04-013.予定と期待値。 "A"Gruppe und "C"Gruppe, Wettbewerb im Mêlée.

2156年10月11日 月曜日 午後十四時前

 学内大会の開催時、電子工学科のアバターショップは学園校舎の正面玄関前噴水広場の中央に店舗を広げる。アバター店頭販売は学園の売りでもあるので、優先的に最も良い場所へ区画が割り当てられるのだ。独自採算制で運営出来てしまうほどの売り上げを誇る店舗である。それは、集客力の高さを示しており、混雑を招き易いと言い換えられる。

 その対策は、人の流れをさばき易いよう店舗前に広いスペースを確保したことである。顧客をベルトパーティションの区切りで順番通りに並ばせ、店舗での買い物は一度に入店できる人数と滞在時間へ制限をかけ、質の良いサービスを提供できるよう対応している。購入後は別の出口から退店するシステムを用いているため、入退店での混雑はない。

 さすがに午後ともなれば入店待ち行列も大分けて十から十五分待ち程度に収まっている。まぁ、マニアは一回の滞在時間では足りないらしく、退店後にまた入店の列へ並び直したりするので、列の長さは一定以下にはなりにくいのだが。


 現在はMêlée殲滅戦の試合順が決まり、最初の二試合が絶賛競技中である。アバターショップの待ち行列からでも、噴水の上へ二、三段ほど多角的な向きで設置されている大小複数のインフォメーションスクリーンが目に入るため、現在実施中であるが一望できる。だから、待ち時間であろうとも試合観戦を楽しむことが出来るのだ。


「お久しぶりです、蓑崎さん。今回もいらしたんですね」

「夏以来ですね、京姫みやこ嬢。当然、仕事より学園イベントの方が大事ですから」


 午後からアバターショップで、更新アバター本人から手渡しサービスをする販売要員に駆り出されている京姫みやこ。彼女が親し気に声をかけた御仁は、元より良く知る間柄で、夏季休暇で帰省した際、ティナがでっち上げた突発イベントへ共に巻き込まれた縁もある。


 頭の後ろを掻きながら仕事の関係者が聞けば顔をしかめる台詞を事も無げに言い放った青年。

日本から来独した蓑崎拓海。役者を子役時代からっており、Chevalerieシュヴァルリ競技に魅せられたコアなファンである。ここ十年ほど、この学園で行われる春冬の大会と六月祭は共に皆勤賞だ。世界選手権大会にも十年連続で皆勤賞だが、開催地によっては休暇の調整がタイトになるらしい。開催地がアルゼンチンだった時はスケジュールがギリギリで移動は全て駆け足でしたよ、と、それすらも楽しんでいた様子。


京姫みやこ嬢のCMで見せた技が実装されるのを楽しみにしてたんですよ」

「ありがとうございます。ようやくく、流派の奥義が試合で出せる技前わざまえに踏み込めました。未だ完成には程遠く、お恥ずかしい限りではありますが」


 生真面目なところがある京姫みやこの言葉は、謙遜ではなく純粋に及んでないと自身が納得していないからこそ零れたものだ。本心から紡がれた言葉は相手に伝わるもので、彼女の将来性に期待を抱き、必ず予想以上に魅せてくれるのだろうと蓑崎も目を細めるのだ。


「殿下がDuel決闘ではなくMêlée殲滅戦に参加だと発表された時は、思い切りが良くてビックリしましたよ」

「私も話を聞いた時、むしろティナらしいと腑に落ちました。明確に目的を定めますが、実は辿り着く方法の拘りなどなくて、自分で楽しみながら思うさま突き進むのがティナの本質なんじゃないかと」


 ついでに周りを盛大に巻き込みますが、と小さく笑みをこぼして京姫みやこは言葉を綴った。


「はははは、実質一日でイベントをでっち上げて、まずまずの成果を収めてますからね。やると決めたらあっと言う間に実現させる行動力はお見事でしたから。巻き込まれた身としましても一頻ひとしきり感服致しましたよ」

