04-024.傭兵と剣豪。 Blumen Landsknecht und Kaleidoskop Schwertkämpfer.
二一五六年一〇月二一日 木曜日
本選二日目。今日は第二回戦から決勝戦まで、全一六試合の行程だ。
冬季学内大会の最終日ともなれば、屋外Duelコートや大型インフォメーションスクリーンがある競技場なども客席は満員御礼状態である。学内の至るところに設営された共有野外座席などは、早朝にも関わらずビール片手で
九時からの第二回戦一戦目は、トーナメントAグループとBグループの
四つに分けられた試合コートの第一面。これからBグループのシルヴィアとテレージアが戦う場である。
第一回戦で白熱した試合を見せたシルヴィアと、持てる技術の組み合わせ方と使い処の幅を広げて格段に手強くなったテレージアが、どのような試合展開をするのか何かと注目される対戦カードだ。
同時に開始されるAグループは、試合コート第四面でエイルの試合があるため、観客の半数はそちらに注目しているのだが。
『皆さん、
学園生解説者のアナウンスが朗々と響く。この試合にチャンネルを合わせている観客にだが。
『それでは競技者紹介と参りましょう。まずは
足を前に出す騎士の礼を取るテレージアはメタリックピンクの鎧一式と同色の鍔広帽、濃い黄色に染めた髪が良く映える。相変わらずボトムは、二本の黒いリボンで下腹部前面をV字に覆っているが、辛うじて隠れるレベルで肌色率の方が多い。このボトムも倫理的に物議を醸したが、ランツクネヒトは目立ってなんぼ、との理由で押し通した経緯がある。
ムッチリと肉付きの良い彼女のアバターデータは、販売数上位を誇る人気商品だ。
『続きまして
シルヴィアは性格が良く表れている折り目正しい騎士の礼を一つ取った。肩で切り揃えたストレートのサンディブロンドがサラリと揺れる。
礼を終えて上げられた顔は顎が細く、凛とした切れ長の目に収まる瞳は薄い茶色。背丈一六〇
鎧下に当たる
フワリと風で膨らんだスカートから彼女のアンダーウェアが顔を覗く。装備が赤と緑と来れば、白で国旗カラーを期待する者も居ただろうが、実際はパールピンクのバックレース。ローライズ気味なのでジーンズを履く時にも向いた丈だろう。
試合コート中央の開始線で、二人はまず審判に、次は互いに礼をする。
両人とも、装備の色合いを含め良く目立ち、見る者の目を惹く。
だからだろう、テレージアだけでなく観客も気が付いた。シルヴィアが剣帯に吊り下げた
「ほーっほっほっほっ! 昨年はしてやられましたが、今回のわたくしは一味違いましてよ!」
恒例のマイクパフォーマンスは、テレージアの高笑いから始まった。紡がれた言葉は、昨年に対戦した冬季学内大会
「こちらも対策を用意しています。前回、武器が破壊されて苦汁を飲みましたので。それに、随分と面白い技を身に付けたようですね」
前回の冬季学内大会で、シルヴィアはテレージアの斬撃を流しきれずに直刀式
刀身が短くなった状態で勝利した技量は見事であるが、辛酸を
「なるほど、腰の剣が予備の武器ですのね。ですが、そう易々とは事を運ばせませんですわ!」
テレージアは、シルヴィアの右手に持つ武器デバイスへ視線を落とし、彼女が準備した対策を口にした。そして、その武器を破壊し、予備に持ち替える
シルヴィアは、直刀式
「では、その牙城、切り崩させていただきましょう」
シルヴィアからの返答は、武器破壊を防ぐだけでなくテレージアの新しい技術ごと打ち破って見せる、と。
シルヴィアは、ここ数年ほど世界選手権大会の
対するテレージアも、
『双方、抜剣』
会話を終えたと判断した審判が、準備を促す。
テレージアが持つ、
そして、シルヴィアの右手に持つ武器デバイスからも刀身が出現した。
驚くべきはシルヴィアの直刀式
『双方、構え』
審判の合図で二人は
シルヴィアは軽く肘を曲げた中段である。円形に覆う
