04-014.競技とリザルト。Wettbewerb und Ergebnis.

2156年10月12日 火曜日

 薄曇りの雲越しに緩やかな光がこぼれる朝。生み出される影も淡く柔らかな裾を薄く伸ばしている。人々が横切る度に揺れる影は、輪郭もあやふやで今にも消えてなくなりそうである。

 それは泡沫うたかたの夢になぞらえるように。


 大会二日目ともなると、足繁く通ってくる一般客は十万人を超え一頻ひとしきり賑わっている。各所に点在する共有野外座席などは、朝からビール片手に料理を摘まみつつ、競技観戦も酒の肴にして楽しむ者も多い。陽気な笑い声や雰囲気は、益々フェスタ祭りの様相を呈している。


 外国人観光客が半分近くを占めていると、アルコールが入れば文化の違いから多少なりともトラブルが起こったりするものだ。こういった客相手には学園生の巡回警備担当ではなく、カレンベルク財団の警備部門から派遣されているその道のプロが出動する。憐れ拘束され、警備待機所へ連行される客の姿もたまに見かけたりするのだ。

 ヨーロッパ人種は元々アルコールの耐性があり、飲酒に対するマナーがしっかりしている国が多い。ドイツなども、酔っ払っいが千鳥足でフラフラ歩いていると、アルコール中毒などの症状を疑われるくらいだ。飲酒マナーがあると言うことは「酒の上での」迷惑行為など、日本のようにグレーゾーン扱いで大目に見てしまう風潮はほぼない。故に、ここでも余り度が過ぎれば病院に搬送されたり、出入り禁止となる措置が取られ数年から最長無期限で来場が叶わなくなることもある。

 また、来場者数が増えれば不心得者なども一定数現れる。学園生の巡回警備員では判断の範疇を超える相手などは、派遣された警護部門の警備員や常駐している警察官などが直ちに出動し、法的措置が取られるケースも稀に見かける。


 人が多くなれば動く金額も多くなる。犯罪組織の資金調達には絶好の機会なのだが、そう言った手合いはカレンベルク一族が関わっている事実を知ると軒並み回れ右をする。目を付けられるだけならまだしも、彼等と敵対すれば二度と再起が計れなくなるからだ。それを知らない新参者や接点が少ないために軽く見ている海外の組織などが、気安くカレンベルクの防衛網へ侵入すれば、ことにされる。暗部が動くとは、そう言うことだ。



 Mêlée殲滅戦の二日目は予定通りに朝九時から試合が始まり、現在の時刻は十一時を少し過ぎたところ。既に二試合が終了した後の休息時間である。


 前日の試合内訳は、次の通りだ。


 【初日第一試合目】

 Bチーム対Dチーム、障害マップ、勝者Dチーム

 Cチーム対Eチーム、森林マップ、勝者Cチーム

 【初日第二試合目】

 Aチーム対Cチーム、平地マップ、勝者Aチーム

 Bチーム対Eチーム、平地マップ、勝者Bチーム


 本日の試合結果は、現時点で次の通りとなる。前日の試合内訳も合わせると現在の勝敗とチームで未実施の試合マップを読むことが出来る。


 【二日目第一試合目】

 Aチーム対Dチーム、森林マップ、勝者Aチーム

 Bチーム対Cチーム、障害マップ、勝者Bチーム

 【二日目第二試合目】

 Aチーム対Eチーム、障害マップ、勝者Aチーム

 Cチーム対Dチーム、平地マップ、勝者Dチーム


 【二日目第二試合目までの勝敗】

 Aチーム 三勝

 Bチーム 二勝一敗

 Cチーム 一勝三敗

 Dチーム 二勝一敗

 Eチーム 三敗


 勝敗から状況を見ると、Aチームのみ全勝である。Cチームは既に四試合全てが終了しており、現時点では暫定四位となる。今のところEチームが全敗しているが、三試合目にDチームとの対決を残しているため、ここで勝利を収めれば、Cチームと同率四位になる。

