04-020.森の民と戦闘術。 Waldmenschen und Kampf Kunst.

二一五六年一〇月一四日 木曜日 午後

 Bグループ第四トーナメント三回戦、第二コート二戦目枠。正午を大きく回った一五時半に開始されたこの試合は、かなり珍しい部類に入り、観客だけではなく騎士シュヴァリエからも目を奪うほどの試合が展開されていた。


 メスナイフ二刀流の独特な技法、Mêlée殲滅戦の驚くべき活躍などもあり、前評判が高かったルー。

 その対戦相手も今まで競技とは無縁だったが此度こたびDuel決闘初参戦となる、これまたナイフダガ二刀流エスパーダ・イ・ダガの少年。

 同じトーナメントのEブロック枠十二名中に異質と言える二人が混ざっていたことは、コンピューターの乱数配置が産み出した妙であった。


 そんな二人の騎士シュヴァリエ紹介も、学園生解説者の悪ノリが迎合し異質になったのはご愛敬。


『第二コート、本日の第二戦を戦う競技者紹介です! 東側オステン選手は、姿は目立つがナゼか消える! 気付いた時にはもう終わり! アナタの後ろに忍び寄る、理解不能の存在感! コマコマ動きと移動距離があっていない! 自称【Kampf戦闘-Dienstboten】、騎士科一年オランダ王国ネーデルラント国籍、ルイーセ・ヨランダ・ファン・クレーフェルト~!』


 妙に韻を踏んだ紹介内容がお気に召さなかったようで、フガーと声を上げながら地団駄を踏んでいるルーの姿が観客から笑いを誘っていた。


『続きまして西側ヴェステン選手です! まさに学園は人材の坩堝るつぼ! 蓋を開ければこんな男が隠れていた! 両手のナイフが騎士シュヴァリエを手玉に取る! あれよあれよと斬撃を避けて分け入った先がTodeszoneキルゾーン! 東南アジア神秘の戦闘術! フィリピン共和国フィリピーネン出身、スポーツ科学科三年、ダキラ・ボースケィ・バウティスタ~!』


 見惚れるほどのボウ・アンド・男性貴族式スクレープお辞儀でアナウンスに答えるダキラは、小麦色の肌に西欧の血が入っていると見える彫りの深い顔立ち、黒髪と遺伝だろうか、蒼い瞳を持つ一見細身な少年だ。その何気ない所作は普段から礼節を重んじているだろうと伺える。



 二人共、左右で長さの違う短刀を携え、二回戦まで勝ち抜いてここに来ている。その戦法は回避と共に相手のふところへ入り込む侵略性、且つ高速で繰り出される剣身けんみの連撃、そして虚を突く強烈なカウンター。付け加えて、前後左右と動き回り、隙あらば背後へスルリと滑り込む。


 殆どの騎士シュヴァリエにとって未知と言えるこの武術は、容易に相手を翻弄し、隙を造り出し、空間を瞬く間に埋める。

 Bグループのトーナメントで戦うのは、一年から三年生までの下級生である。彼等彼女等にとっては、セオリーなど根底から破壊した理解が追い付かない武術へ対応するには、騎士シュヴァリエとしての経験がいささか不足していた。


 故に。勝ち進んできた戦闘術同士が、巡り合ったのは必然だろう。


 戦いが始まる。それはおよChevalerieシュヴァルリ競技では見ることがない対戦カードだった。

 その最もなところは、手を伸ばせば触れ合う距離での攻防。お互いの両手は違う生き物であるかの如く、縦横無尽、変幻自在に動き回る。


 ルーの左手には刀身四〇センチメートルの牽制用大型メスナイフ、そして右手には刀身二五センチメートルの軍用メスナイフ。二振り共、光を反射しない漆黒の片刃短刀である。

 そしてダキラの二刀は、左手に持つ五〇センチメートルの刀身が波打つクリスナイフ。ピストルグリップ形状の柄が、打撃や刺突の際に握る圧力で威力が上がる代物だ。右手には逆手に持ったカランビットナイフ。一五センチメートルの刀身から柄頭にかけて三日月状に湾曲しており、両刃の湾曲と先端が鎌を想起させる。元は農具から生まれたと言われる特殊形状のナイフである。柄頭部分には指環があり、順手の場合は小指、逆手の場合は中指を通して持ち、指環を使ったナイフ自体の回転も戦術に組み込まれる。


