04-015.森の民と森の民。 Waldmenschen und Waldmenschen.
2156年10月12日 火曜日 午前十一時過ぎ
現在は第二試合終了後の休息時間だ。十時四十分終了の試合が最後であったため、そこから四十五分の休息となり、十一時二十五分が第三試合開始時間となる。並行して実施されている
――Aチーム競技者待機室
次の試合マップが発表されるのは十一時十分だが、ティナ達は森林マップで対戦することが確定している。四試合で三つのマップが必ず割り当てられるよう構成されるが、二日目の二試合目が終わった段階では未実施のマップがあるチームに合わせることとなる。つまり、対戦相手のグウィン率いるBチームが森林マップを
その結果、奇しくも森林戦に特化した
「おもしろいですね。ルーと森林マップで当たるとは組み合わせの妙ですねー」
「ティナ、何を呑気な……。あの
カレンベルク一族であるクラウディアは、一族と共に歩む
「森だとルーを正対させることが難しいわ、難しいのよ」
「そうね。後ろに付かれないことが重要なの。あの
マグダレナとリゼットは正面に対して圧倒的な戦力を持つ。しかし、この二人、後ろから攻撃された時の対処法が少ない。共に流派として技は練っているが、実戦で使うことが殆どないカテゴリーに含まれる。確かに高いレベルで技術の修得はしているが、使用する頻度の少ない技をその場面で即座に出せれば御の字、と言うレベルだ。それ以前に、通常の索敵方法で検知出来ない相手をどう捉えるかが悩みどころである。
「今日の第一試合で森林戦を
「ルーは木の上を移動に使ってこないかと。まだ研鑽中で
「そう。なら、上からの不意打ちを考慮に入れなくて済んで助かるわ」
「その代わり移動の姿は捉えられないでしょうから、攻撃された時が初めて認識することになるんじゃないでしょうか」
「結局、上の警戒がなくなったくらいで厄介なのは変わりないのね」
指揮官の一人エルフリーデも、音もなく相手の背後を獲るルーが、森林戦ではその能力を十全に活かしてくると今までの試合から分析している。そこへルーと同門であろうティナが、森林戦で披露した独自の技術――音もなく木々の枝を伝い飛び、容易く相手の背後を獲る――を見たからこそ、対処法に頭を悩ませたのだ。しかし、上方からの脅威はなくなったとは言え、認識が困難な相手は脅威であることに変わりはない。
実際、Aチームにはティナ、
「やっぱ、UMAの正体が笑っちゃう的~」
「ああ、例のお話ですわね。わたくしも滅多に学内掲示板は拝見しませんが、さすがにお噂を耳にする機会が
「ブプッ、未確認生物姫騎士ッブハハハハハ! おかしいの! 姫騎士が未確認なの!」
「UMAスレのイキオイがスゴかったカナ。ホントのUMAだったら狩りたかったナァ……」
「姫騎士ナゾ生物疑惑。草回避不可www」
「私がお笑い担当に据えられてる件。そして
ウルスラが木の上を移動する話から今一番ホットな噂話へ舵取りをする。テレージアが学内掲示板を見て口を濁すと言うことは、この場では口
五月ごろから敷地内公園の森林地区で木の上を移動する未確認生命体――所謂UMA――が存在するのでは、と
――UMAの正体見たり、と。
「さあ、一応マップが発表されたワよ。森林マップ確定ダッたケド、川を挟ンだ特殊な構造ね」
「みなさん準備の時間ですわよ。わたくしは学園の森ですと木々を斬り飛ばせない限り有利に戦えませんから、みなさんに戦いを託させていただきますわ」
「私も森は苦手カナ。実家にも殆どないしナァ」
「同じく、私もだしー。平原なら何とでも出来るけどー、森に消える相手と戦う技は持ってないしー」
ヴリティカは、マップが発表されたことにより、試合十五分前である事を告げたのだ。
今回、相手も森林戦に特化したルーが居るため、森林では一手遅れてしまうテレージアとララ・リーリー、ニルツェツェグの三人が居残り組だ。
テレージアの場合、森林の破壊が許可されるなら戦えると言っているところが恐ろしくもあるが。
矢庭に騒がしくなる競技者待機室。
鏡の前で、ティナがウッドランドパターン柄にフェイスペイントを仕上げていく。そして、髪を隠す偽装ネットに先の森林戦で拾ってきた現地の落葉や
その隣では黒尽くめの装備を纏う