そして、テレージアが選択した構え。切先を地面ギリギリまで降ろした
速度の札を持った相手に対し、大型
その構えを見て、さすがにシルヴィアも
『用意、――始め!』
合図から即座に行動へ移したのはテレージアだった。カウンター技に派生する
だと言うのに、真正面から一息で踏み込んだ。途中で別の構えに変わるではなく、
やはりテレージアはセオリー通りの動きをして来なかった。それが予測出来ていたからこそ、シルヴィアは
シルヴィアは、手前で跳ね上がる
「(なっ!)」
シルヴィアは手筈の初手から
刺突に
――ガン、と金属の鈍い音と共に、
刀身が先端から三分の一程お辞儀したように湾曲された姿は、衝突の威力が如何程であったかを物語る。
テレージアは
あらゆる武術で身体の重さを攻撃へ乗せることに法はあるが、身体操作が熟達すれば、真上など、重力と方向に関係なく重さを伝えられるようになる。テレージアの切り上げは
天高く
それは、
しかし、それがシルヴィアを斬り裂くことはなかった。
「(さすがですわ。苦も無くお
口角を上げ、獰猛な笑みで
相手はヘリヤやエイルとも撃ち合える、上位に位置する一握りの
そして、
今度はテレージアが
その刹那、シルヴィアは背筋にゾワリと冷たいものが走る。
「(
驚異的な速度で吹き抜けた筈の
テレージアは
そして、ほぼ向かい合った状態から
だが、それはテレージアの正中をシルヴィアへ開くことに繋がった。
だからこそ、シルヴィアは胴を斬り裂かれる
折れ曲がった
――ポーンと、テレージアの攻撃が成功したことを知らせる通知音が響く。
少し遅れてヴィーと、通知音がシルヴィアの一本取得を告げる。
『シルヴィア・フィオリーナ・ベルトンチーニ選手一本! 第一試合終了。待機線へ』
審判の宣告を待ち、会場から歓声が響く。
「狙いを一瞬で変えられた技はお見事でしたわ。こちらの斬り返しが間に合いませんでしたもの」
テレージアは胴の横薙ぎの後、もう一太刀折り返しで仕掛けるつもりだったようだ。幾らテレージアでも溜めを入れた初動の速度と比べ、
「こちらこそ、大型
実際、シルヴィアは持ち込んだ大型の
観客の声に送られながら、二人は選手待機エリアへ下がっていった。
――競技コントローラ設備を挟んで左右に設置された、通称選手待機エリア。
物理的に左右へ分けた待機スペースは、光学処理やエアーカーテンで、競技者同士の姿が見えることも、声が聞こえることもない造りとなっている。
その片側ではテレージアが先程の試合内容をお
「判っていましたが、やはり一筋縄ではまいりませんですわ。シルヴィアさんが持つ対応力の幅広さ――いいえ、深さが読み切れませんでしたもの」
テレージアの初手は、相手が反応する前提で仕掛けた武器破壊。よもや剣の振り上げにその効果を持たせるなぞ、完全なる虚を突いたものであるが、剣の接触時に悟られ、瞬時に逃げを打たれた。
だが、両足の母指球を更に踏み込み、大地の反発力を上乗せする奥義から繰り出した剣筋は、
そこからは威力より速度重視に変更し、
相手の武器を破壊し、封じた。故に、折り込み済だった反撃も相討ちに持っていける筈であった。しかし結果としては、その折れ曲がった形状こそを有利に扱い、まんまと
それでもテレージアは、そこで終わらない。腰位置まで振り下ろした
「おもしろくなってまいりましたわ」
口角を上げながら、楽しそうに言葉を口にしたテレージア。強い相手との戦いは
――ふう、と一息
新たな技法を携えたテレージアが侮れない相手であることは重々承知していた筈であったが、してやられた。
ポイント的には勝っているが、斬り合いでの勝敗はテレージアに軍配が上がったとシルヴィアは判断している。
「驚きました。予想の随分上を超えてきましたか。あの独特な技法が、運足の急制動からも発揮出来るとは思いませんでした」
テレージアの奥義であろう剣速の変化や急激な威力上昇などを発露する時、必ず