 試合一つ残して、BチームとDチームが二勝一敗とスコアは並んでいる。この二チームが残りの一試合を勝利すれば、Aチームと同率首位となり、優勝決定戦、および三位決定戦にもつれ込む。三つ巴となる前提として、BチームがAチームを、DチームがEチームを破ることが必須である。しかながらBチームにとっては、格上の相手へ果敢にも挑戦する立場であり、非常に厳しい状況に置かれている。


 現在までに消化された四試合は、勝敗よりも展開で見どころが多い試合であり、観客は随分と盛り上がっていた。試合の概要を紹介しよう。



 二日目第一試合目。


 ――AチームとDチームの森林戦。

 観客への顔見せを兼ねる、待機線にて競技者一同が整列した際、観客席に騒めきが起きる。森林に溶け込むカラーリングのKampf格闘panzerung装甲を纏ったティナが、髪を隠すようにフェイクリーフ模造木の葉を絡ませた森林仕様の偽装ネットを頭に被り、フェイスペイントを施した姿を現したからだ。その上、小乃花このかが肌を隠した全身黒くめに鉢金が付いた覆面姿。普段と見慣れない様相の二人に、客席だけではなく相手となるDチームの面々も驚きを隠せないようだった。

 そして、試合開始後。ティナが瞬く間に木の幹を駆け上がり、姿を完全に消したことで客席に二度目の騒めきが起こる。

 同時に小乃花このかも隠形機動を開始する。各所に設置されているカメラに時たま映るのだが、その出現位置が明らかにおかしい。どうやってそこに移動したのか観客は誰も理解出来ず、疑問や動揺の声が至る所で上がっている。一際多い声がNINJYAであったことは小乃花このかには内緒だ。


 試合展開も一味違った。

 開始線間際を左右に移動するウルスラの長弓ロングボウから放たれる矢は、木々の隙間を縫って正確に狙撃する。狙撃のスポッター観測手役として、プロ試合のDrapeauフラッグ戦で森林戦を豊富に経験しているエルフリーデが近接戦の護衛を兼任して就いている。二つの視界が補うことでマップ全域に索敵レンジが広がり、精密射撃の精度が上がる。それは、Dチームの行動を物影に押し込む状況を造り出した。そのお陰で相手の位置が特定し易くなり、安全に部隊の移動と展開が成される。主力の攻撃部隊はクラウディアが指揮を執り、ツーマンセル二人体制二組が等間隔の距離を空けて波状攻撃の開始準備をする。森林マップで在りがちな遭遇戦ではなく、ヒット&アウェイに持ち込んだAチームは、木立を盾に相手の戦力を一人また一人と削っていく。

 さすがにAチームも無傷と言う訳にはいかなく、剣の射程外から障害物の隙間を縫って攻撃するクラウディアと、一瞬で点の攻撃を飛ばすマグダレナが優先的に狩られたが、その時にはDチームも三人が敗退した後だった。

 やはりリンダの指揮とエイルの戦闘力は強力な組み合わせで、不利な戦局を良く凌いでいたと言えるだろう。しかし、それも一瞬で瓦解する。

 音もなく背後からティナがリンダを、小乃花このかがエイルを狩り獲ったからだ。かなめとなる騎士シュヴァリエ二人が敗退したことで浮足立ったDチームは、態勢を立て直す間もなく集中砲火を浴びる。その結果は言うに及ばず、であった。


 この試合一番の見どころは、エイルが驚愕の表情を見せたことだろう。ティナと同様に試合中は表情を読ませないエイルが、ほぼ初めて見せる顔であった。ルーに背後を獲られても問題なく察知し対処出来る技法を持っていたが、小乃花このかには通じなかった。背後から心臓部分クリティカルを獲られるまで全く察知出来なかったことから、家伝の奥義を掻い潜る技術があることを知り、驚きに目を見開いたのだ。

 観客も試合結果より、エイルが見せたことのない表情について盛り上がっていたくらいだ。



 ――BチームとCチームが戦う障害マップは、三十分の長丁場となった。

 障害マップは、何も建物が配置されると決まっている訳ではない。今回は、直線移動を遮るように幅十メートルの堤防が合計五つ、迷路のように配置されていた。試合コート短辺の開始線に一番近い堤防は、長辺側へ完全に設置しており必ず一度は中央近辺を通らねばならない構成だ。尚且つ、高さ一メートルの角柱が至る所に点在し、防御や待ち伏せなどにも使用できる反面、進軍の陣形を乱す役割も兼ねている。堤防と角柱は、見えている高さが一メートルなだけで、実際は上部の透明部分も判定があり高さ七メートルの壁となっている。故に、角柱や堤防越しに攻撃をすることが出来ない。