「普段は面倒事を極力けるし、け切れないと文句も言い始めるんですけどね。今回は、どう見ても自分が楽しむために何か始めた悪戯っのようでした」

「ファンとしては、騎士シュヴァリエの違った顔を見られることは喜ばしいことですよ。それもChevalerieシュヴァルリの醍醐味じゃないかってね」


 ファンとして自分なりの楽しみ方を持っている。だからこそ、十年以上も熱心に通ってくるのだろう。それが立場は違えど競技を共にしている、と言えるのではないだろうか。騎士シュヴァリエと観客で創り上げたChevalerieシュヴァルリの在り方が垣間見られた一例であろう。


「そうそう。チョイとネタバレの話なんですが。ああ、いずれ判ることだからと双方から話しても良いと許可をもらってますから安心してください」


 蓑崎が情報を貰うことは良くあるが、逆に情報提供することは珍しい。

 足繁く通う蓑崎は、数多あまた騎士シュヴァリエとも顔馴染みだ。しかし、それに甘えて馴れ馴れしく踏み込むような無作法はせず、あくまで一ファンとしてわきまえていることから、騎士シュヴァリエ達からの印象はとても良い。アバター本人が売り子として手渡しサービスを行う際、ちょっとした会話なども交わすのだが話が弾むところを良く目にする。顔見知り、だからという訳ではない。蓑崎は、その騎士シュヴァリエが持っている技術や戦術も良く理解しているため、一見地味だが裏では高度な技術や駆け引きが行われていた場面など、殆ど気付かれることがない一段深いところも称賛するからだ。

 騎士シュヴァリエにしてみれば、派手で目立つ部分ではなく、水面下で下地を積んだ技術の本質をちゃんと見てくれている貴重なファンなのである。だからこそ差し障りない程度ならば裏情報も教えたりするのだ。その話も心の内にしまってくれるため、信用度も高い。

 だから京姫みやこが友人目線で見たティナのことを少々語っても大丈夫な相手なのだ。


「実はですね。夏のイベントに参加してくださった磁雷矢じらいやさんのところに、戦乙女殿が例の番組で来週伺うことが決まったそうです」

「ヘリヤが? 磁雷矢じらいやさんのところへ? つい最近、係わった方のお名前を聞くことになるとは……」

「いやね、殿下が戦乙女殿に磁雷矢じらいやさんを紹介したらしいですよ」

「なるほど、ティナの仕込みですか。やれやれ、相変わらず自発的に動く時は迅速だな」


 九月初旬から始まった、ヘリヤが世界中の達人の元を訪問する番組「ヘリヤ、世界を行く」は、九月中は毎週放送、十月以降は隔週の世界一斉配信ネット番組だ。初回の二時間スペシャル以降は一話四十五分枠だが、今現在放送された訪問先の倍以上取れ高があるらしい。その訪問先に磁雷矢じらいやが選ばれた。

 夏、ティナが強引にでっち上げた突発イベントに参集された、日本の騎士シュヴァリエの中で上位者と言える全国大会優勝者の京姫みやこ、第二位の至道しどう、三位の小乃花このか。この三人をってしても全く歯の立たなかった相手が、同じくイベントに参加した磁雷矢じらいやである。テレビでヒーロー番組の主役や、映画の武術指南、現代に技を継ぐ忍者として名は通っていたが、Chevalerieシュヴァルリ競技に対しての実力は未知数だった。それが、熟練の技量を持った武術家であったことは、世間を賑わせるのに十分だった。在野には知られていないだけで、まだ沢山の達人が存在しているのではないかと。


「ヘリヤも、ずっと旅をしているのに、番組を見る度に強さが増していました。それが驚きですね」

「学生の頃と比べて鍛錬時間が随分減ったらしいですが……。達人と出逢うことがよっぽど刺激になったんでしょうね」

「何にせよ、ヘリヤと磁雷矢じらいやさんの組み合わせが、どうなるか楽しみです」

「ええ、本当に。私も撮影がなければ、無理を言って押しかけてたところですよ」


 お互い笑いながらの戦いへ思いを馳せる。二人が剣を交えた時、どのような化学反応が起きるのか。

 そして、世界最強の騎士シュヴァリエが何を掴むのか。


 京姫みやこは一つ認識を改めた。ヘリヤは高い頂きを目指して積み重ねているのではなく、頂きなど見えることがない果てへ向かって、只管ひたすらに道を歩いているのだと。


 剣を片手に、終わりなきことが当然だと歩み続けるヘリヤ。

 そのが嬉しいことだと言うように。京姫みやこは知らず、笑みをこぼしていた。



 十四時十分を少し過ぎたところで、Mêlée殲滅戦最初の二試合が両方とも終了した。屋外Mêlée殲滅戦コートの観客席は、試合の興奮冷めやらずと言ったところで、未だ騒めきが続いている。

