
それこそ、この競技が広く受け入れられている理由の一つだ。
それは決められた
だからからこそ、人は
『双方、構え』
『用意、――始め!』
審判の掛け声で試合が始まった。その様子は第一試合を再現したかのように、
只、凛とした空気が辺りを支配するように漂っている。この空気を生み出しているのは
「(警戒すべくは
どの道、動き始めれば警戒なんぞ何ら意味がなくなる点は変わらないと思い直したエイルは、構え云々の話なんて
専門知識のない一般人が、何となくの雰囲気で天気を予測するようなものだからだ。
天気を引き合いに出したので続けるが、ここで重要になるのは風が吹いたらコートの
「(やっぱりこの結界術は凄いな。まるで付け入る場所がない。さっきも自動的に返し技が出されたようだったし。ああ、そうか。
「(シルヴィアは、
思い起こすは、先週の
自分は自分であり、出来ることをすれば良いと完全に割り切っているからだ。この辺りの心持ちは、春季学内大会で
――そして、攻撃出来る折り合いが視界の中から見つかったのだろう。意識より先に身体が動き始めた。
「(っ⁉ 来た!)」
エイルは自然に刺し込まれた刺突を第一試合より早い段階で捕捉した。一度経験したことで
剣先を右斜め下方で構えた剣の
幸いだったのは、また刺突で攻撃して来たこと。初手が殴打系の攻撃ではなかったため、
ギャリッと、金属の擦れる音がする。エイルは両の手を
その動作の途中から、後ろ脚となる右脚を二〇
そう。剣での防御は出来ない。そして、狙われているのは左腕。
――ポーンと、攻撃の成功した通知音が聞こえたその直後。
ヴィーーと、一本取得を知らせる通知音が鳴り響いた。
『エイル・ロズブローク選手一本! 第二試合終了。待機線へ』
思わず、ふうと声を出して息を吐いたエイル。半ば危うい罠だったが上手く働いたことに安堵して、だ。
さすがに相手の技法が技法なだけに、薄氷を踏む危うさで罠を仕掛けていたのだ。
対する
――
相手は切断力が強力な日本の槍だ。腕を斬り落とされた判定がなされ次の攻撃へそのまま繋げさせないため、エイルは左腕を剣から離す動作で肘を軽く曲げながら、上腕から肘元、前腕へ通るように、槍の穂を斜めに受け入れた。その結果、前腕の骨で槍の穂が止まる判定となる。
そこからは右手一本あれば事足りる。エイルの剣は、元々が片手剣だ。長く親しんだ武器であり、柄が両手剣用に多少長くしてあるが問題はない。相手が
エイルの代名詞とも言える超高速の斬り落とし。しかし、
本来は、どの方向への攻撃でも可能なのだ。それが今回の決め手となった。
――そう。ゾーン状態と言う加速した時間の中でも十分に通用する技なのだ。奥義「竜殺しの法」に含まれる、対加速時間用に攻撃と防御で扱う技術の一つである。
相手の反応を
「お見事でした、エイル。お陰で呆気なく獲られました。
「何を言うのやら。こっちは珍しくやっとの思い、なんてさせられたところよ。次はどうしようか考えるだけで頭が痛いわ」
肩を
その言葉を受けて、へーとしか感想が出ない
選手待機エリアで一息
「今は
エイルは
第三試合は
「その内、加速時間の精度が上がれば対応が厳しくなるわ。「竜殺しの法」をもっと練らないと勝ちは奪えないわね」
既に、今ではなく先のことを考えているエイル。彼女は勝敗を気にする方ではない。しかし、戦うのであれば
「ある意味、フロレンティーナに感謝ね。春の大会で試合中に動揺させられる経験をさせられたからこそ、冷静に
姫騎士さん、こんなところで敵に塩を送っていた。しかも自分以外の試合で。
彼女の実家があるザルツブルクは岩塩の産地でもあるので良い塩を送ってそうだ。
「うーん、自然と出た技に対するカウンターを仕掛けられたか。さすがエイルだな。第二試合でもう対応して来た」
今日の
だからゾーン状態にある中で、エイルが
「しかし、自分で意識してない攻撃タイミングを読めるってことは、私の動きに何か特徴でもあるのかな?」
ゆっくりと
「まぁ、少しずつ修正するしかないしな。どう慌てたところで技術の大元をまだ理解しきれてないから意味ないし」
そろそろインターバルが終了する。
最後の第三試合も
これで考えることは終わりにする。そして、インターバルに入ってからずっと賑わっている客席に耳を片向ける。
相変わらず学園生解説者の弁が良く立っており、客席を盛り上げる見事な手腕に、
余談ではあるが。
今回の解説担当であるキース・スウィフトは、試合を見ている者を