 そして、一番の問題は相手の姿が見える高さの障害物であることだ。相手に位置を特定させないためには、身体を小さくするこごむ姿勢での移動となり、明らかに速度は落ちる。障害物をどう扱うかで戦術がガラリと変わる、非常に難易度が高いマップだ。


 ここで大胆な作戦に出たのはメイヴィス率いるCチームだった。部隊全員が一塊となり、丸見えの状態で移動を開始したのだ。むしろ、相手に見せつけているとしか思えない。

 対するBチームも、グウィンを含めた三名の部隊が相手に見えるよう移動し、残りのメンバーはツーマンセル二人体制で二手に分かれ、姿勢を低くしながら部隊を左右に展開する。別動隊のルーは、一度中央を通過する必要がある箇所まで姿を見せていたが、以降は所在が不明となる。

 お互いのチームが、障害物を利用する前提でブラフ込みの動きを見せることで戦術の全貌を隠す騙し合いの展開である。

 Cチームは戦闘速度で部隊を進軍させるが、中央に陣取る堤防を挟んで敵部隊と対峙する位置に差し掛かる直前、一人だけ相手から見て右方向に駆け出した。その動きに反応したグウィンが堤防の右側を移動している部隊へ指示を出した途端に、駆け出した騎士シュヴァリエが急静止し反転する。その騎士シュヴァリエは部隊に合流し、部隊自体は反対方向転進しつつ移動速度を上げた。

 グウィンは、自身の部隊を堤防の左側へ移動、左側へ隠れながら展開していた部隊と合流。その場で迎撃態勢を取る。この段になっても表に見せているのはグウィン達三名のみだ。堤防右側方向へ移動していた部隊に追撃を指示し、挟撃する段取りが整う。


 しかし、メイヴィスの方が一枚上手だった。姿を見せているグウィン達三名の後ろに向けて大回りに部隊を突撃させる。他に隠れている騎士シュヴァリエが複数名いたとしても、即座に対応が出来ない速度で強襲した。全員が戦闘に参加出来るスペースが取れない位置であることも見越しての行動だ。

 相手の虚を突いた行動は、一点集中でグウィンを狩り獲るためのものであった。アシュリーと同じ血を引くこの指揮官を放置するのは危険であるとメイヴィスは判断したようだ。残った新入生達は、大会まで集中訓練した成果と、戦闘出来るスペースの狭さが幸いしてギリギリで凌げている。メイヴィスが常に互いの背中をフォロー出来る配置に部隊を展開しているため、攻撃の圧力自体は減っているからだ。これは、神出鬼没の死神ルーと迫りくる武神シルヴィアへの対策であろう。死角を極力減らし、後方からの攻撃に対する守りこそ強化している。

 そこへ挟撃すべく迫りくるシルヴィア含む二名が、メイヴィスの部隊に後少しで接敵する位置まで来た時に罠が働く。


 角柱の影に潜んでいた伏兵が一名、シルヴィア達が通り過ぎた直後に襲い掛かる。まずは直ぐ手の届く位置にいた騎士シュヴァリエを背後から心臓部分クリティカルへ剣を刺し込み敗退させる。その瞬間にはシルヴィアが迎撃態勢に移行したため、迂闊うかつに攻撃を繰り出せなくなる。しかし、角柱を挟んでシルヴィアの攻撃を封じつつ牽制し、この場へ釘付けすることに成功する。シルヴィアとて、背を向ければ後ろから攻撃されるため、この伏兵を無視することは出来ないのだ。