だのに移動から静止と言う、
その上、大型
更には、振り下ろしを空振りした大重量の
「何時まで経っても武術の底は計り知れません」
競技の装備は防具ではなく、被弾判定のみを行うためのもので、実際の強度――シルヴィアの装備は繊維強化プラスティックだが――は被弾時に計算されない。しかし、人体に於いては実際に近い強度が
それを意も介さずにテレージアはシルヴィアの胴を両断した。想像の範疇を超えた威力と鋭さ。現実に金属鎧と真剣であったとすれば、人を容易く
「だから
その身を
クスリ、と笑うシルヴィアの目は、遥か先を見つめる。
――まだ見たことのない何かを。
場内のインフォメーションスクリーンで放映されていた映像が止まり、試合コートが映し出される。これから第二試合が始まる合図でもある。この試合を注目している客席の騒めきも小さくなり、その時を待っている。
開始を告げるのは学園生アナウンサーの放送からであった。
『皆さん、お待ちかねの第二試合です! 第一試合でテレージア選手が見せた
次いで審判の呼び出しにて、テレージアとシルヴィアは試合コートへ戻って来た。
『双方、開始線へ』
第一試合との違いは、シルヴィアが
先の試合で、早々に相手の手を一つ潰したテレージアが如何に奮闘したかの
「ほーっほっほっほっ! さすが【千変万化】ですわ! わたくしの取って置きを軽く
そう言いながらテレージアには微塵も憂慮がなく、むしろ余裕さえ伺える。
「ふふふ。取って置きと言いつつも、まだ幾つも用意していると聞こえます。さて、全てを暴けるでしょうか」
「あら、出し惜しみをして届くとは思っていませんことよ。わたくしの全てでお相手させていただきますわ」
「それは重畳。ならば私もお見せしましょう」
シルヴィアの短い返答には、相手への敬意が滲み出ていた。
だからテレージアは
『双方、抜剣』
審判の合図で、テレージアの
シルヴィアの直刀式
『双方、構え』
シルヴィアは左手を腰の後ろに隠し、右手を顔の高さで相手の目に剣先を向ける
対するテレージアは右前半身で、少し腰を落とした姿勢だ。重心を下方で安定させた、大型
『用意、――始め!』
開始の合図で直ぐに行動へ移したのはシルヴィアだ。距離を保ちながら時計回りの移動でテレージアに揺さぶりを掛ける。回り込みをすれば、相手がその場で円の動きを
その回り込みに対してテレージアは、
元々
故に、相手が回り込んで来ることなぞ、基本中の基本だ。
「(なるほど。攻防一体の姿勢ですか。どのタイミングでも関係なく捌くことが出来そうですね。これも家伝で練り上げたものでしょうか)」
シルヴィアはテレージアを観察する。運足、重心の変わり方、動きのタイミング。必要な情報を得る程に厄介な相手だと再認識した。
そのテレージアもシルヴィアの技量に舌を巻いている。
「(間合いの取り方が非常に巧みですわ。あの
テレージアは攻防が始まるのは一瞬の内、だと予測している。今のシルヴィアは、そのタイミングを
ならばと。テレージアは、それらを全て棚に上げ、敢て自分から打って出る。シルヴィアを一つ、罠に
今なお時計回りの歩法を続けるシルヴィアの動きへ追従する
鋭く速い突きなれど、距離が相手に時間を与えて仕舞う。更には
「(一つ目、かかりましたわ!)」
シルヴィアに
迫る
「(二つ目!)」
彼女ならば避けるだろうと。反撃のために
「(獲りましたわ!)」
テレージアが繰り出した豪速の振り下ろしは空を斬るも、そこから下段突きに
「(ここで届かせますか!)」
シルヴィアの驚きは、テレージアの振り下ろしを避けた後に
だが、振り下ろしが、シルヴィアの攻撃起点となる軸足、後ろに置かれた左脚への突きに
テレージアが
これはテレージアが打った三つ目の布石だ。振り下ろしで
「(な、ななっ! やり返されましたわ!)」