 次の試合が開始するまで、これから四十五分間の休憩を挟む。観客を動員していることを考えれば随分と長い待ち時間となるのだが、Mêlée殲滅戦だけを見る場合は、と但し書きが付く。

 この競技場には三十二基のインフォメーションスクリーンが設置されており、Mêlée殲滅戦だけではなく、Drapeauフラッグ戦luttes乱戦Quartier本部_général防衛などの様子も同時に表示されているのだ。観客は見たい試合が表示されているインフォメーションスクリーンを見上げれば良く、解説音声もチャンネル選択出来るようになっている。今も試合中の競技は継続して表示中であるし、次の試合まで待ち時間がある競技などは、学園生アナウンサーと騎士科の生徒による解説付きリプレイが流れていたりと、複数のテレビ番組が放送されているのと何ら変わらない。


 学園内ではMRで表示する小型のインフォメーションスクリーンが至る所にあり、競技場に入らずとも試合の様子を伺うことが可能となっている。フードコート状になった飲食店で購入した食事をったり、ちょっとした休息に利用する目的で各所に設営された共有野外座席。そこにも複数のインフォメーションスクリーンが設置してあり、至る所で賑わっているのだ。実際、全ての競技場へ入場した人数より、学園敷地内で自由に観戦する観客の方が多いのではないかと思ってしまうほどである。ある意味でフェスト祭りそのものだ。午後を回った今の時間になっても、来客は増加の一途を辿っている。


 ――Aチーム競技者待機室

 同時に開始された二試合をモニターで見終えたティナ達は、各チームの分析を始める。まずは、エイル達Dチームとグウィン達Bチームの試合に焦点が当たる。


「あの様子ですと、リンダさんが部隊を指揮していたようですわね。その辺りはどのようにご判断なされますか、エルフリーデさん」

「部隊を率いる戦い方に慣れてるわね、あの。ずっと戦局をコントロールしてたわ。多分、規模の大きい集団戦を経験しているのね。他にも戦術を持っていると見た方が良いわね」


 テレージアとエルフリーデの二人は、ホーエンザルツブルク要塞攻略イベントの際、防衛側の遊撃班に所属していた同僚であった。エルフリーデの指揮でテレージアが敵を引き付け、班の人員で仕留めていく戦術を用いたが、その立場を変えたような戦術が彼女達にリンダを意識させた。


「最後辺りのエイルは見慣れない動きだったわ、見慣れないのよ」

「気配察知で反応するカウンター技術と見た。あれは私との相性がいい」

「なら、対エイルは小乃花このかにお願いするの」

「ルーは常に正対すれば封じられるわ、封じられるのよ」


 マグダレナと小乃花このか、リゼットの三人は、エイルが初めて見せた技術に注目する。

 ルーが相手を振り切るための高速移動は、エイルの深い顔を引きずり出した。Duel決闘ではまず見ない機動戦が起こったため、今まで使う必要が無かった奥義を惜しげもなく出した結果であった。エイルが持つ手札を一枚切らせたルーが持つ地力の高さも瞠目に値するが、試合の中でその両方を見ることが出来たのは僥倖である。既に打つ手が検討されている。