 ――カカカキンッと金属を撃ち合う音が間断なく続く。騎士両手剣同士では聞くことのない速度で音が発生する。

 右へ左に息つく間もなく立ち位置を入れ替わりながら、近寄り離れ、離れては近付く。


「(コイツ、一般のアルニスカリ・シラットかと思ったら軍事戦闘のほうだったです! 両腕斬り飛ばしても骨で動いて攻撃速度を維持しやがりました! 立ち回りも殺意マシマシのヤツじゃねーですか!)」


 フィリピンの公式国技となったアルニスエスクリマは、体育の授業から国体競技、警察組織や軍隊など、幅広く取り入れられている実戦要素が強い武術だ。その実戦性は、他国の軍隊などでも広く取り入られている。

 余談だが、南北戦争の北軍を模倣するリンダが扱う銃剣術も、合衆国海兵隊が取り入れたアルニスエスクリマの棒術を祖として最適化したものだ。


 既にルーが二つ、相手の前腕を斬り飛ばしている。

 この試合を見つめる観客も、どのタイミングで攻撃が当たったのか判別できない速度の超近接戦闘。只々、攻撃成功の通知音とAR表示がを告げるのみであった。


 互いが距離を取り牽制せんとすれば、次の瞬間にはどちらかが攻撃を仕掛け、繰り返される撃ち合い。

 沈黙から一瞬で苛烈を極める。

 武器が触れ合う度に火花が飛び散る。競技システムのエミュレート実物再現が、ぶつかり合いの激しさを物語る。


 そして、不意に二人の動きが止まる。


 ――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音に続き、ブーと合わせて一本となった通知音が響いた。



 武術の多くは武器術から体術を派生することが多いのだが、アルニスエスクリマに至っては全て同じ身体運用で武術が成立している。武器を持っているか、素手であるかはその技法にとっては等しいものであり、些事でしかない。

 その中で特殊部隊などが扱う技術となれば、一般で学ぶことが出来る技術以外、つまり明確に相手をたおすための法が軸になっていると伺える。ルーが軍事戦闘と称したのは、実戦を想定した相手をほふる技を繰り出されたからだ。


「(撃ち合いのど真ん中でカランビットをリリース刀身開放してきやがったです。コイツ、やたら戦い慣れてやがるです)」


 短刀同士で高速の攻防をする最中さなか、ダキラは右手で撃ち込みをした状態からカランビットナイフの握りを離し、逆手に持った刃先を指環でクルリと回して順手持ちの位置に延ばしてきた。

 完全に虚の攻撃だったが、ルーは斬り返した。




 第一試合を終え、試合コートのすぐそばに設置されている競技コントローラ設備――通称、登録エリア――を挟んで双方の選手待機エリアにインターバル中の選手が時間まで待機しているところだ。試合としては、ルーが一本取得、一ポイント損失で勝ち越している。

 にも関わらずルーは渋い顔だ。決して、ズズズーとすす花花ファファ謹製の深蒸し普洱プーアル茶が予想以上に深い渋味であったからしかめっ面をしている訳ではない……筈である。


「かすっただけでピコーン取られたのは失敗です。しかし、ヤツは教導師のチョコっと上くらいの技量ってトコが妥当じゃねえかと」


 ルーの言うピコーンは、ARに表示される被弾通知のことだ。

 相手の技量は第一試合を見るに、自分には届かないことが確認出来た。しかし、本来のナイフ戦闘は自身への致命傷を避け、相手へ一撃を入れればものである。それが競技と言うさくのお陰で、一本獲らない限り戦闘が継続されることにルーは、めんどくさいです、と眉根を上げている。