『双方、開始線へ』
この試合、三度目になる開始合図だ。向かい合う二人の姿は、最初と比べて違いが表れていた。
しかし、
「随分とお疲れのようね。顔に出ているわよ? 試合中で相手に弱みを見せるのは愚策ではなくて?」
疲れを隠そうともしない
「ええ、私も宜しくはないと思います。しかしエイル相手に隠し立てなど見抜かれてしまいますので、意味がありませんから。それに、丁度良い具合で力が抜けてますので、そのままでいいかと」
「あら、そうなの? 私のことを大分高く評価してくれているようね、光栄だわ(心身ともに
「こちらこそ過分な評価を頂いているようで恐縮です」
丁寧にお辞儀をしながら感謝を告げる
少なくとも今大会出場者で一、二を争える能力を持っていることを
『双方、抜剣』
審判の合図で、武器デバイスへ刀身生成コマンドが発行される。
『双方、構え』
ここで
穂先はエイルの正中線を挟んで右目付近へ結ばれる位置取りで、槍自体が斜めに持たれている。穂先も斜めになっており、断面が二等辺三角形をした平三角槍の穂は
一方でエイルは変わらず、左前半身で
双方で最初の
『用意、――始め!』
始めの合図とともに飛び出したのはエイルだ。相手の射程圏へ一気に
そのまま受けて
しかし、エイルの予想とは
槍の穂先がエイルの剣を出迎えた、つまり受けに入ると見えた瞬間。剣先が穂先をすり抜けた。
「っ‼ (ここで引きを入れるとは!)」
エイルが驚いたのは、この局面で右手をガイドに左手が一瞬だけ槍を引いたからだ。
受けると見せかけて剣を
――ギンッ、と力強い金属が撃ち合う音で一瞬、時が止まる。
そして、エイルの剣が斬り下ろしへ変わった直後、相手の剣を叩き折る勢いを
幾ら剣の速度と威力が保たれていたとしても、力を乗せる位置は相手を斬り裂く瞬間に合わせている。それ以前では本来の力が出ないのだが、その速度のみ利用して剣先を穂の
だからこそ、相手の剣を滑らすことなく、その場に縫い付けることが出来た。攻防の仕切り直しを強制的に入れたのだ。
一瞬の
対する
無論、エイルはその動きに対して
巻きを追いかけて、有利な位置へ穂先で相手の剣を押さえるように付け替えに動いていた
その一瞬は、距離を取るためのもの。エイルはこの流れで追撃をするつもりはなかった。良くて相討ち、悪ければ獲られていたからだ。ポイントは双方一本一ポイントで並んでいるが、位置取りが悪かった。相討ちと言いつつ、一つ獲れば御の字、だが
二人の距離は、剣先が触れ合うギリギリの距離。対峙位置が変わったことで、お互いの
とは言いつつも、双方とも二ポイントを奪えば良く、
「(あと少しだったのに、穂先が自由になるところで上手く
実際、
「(あぶないところだったわ。タイミングを潰さなきゃ獲られてたところよ。それにしても――)」
エイルは
何かが噛み合わない。エイルは
「(さて、
エイルも、距離を仕切らずその場で再び
この段になって
「(そう言えば、エイルはゾーン状態に入っても普通に対応して来たな。
上位者にはゾーン状態だけでは余り通じないものなのだ、と
元々、
だが、
特にエイルは、そう言った相手と戦う法を扱い慣れている。模擬戦なり試合なり、
身体操作で体軸の調整や骨を整列し、関節など力が分散する箇所を埋めて動くため、特に余分な力を入れずとも本来発生した力をロスなく取り出せる。それがゾーン状態に入った相手と互角かそれ以上の速度と威力を発揮するのだ。
以前、
エイルの恐ろしいところは、一瞬、もしくは短時間で終わって仕舞う
【永世女王】アアスラウグがヴォルスング家からロズブローク家へ持ち込んだ家伝の奥義は、次代の
「(来るのね)」
ほんの僅かに震えた空気の流れ。
エイルは
その直後、自然に溶け込みながら地を這うように足先を滑らし距離を縮めた
そして、高めに構えられた
――筈であった。
ガッと鈍い音を立てて、槍の太刀打ちへエイルの剣が滑り込む。胴への左袈裟斬りに合わせて剣で
「(ここで
剣先を下げたまま両腕を上げる。そして予想通り本命の攻撃となる筋道を見て取れた瞬間、重心移動による荷重と左右の腕を回転させる遠心力も追加した超高速の斬り上げを槍自体に仕掛けたのだ。
「(やっぱり、この動きは槍ではないわね。あの
エイルが先程から感じた
「(重いな)」
予想以上に威力が高いエイルの受けに心の内で所感を呟いた
「(なっ⁉ 重さを消された! 円の技法か!)」
エイルの力を乗せた迎撃で槍の太刀打ちに食い込んだ剣は、そのまま