エルフリーデも鎧を変更している。グレーと暗緑色を基本とした、日の影に違和感なく混ざり込む、見た者の記憶に残り辛い塗装が施されている物だ。
黄昏時では完全に消えるだろう事が伺える色合いである。
そのままなのは、クラウディア、リゼット、マグダレナ、ヴリティカである。
ウルスラは元より森林戦に効果のある森に溶ける色合いの装備だが、追加で頭部は森林色の
「じゃあ、行きましょうか」
一応、総指揮官であるティナの合図で、皆が立ち上がる。
これが最後の戦いとするために。
――学園内公園エリア
元々は湿地帯跡を含む森林公園を学園敷地に再整備して取り込んだ区画であるため、遊歩道を離れて自然へ足を踏み入れば、
さすがに観客が直接閲覧する場所を確保出来ないことから、各所のインフォメーションスクリーンで試合中継を観戦することになる。
森林マップの
サイバースペースであるSHF――Solid Hologram Field――環境は、SHF環境用多機能ポールを三本以上起て、ポール同士を結んだ内側に形成される。その特性を生かし、自然環境では如何様にもフィールド、つまり試合コートを造り出すことが出来るのだ。
その最も顕著な例が、森林マップである。
森林内を流れる小川を挟んだり、高低差のある地形を選んだりと、毎回様々な顔を持つマップを造り出す。
森林戦の待機線は、公園エリアの遊歩道で所々に存在する、開けた休息スペースへ用意される。試合コートに一番近い場所の休息スペースであるが、試合コートの開始線に双方が辿り着くまでは数分かかる距離がある。
Aチーム十一名、Bチーム八名が、待機線で横一列に並ぶ。この場には選手以外、スタッフしか居ない。この場所の様子は、前述の通り、インフォメーションスクリーン越しに観客へ届けられている。まだ
ティナ達には聞こえないが、観客は随分と騒がしくなっているのである。その原因は、二回目となるがティナと
ティナですら、試合にソレを持ち込むとは……やるじゃないですか、と、ルーの評価とルーの使い方を理解したグウィンの評価を一つずつプラスしたくらいだ。
ウルスラなどは、「モリゾー! モリゾーがいる的~」と大喜びだったが。
ルーの出で立ちは、最新式の
そして、左手には光を全く反射しない暗緑色の
待機線で参加
その理由は、マップ中央から数えて二十メートルほどのところに架かっている二本の橋である。一つはアーチ状をした橋、どちらかと言えば日本の太鼓橋のようにアーチの角度が深い。手前から見れば橋の最頂点が高いため、反対側に人が居るか確認出来ない形状である。要するに、勾配が非常にきついので「登る」と表現が必要なレベルだ。もう一つは幅一メートルの渡し板のような簡素な橋だが、取って付けたように造られた高さ不揃いの欄干が、武器を振ることを大いに阻害する。
橋同士は見通しも良いため、どちらの橋からでもお互いの状況が直ぐ判って仕舞う。部隊の動きを把握される、この橋と言う場所をどう捉えるのかが問題だ。
ティナ達は陣地開始線へ移動しながら、
「ふむふむ。まさか橋を造って来るとは思いませんでした。やりますね。運営科か人間工学科ですかね、屋台とかモノ造りを得意な連中がいましたから」
「実物を見ると川と橋二本がやらしいの。アーチ橋は
「そうね、相手があの勾配を乗り越えたところで私の
「狭い方の橋も一人しか通れないし、コッチもクラウディアの
「それが曲者よ。橋で戦力を分散させラれるもノ。どっちを選んでモ足止めされるとシカ思えナイわ」
ティナは周りから良く見えるように架けられた橋が、ブラフにも主戦場としても使える考えられた配置と構造に感心している。森林マップなのに人工物を放り込んで今までに無かった局面を演出し、エンターテイメント性を向上させる運営は優秀だろう。
リゼットは橋が二本あるところの意味合いに注目する。この橋は鬼門であり、利用するためには迎撃が主体になってしまうと危惧する。
この試合の参加メンバーで唯一、長柄武器を扱うクラウディアも、指揮官としては橋に縛り付けられるのは宜しくないと判断している様子。
エルフリーデも橋を利用するには長柄武器が最良であると言ってはいるが、クラウディアと同じく指揮官としてはリソースが橋に取られることが問題だと考えている。
そして、ヴリティカの言葉が橋の持つ本質を物語っている。足止め、つまり、数を活かす戦いは出来ないと。