 伏兵は、堤防手前で駆け出した騎士シュヴァリエにグウィンが目を取られた隙に仕込んであった。部隊が移動する際、二名が角柱の後ろを通り過ぎるタイミングで、相手からは一名に見える角度へ重なる瞬間を造り、一名が角柱の影に隠れたのだ。駆け出した騎士シュヴァリエと転進した部隊に注意が行くため、人数が一名足りないことを意識外に追いやる工夫もされていた。


 Cチームが優勢に出たところで状況が変わる。シルヴィアと合流される前に勝負を決めるため、メイヴィスが指示の声を上げようとした瞬間。

 誰にも気付かれず忽然こつぜんと敵の只中に現れた小さなメイドが、メイヴィスを背後から狩り獲った。何故ルーがそこにいるのか敵味方関わらず理解出来ない登場であった。

 指揮官を欠いたが、Cチームのメンバーも実績のある騎士シュヴァリエだ。全チーム中、最も盾持ちが多く在籍し、且つ盾を使用する前提の技術を磨いている者が複数人いる。全体的に防御力も高く、角柱と堤防を背後に立ち回り、長い時間均衡を保っていた。しかし、短い期間なれど集団戦を訓練した者と、そうでない者の差が出始め、徐々に押し込まれていく。そして、とうとうシルヴィアが合流したことで、一気に均衡が傾いた。結果、味方を三名残しBチームの勝利で終了した。



 二日目第二試合目。


 ――AチームとEチームの障害マップ。

 このマップも今まで採用されたことの無い構造をしていた。岩山にある渓谷であろうか、幅の異なる道が蛇行しながら三本通り、所々に配置された吹き溜まりへ合流し、違う道へと分岐する。渓谷を抜けたマップの中央付近は横方向に四十メートル、縦方向に十メートルの楕円形になっており、複数の道は必ずここへ辿り着く。楕円形の中心位置に、幅五メートル、高さ七メートルの黒い一枚岩モノリスが遺跡のように建立こんりゅうされている。ご丁寧に古代文字状のモールドが緑に明滅している。そこだけを抜き出すと遺跡のようであるが、視界を遮り、戦闘にも制約の掛かる箇所が多いマップ形状は、真上から見れば蟻の巣状であることが判る。


 個の戦力に特化したEチームは、Hakkaフィンランドpeliitta騎兵を模倣するプロ騎士シュヴァリエのアイリ・プーマライネンがツーマンセル二人体制で先頭に立つ。残り六名でスリーマンセル三人体制二組とし、計三つに部隊を編成している。それぞれの部隊は独立した動きではなく、距離を取りつつ連携し合う体制を整えていた。

 さすがにトップレベルの騎士シュヴァリエが大半を占める集団である。作戦指揮を執るチームと三度目の戦いともなれば、過去二戦の経験から簡易ではあるが指揮による部隊運用の真似事程度はおおせる能力を持っている。つまり、一戦毎に手強くなってくるのだ。

 しかし、相手が悪かった。惜しむらくは、もう二、三戦こなしていれば、もしや互角に戦えたやも知れない。


 Aチームは、今試合マップと相性が悪いウルスラ、ララ・リーリー、リゼットを居残り組とした。

 開始線位置からそびえる岩山は、一メートル幅の道が二本、二メートル半幅の道が一本通っており、ご丁寧に音が反響する造りになっている。そこを中近接攻撃のメンバーで構成されたツーマンセル二人体制四組が、それぞれ異なる進軍速度で部隊展開をする。ツーマンセル二人体制二組が一番幅の広い道をやや速い戦闘速度で進軍する。もう一組のツーマンセル二人体制は、その半分の速度で時間差を付けている。

 音もなく細い道を全速に近い速度で移動しているのはティナと小乃花このかの隠形組。客席のインフォメーションスクリーンでは、その進軍速度が非常に目立つのだが、現場では空気に溶け込み全く目立たないと言う、一種独特の温度差が生まれていた。