 そして、渋い顔をしながらズズズーと普洱プーアル茶をすすり、しかめっ面をさらすのであった。

 まるで能面のように表情が読めない戦闘中とは打って変わり、ずいぶんと表情豊かである。



 ルーが百面相をしている反対側の待機エリアでは、ダキラが呼吸法を使い、予定より長い高速戦闘で疲労した身体の乱れを整えていた。ナイフ同士の戦闘は一瞬で決まる。元々、斬れば救護が間に合わない急所を狙うからだ。それが高度な技量を持つ者同士では、当然ながら急所を防御し、決めさせないように立ち回る。だからこそ、撃ち合いが長引くのだ。


「やはりナイフダガの攻防は上手を行かれますか。最後は実戦ならば薄皮一枚しか斬らせて貰えなかった、と言ったところでしょう」


 カランビットナイフが相手の攻撃を凌いだその瞬間、指環で刀身回転させて相手の手首へ斬り込む虚を突いた攻撃。それをルーは、肩から先で螺旋の動きを纏わせ、狙われた手首を刃からすり抜けたのだ。そして、前腕で多少斬られても問題がない箇所へカランビットナイフの刃を斜めに受け滑らせながら相手の腕へメスナイフの先を届かせた。

 致命傷を受けなければ手足の被弾など意に介さず、確実に相手を仕留めることに重きを置いた戦闘術ならではの攻防だ。しかし、競技の判定では一ポイントの被弾となる。このポイントは攻撃で奪えたものではなく、あくまでオマケであったことにダキラは苦笑いをする。



 聞こえていた学園生解説者のアナウンスが、第一試合の解説から第二試合が始まる文言に切り替わる。それに合わせてこの試合を注目していた観客達も静かになり、試合開始を待つ。屋外Duelコートを取り囲む客席の更に上部へ設置されている、第二コート用のインフォメーションスクリーンではリプレイや解説付きのスロー再生などが終わり、第二コートの映像に切り替わる。


 モソモソと待機エリアから姿を現したルー。同じく待機エリアから現れたダキラは、折り目正しく紳士ぜんとした立ち振る舞い。この差は如何ともしがたいが、笑い話のタネ程度であろう。


『双方、開始線へ』


 審判の声が響き、二人は開始線を挟んで向かい合う。


「オマエ、なかなかヤルです。の技を持ってやがるのは珍しいです」

「私の学んだアルニスカリ・シラットは、実戦で使うことを前提とした流派です。教え伝えるには、教える立場の者が武術を理解すれば正しく伝わりますから」

「うゆ? オマエ、先生なるです?」

「ええ。代々、実戦武術を教える家系ですから。の戦闘術を持つ貴女あなたと、一度試合形式で技を競いたかったのですが、こうして対戦できたのは運が良かった」


 ダキラは三年生であり、今回を逃せば次の春季学内大会しかルーと早い内に戦えるチャンスがない。同じトーナメントの同じブロックに組み合わされたのは僥倖であった。来年度になれば学年が上がり、上級生組のトーナメントとなってしまう。高位の騎士シュヴァリエが数多く居る中を勝ち抜くには、Duel決闘に向かない武術の運用方法がため、かなり厳しい。何しろ相手のふところ深くに潜り込み、身体が触れ合う距離で最大の戦闘力を発揮する技法だからだ。まず、その形へ持ってくことが難しくなる。且つルーがDuel決闘本選へ出場が必須である前提も加わる。クリアしなくてはならない要因が多岐に渡り、現実的ではなくなってしまう。


 ふーん、と興味無さそうに生返事をしたルー。マイクパフォーマンスの時間なのだが、そんなもの知ったことではない、のだろう。


『双方、抜剣』


 審判の声で、双方の武器デバイスから刀身が生成される。両人が鞘を持ち込んでいないのは、動きの阻害を防ぐためだろう。それほど第一試合は激しい動きであった。


『双方、構え』


 構えの合図で、ダキラは右手のクリスナイフを前手に出し、右のカランビットナイフを少し肘を曲げた自然体で壇中中丹田付近と繋がるように軽く置く。攻撃のカランビットナイフは絶えず自身の正中線をキープさせているのだ。


