シュヴァルリ(Chevalerie) ―姫騎士物語―
04-022.森の民と冬季学内大会第二部。 Waldmenschen und Winter Innerhalb der Schule Turnier Teil 2.
04-022.森の民と冬季学内大会第二部。 Waldmenschen und Winter Innerhalb der Schule Turnier Teil 2.
二一五六年一〇月一七日 日曜日
学園敷地内の喫茶店。公園地区の森林を少し入った立地に店を構えており、窓やテラスから目をやると、そこには自然が溢れる。
この季節はブナやケヤキの紅葉が、常緑樹のイチイやスギ、トネリコなどの緑にアクセントを加える。他にも数種を含む雑多な樹木林は、かつて薪を伐採するために育樹した農林用区域の名残であろう。そこに湿地帯だった名残の小さな水辺も目に入るため、独特の景観を生み出している。
「姫姉さま! あそこに
窓の外に自生した
「あなた、今まさに
「うゆ? オヤツはベツバラだってエライ人は言ってるですよ? 天然オヤツ一〇〇%はBMVgだって推奨してるです!」
「また適当な単語を持ち出して……。
スヒュースヒューと音が出ない口笛を吹きながら窓の外に顔を向けるルー。向けた視界の先に入ったようで、
「……殿下、ルイーセ嬢は随分と自由なんですね」
会話をしていた最中に突然
休日と言うこともあり、店内には学園生以外に一般客もチラホラといる午後の喫茶店。その窓際の席に陣取っているのは、ティナとルー、それとダキラの三人だ。一人ルーだけがヴィクトリアンメイデンスタイルのメイド服なので、客から店員に間違えられそうである。
今日は、ルーとダキラの顔合わせをティナがセッティングしたのだ。
表向きは戦闘術を扱う者同士の親睦と銘打っている。実際は、学園に在学する
先日、ルーとダキラが
「ルー、お話しながら
「姫姉さま。ルーはそこはかとなくカシコイので違うことしてもチャンと耳は働いているのです。
「もう、仕方ない
「そんなコトもありましたです……」
既に遠い記憶扱いでルーは答えながら、
一口目を食べ終わり、ルーは視線をダキラに向け、何と!自分から会話を促した。
「そんでナニを聞こうとしたです? 奥義以外、戦闘中に珍しい技は使ってねーですよ」
「おや、今度はちゃんと聞いてくれそうですね。私が気になるのは、その何気ない動きも普段からあの歩法を使っているように見えるところです」
「普段使い用ですよ? ナニおかしなコト言ってるんです?」
首を傾げているルーは、何を当たり前のことを聞いてくるのか、と言った表情だ。
「この
予想外な情報にダキラが目をパチクリしている。そもそも腱と全身に負担がかかる高位歩法を程度の違いはあれ、常時使用出来ることがおかしいのだ。
「それは何とも……。殿下より上の才能と聞いても私の技量程度ではイメージが湧きませんね。
ええそうですよ、と姫騎士さん。その
そこまで聞いたダキラは、ルーに稽古をつけた豪華な顔ぶれに驚き、そして少し考えこんでから口を開く。
「やはり、判っていたことですが。高位の
フィンスターニスエリシゥム
互いにナイフを扱う近接戦が主となるからこそ、激しい撃ち合いが繰り広げられた。しかし本質は、気取られる前に背後から急所への一撃を最も得意とする
「殿下、何故
ルーを
「そこんとこルーもか聞いてないのですよ、姫姉さま。ナンでです?」
モッチャモッチャと再び口に入れたタルトをゴックンと飲み込んだルーは、ティナに子犬が首を傾げたような顔で話に加わって来た。むしろあなたの話が中心だったでしょう、と突っ込まれてもおかしくない。
「あら、そんな難しい話ではないんですよ? ルーは面倒ごとや苦手なことは真っ先に逃げ出すんです」
ルーがスヒュースヒューと音が出ない口笛を吹きながら窓に視線を逸した。
「もう、その逃げ足の速さときたら……。それで今後、護衛業務が本格的になれば、護衛対象を護りながら戦うケースも想定されます」
「ああ、なるほど。それが苦手なことですか。だから
「うゆ? 二人でナニわかり合ってるです? ルーにもわかる言葉に翻訳希望です!」
まだ会話から察するところは鍛えられてないですからねぇ、とこぼす姫騎士さん。代わりにダキラが言葉を拾って話を続けた。