方法としては、
拮抗していた槍と剣の力関係がバランスを崩す。エイルが下から体重を乗せた斬り上げは相手に力を逃されたことにより、単純に武器だけで撃ち合った際の結果に挿げ替えられた。したがって、武器だけの重さに変わる。その状況を造り出した
接触法により、
だが、相手はエイルだ。彼女は、押されている剣を柔らかく触れる程度に調整し、相手の意識だけを
――ポーンと攻撃の成功した電子音が響く。
「(参った。まさか武器術で
エイルが使った技法は、打撃などで使用することが多い技術だ。例えば、打撃が相手の受けで接触した場合、意識を
一つポイントを奪い、あと一つで勝利するエイルであるが、先行した余裕など微塵もない。
ポイントを奪われた
遅い、と言っても外から見た場合だ。反撃に見せ
それが失敗だったとエイルは痛感する。
自身が展開する領域内で相手の動きを検知出来ることを逆手に取られ、攻撃の遅速を掛けられタイミングをずらされたのだ。
回避行動を済ませ、迎撃態勢に入りかけたエイル。それは、斬り下ろしに反応したことで重心が
槍の穂が描く攻撃の導線は、エイルの左腕全体に繋がる広範囲のものである。右腕一本で剣を扱うにしても、撃ち合いの距離では左腕の引きが遅れれば剣速に影響する。左腕一本犠牲にするとしても、攻撃を貰う位置が重要になる。故に、エイルは腕全体の動作に影響が少ない左手首を槍の通り道へ当たるように両腕を持ち上げる。
再び、ポーンと攻撃の成功した電子音が響く。実際は前の電子音から一秒も経っていない。
それはエイルが左腕を捨てた音だ。
被弾した左手を柄から離し、
超高速の斬り下ろしによるカウンター。
槍を持つ前手を斬り裂く軌道の筈であった。
「(仕舞った! こちらが本命だったのね!)」
エイルの斬り下ろしは
そして、槍の穂をクルリと裏刃に回して下から逆袈裟斬りで、エイルの右前腕を斬り抜く。
エイルの奥義でも微細な身体の動きまでは検知出来なかった。ほんの僅かに移動されただけで、回避と反撃を同時に行われたのだ。
既に左手首はダメージペナルティで剣の操作は出来ない。そこへ右前腕を使い物にならなくされた。最早、一本が判定されるまでの猶予時間である〇.二秒内に、駆け込みで反撃をすることも叶わなかった。
――ブーと、合わせて一本となった通知音が聞こえる。
「(あの動き……。やっぱり剣の動きだったのね)」
第三試合、
『試合終了。双方開始線へ』
審判が試合の終わりを告げる。
エイルが
『
『
高々と読み上げられる対戦結果。観客席も固唾を飲んで最後の一言を待っている。
『よって勝者は、
ドッと客席から歓声が上がる。
三試合目は決着までは僅か一〇秒足らずであった。試合の行方を見ていた観客や学園生達も、
「おめでとう
「ありがとうございます。こちらこそ、良い勉強をさせて貰いました。技を出す前に次手まで対応されていたなんて貴重な経験でした」
それすらも楽しかったと
「一つ聞いていいかしら?」
「なんでしょう」
「三試合目、あなた槍で剣技を使ってたんじゃないかしら。お陰で微妙に違う攻撃に手を焼いたわ」
「やはり気付かれてましたか。あれは槍で刀術の技を使って見たものです。戦場ならば体裁など気にしてられませんから」
「なるほど、使う技は選ばないってことね(その技の練度が問題だけれどね)」
納得したと答えるエイルではあるが、
それもその筈、
――宇留野御神楽流 奉納槍術 奧伝二之段「
槍にて
宇留野御神楽流は、奧伝の段数が多いほど高度なものとなる。今回使用した奧伝は二之段と、ほんの入り口のもので、基本技術を組み合わせた延長線上に在る。とは言え、そう単純なものではない。槍と刀では武器の構造や特性、運用する理合いも異なる。物にはそれに合った使い方があるのだ。だが、その理合いを捻じ曲げるでもなく、使える部分を抜き出すでもなく、拡大して異なる武器にそのまま適用させる。故に、奧伝の一つに数えられるのだ。
観客の歓声に送られながら会場を後にする
「ふむ、あと二つか。予想より疲れが溜まっているな。少しでも回復しておかないと」
控室で水分と糖分を補給しながら
あと二つ。
だが、二回勝てば優勝と言う意識はない。
まだ二回も戦える
戦国の世を駆け抜けた先祖の血が色濃く出ているのだろうか。
彼女の本質は、槍を十全に
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