 ルーはと言えば、この三回戦に限っては今までと違う動きを見せていた。

 元より、右手のメスナイフを泳がせるように不規則な動きをさせていたが、この戦闘術同士の戦いに於いては両手のメスナイフが二匹の蝶が舞うかの如く、身体の正面を間断なく別々に動いている。撃ち合いの最中さなか以外は常にこの動きであるが、観客や騎士シュヴァリエも動きの真意は掴めていない。


 これは、ルーの戦闘術が持つ対ナイフ戦の防御である。

 一見して不規則に見える動きは、致命となる箇所を護る。主に頸動脈と気管、胸骨と首の隙間から刺し込める大動脈弓、脇下のリンパに腹直筋と内腹斜筋の隙間、臍下丹田を含む下腹部と内腿のリンパ。両手は急所を防ぎながらクルクルと巡回する。


 二人は前傾姿勢だ。少し背中を丸めた姿勢が維持されているさまは、急所を遠ざけると共に確保したスペースで攻防しているところを第一試合で観客も見ている。実際は、このスペースを誘いとして使い、相手の武器を武装解除しながら反撃する空間でもある。

 この姿勢は不安定にも見えるが、重心が絶えず天地を繋ぐよう可逆であり、且つ体軸を通しているため、強い構造で身体の連動が働く。


『用意、――始め!』


 始まった途端、開始線で向かい合った距離を保ちつつ、双方が左回りの挙動を取る。利き手で攻撃する際、み込みが一拍遅れて仕舞う方向への移動だ。

 が、軍事戦闘術で扱うナイフ運用は、相手に致命傷を与える箇所へ刃を滑らせれば。だから剣術と異なり、骨を断ち斬るための身体運用で斬撃を放つ必要がない。牽制用ナイフを持った左手は、防御のために捨てる前提で運用する。そこに在るだけで次の攻撃へ繋がるのだ。


 口火を切ったのは何方どちらからであろうか。金属の撃ち合う甲高い音が連続で響く。両の手は別々に動き、攻撃と防御を一度に行う。全試合を通して、最も刀身同士が撃ち合った対戦であることは間違いないだろう。


 何度も繰り返される撃ち合い。まるで寄せては引く波のように。

 そして、また一つ、ルーがポイントを奪っていった。


 ターニングポイントとなったのは何度目の撃ち合いだろうか。

 だが、始まりは此処ここからだった。


 ダキラは繰り出したクリスナイフの打突を受け流される瞬間、グリップへ圧力を掛けて波打った刀身で逆にルーのメスナイフを外へ受け流す。

 同時に右手側はカランビットナイフでルーの牽制用メスナイフが内から払い斬る攻撃へ対応していた。湾曲した刀身で牽制用メスナイフを引っ掛けるように受け、その威力を使いグリップの指環で刀身を開放する。クルリと跨いだ相手のメスナイフが吹き抜けると同時に半歩の体重移動で、相手の胸位置をカランビットナイフで横一線する。


 しかし、その場所からはルーが消えていた。


「(このタイミングで攻撃に繋げる手を打ちますか! さすが!)」


 撃ち合いの最中さなかだからこそ効果が最大限となる、取って置きの罠。それを回避されたダキラは、視界の下でチョコマカ動く小さなメイドに驚きと戦慄が走る。匍匐ほふくで戦えるルーがこの局面でを選んだことに。


 ルーは虚を突いて放たれた攻撃を膝抜き脱力し、そのまま身体が崩れ落ちるに任せて膝立ちとなって回避したのだ。

 そこから膝で高速移動し、ダキラが踏み込んで重心を預けている右脚の外側――回避出来ない位置――へ滑り込んだ。


 相手が仕掛けた技へ合わせて決めに来たルー。左右のメスナイフで真横に陣取り、広範囲から挟み込むようにダキラの膝へ斬り込んだ。決まれば二ポイントで勝利、仮に回避行動を取られても二刀のどちらかが必中する攻撃だった。