「護衛は基本、
「
「ルーは面倒ごとに首を突っ込むのはカシコイ選択ではないと知ってるのです。苦手なことは出来るヤツにやらせるのが雇用の循環につながるのです! 社会貢献です!」
フンスッと無い胸を反らせてドヤ顔をするルー。
護衛技術は叩き込まれているが、ついつい殺傷力の高い
「ともかく三年生までは、集団戦にゲスト参加して貰いつつ、
「見事にスルーされたです……。またルーのことなのにルーに決定権がないのです……」
口を尖らせてブツブツとこぼしているルー。
「殿下、すると高学年からの育成予定も決まっているのですか?」
「そうですね。学園後半は
今大会で表舞台へ顔を出したダキラは注目を浴びた。何せ、戦闘術を扱う二人目の競技者が突然現れたのだ。今後の動向を気にする者も多い。
「私は、今回の
ダキラは先日の
この戦いは彼にとっても得るものが大きかった。その課題を得て、技術をどう進化させるか練っていくのだろう。
身体内部の螺旋から発する円を描く歩法を披露したが、そこから
電子工学科がSDC――Système de compétition Chevalerie――の試合データから身体運用時の数値で差異を見つけそうだが、姫騎士さんは既にウルスラへ内々の話を付け終わっている。試合中の会話データも戦闘術同士の発言と聞こえるので、ダキラが
「今後は元通りスポーツ科学科で最新の技術を学んでいくつもりです。学科の対象が実戦に準拠したアスリート向けですし、軍事や警察機構などにもそのまま転用出来るレベルですからね」
「そうですか。いつかダキラの教導した護衛がカレンベルクの警護部隊へ登用されるやもしれないですね」
「そうです! ダキラ授業料よこせです! ルーのまねっこで歩法の使い方覚えやがったです!」
教導の言葉で思い出したのだろう、ルーが息を吹き返す。しかし、
「ルイーセ嬢……。あれは試合中のパフォーマンスではなく、本気だったのですか……」
ダキラは、とても残念な子を見る目になっている。
「ルー。あなた、そんなこと言い出したら
「うぐぅ」
ルーからぐうの音が出た。かなり有用なことを教わっている自覚はあるらしい。
なんだかんだで、ルーの自由奔放でナチュラルにコントとなる会話術(?)は、ダキラにとっても新鮮だったようだ。その顔には笑みが浮かぶ。
「ははは。貴重なお話も聞かせていただきましたし、授業料としてここの会計は私に持たせてください」
「おお! オマエ、良いヤツです! きっと
「また、ルーは適当なことを言って。それはあなたの願望でしょうに」
また、ルーがスヒュースヒューと音が出ない口笛を吹きながら窓に視線を逸した。そして、
「ダキラ、良いんですか? お支払いをお任せしても」
「ええ、もちろんです。今日は地元以外ではなかなか出会うことのない、
「そうですか。なら有難く申し出をお受けします」
この集まりは、ここで終了すると暗に告げている。
「では、私はそろそろ別件の時間ですので、ここで退散します。お二人はどうぞごゆっくり」
スッと伝票を手に取ったダキラは、
この店舗は、国民番号連携の自動清算ではなく紙の伝票をレジに持っていき、店員が電子決済手続きをする方式だ。
過去、世界的に支払いなどが自動化した際に、人との触れ合いが極小化し人格育成問題にまで波及したことから、小売り・飲食業界が提唱した「人との
「こちらこそ急な参集に答えていただき、ありがとうございました」
「うゆ? ダキラ帰るですか? 外の
自生した
――彼等の会話には
ダキラもティナを「姫」ではなく「殿下」と呼んでいた。メディアで公爵の姫君として「フロレンティーナ殿下」と呼ばれることが多々あり、学園でも「殿下」の呼び名が通っていることに合わせているのだ。配下の一族であると
例外はティナとルーである。ルーがマクシミリアン国際騎士育成学園へ入学することが決まっていたため、春季学内大会のエイル戦で
ルーが学園に入学したことで公式にも
無論、ブラウンシュヴァイク=カレンベルク家で信頼が置ける者達――家族扱いの
モッチャモッチャと新たにオーダーした、
このお菓子は、酵母を混ぜた小麦粉の団子にジャムやクリームなどを具にふっくら蒸し上げ、温かいバニラソースと
ザルツブルクの名物、ザルツブルガーノッケルンと同様、レストランや飲食店のデザートでしか注文出来ず、持ち帰れないタイプのスウィーツだ。ちなみに酵母がサワー種だと酸味が付く。