「みなさん、橋は無視しましょうか」
橋をどう扱うか語り合っていたところに姫騎士さんは事も無げにブッ込んで来た。
途端に、おいおいちょっと待てと言った雰囲気になったのは仕方ないだろう。
「今回のマップ、相当頭の切れるヒトがデザインしたんでしょうね。まさか運営が競技者に罠を仕掛けるとは思いませんでした」
ティナが言うには、侵入不可の小川へ一癖もある橋を架けることで、橋に対する思考誘導がされているのではないか、と。その証拠に、橋を使うことを前提に対策を話し合っていたのだから。
「たぶん、
「じゃあ、橋はブラフで川を越えてこないと見る? なら、本命は待ち伏せと
「ええ、クラウの部隊は正面攻撃力が強力ですから一当てして警戒させながら追い込んでください。エルフリーデは挟撃に見せかけた偽装からの集中戦術で、恐らく伏兵となってるシルヴィアの足止めと戦線の押し上げ」
「了解よ。ウルスラとヴリティカのコンビならシルヴィアの隙を突けるわ」
「モリゾーはどうする的~?」
「森に擬態したルーを見つけられるのは、私か、
森林で隠密機動に特化した専門職を索敵出来る人材が三名もいること自体が通常ではありえない。それが八名の中に居るのだ。相手チームにとっては堪ったものではないだろう。
それだけティナの集めた人材が尖っていると言うことではあるが。
「で、移動ですが。私と
「飛び越えるって……川幅は問題ないけど、全員だと結構な音が出ることになるわよ。それに橋と川越えの二方向から陣地を侵略する予定だったのに、最初から部隊を左エリアに纏めていいの?」
エルフリーデは川越えする人数が倍の六名に増えたことによる、音の増加から行軍を察せられるのではないか危惧している。実際のマップを見るまでは、一部隊のみ川越えをし、もう一部隊は橋から侵略する手筈だったのだ。
「逆に音バレでこちらの移動を意識させたいですね。相手陣地の奥まった広い領域、戦線をそこまで押し上げましょう。川を挟んだ私達のエリアは最初から捨てることにします。相手にも使わせないのは変わりません」
「私は右の広いところから大回りで追い詰める」
「はい。
「了解」
「私は橋のところ、つまりマップのど真ん中を牽制します。木の上伝いに」
森林に急場造りで橋を架けたのだろうが、小川とマップの位置関係を元に配置を検討したのだろう。だから橋の上を横切って生える木の枝などが考慮されていないことにティナはほくそ笑む。
「ちょっと、まって!」
「なんです? エルフリーデ」
「
エルフリーデが話を止めて聞こうとした疑問に、ウルスラが合いの手を差し込んだ。
「ウルスラの言う通りよ。自然以外の音って私達の位置は常に把握されるってことじゃない」
「その認識でいいですよ? ただ、あの装備のルーは完全に単独行動でしょうから位置情報は相手に伝わらないかと。ルーの襲撃がある前提とすれば、この面子がいきなり
それよりも、と姫騎士さん。
「ルーは森がホームグラウンドですが、それを加味しても脅威度は二段階上げてください。一番の脅威はあの小手です」
「小手? あの小手、装備じゃなくて
「ええ、ヴリティカ。あれは、剣を絡め捕るためのモノです。あの小手で斬撃を受け留めると
硬く鋭利な金属がある一定以上の力で撃ち合うと、金属同士が
ヨーロッパの剣技で
「防具が武器の概念ってのがね……。やっぱり
「ちょっとクラウ! 言い方ァ!」
「その機能だと、逸らせても突きは絡め捕れないのよ。絡め捕れないわ」
「なるほどなの。私とマグダレナは刺突主体なら問題ないの。でも逸らされる時は懐に踏み込まれるってことなの。悩ましいところなの」
「未体験の攻防になりそうネ。受けられたら即座に引クことが被害を少なクしそウよ」
背後からの強襲意外に、相手と正対した時の対策を用意して来たルー。そもそも森に溶け込むため、索敵自体も難しいく侮れない項目がどんどん増えていく。
そんな話をしている間に、自陣地の開始線に辿り着く。
この試合は、ティナと
撹乱部隊としてエルフリーデ、ヴリティカ、ウルスラの
「今回のテーマは戦線の位置です。こちらが押し上げた戦線を中盤から陣地寄りに押し切られたら集中戦術にて一点突破。その後、電撃戦へ移行です」
こちらより奥に位置する相手チームの陣地にBチームのメンバーが揃ったら試合開始となるだろう。後一、二分と言ったところだ。