 だが、今度はルーが驚かされることになった。


 重心が乗り荷重された右脚を回避させるには、まず左脚への体重移動と重心位置を変える身体運用ののちとなり、一手間に合わない。倒れ込んで回避することも考えられるが、それでも被弾させる範囲と速度の攻撃をルーは繰り出した。

 そして、被弾する筈であったダキラは、そこには居なかった。


「(っ⁉ まさかの歩法使ってきやがったです!)」


 ダキラが回避したその方法。

 姿勢と重心を無視した不自然な歩法。右脚が荷重されているにも関わらず、左脚が全ての動きを支配した。

 関節単位で筋肉の回転させ、それを受けた骨が次の骨へ回転を繋げるガイドとなる。各部位で発生させた回転は、体幹でコントロールし、同じ姿勢のまま見かけの重心とは違う位置に重心を移動出来る技術。

 身体の内部から発生する回転を伴った高機動な歩法は円を描く。次に繋がる動きが予想しがたい上、容易く相手の裏を獲ることも


「(コイツ、Waldmenschenの民だったです! ココまで動き、隠してやがったです!)」


 ダキラがルーの攻撃を躱した動きは、結果的に距離が四メートル離れていた。ゆっくりと立ち上がったルーは、警戒度を一つ上げる。その結果、二人は開いた距離のままジリジリと対峙することになったが、少し空白の間が出来たことでダキラが口を開いた。


「これは本当の意味で奥の手ですよ。高位歩法の欠点は鍛錬相手が殆どいないことです。貴女あなたは、こちらの動きに合わせて、その一部を見せてくれました。そのお陰で実戦時の基本動作を学ばせていただいた次第です」

「オマエ、授業料よこせです! オヤツをよこせです!」


 願望駄々洩れである。ルーはやっぱりルーであった。


 Waldヴァルトmenschenメンシェンでも、ごく一部の者でしか高位歩法は使えない。大前提として、強靭で柔軟な腱を持っていること、回転を生み出す筋の威力と連動に耐えられる骨の構造強度が必須であるからだ。

 手足など、鍛えることで強化出来る腱はあるが、それ以外が重要となる。何せ、指の先から脚の先まで鍛えられない箇所も含み、ほぼ全身の腱を使う理合いを持った歩法である。

 故に、身体構造が適応している者のみに授けられる技法なのだ。幾ら才能があろうとも前提条件に達しなければ、学んで身に付くものではない。

 そんな特殊な条件であれば、修得出来る者は一握だろうことが伺える。だからこそ、高位歩法同士で戦うなど殆ど起こり得ないのだ。


 ルーの場合、身近にティナが居るのだが、高位歩法にカレンベルク流操身法を組み合わせ、既に別物の域に差し掛かった技能が相手である。更に、技量レベルがかけ離れているため、歩法から始まる殆どの技が軽くあしらわれて仕舞う。

 だから、自分と同レベル帯の高位歩法を相手に戦うのはこれが初めてなのだ。


「(チッ! 厄介この上ねーです。訓練してるみてーでモヤモヤするです)」


 また撃ち合いが始まったが、今度は相手も高位歩法を使用している。ルーも普段使いの高位歩法からガッツリ戦闘用の歩法を気兼ねなく使い始めた。お互いが身体内部の螺旋回転から生み出される円の歩法で回避が向上したため、ナイフの撃ち合う音は確実に減った。

 そうなれば、連撃の先で被弾させる組み立ても、そこへ辿り着く前に回避される、と言う図式が出来上がる。少なくなった手数の中から確実に被弾させる組み立てを練る必要がある。それはルーが目下修行中であり、最も不得意とするところ。


