04-023.竊盗とお侍さん。 Shinobi und Samurai-Lehrling.
二一五六年一〇月二〇日 水曜日
今日と明日の二日間で冬季学内大会第二部
この二日間は人の流入が激しく、屋台などは稼ぎ時だ。故に、出店数も倍以上に膨れ上がっている。地元ローゼンハイムは元より、ドイツ国内の有名店などチラホラと店舗に見える。
様々な店舗が並び、醸し出される陽気な雰囲気は
九時から始まった第一戦目の
同時に行われていたBグループの一戦目、九枠シルヴィアと十枠リゼットの試合が見ものだった。
双方とも基本となる流派以外に
ティナが
試合の流れは、拮抗状態から一瞬の隙を突くポイントの奪い合いとなった。お互い隙など初めからなく、またあったとしても見せることはない。だから、相手の隙を造り出す
シルヴィアが
シルヴィアがイタリア式武術にスイス傭兵式武術の技を織り交ぜれば、リゼットがフランス式
そして、リゼットが指環の付いたエストックを片手持ちに変更し、指環を軸に
エストックを頭上でクルリと回してから繰り出される連撃に、シルヴィアは
だが、互いに実力は拮抗していることを判っている。
シルヴィアはリゼットの連撃速度を利用する。
今度はシルヴィアが攻撃の主導を奪う。相手のエストックは
そんな戦いが第三試合時間一杯まで使い、繰り広げられた。結果、シルヴィアが二本先取で勝利したが、リゼットは一本二ポイントと僅差であり、お互いが一度に一ポイントずつしか失点を許さない非常に技量の高い試合であった。試合が終了するとともに、二人は崩れ落ちながら膝を着いた。呼吸を荒げ消耗しきったその姿は、如何に激しい戦いであったかを物語っていた。
――
現在時刻は十一時半を少し回ったところ。午前中最後の試合となるC、Dグループの三戦目が始まる。Dグループは二九枠と三〇枠、つまり
『さて、こちら競技コート三面の第一回戦Dグループ第三戦! 解説は引き続き運営科六年、
この競技コートの中継にチャンネルを合わせている観客へ、学園生解説者のアナウンスが流れる。試合開始の報を聞き、観客席の所々で競技コートへ顔を向ける人々の姿が数多く見える。スクリーン越しではなく、直接試合が見たいのだろう者は意外と多いことが伺える。
『それでは競技者紹介と参りましょう! まずは
ベルの出で立ちは、墨染めの着流しに袴姿、足元は墨染めの
その衣装装身具は侍を彷彿させるのだが、くせ毛がツンツンと跳ねた栗色のショートカットとにこやかな表情。何を思ったのか、今回は簡易VRデバイスであろう、髪色に合わせたフワフワな猫耳を装着し、イレギュラー感を追加している。
小柄な姿でコマコマとした所作から、礼儀正しくペコリとお辞儀するさまが随分と可愛らしい。観客にもそう映ったようで、ついつい頬を緩ませている。
『次に
武士と同じく折り目正しい礼をする
『双方、開始線へ』
陶器のように白い肌と額を晒していることが特徴の女性審判、エルネスティーヌが競技者へ始まりを促す。
開始線に向きあう
そして、試合恒例のマイクパフォーマンスが始まった。
「
フンスと鼻息荒く声高々に宣言するベル。意気込みは伝わるが、どう見てもコントの始まりだ。問題は本人が至って真面目であること。
「うむ。
「
「はっ!