試合を振り出しに戻す手を打ったテレージア。一本判定がされる猶予内での反撃を潰す目的も持たせた、反撃起点となる相手の軸足へ攻撃は成功した。しかし相手は世界で戦う
シルヴィアはテレージアの振り下ろしを回避するに合わせて、既に反撃へ入っていた。
この段で
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が二つ。
遅れて、――ブーと、合わせて一本となった通知音が一つ響いた。
『テレージア・ディートリンデ・ヒルデ・キューネ選手一本! 第二試合終了。双方、待機線へ』
第一試合で、一本取得の猶予時間にテレージアが反撃したが、第二試合ではシルヴィアに
結果、テレージアは合わせて一本となったが、シルヴィアはトータルで一本と二ポイントを取得したこととなり、リーチが掛かっている。
「やはり、そう簡単には獲らせていただけませんですわね」
肩を
「こちらこそ。予想外の手を使われて、危うく何も出来ずに封じられるところでした」
シルヴィアも本心からの言葉だ。
お互い、複数の武術、複数の武器術を扱う変則を伴う戦法である。予測も難しく、反射で凌げるような甘い攻撃はない。常に相手の動きを注視し、不測の事態に対処出来るよう備える必要がある。その事態は全て予想の範疇を超え、僅かな気の揺らぎで一瞬を左右する
二人が選手待機エリアへ控えてからも競技場内の歓声は続く。第二試合のスロー再生に学園生解説者とゲストで呼ばれた学園生
「随分賑やかですね」
そう呟きながらシルヴィアは、外から聞こえる音に耳を傾けた。
待機スペースの防音機能があるエアカーテン越しに聞こえる程の歓声は、同時刻に始まったエイルの試合が決着したことも要因の一つだろう。
「三段構えの罠とは恐れ入りました。あの二連撃が囮で本命が避けた後だとは、とてもではないですが
均衡を崩す一手に見えたテレージアの流れるような連撃が、最後の一撃を隠す捨て技だった。まんまと罠に掛かって仕舞った。
元々シルヴィアの武器と戦法は、テレージアと相性が良くない。広範囲をカバーする質量兵器でもある
シルヴィアが用意したテレージアの対応策は、攻撃を誘発させると同時にカウンターで斬り込む、だ。しかし、その
「ふふふ。言葉通り、色々と見せてくれますね」
それが面白くて。それが楽しくて。シルヴィアは笑みを浮かべていた。
待機スペースでテレージアは、両手を上に大きく伸びをしていた。肩幅より少し狭く脚を開き、爪先側へ七割、踵に三割の重心配分で、トントンと軽く跳ねながら骨盤と背骨を整列し直す。
彼女の剣は四
「中々に厳しいですわね。一本へ並べようと思いましたのに、一試合目の逆をやられましたわ」
肩の位置を少し後ろに開き、肩甲骨を下げて調整を終了させながら、テレージアは先程の攻防最後で二ポイント獲られたことを振り返った。シルヴィアは、さすが世界でも上位に食い込む
「それでも、最後の突き可変が悟られなかったのは上出来でしたわ!」
技量の高い
テレージアは振り下ろしの攻撃意思を変えずに、突きへ変化させた。新たな攻撃意思が生まれなかったために、シルヴィアが察知出来ない攻撃となったのだ。
この辺りの技法は、ルーの鍛錬に付き合った際、姫騎士さんや
「さて、次もお付き合いしてもらいますわよ」
ポイント的には後がないのだが、それは些事であると。ニヤリと口角を上げるテレージアは次の試合も攻勢に出るつもりだ。
第三試合が始まる。競技場内のインフォメーションスクリーンには、先程勝利を決めたエイルの試合映像も流れている。簡易VRデバイスのチャンネルが違うため、観客の声しか聴こえてこないが、解説者が試合解説をしていることだろう。観客席を見れば、
こちらの試合会場用インフォメーションスクリーンは、試合コートの映像に変わっている。競技場内で観客の残り半分ほどが静かになっているのは、まもなく始まるこの試合を待っているのだろう。
『双方、開始線へ』