 最速でマップ中央の黒い一枚岩モノリスに取り付くティナと小乃花このか。彼女達は相手に悟られず裏を獲る別動隊だ。

 三、四拍遅れてEチームは三つの部隊八名全員、Aチームはツーマンセル二人体制二組が中央広場に到着する。黒い一枚岩モノリスを挟んで相手の出方を伺っているのはEチームである。見た目の数で言えば、倍の人数で対峙しているため、戦力的には圧倒的有利だ。しかし、メンバーの半分で対峙しているのはAチームの誘いであろうが、あからさま過ぎる。このまま攻撃を仕掛けた場合、確実に罠が待ち構えているだろうが、どのような罠であるか判別するには情報が少な過ぎる。だから、Eチームは相手を警戒し、一挙手一投足に注意を傾ける。

 が、それこそが罠であった。


 Aチームの四名、遠間から範囲攻撃が可能なテレージア、学内でも戦い辛い武術の使い手として上位に入るヴリティカとマグダレナ、唯一の盾持ちで防御も固いエルフリーデが一枚岩モノリスを左回りで突撃を仕掛ける。倍の相手であろうが、暫くは持ち堪えられるメンバーである。


 よもや半分の人数で攻撃を仕掛けて来るとは予想すらしていなかったEチームは、虚を突かれて陣形の構築が間に合わず、来た相手に対して場当たり的な対応を取る羽目になる。そこへ中央左側の出口から残りのツーマンセル二人体制ヘルバードハルバードを装備したクラウディアと変則射撃のニルツェツェグが合流して来たことにより、Eチームの意識が左側へ集中させられる。何せ、移動しながら別のターゲットへ連射するニルツェツェグの弓が非常に厄介だったのだ。

 その瞬間、ティナと小乃花このかが相手陣地側の細道に音もなく滑り込み、蟻の巣状となった道筋を利用して相手の真裏から強襲を掛けた。

 今試合、Aチームの戦局デザインは、思考の隙間と視線誘導を利用した局地戦であった。戦術としては、集中と誘致、挟撃を組み合わせたものだ。


 Eチームは個の能力が秀でていれども、正面で相対あいたいするDuel決闘を主戦場にしているため、後方からの攻撃は殆ど経験していない。流派にて背後からの攻撃に対処する技法を学び修めていても、実戦で活用する場がなければ咄嗟の判断がどうしても遅れてしまう。そこを突かれた。

 背後からの攻撃が基本技術として組み込まれている武術を使うティナと小乃花このかは、相手の死角を獲ることにけている。そのため、一般的な後方攻撃への対処法では抑え込むことが難しく、音もなく変幻自在に繰り出される背後からの強襲に手を焼かされる。前後への対応が次第に追い付かなくなり、Eチームは敗退することとなった。

 それでもAチームの半分を敗退させ、地力の高さを証明していた。



 ――CチームとDチームの平地マップ。

 両チーム共に起動戦術で戦端が開かれる。盾を五枚持つCチームは、部隊を二つに分けて突撃を掛けた。盾二枚はエイルを標的に、盾三枚はリンダに向けて。

 盾の数はそのまま防御の固さを表していた。リンダ側に盾三枚を割り当てたのは、拳銃によるクイックドロウ撃ち対策ではあるが、正面に固められた盾で機動要塞の形を取っており、接敵後そのまま押し込むことを可能としている。エイルへ向けた盾二枚も同様に、防御力で突破力を底上げしている

 対するDチーム、リンダが用いた陣形はV字型に展開し、両翼で相手を絡め捕る鶴翼かくよくの陣である。V字の頂点はリンダが陣取っている。最後方から戦況を一望しながら指揮を執り、且つ拳銃の射線確保のためだ。

 この陣は状況によりハサミの形となった隊列を閉じたり開いたりすることで、接敵後の展開を有利に持っていくことが出来る。故に、相手側からしてもハサミの内側へ立ち入れば取り囲まれることが一目瞭然であり、小隊規模の人数ではキルゾーンを避ける動きを取らなければ厳しい戦いとなる。だから、陣形を保ちながら相手を追い、ハサミの内側に取り込んで潰していけば良い。


 リンダの思惑とは裏腹に、Cチームは鶴翼かくよくの陣に正面から当たって来た。

 セオリー通りの展開にならないと想定していたが裏をかかれ、包囲網の只中へ相手が自ら侵入したことに瞠目する。メイヴィスが内側から食い破る戦法を選んだとリンダは判断したが、ここからが予想外の挙動であった。