時代劇調に
なんちゃって師弟が無言で向き合う。ベルの力強くもキラキラと輝く目が、楽しみで仕方ないと意志を伝えてくる。
無言の
……。
……。
……
『失礼しました! 双方、抜剣』
審判も繰り広げられたコントに、何処で仕切れば良いか
ベルが打刀の鞘を前へ引き出し、右手を柄に軽く掛け鞘引きしながら指三本でスルリと刀を引き抜く。
そして、
――立ち居合。
『双方、構え』
引き抜いた打刀を
刀術の
受けの際、
余談だが「
ベルがその手にする打刀の銘は、
脇差共に江戸時代後期の作刀だ。古刀を復古するため、失伝した製法を
腰の脇差は、
大小揃いの刀であるため造りも同じで、
向き合った
手にする打刀は、
お得意の隠形とは打って変わり、
これも
だからベルは口元を
技や型の鍛錬だけでは辿り着けない戦い方が学べる、と。
『用意、――始め!』
審判から開始の合図が掛かり、――再び無言、いや、二人に静寂が訪れた。
実際はベルが
身体運用の習得に秀でているからこそ、ベルは
「(さすが
ジリジリと時間だけが過ぎ去る。一分、二分と見合ったまま動かない
観客も固唾を飲んで見守っている。高位の
ベルは攻めあぐねているだけではなかった。
カウンター技が豊富にある新陰流を学んでいるが、現在の技量で
そして、攻めさせないよう引き締めながら相手の
しかしそれは、彼女の気力と体力を少しずつ擦り減らしていく行為だ。額から流れた一筋の汗が、疲労を色濃く伝えている。
「(ふむ。ベルも中々やるようになった。ここまでしっかり牽制出来ている。来年は大きな大会でも
潜伏などを得意とする
だが、
そして、ベルが技を出すのを待っている。そのために
――長い
「(ハッ! どうせズバッとされるなら……いっそのこと!)」
内心ぐぬぬ、と唸っていたのだが、名案閃きました!的にベルは思わず楽し気になる。が、それは最初からなので表情に差分はない。
それより重要なことは、良い方向へ吹っ切れたことだ。
「(じゃあ、やってみましょーか!
下手に動けば即座に斬られるだろう中で、
この後をどう繋いでいくのか
ベルは
「(ほえ!
ベルが逡巡した一瞬で、刀その物を封じられた。
試合を見ている観客や
ところが、
――そして、ベルが
「(さて。どうする?)」
なんちゃって師匠は弟子に中々厳しいようだ。ここから抗って見せろ、と。
本来、刀術では抜刀する前から戦いが始まる。相手が刀の刃を立てる前に決められるなら最良だろう。互いが抜刀前であれば、柄を相手の胸元に刺し込むことで腕の可動範囲を阻害し抜刀させないなど、有利に展開するための技が流派問わず多岐に渡って存在する。甲冑を纏う場合は、また技法が異なるのだが。
今回は、それと同じ
「(にゃん月殺法その伍、にゃんこまねきが技を出す前にプチンとされました! むむむ、
にゃん月殺法その伍「にゃんこまねき」は、誘いの技である。斬り合いなどで互いの動きが拮抗した場合、構えを変えるなどの誘いを仕掛けることがある。ベルの
招きにゃんこは前脚をクイクイッと二回以上するのだ。(
「(やはりベルは身体運用に才がある。ちゃんと抜かせないように立ち回れている)」
ベルの立ち回りは技術的に未熟なれど、その優れた身体運用で対処が出来ていることを伺えた。実際の試合でも普段通りに力を出せていることを確認でき、
「(
ベルは
そして思い知った。
挑戦者なのだと。
先ほどまでは、斬られることを覚悟で挑もうとしたではないか。
ならば、答えは一つ。
「(わたしの持てる全部でピャーとします!)」
もはや折り合い無用。
身を捨てて浮かぶ瀬もあれ。
ベルは、半ば強引な手を捨て技に、相手を動かすための行動を開始した。
ベルは
こちらから柄へ荷重を掛け、
それこそベルが取った起死回生の策であった。
上半身を乱したのは、予備動作に使うカモフラージュだ。十五
選択したのは、崩れて左構えに切り替えた上段の再利用。柄頭の左手を持ち直す時間も惜しみ、速度最優先で左袈裟斬りに刀を斬り下ろす。腕を犠牲に
しかし、ベルが動けると言うことは、
ベルの袈裟斬りは、確かに
ベルがフェイクも織り交ぜた一手を打って出たが、