「やはり、シルヴィアは固かったですね。正面から崩すのは非常にめんどうくさいです」

「曲射も決まらない的だから遠距離が安定~」

「大弓で長距離狙撃がいいカナ? 見えないとこからズドン、で狩る?」

「それだと射線造るの大変そうだし。移動射撃の方が当て易そう」


 出来る出来ない以前に、めんどうくさい、と言ってのけたのは姫騎士さんである。ウルスラはシルヴィアと対戦した時の経験からだろう、近接は危険と判断している。

 続くララ・リーリーとニルツェツェグは、最初から距離を計算に入れた戦法を考慮しているようだ。


「Cチームの戦い方もおもしロかったワね。チームを二つに分ケてマルで軍隊を動かシたみたい」

「さすがメイヴィスと言ったところかしら。伊達にガーター騎士団の副官をやってないわね。と強いわよ、あの部隊運用。最初に当たるチームとしては面白いんじゃないかしら」

「Eチームはアイリ・プーマライネンが、さすがプロ騎士シュヴァリエって印象ね。柔軟な対応してたのは見事だったけど、如何せん囲まれちゃあね。個で見ればウチに並ぶメンバーのチームではあるんだけど……」

「あー、Hakkaフィンランドpeliitta騎兵ね。確かに他も粒揃いだけど、指揮経験者がいないんじゃないかしら。戦術が基本教練ぽかったもの。だからメイヴィスにすぐ読まれて半壊したんでしょ」


 ヴリティカとクラウディアは、Cチームに目が行ったようだ。部隊を二つに分けて伏兵や挟撃に使う遣り戦い方は、師団規模のいくさを小隊レベルで行使する大胆な戦術である。その作戦を立案し、指揮をしたのは、アシュリー率いるプロチームで集団戦の経験が豊富なメイヴィス・テリーサ・バリントンだろうと予想される。

 部隊運用の話が出たので、指揮官でもあるエルフリーデがEチームの話題を振ってきた。どうやらEチーム、個の戦力で見ればティナ達のチームと比肩しうる潜在能力を持つが、戦術に問題を残している様子。集団戦は、指揮経験者の有無でチームの明暗がはっきりと別れてしまう競技である。騎士科の学科で騎士教養を学ぼうとも、実際に指揮を執ることは知識だけでは足りない要素があるのだ。


 最初に試合からあぶれたチームは、結果、他チームの戦い方を見てから試合にのぞめるがある。それが予め戦術を用意しているチームだとしたら、対策を十分に練ることも容易たやすい。ある意味反則に見えるが、これもコンピュータのランダム組み合わせによる結果なため、時の運とも言えよう。Aチーム十一人は、各チームの行動や弱点を考察したり、戦術とマップを当て嵌めてシミュレートしたりと、得た運をに使い切った。



「ふむ。Cチームとは平地マップですか」


 ポツリと周りへ確認するように漏らしたティナ。只今、試合開始十五分前。ようやくティナ達Aチームの出番がやってきた。今しがたインフォメーションスクリーンと、チームメンバーそれぞれのARモニターへ、決定したマップが通知されたところだ。待ち時間の間にマップを含めてシミュレート済であるため、参加するメンバーと使用する戦術は決定している。

 ティナは顔を上げ、チームメンバーを一望しながら口を開く。この団体を取り纏める総指揮官としての言葉を紡ぐ。


「では最終確認です。居残り組は私、マグダレナ、ニルツェツェグ。使用戦術は電撃と集中。テーマは敵味方どちらかが半壊時、固定砲台存命で戦術を挟撃へ。全体発令はエルフリーデ、クラウディアの優先順位で」


 既に装備を着用し、準備は整っている。四十五分の待ち時間が終了してより試合会場へ移動するルールであるが、平地マップは競技場内の試合コートで執り行われるため時間を取られることもない。

 競技者待機室から試合コートまでの長い通路。外の喧騒とは打って変わり、広がる静寂が靴音を遠くまで届かせる。良く聞くと人数と音の数が合わないことに気付くだろう。完全に移動の音を消している者が数名いるのだ。装備や衣擦れの音、メンバーの何気ない会話が普段よりも良く響く。その響きが次第に競技場の騒々しさに上書きされ、それも消え去る。


 ――屋外Mêlée殲滅戦コート

 試合コート長辺にある待機線で両チームが客席へ一礼した後、試合コート短辺の両端に別れ、陣地起点となる開始線で試合開始を待っている。平地戦であるため、試合コートは非常に見通しが良い。双方のチームメンバーが七十メートル越しで顔の表情まで見ることが出来る。つまり、試合前の挙動から用いる戦術や初手に何をしようとしているのか読むことが可能な距離でもある。陣形など展開しようものなら一目でばれる。だから指揮官は相手に読ませないよう腐心するのだ。