「(ぐぬぬぬ~。獲る攻撃の前にけるなです!)」


 総合的な技量はルーの方が圧倒的に上だ。しかし、相手も歩法の使い方を今なお学び取っているようで、防衛力は時が経つに連れ向上している。まだ対高位歩法への侵略力が足りないため攻撃の決め手が打てない様子だが、撃ち合いでも二、三合程度ですり抜け、攻撃の手を潰すように上手く凌いでいる。それがルーの攻撃にピタリとまり、千日手の様相をていしだした。


「(グギギギッ! めんどくせーのです!)」


 自分が良く知る技術で抑えられているルーにしてみれば、面白くない状態なのだろう。戦闘中なので表情は変わらないが、その仮面の下では文句タラタラである。


「(一気にプギャーしてやるです! ブッちぎるです!)」


 この小康状態を打破するために、ルーは取って置きを出すことに決めた。

 そして、攻防をしながら祝詞を紡いでゆく。


「(Verleng de psychische. Is het goed?)」

 ――精神を拡張します。良いですか?


「(Ja! alles veilig!)」

 ――問題ねえです!


「(Kracht van de zon, ontgrendeld.)」

 ――陽の力、開錠


「(Initialisatie van de psychische status.)」

 ――精神状態初期化


「(Stilte, Concentratie.)」

 ――静寂、集中


「(Aggregatie, Penetratie.)」

 ――集約、浸透


「(Kracht van de zon, losgelaten.)」

 ――陽の力、解放


 ルーは――FinsternisElysium MassakerKünste――フィンスターニスエリシゥム鏖殺おうさつ術の奥義、Zon Machtの力と呼ばれる暗示によるゾーン状態の強制励起を起動した。


「(Uitvoering.)」

 ――プギャーするです!


 奥義を起動した流れで即座に実行の祝詞で開放する。

 一気にアドレナリンが分泌される。

 思考が加速し、時間が引き延ばされる。

 世界の音が薄れていく。

 その逆に自分とダキラの世界が隔絶され研ぎ澄まされていく。


 アドレナリンの大量分泌により、身体能力が二割ほど向上する。

 二割の底上げは、実際相当な戦力強化になる。攻撃の威力もそうだが、今回は相手を置き去りにする速度が出せることに恩恵を受けた。


 戦局は、双方運足うんそくによる移動しながらの回避術が目を見張るものであったが、その様相がいきなり変わった。

 ルーの動きが加速したのだ。

 等しく戦っていたと見えていた試合が、一気にルーへ天秤が傾く。


「(まさか、kapangyarihan ng arawを修得しているとは思いませんでした。元より胸を借りていた身。奥義の持つ力を体験させていただきましょう)」


 ダキラは、速度と攻撃力も上がり、且つ自分の攻撃は余裕をもって捌かれて仕舞うルーが相手では、どう戦術を考えても一矢報いることすら難しいと悟った。ならば、自身が覚えた技を出し切るまで。


 ルーに攻撃を支配されているところへ、自ら打って出た。


 その攻撃は初めから虚実が含まれていた。で持ったクリスナイフとで持ったカランビットナイフ。この段に至って、左右の武器を持ち変えるアンマッチで繰り出された攻撃は、先にカランビットナイフがルーの攻撃用メスナイフへ接触してから、右のクリスナイフで仕掛ける時差式の攻撃だ。尚且つ、クリスナイフは相手の牽制用メスナイフを波打つ刀身で絡め捕り、参戦させないことに重きを置いた。

 ルーのメスナイフをカランビットの刀身で滑らせ、内に捩じり込むように腕から手首へ螺旋を掛けてメスナイフのベクトルを変えながら刀身開放する。

 クルリと回転した刀身は、ルーの右手首を斬り裂く軌道であった。


 やはりと言っては何ではあるが、ルーはその攻撃にも対応した。


 左で巻き取られた牽制用メスナイフから手を離し、捨てる。

 カランビットナイフの刀身回転で手首に刃が届く前に、螺旋の動きにより甲が上に向いたダキラの手をで上から小指と薬指の間に親指を被せる。そして、手首を内側へ折り曲げながら螺旋の回転方向に合わせて内から外へ捻った。日本の古武術から様々な流派に広く伝わっている小手返しに近い技術だ。