――ポーンと、ベルの攻撃が成功したことを知らせる通知音が聞こえた時、
そして、角帯から鞘を中ほどまで差し出し、刃は逆刃から上向きへ。
試合開始の状態に構えが戻っていた。
刀が二本差しの場合、腰に差した位置から抜刀しようとすれば、抜かない刀――脇差もしくは大刀――の柄が邪魔をするため抜き辛いものだ。故に鞘を前に差し出すことで、手指や腕の動きが阻害されないようにする。
これには別のメリットがある。刀を抜き始める位置が腰元よりずっと先となり、刀身の半分近く抜刀する時間が早くなる。鞘を引きながら抜く動作であるため、単純計算では倍の速度となる。
だからこそ、抜刀では鞘引きの技量も重要になる。そして、扱う刀の長さを身に染みさせ、無意識レベルになるまで把握させる。
「あ」
思わずこぼれたベルの声。それは全てが片付いたことを告げていた。
再びポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が鳴った後、――ブーと、合わせて一本となった通知音が響く。
試合時計を見れば、残り一〇秒で止まっていた。
『
審判の宣告で、観客席の至るところが沸く。この試合に注目していた観客から熱気が伝播しているようだ。
今回は、
納刀しながらベルは、ふう、と息を一つ
――一瞬分の差。それがベルを封じ込めるに至った。
そして、ベルが打って出たことを受け、後ろに置いた右脚を起点に、斬り下ろされる剣筋から避ける角度へ右前半身と戻した。この段でベルの左袈裟斬りが右前腕の
縦抜きされた刀身は、ベルが次の挙動へ入ることを許さず刀を持つ左腕を斬り抜く。そのまま腕を返して二太刀目。左前半身へ入り身しながらベルの胴を逆袈裟で斬り上げた。
「抜くならば、その
「はい! お教え、ありがたく!」
時代劇風なんちゃって師弟はまだ続いているようだ。
二人の会話だけ聞けば、試合は
しかし、これからインターバル後に二試合目が始まるのだが……。
――選手待機エリアで待機しているベルは喜色満面、随分と鼻息荒く興奮している。
「すごいです!
ベルも流派に入門して以降、刀術同士で数多く模擬戦や他流試合などを
「まだまだ全然知らない戦い方がいっぱいです! もっと知りたいです!」
先の試合で負け筋を確認するも、その技術に感嘆し笑顔で目をキラキラ輝かせている。自分が持たざるものを見たくて、次の試合が待ち遠しいベルである。
一方、
「ベルの大きな大会は確か春先。それまでに一つでも掴めれば代表入りは出来そう」
まだまだ技術的、と言うより駆け引きなどの戦術面に不安が残るベルではある。だが、どのような状態でも一つ揺るぎない戦法が身に付けば、国の代表に手が届くところまで来るだろう、と。
さてと、と一言こぼし、立ち上がる
審判から開始を促され、開始線へ立った
第一試合と打って変わり終始放っていた威は消え失せ、視界に入りながらも存在を見失いそうになる隠形を発揮している
「さて。次なるは、
「はい! 全霊で
「うむ、その意気は
「重ね重ねのお言葉、我が身に刻みます」
また、時代劇風なんちゃって師弟のコントが続けられた。
そして、今度は審判のエルネスティーヌも、ちゃんとタイミングを読んで声高々に宣言する。
『――双方、抜剣』
合図とともに、ベルは打刀を、
『双方、構え』
ベルは再び
そこへ確かに居る筈なのに存在が曖昧。ベルは
故にベルは、戦闘態勢に入った
先の先、あるいは後の先を獲ろうとも、その相手が本当に実像なのか。生まれた疑念は小さくとも少しずつ首を
だが学ぶに於いては、これ以上に無い絶好の機会だ。ベルは
勝ち筋を掴むため、思考を止めることはないベル。しかし、その思考には一つ足りない要素があった。
――それは、既に
『用意、――始め!』
女性審判のエルネスティーヌは開始の合図を発っしてすぐ、審判用のARモニターへ視線を移す。
選手に
開始の合図と同時に動きがあった。
その歩法は一見すると、日本の古武術で使われる抜重による移動と映る。しかしそこには剣士と本質が異なる、
距離を詰めて来ない
「(おかしいです!