「あれ一試合目とは違って一部隊できますね」

「やっぱりそう見る? あのバラつき方、隠そうとしても慣れてないから不自然よね」

おおむね予想通りだったかしら。即席のチームだと出来る戦術は限られるもの」


 一応、総指揮官の肩書であるティナと、この試合で指揮官となるエルフリーデ、副官になるクラウディアの三人は、メイヴィスのチームを分析する。メイヴィス本人は情報を読み取らせないのはさすがだが、チームメンバーはそうもいかない。戦術を隠すこと自体に慣れていないため、ほんの僅かだが違和感を漏らしてしまうのだ。


『試合開始一分前です。各競技者は用意をしてください』


 学園生アナウンサーの場内放送が流れた。

 和気藹々とした女学生の集まりが一瞬で気配を変える。騎士シュヴァリエに成る瞬間だ。

 競技開始のカウントダウンアラームが鳴り始める。ポーン、とスタートを知らせるアラームが響く。


「はーい、みなさんいってらっしゃーい」


 Aチーム総指揮官であるティナが、何とも間の抜けた言葉でメンバーを送り出す。居残り組三人を除いて一斉に走り出した。

 試合開始まで雑多に入り乱れていたティナのチームメンバーは、走りながら入れ替わり、位置取りを変え、三つの部隊が編成された。

 中央を征くは、指揮官にヘルバードハルバードたずさえるクラウディア、ウルスラによる移動砲台、小乃花このかの隠形による、遠中近の全距離をカバーした機動部隊。右翼には、エルフリーデ指揮による、ヴリティカ、リゼットの一点突破型突撃部隊。二つの部隊は共にことが特徴だ。そして左翼。開始線から五メートルの地点で脚を止めたララ・リーリーがバイソン撃ちの大弓で固定砲台となり、護衛にテレージアが付く。


「援護射撃を開始してくださーい」


 先を征く二つの部隊が接敵する前に、ティナの掛け声とにララ・リーリーの大弓から風を斬り裂く轟音で長距離射撃が始まった。



 ――メイヴィスのチームは、ティナ達が予想した通り部隊を一つに纏めて運用していた。

 相手に対して斜めになるよう一列で進軍する、日本の陣で言うところの雁行がんこうである。ティナ達Aチームは、トップクラスの技量を持った騎士シュヴァリエで構成されており、そこへ指揮による統率が行われている。このようなチームを相手に小隊と言える人数しかいない部隊を分散するのは得策ではなく、接敵後に数で補助が出来る陣形に成らざるを得なかったのだ。


「右舷、弓あり! 盾持ちは部隊防御!」


 メイヴィスが指示を出す。斜めに長く敷いていた陣は、盾を持ったメンバーが矢を防ぐ形で縦列の陣に変えることを強いられた。

 四十メートル近く離れていながら、バンと射撃音が聞こえるララ・リーリーの弓は、音の大きさ通り異常な威力を持っていた。盾で受け流しても腕が跳ね上がりそうになるほどだ。それが三、四秒の間隔で撃ち込まれ、矢を防御しながらの進軍はどうしても遅滞してしまう。更に、部隊の右側から飛来する矢は、先に進めば進むほど射角が鋭角となる。そうなると、盾持ちのメンバー――メイヴィス含め五人である――は右の攻撃から部隊を守るため、防御に集中せざるを得なくなり攻撃の手は削られる。そこへ正面から矢が連射で飛来し、前方の防御にも手を割かなければならなくなった。

 そして、防御に集中することで部隊の脚が完全に止まってしまう。


「左舷! 攻撃に備えろ!」


 進軍が停止したところに、防御の薄い左からヴリティカ、リゼット、エルフリーデが陣の後方をかすめるように一撃ずつ攻撃を繰り出しながら走り抜ける。後方に気を取られると、左前方へ移動したエルフリーデ、ウルスラ、小乃花このかが流れるように射撃、長柄武器による攻撃、近接攻撃を一セット放った後、離脱していく。