時間となり、選手待機エリアから二人が現れたタイミングで、審判から合図が掛かる。
四
「ほーっほっほっほっ! まだまだ終わりにはしませんことよ! キューネ家の妙技、味わっていただきますわ!」
「ならば私もイタリア式武術の奥深さを披露いたしましょう」
まるで、楽しい時間が始まる子供のように。
二人共、純粋な喜びを隠すことなく
『双方、抜剣』
シルヴィアが直刀式
テレージアの
『双方、構え』
シルヴィアは、左肩を引き、左腕は自然に任せて力を抜く。少し前傾になった右前半身で直刀式
ヴィッジアニは斬撃よりも刺突に重きを置き、剣術家アグリッパが考案した「肩から突く」技法を発展させた。それが後世でランジと呼ばれる動作の原型である、肩、つまり肩甲骨から放つ刺突――punta sopra mano――を発明した。
テレージアは、
『用意、――始め!』
審判の合図と共にシルヴィアは仕掛けた。
シルヴィアの歩法は洗練された、とても美しいものだった。だからテレージアは目を奪われるように動きを追って仕舞った。シルヴィアの右へ運足する流れと距離感が余りに見事であったため、攻撃が来る、と意識を誘導させられた。
「(まだまだわたくしも修行が足りませんわ!)」
テレージアは思惑通りに動かされたことを苦笑しながら、左へ滑らかに回り込むシルヴィアを迎撃する手を打つ。
ここで意識を誘導させられた一瞬の間が効いてくる。シルヴィアに回避から攻撃へ繋げる準備が整う時間を与えて仕舞っていた。シルヴィアは瞬間的に体捌きのみで剣の軌道から上体を下げて回避し、
それをさせじとテレージアは、左に薙いだ
だが、そこまで流れを読まれていたのだろう。シルヴィアは、足捌きで
しかし、その動きはテレージアも読んでいた。
「(なんと! そう来ましたか!)」
シルヴィアは、射程内に捉えた筈のテレージアが自分の距離へ立て直し、体捌きや歩法では回避が間に合わない状況を造り出したことに感嘆する。
「(捕まえましたわ!)」
シルヴィアを左前半身で捉えたテレージアは、相手が移動途中の姿勢を整える前に刺突を繰り出した。
「(くっ、想像以上です!)」
シルヴィアは、歩法途中で斜めに残った左胴へ迫る刺突を受け流すしか選択肢はなかった。歩法による回避が間に合わないこと、体勢が整っていないことも理由だが、自身の持つ
直刀式
ギャリリ、と金属の甲高い音を発しながら、螺旋を帯びたテレージアの突きが異常な直進性を持って直刀式
――ポーンとシルヴィアのポイントが奪われたことを知らせる通知音が響く。
左上腕を穿たれたシルヴィアだが、その音が聞こえた時には既にテレージアの右側へ大きく退避していた。
槍術の刺突後から距離を開きながら回り込み移動する相手への追撃は、さすがに体勢が不安定となるため、テレージアはシルヴィアの動きへ正対するだけに留める。
二人の距離は四
「(最初はしくじりましたが、何とか優位に持っていけましたわ)」
「(最初は
二人の思考は同じでありながら、真逆の内容だった。
シルヴィアは、第二試合までテレージアの動きを観察していた。今日の彼女は、どんな動きをするのか、思考や身体のキレはどうなのか、と。
特に
だから、
テレージアも同様に、第二試合までシルヴィアを観察していた。どのような戦法を軸に使ってくるのか。武術の切り替えはどのようなタイミングなのか。昨年直接戦って以降、再び戦うために練っていた対策が通じるのか、と。
攻撃を回避される前提で、その後に予想外、且つ意識外からの一撃を放つ。これがシルヴィアへの基本対策であった。
そして、もう一つ。最も警戒するべき刺突攻撃への対策を用意して来た。
「さて、次で決めさせてもらいます」
そう言いながらシルヴィアは、軽く肘を曲げた中段で構える。
「そう簡単には獲らせませんことよ」
テレージアは、