 メイヴィス率いる盾二枚のチームは、Dチーム右翼先頭に陣取るエイルの目前で二名が外側へ散開した。同時に陣の中央へ斬り込んだ部隊は脚を止め、盾三枚でV字の一番奥に位置するリンダと左右の騎士シュヴァリエに対して防御を固める。二つの部隊が盾の特性を上手く生かしてエイルを取り囲み、孤立させたのだ。実際にエイルへ攻撃を仕掛けたのは、正面のメイヴィスと左右に展開した二名であるが、しものエイルも三方向からの攻撃に対処しきれず、最初の敗退者となる。道連れに攻撃担当が一名、敗退させられたが。

 メイヴィスの戦法は、盾を活用し初手で相手の最大戦力を狩り獲ることであった。それを成すために、盾の運用で援軍を防ぐことまでが一連の流れだ。


 そのままの勢いでDチームの右翼を二人目まで敗退させたところで、右翼側の動きが変わる。左翼に残った二名と挟撃となる形で内側に食い込んだCチームを押し潰すと思われたが、起動戦術を再び取り始めたのだ。Cチームの後方を迂回するように移動する。そのような動きを戦場でされれば無視する訳にもいかず、盾三枚の部隊が円運動で移動に追従しながら牽制をする。その隙に、メイヴィスの部隊も更に一名盾を失いながら、乱戦の最中、Dチームの左翼残り二名を敗退させることが出来た。

 ここでリンダが何時の間にか陣形の頂点に居ないことをメイヴィスが気付く。リンダは乱戦になるように仕向け、その隙に左翼と共に移動したと判った時には遅かった。


 ――パン、パン、と乾いた炸裂音が響く。左翼の奥深くまで侵入したメイヴィスの背中に二発の銃弾が着弾した。


 リンダが右翼部隊と共に移動したのは、相手指揮官メイヴィスとの距離を確保するためでもあった。追従してくる相手の盾三枚は、近距離に対しての防御に意識を向けさせ、後方への意識を少なからず希薄にさせる。陣形奥深くに入り込んでいるメイヴィスへの射線が通る一瞬を造るための移動であった。


 Cチームの指揮官、メイヴィスが敗退する。残存は四名対四名。数の上では変わらないが、Dチームは指揮官が存命している強みがある。しかし、リンダが研鑽した部隊運用には、盾を持った相手は存在しなかった。そのため、南北戦争イベントで培ってきた戦術がそのまま使えず、巧みに盾で防御する相手を切り崩すために相当な苦労を強いられる。

 その結果、試合時間の三分の二が一進一退と消耗戦になり、最終的に勝負を決めたDチームは辛勝と言ったところだった。



 ――以上が二日目の二試合、計四戦の見どころである。


 各所にあるインフォメーションスクリーンには、今日ここまでの試合リザルトが学園生解説者のコメント付きで流れている。Quartier本部_général防衛などのリザルトは、その競技の雄であるアシュリーがゲストコメンテーターとして参加していたりと、他の競技も現役の騎士シュヴァリエがコメンテーターとして参加しているため、一般の放送局で放映される番組とは一味違った演出となっている。

 ここでしか見ることが出来ず、且つ映像制作会社が制作していると言われても可笑しくないレベルで仕上げられた番組構成は、来場した観客からも人気が高いコンテンツである。この辺りは、運営科や人間工学科、スポーツ科学科などに人材が揃っており、制作指揮を執って番組編成した彼等が持つ技量の賜物たまものである。実際、卒業後に映像制作会社へ就職する者もたまに出るくらいだ。


 観客の盛り上がりは収まるところを知らず、共有野外座席などはお祭り騒ぎである。まぁ、朝から何ら変わりないのだが。


 ――マクシミリアン国際騎士育成学園は、夢と現実の狭間にあると言える。巣立ちの時までは、誰でも夢を追い求める。その先を手に入れる者は、どれだけいるのだろうか。

 だから観客も、今日ここに来なければ味わえない、一時ひとときで消える夢の飛沫ひまつに酩酊するのだ。


 彼等彼女等、学園生達が夢追う姿を瞼に焼き付けるかのように。


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