 右前方の狙撃、後方から突撃、左前方から遠中近接複合の一撃離脱。これが繰り返され、防御にリソースを奪われた。突撃へのカウンターでポイントを奪うことは出来たが決定打にはならず、部隊は疲弊し数を減らしていく。


「(参りました。よもや飛び道具と機動戦術の組み合わせで封殺されるとは……)」


 絶妙のタイミングで三方向から高度な技量で攻撃が繰り返され、反撃の眼も潰されてメイヴィスは天を仰ぎたい気分だ。


「はーい、次は挟撃お願いしまーす」


 なんとも呑気な指示が敵陣のティナから飛んできた。その声を聞き、メイヴィスは即座に指示を出す。


「後方! 左舷警戒!」


 その声に続いてクラウディアとエルフリーデの指示が飛ぶ。


「退避! 遅滞戦闘開始!」

「先頭へ射撃開始!」

 

 メイヴィスは、現場指揮官の二人から指示が出されたことに舌を打つ。間近で出された敵の指示は、集団戦の訓練をしていないチームメンバーへ影響する。聞いた言葉に反応してしまうのだ。ここでまた一人、戦力を削られた。

 実際、退避などされず後方からは突撃が襲い、射撃と言いながら一撃離脱と、なんら変化がなかった。態々わざわざ、ティナが指示を出したため警戒したが、クラウディアとエルフリーデの指示でメンバーを撹乱することが目的だったようだ。

 何も出来ず、部隊は半分まで数を減らしてしまったことにメイヴィスはほぞを噛む。初動の対応が失敗であった。あの局面は、防御ではなく攻撃に転じるべきであった。無理をしてでも右舷の弓へ部隊全員で取り付き、最優先で無力化することが活路を開く唯一の道筋だったと。


「みなさーん、後少しでーす。取り囲んじゃいましょー」


 ティナの呑気な声が響く。直後にクラウディアとエルフリーデが同時に部隊指示を飛ばす。


「防御陣形展開!」

「戦列反転!」


 指揮官達の指示とは裏腹に、ティナのチームは突撃を仕掛けてきた。メイヴィスは、驚きに目を見開く。今まで敵指揮官全員が発した指示は全てブラフであった。それは、最初から最後まで戦局をデザインしていると言うことだ。いくら即席チームが相手であろうとも、そのようなことが出来るなどにわかには信じられない話である。

 そして、迫りくる相手の陣形が変わっていることに気付く。ずっと突撃を仕掛けていたエルフリーデ率いる部隊にクラウディアが加わり、四人編成となっていた。残り二人、ウルスラと小乃花このかが何処に居るかと目で追えば、左舷の離れた場所で陣を配置していたのが視界に入る。これも最初から予定していた行動なのだろう。

 右舷と左舷からの弓による挟撃、その防御を妨げるための突撃による直接攻撃。三方向からの攻撃は、互いを補う効果がある。正直、ここから戦局を覆すには駒も足りず、作戦立案の余裕もない。ならば、最後の仕事をするまでだ。


「全員、散開!」


 エルフリーデの突撃班が今まさに接敵しようとしたところに、メイヴィスは指示を出した。本来は、部隊を二つに分けて運用する際、敵が突撃して来たところを退避誘導して道を開いてやり過ごし、一斉に取り囲んで攻撃するために用意した戦術だ。

 今回の場合は、個々の機動力で回避、もしくは一瞬でも良いから優位なポイントで反撃をする戦術である。これは奥の手ではない。圧倒的不利になった際、せめて剣の一振りで報いるため、最後の最後に使う死地へ向かう戦術だからだ。


 突撃したエルフリーデ達はこの土壇場で目標に大胆な回避を取られさぞかし面食らったことだろう。攻撃を凌いでいた四人が蜘蛛の子を散らすように一貫性が無く退避したからだ。そして突撃が反転する動きに合わせて正面側で盾持ちが防御を固め、攻撃力が高いもう一人は斜め後ろから斬り掛かる。

 盾持ちの一人はウルスラに。メイヴィスはララ・リーリーに。共に弓へ向かい駆け抜け、左右と緩急の動きで的を絞らせない。盾を正面で使い、矢を防御しつつ最速で取り付くことが第一である。残った二人が突撃部隊の気を引いてくれている間に。