「ナンか執事みてーなヤツでした」
「彼は礼儀を重んじた所作が特徴ですからね。常に
「ほへー。油断ならんヤツです」
「いえいえ、何言ってるんですか。あの精神コントロールは今後、ルーに覚えて貰いたい部分ですよ?」
ウゲェ、と露骨に顔をしかめるルー。めんどくさいことは御免
「また、そんな顔して。六年間かけて少しずつ覚えて貰いますから、いきなり特訓とかはないですよ?」
「六年ならルーは余裕なのです! チョチョイと覚えてやるのです!」
「まぁ、覚えることだけは早いんですがね……」
自信満々のルーだが、夏休みの宿題を余裕だからと放置して最終日に泣きを見る子供のような言い回しだ。
その言葉を聞いて、やれやれと姫騎士さん。ルーは確かに物覚えは非常に良い。だが、覚えたことを組み合わせて使うのは日常でも苦手とする。その修行も組み込まれているのだ。だから、ちゃんと身に付かせるための余白込みで六年を設定してある。
その思惑など全く察していないであろうルーは、モッチャモッチャとオヤツタイムを再開している。ウマウマです~、と呑気そのものだ。
「ルーはダキラとお話してどうでしたか? 他流の近代戦闘術と交流することは余りありませんから」
「うゆ? ナンか技術の根っこが似てたですよ? でも技の使い方が違うのはルーもカシコイのですぐ察したです!」
自分の得意なことには察しが良いルー。不都合になりそうな気配もすぐ察するが、大抵ルーでも逃げられない相手ばかり。お得意の吹けない口笛が炸裂するのはそんな時だ。
使い方の違い。例えば
フィンスターニスエリシゥム
ルーも本流正統の戦闘士であるためティナの歩法と共通項目は多いが、一対一の状況を造り出し、攻撃範囲内に相手の急所を絶えず捉えて確実に
そしてダキラの歩法は派生系に位置する。取り入れた武術と護身の技法も含めて運用可能なように最適化されていったものだ。その基本は防御力を確保し、被害は最小限に相手を制圧する立ち回りとなる。
高位歩法と言う
ルーはダキラの武術に同じ本質を見たが、それが技とイコールではないことを知っている。
「思想の在り方によって、同じ技でもそこに至った経緯が違うことの良い例です。似たような理合いであっても使い方一つで幾らでも変化します。そういったことをルーには色々な武術と触れ合って経験して欲しいところなんですよ」
「そうなんです? ならルーはみんな狩り獲るです! 月の無い
「いえいえ、何故に闇討ちする流れになってるんですか……。あなたが触れ合うのは競技の中で、ですよ? だからこそ、普段では決して交わることのない武術との経験が積めるんです」
「……ルーは既に
「それ、全員特殊系ですから。
ルーの技術を競技用へ適応するために協力してくれている鍛錬相手達が、イレギュラーの能力を一つ二つ持っているのだ。通常の技術だけでは得られない稽古を付けられているので、
「ふうん? じゃあダキラはルーにちょうどイイ相手だったです?」
「ええ。彼の技術は現状ではルーに
「うーん。確かに
「暫くはダキラとの試合映像で自分の動きと、それに対応してくるダキラが何故この技なのか、どうしてこの動きなのかを良く見てその答えを見つけてごらんなさい。というか宿題にしましょう」
ルーの露骨なしかめっ面再び。宿題を出されると言うことは、結果の報告が必要となる訳で。それは適当に誤魔化せないタイプのものだ。なので、非常にめんどくさいと顔が雄弁に語っている。
「もう。そんな顔しても宿題は減らないですよ。むしろ、宿題でルーの技術が向上する可能性は高いですから」
「なんですと! ルーが進化するですか⁉ ウェルカム宿題バッチコーイ!」
また適当な語録を繋げているが、ヤル気ナシから一気に最高潮まで上がったルー。相変わらず安上がりだ。
そして、帰り道から即座に寄り道である。
ルーは、喫茶店の窓から見ていた
「
「あら、ルーはジャムを炊けたんですか?」
「炊けねえですよ? 姫姉さまに手伝ってもらうです!」
「はいはい、しょうがないですね」
日は傾き始め、薄暮が近づきつつある道。
宿舎へ歩いてゆく二人の影は姉妹のように。
二一五六年一〇月二〇日 水曜日
朝八時半。冬季学内大会第二部、