互いの武器特性からか、今回のシルヴィアは回避してからのカウンターを軸に戦術を組んでいる。それを逆手に取る。
二人共、四
テレージアの戦術は
シルヴィアは揺さぶりを掛ける。テレージアの射程圏内へ掠めるように踏み込んでからの後退。攻撃を仕掛ける挙動を見せてからの退避。回り込みの運足に対しては、その場で正対するよう位置調整はするが、それ以外に全く反応がない。
攻撃を誘発させるどころか、こちらの射程距離まで
「(ふむ。まるで動きが掴めないのは
シルヴィアが修めた武術の中には、十六世紀イタリアで剣術界を牽引した、マロッツオ、アグリッパ、グラッシ、ヴィッジアニ、四人の剣豪が
余談だが。
後のスペイン・イタリア武術、フェンシング競技に大きく影響した技術体系の祖とも言える四人であるが、ヴィッジアニの著書は非常に評価が高かった反面、剣術師範としてはパッとしなかったとも言う。
シルヴィアは一息で距離を詰め、テレージアの射程に入るか入らないかの位置へレイピア術の刺突を仕掛ける。攻撃の意思を保持したままの刺突は相手の攻撃を誘発し、それを回避しながら再度
その一段目の刺突で、シルヴィアは
――テレージアは。
シルヴィアが場の支配や誘引などの駆け引きではなく、純粋に攻撃を仕掛けるタイミングが来るまでじっと待っていた。
そして、シルヴィアが届かない距離からではあるが、明らかに攻撃の意思が乗た刺突を繰り出した時、テレージアの攻撃が始まった。
シルヴィアは、こちらの攻撃を誘発しつつ懐まで入り込むのだろう。
両足の母指球で大地を踏み込み、反発する力を取り出す。その力は剣速を反応出来ない速度に引き上げ、
キン、と短く響いた金属の音は、地面へ大質量の物体が叩きつけられる轟音に打ち消された。
そして、地面に叩きつけられた
刺突に対する武器へのカウンター。
最速の斬撃で確実に相手の武器を破壊するため、
――シルヴィアの直刀式
故に、シルヴィアはテレージアの剣と直接撃ち合うことを避けていた。しかし、彼女のスタイルは、何時も正面から相手の牙を打ち砕いて来たのだ。第一試合の初撃で、それを嫌と言うほど味合わされ、細心の注意を払っていたつもりであった。
だが結果は、宙を舞う
「(まだです!)」
刀身の半分を斬り飛ばし、今なお自身の胸元を両断する軌跡で迫るテレージアの
前脚を滑らせながら身体を倒すほど前傾になり、折れた
「(なっ! 右腕を封じられましたわ!)」
腕の根本にある神経節へダメージを受ければ、腕の自由を奪うことが出来る。吹き抜けたテレージアの
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音に続け、――ブーと、合わせて一本となった通知音が鳴る。
『試合終了、双方開始線へ』
審判が試合の終わりを告げ、二人は開始線へ向かい合った。
シルヴィアは軍閥貴族の家系であるためか、姿勢を正した軍人
同じ軍閥貴族の末裔であるテレージアだが、九〇
『
テレージアは敗者となったことを素直に受け入れている。同じ相手に二度、
『
手強い相手だった――、そうシルヴィアは試合を振り返る。攻撃を誘発して
『よって勝者は、シルヴィア・フィオリーナ・ベルトンチーニ選手』
審判は、シルヴィアへ向かって手を上げる。勝者が正式に宣言された瞬間だ。この言葉が紡がれたことで、観客席から歓声が一気に上がる。この試合は、互いの武器特性が全く違う上、見ている者の想像を超えた戦い方が多く繰り広げられた。至るところに見どころがあり、当分は話題に
「おめでとうございます、シルヴィアさん。今回は対策して来ましたのに、結局、上回れてしまいましたわ」
「ありがとうございます。こちらこそ、用意した手の更に先を
お互い、次は同じ手が通じないだろうことは判っている。視野を広げ、様々な事柄の体験を
「
「そうですね。地形や状況が影響する戦場でならば、また違った楽しさが味わえたでしょうね」