ベルが言った通り、
ならば惑わされる前に先を獲る、とベルは動き出す。
「ほわっ!」
シャリ、と刀の撃ち合った高い音が響く。予想と異なる結果になり、ベルも気が抜けるような声を出した。
――円の軌道を描いていた
ベルが剣先を下げた瞬間、気配をその場に残すように生み出し、半歩
それがベルの姿勢を崩し、二太刀目を封じる。
「(忍者技です! 確かに手首をシュバッとしたハズなのに全然違う場所でした!)」
ベルは驚きの連続であった。
こうなると、幾ら相手の技に対応する無形にて斬り返しに出ても、刀の内側に居る
――ポーンと攻撃の成功を告げる通知音が流れる。ベルが一ポイントを失ったことを告げた。
その段には、
「(アブナイとこでした。あのまま返し技を使ったらブシュッとされてました!)」
「(良い判断。脚を斬られない限り相手の動きを止められない競技の特性をちゃんと割り切っている)」
全くの無表情で、
「(あの一瞬で中々に距離を稼いだこと。やはり、身体の使い方が
先の状態に
「(さて。
お互いの距離が離れてから、
移動の形は先程と同じだが、
ぬらりと滑るような円軌道だった筈が、気付けばベルの鼻先に
「(ふやー! また見てたのに
キシリ、と互いの刀が刃を立て受け止められている。刀の鍔迫り合いと異なり、騎士剣の
完全に虚を突かれたベルは良く反応したと言える。だが、相手の攻撃に辛うじて反応出来ただけだ。返し技を仕掛けるには深くまで入り込まれており、ここから次へ繋ぐ技も有るには有るが、相手が
互いの刀は鋭利な刃が深く撃ち合ったため、未だ金属が噛み合った状態を維持している。少しでも拮抗させた噛み合いを崩せば、
剣筋はベルの刀を持つ両前腕への斬り下ろし、それも
侍映画の鍔迫り合い、とまではいかないが、ベルの打刀は切先から三分の一辺り、
「(あ……れ?
ベルは
左手で鍔に指を掛けながらクルリと刃の向きを下になるように柄で回し、鞘を縦方向に三分の一ほど引き上げる。柄へそのまま左手、つまり逆手で指を掛ける。そして、右手の脇差でベルの刀と刃を噛み合わせた場所を動作連動の支点にし、腰を左に開く。その挙動で打刀はスルリと引き抜かれた。
後は、防御の手が出せないベルの左半身をスッっと打刀で流し斬った。
ベルが
殆ど反射だろう。だが、ベルが今まで積み重ねた修練が、無意識に刹那の返し技を繰り出させていた。
胴を斬られた直後、斬られた左半身を後方へ崩し、
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が二つ、そして――ブーと、合わせて一本となった時の通知音が二つ鳴り響いた。
『試合終了! 双方開始線へ』
審判の合図で、
『
声が出ていたら、ふわーと聞こえていただろう。ベルは
『
『よって勝者は、
審判の手が
そして、試合後のマイクパフォーマンスだが、時代劇風なんちゃって師弟は最後まで続いていた。
「にゃんこ侍よ。どのような状況に至ろうとも、有利不利など関わらず剣が届くところは
「はっ! わたしの
「
「お褒め頂き有難く!
「うむ。日々邁進すべし!
「ご指導、まっこと感謝いたします!」
こうして、
「わたしがピャーと行ったんですが、こう、
午前の試合が終わり昼食時、身振り手振りを加えベルが興奮しながら熱弁している。
ただ、会話が天才語録系なので、理解出来る者が何人いることか。食事を共にする妹組のハンネやルーは、おー、とかフムフムなどと相槌を入れているが本当に理解しているのかは謎。ラウデは擬音語で構成される話だと理解出来ないようで、ベルの身振り手振りを見て判断している模様。
妹組達の様子を温かく見守るテレージアは、第一回戦Bグループの二戦目で勝利を収めているが、その勝ち方が人々の目を惹いた。
四月、五月のドイツ全国大会でテレージアが見せた
只でさえ質量兵器を自在に操るところへ、次の技が違う武器術の技に
「新陰流の甲冑戦術なのか? 先に斬らせて回避し、相手の手元斬りをするのは」
「確か本伝とか内伝だかで呼ばれている技は戦国の対甲冑技だったと覚えがある。
第一回戦Aグループの三戦目を下馬評通り勝利して来た
「この
「そうね。これは美味しいわ、美味しいのよ。手軽なのが良いわ」
ルーの鍛錬に付き合ってから何かと行動を一緒にすることが多くなったマグダレナは、
相も変わらずカオスな状況になる。
ベルの身振り手振りが佳境に入って来た。会話の声も高らかに、熱がこもっている。
「最後に
フンスと鼻息荒く、自分が討ち取られた技の所感を語っているが、如何せん擬音語で判り辛い。そこへ
「あれは、にゃんこの気を惹く隙にムンズと掴む、にゃん月殺法その
「なんと! 最終奥義でしたか! この身で受けられたとは身に余る光栄!」
ベルの興奮がピークに達しているのだが、新陰流兵法を修練中に
「いいのか? この流れ……」
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