 ダキラは手首を極められ、力では抗えない方向へ身体の位置を操作され、そのまま前方に引かれる。手を引かれて体勢が崩れた状態で、ルーが脇下のリンパ節を一閃。


 そのまま流れるように、ダキラは腕を抱え込まれうつぶせせに組み敷かれる。左の肩甲骨を膝で抑えられ、左腕を捻ったまま高く抱えられているため身動きが出来ない。


 そして、ルーは頸動脈へメスナイフを滑らせ、止めを刺した。

 洗練された一連の鮮やかな動きは一つ到達した姿の体現でもあり、見た者を魅了する、それはそれは美しい技であった。



 一拍を置いて、ピピー、と警笛音が鳴り響く。

 試合では滅多に聞くことがない通知音だ。

 観客も半ば唖然としつつ驚きの目で、この試合に起こった状況を見つめている。


『ルイーセ・ヨランダ・ファン・クレーフェルト選手、危険と看做みなす反則行為のため退場!』


 審判が、笛の音を模した通知音の意味を雄弁に語ってくれた。


『よって、勝者はダキラ・ボースケィ・バウティスタ選手!』


 この結末には観客達も苦笑い。

 ダキラも思わずキョトンと呆けた顔になっているのは仕方がないことだろう。まさかの攻撃を繰り出されたのだから。


 Waldヴァルトmenschenメンシェン同士の戦いは、ルーが圧倒したと言える。が、そもそも競技と言う制限がある中で戦闘の是非を問われる場面だったのだ。そこをスッポリ忘れて盛大に反則をしたルーが敗退したのは当然であろう。


 物理的な接触が禁止であるにも関わらず、まず手首を極めて反則一つ、投げを打ったことで反則二つ目、そのまま肘と肩を極めたのが反則三つ目。そこから首を狩ったのは「危険となる部位に対しての意図的な攻撃」とカテゴライズされる特大級の反則で一発退場判定だ。


 さすがに関節を折ったり首を踏み抜くなどの技は出されなかった。訓練の範囲内とルーの認識があったからだ。ここ最近は、護衛向けの捕縛技能を密に鍛錬させられていたことから、訓練で用いた技がポロリと出て来たのだ。その全てが競技から逸脱する反則のオンパレードではあるが。


 やらかしたルーは、いつもの四つん這いでガックリ項垂うなだれている姿が滑稽に映る。


「(Annulerings procedure.)」

 ――終了準備


「(Psychische kracht, bevrijding.)」

 ――精神力解放


「(Sluit Macht en Psyche.)」

 ――力、および精神閉塞


「(Einde. alles veilig.)」

 ――終わったです……


 奥義終了の祝詞を紡ぎ、モソモソと起き上がるルー。ゲンナリした表情が哀愁漂う。

 耳をすませば、またやっちまったです、と呟いているのが聞き取れたことだろう。



 関わると呪われそうな雰囲気がドロドロと漏れ出しているルーは、幽鬼のようにユラリとダキラへ顔を向け、おどろおどろしく口を開く。


「まさか学校に紛れてやがるとは思わんかったです」


 ルーもあえWaldヴァルトmenschenメンシェンが、とは言葉にしないが、同族が学園生として通っていた話を聞かされていなかったことに口を尖らせてブチブチとこぼす。秘密にされてたのは納得いかないと。


「それこそ愚問ぐもんですよ。私達はでしょう?」


 ダキラが言う通り、陰に潜むことをとするWaldmenschenの民が在るべき姿ではある。特務を拝命なぞをしていようものなら、同族同士でもその存在が秘匿されるものだ。まぁ、特命を帯びている訳でもないのだが。


「うぐぅ」


 全くもっての正論に、ルーからぐうの音が一つこぼれた。


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