「さて、授業開始といきますか。彼等がちゃんと学んでくれますことやら」
「あら、今回の私達は先生役なの? 何を教えればいいのかしら」
クラウディアがお
「正しい負け方です」
――少し時間を巻き戻る。
開始位置が奥まったところとなるBチームの面々は、試合コートの外側を迂回しながら自軍の陣地へ移動している。森林マップの場合、試合開始前に試合コート内への立ち入りは禁止されているからだ。これは、マップ内に印や足跡を付けるなどの細工を防ぐ意味合いを持つ。
移動中も彼等の目を引くのは、やはり二本の橋であった。
「実物見るとエグイな。あの橋はトラップ臭しかしねー。位置的にも橋の造りにしても、使い方にしてもだ」
グウィンはマップの俯瞰図面が公開された時、橋が一つのキーポイントになると想定していた。有効に使うべく模索を繰り返していたが、実際に橋を目にし、その特殊な構造に練っていた戦術をリセットさせられることとなった。
「図面と全く印象が違うね。やっぱり細い橋が激戦区になるのかなぁ。僕だとあの人達を止められそうにないよ」
「アーチ橋は渡るのも、戦うのも不利でしょう。それは相手も同じことですが、橋の手前か渡った先が交戦地帯になるのでは?」
「いや。Bパターンで行く。
「私の班からスラヴェナを持っていかれるなら立ち回りをどうしますか?」
「
シルヴィアは強力な手札であり、これから戦う相手とも正面から撃ち合うことは出来る。しかし、強力であるが故に一つところで戦わせれば、全体の戦力低下となる。だからこそ、最低限の労力で確実に相手を仕留められる背後からの奇襲を
「私はグウィンと
「マリーとオレは
相手チームと正面から当たる必要はない。相手の虚が突けるに越したことはないのだ。森林マップと言う自然の遮蔽物は、隠れることも、いざとなれば盾にすることも出来る。
「ああ、ルーは変わらず
ルーは森を見つめてムムムと唸っていた。その目線は木立の生え具合や草の生え方、地形などを端から端まで舐めるように往ったり来たりしている。
「うい? なんですグウィン。オヤツなら分けてやらんですよ?」
「オヤツの話はしてねーよ! ったく、何か問題あんだろ? それを
「しょうがねーです。教えてやるから良く聞けです。全員コソコソ戦法しないと狩られるですよ? 傾斜と草を利用しやがれです。
人が分け入らない奥深い森林とは違い、所々に木漏れ日が生まれる程度には森は
「あの
Bチームは第二試合では試合の組み合わせがなかったため、丸々試合状況の確認の時間に充てられた。その際、第一試合で森林マップを戦ったAチームの戦力分析も当然の如く行っている。しかし、森林マップは試合ごとに
「一番の問題は姫姉さまです。ここの木の
幾ら上手く隠れようが空を征く
それは地を征く
「ルーも姫姉さまからコソコソしながら削りに廻るですが、一撃でも貰えばアウトなんで
被弾によりポイントを失っている場合、五メートルまで近付けば頭上にAR表示がされてしまう。遮蔽物を透過しない仕組みになっているが、潜伏行動には支障をきたすのだ。ならば、最初から攻撃を貰わないように立ち回るしかない。そして暗に、サポートを期待するな、とルーは言っている。
「厄介な話しか出て来ねーな……。
「Bパターンの三角はどうするの?」
スラヴェナが疑問を口にする。気にしているのは、Bパターンで用意した陣形を取らずに進軍することだ。この陣形は地続きであることを前提とし、敵に対して逆三角形で取り囲む。それぞれの頂点を守る班が順に波状攻撃を仕掛ける戦術を取れるようにしてある。が、それは機能の一部で、本来は頂点同士の班がそれぞれフォローし合うことによって継続戦闘力を維持するためのものだ。
「そこはオレ達、
この試合、圧倒的な戦力を持つ格上との戦いである。ならば、その戦力差を覆すためにはどうすべきか。
グウィンが示したのは、徹底した潜伏からの奇襲だ。限られた手札で一番勝ち筋が見込める戦法はこれであろう、と。
「さて、到着しちまったな。一丁、強敵に
開始線に到着したグウィンは、その
それは余人が見れば無謀だと言うであろう挑戦の始まりだった。
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