季節的に冬季学内大会と銘打っているが、実のところ春季学内大会の開催日程より気温が高いため、屋外での実施となっている。
屋外Duelコートは観客の収容数も多く、人気が高い競技場だ。直接自分の目で試合を見たい者や会場の熱気を味わいたい者などで、客席は既に埋まっている。
会場では、
開会宣言が声高らかに響く。その言葉を合図に観客席が一層騒がしくなる。拍手や声援のみならず、
そして、二番目に訪れる目玉となるイベント。観客のみならず、
これから
――学舎噴水広場前設営電子工学科アバターショップ。
朝一のミーティングを終え、慌ただしく開店準備を行う本日のショップ店員。
「そろそろトーナメント発表ですかね。今回はどういった組み合わせになることやら」
いつもなら
アバターショップから目に入る噴水の上に多角配置された大小複数のインフォメーションスクリーンへ、
あら、ルーったら興味無さげにボーッとしてますね、などと知人を見つけてはボソリと呟く呑気具合。だがそれは、アバターショップ開店後に怒涛の如く接客を
ふと、複数あるインフォメーションスクリーンの画像が切り替わった。いよいよトーナメントの組み合わせが決まるのだろう。
中央インフォメーションスクリーンにトーナメント枠がゆっくりと浮かび上がるよう表示される。八名を一つのグループとしたA、B、C、Dと四つのグループ枠が順に浮かび上がる。
試合コートは四面が用意され、一度に二面ずつ使用する。A、Bグループを一戦ずつ終了後、次の二面でC、Dグループを一戦ずつが開始される試合コート入れ替え方式だ。
本選と言うこともあり同時試合数を二戦に抑えられている。勝ち抜いてこの場に立つ
場内アナウンスと共に、中央インフォメーションスクリーンへトーナメント組み合わせ開始のメッセージが表示された。会場に居る選手や生徒、観客達のみならず、放送中継の視聴者も固唾を飲んで見守る中、コンピューターの乱数配列で組み合わせた結果が一名ずつ表示され始めた。
『Aグループ 一枠 エイル・ロズブローク 騎士科五年 【慈悲の救済】』
一番最初に表示された選手名が観客を湧かせる。何せ、エイルはヘリヤが卒業した後では優勝候補の一角でもあるからだ。今大会は集団戦の
同じAグループで特筆すべきは、六枠に
Bグループは、九枠にシルヴィア、十枠にリゼットが第一回戦目のカードとなった。先の
一二枠にエントリーしているテレージアが勝ち進めば、第二回戦で二人の内どちらかと戦うことになる。彼女も大剣に多彩な武器の技法を混在させる癖のある
Cグループには、一八枠へヴリティカ、二〇枠にクラウディアがおり、順調に勝ち進めば第二試合は
Dグループであるが、
この二人も勝ち抜けば第二試合で当たることとなる。
――そして、二九枠に
どのグループも世界選手権大会に出場経験者が半数以上居り、その内の数名は今年の世界選手権にも出場する
ある意味、学内大会は年齢制限のある世界選手権と外部から見られている節がある。ここで勝ち進めれば、世界選手権大会へ向けての調整にもなり大きな自信も付くだろう、と観客や評論家などの評が
実際に戦う
「うゆー。ベルと
「ルーちゃん、好きに応援すればいいんですよ? 勝負は勝負なのですから。私は全にゃんこ
「うむ。応援と勝敗は別のもの。どの道、試合順を考えると、昼前か午後が対決の場となるからまだ先の話」
ベルのにゃんこ
うーんうんと唸るルー。言葉は判るが、感情的に納得いかないのだろう。
「ルーさん、悩むことはありませんわ。
トーナメント表の確認から帰って来たテレージアが助け舟を出した。
「そんでイイんです?」
「ええ、良いのですよ。勝敗だけでなく、如何に素晴らしい戦いが成されたかを賞賛するのが
迷いを残したルーの目には、優しく笑みを
その笑顔は、思い通り自由にしなさい、と。
そう聞いた途端に息を吹き返すルー。腕を振り上げ、ひとさし指をキュピーンと空に高々と掲げる。
「そんならルーはめいっぱい応援するです! 姫姉さまに売り子手伝えって言われないくらい!」
困ったところにオチを持って来たルー。
しんみりムードも台無しである。
周りの苦笑いを誘い、締まりなくトーナメント組み合わせ発表を終えるのだった。
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