「次の機会がございましたら、まだまだお見せしていない当家の秘儀を味わっていただきますわ」
「それは楽しみです。いずれ、
「ええ、いずれ。そこへ辿り着くまで今暫くお時間を頂戴しますが、なるべくお待たせしない内に伺いますわ!」
学園内のみならず、世論的にも屈指の剣豪と謳われるシルヴィアと
テレージアは今回の冬季学内大会で二回戦敗退となったため、最終成績はベスト一六となった。
彼女の世界ランキングこそ三桁台だが、決して弱い訳ではない。
春季学内大会の
そのシルヴィアも春季学内大会では、フルスペックで戦いだした埒外の強さを惜しみなく出すヘリヤと予選一回戦で当たって仕舞い、善戦はしたが一ポイントも奪えず敗退している。
「おねーさま、おねーさまぁ…………」
テレージアに抱き着いたハンネが、その豊満な胸に顔を
「あらあら、ハンネ。悲しむ必要はありませんわよ? わたくしが足りてなかったことは重々承知していますもの」
「そうですよ、ハンネ。テレージアさまは素晴らしい戦いを
ラウデの言葉は至極当然なことを紡いでいるのだが、
「二人共、もう少し
テレージアは手を伸ばし、ハンネの隣にラウデを招き寄せて抱きしめる。
「フフフ、二人の心はちゃんと届いてますわ。その優しさは変わらず持ち続けてくださいね。そして、その心のまま先へ進み続けて、何時の日か、わたくしと一緒の景色を三人で見たいですわ」
止まるべくではなく、進む力に変えること。高みを目指すには、それが重要であると。二人に優しく
この様子を見守る、ルーとベル、それにマグダレナ。三人はテレージアの試合後に競技者控室へお邪魔しに来たのだ。
試合に出ない三人で縁が有る出場者の元へ巡回しているのだ。応援なのか冷やかしなのか
ついでだが姫騎士さんは、目下アバターショップで販促店員としてフル稼働中である。
「良い話です! ドラマみたいです!」
シンミリ具合をブチ破るように元気よく所感を口にするベル。この娘にかかれば、どんな悲愴感も陽気な空気に強制変換させられる。
「なんかウチと違うです! ルーはそんなハートフル展開味わったことねーです!」
ルーの場合、まずダメ出しをされ、次いで良く出来た部分を軽く褒められるが笑顔で首根っこを掴まれて道場に連行、が何時ものパターンだ。ぐぬぬ、と唸るルーは、本当に冷やかしに来たとしか思えない。
「シルヴィアへの刺突対応は見事だったわ、見事だったのよ。最後、相手がイタリア式の前傾スタイルを出さなければ決まっていたわ、そうよ決まっていたのよ」
マグダレナだけが、試合に触れた話を出す。前二人の会話で内容が軽く聞こえて仕舞うのが何とも言えない。このトリオで巡回するのは無理があるのではないか、と思われたとしても仕方がない。
「ありがたいお言葉ですわ。マグダレナさんとの模擬戦があったればこそ、用意出来た戦術でしたもの」
テレージアは大会前にルーの鍛錬を手伝った一人だ。その時、教導の手が空いた上級生組同士で、模擬戦などがされていた。途中から手伝いに参加したマグダレナとも何度となく戦った経験が、今回の試合で生かされたのだ。
「それは戦った甲斐があったわ、あったのよ。お陰でテレージアと
次の大会でテレージアと当たることがあれば、対応に苦労させられそうだとマグダレナは言う。そんな彼女も、既にテレージアの対策を用意しているのだが。
マグダレナの刺突は、知覚外の速度を叩き出すティナの必殺技を除き、現在の学園内で最速を誇る。テレージアは彼女の剣速を最大値に設定し、刺突の対策を練れたのだ。避けるでも防ぐでもなく、正面から叩き伏せるために。
どんな相手だろうと真っ向勝負を仕掛ける。
槍衾へ臆することなく攻め入り、道を切り開いた先祖の意思を継ぐ。
それがランツクネヒトとしての、それがテレージアとしての矜持だ。
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