 ウルスラ側に突撃をかけたメンバーは、移動中の脚を射抜かれるも勢いだけで敵陣へ辿り着いた。速射のために弦のテンションを緩めているウルスラの弓は、盾を正面にかざして受けてもスタミナを削られることは無い。まずは弓を潰すため脇目も振らずにウルスラへ斬りかかれる位置まで走り込んだ。その瞬間には片手剣を下から跳ね上げ、ウルスラの腕を斬る軌道を描く。

 が、それはならなかった。


 ――シャリッと金属を滑らす音が聞こえた。気配無く認識の外から、小乃花このかが片手剣の切り上げを脇差で横から差し込み、そのまま右上にり上げた。腕を持ちあげられ胴が開く。その瞬間には矢が撃ち込まれ、敗退が決まる。


 四対二で戦っているメンバーは良く凌いだ、と言えよう。盾の技量が高かったため、最小限の被害で猛攻を受け流していたが、絶えず回転する剣技を持つヴリティカの連撃には耐えきれなかった。とうとう姿勢が崩れ、盾が剥がれたところを縫ってエルフリーデの刺突が決まる。ここで一人敗退。

 残ったもう一人も、さすが攻撃力がある騎士シュヴァリエであり、二人を相手にしながら逆にポイントを奪ってはいたが、クラウディアのヘルバードハルバードによる射程外からの牽制、リゼットの斬撃から刺突に変わる攻撃の連携で敗退した。


『戦局のお知らせです。只今、Cチーム残存一になりました』


 無情にも場内アナウンスは、チェックメイトが掛かったことを告げた。


「(皆、このチーム相手に良くここまで持たせてくれました。後は私が示す番ですね)」


 メイヴィスは防御力の高いイギリス式武術を修めているため、狙撃に対する防御を回避と盾で極力流しながら処理する。盾で正面から受けなければ走る速度を落とさずに辿り着くことが出来るだろう。不幸中の幸いと言うには心穏やかではないが、他のメンバーを仕留めた部隊は、こちらへ手を出す素振りが無い。差し詰め、最後の戦いを見守っているといったところだろう。


 後、数メートルのところで、最後の壁が立ち塞がる。


「ほーほっほっほっ! ここから先はわたくしがお相手ですわよ」


 高笑いと共に、ララ・リーリーの護衛であるテレージアが道をふさぐ。長大な剣で、右肩から左斜め後方へ担ぐZornhut怒りの型は移動する相手に有効なのかと、メイヴィスは疑念が湧くが、やることは変わらない。

 弓の射線を現れたテレージアでふさぎつつ、盾を斜めに構え直して流し受けの姿勢を取る。そして、剣の射程直前で刹那の急減速。全て攻撃する気概を見せながらの挙動。相手が反応し、剣を振らせつつもタイミングを外す一手である。


 しかし、テレージアは乗ってこなかった。


 突撃槍ランスを除き、全騎士シュヴァリエが持つ武器の中で最大の重量があるテレージアのZweihänderツヴァイヘンダー。両手騎士剣の三倍を誇るその重量は、既に初動を開始していなくては攻撃も防御にも間に合わない距離であろう。

 メイヴィスが一瞬のタイミング外しを行ったのは、テレージアが自身の射程圏へ相手が入る直前から初動を開始すると計算したからだ。その前提がくつがえされた。しかし、こちらは急減速で運動エネルギーを全て失った訳ではない。左側、テレージアが持つ剣の外側へ向けて身体を流した。今から剣を振り始めても力が乗る前に盾でいなし、通り過ぎることが出来る筈だ。なにせ、身の丈を超すテレージアの剣は未だ肩に担がれているのだから。


 目標はテレージアの後ろで弓を引くララ・リーリー。彼女の存在が戦術を全て崩す切っ掛けとなった。ならば、せめてその原因を討ち取る。

 動きのないテレージアの横を走り抜けようとした時、まるでナイフでも扱うかの速度で、肩に担がれたZweihänderツヴァイヘンダーが曲線の軌跡を描かずにへと振り下ろされた。

 大質量の剣が地面を穿うがち轟音が生まれる。

 走り抜けるメイヴィスが、後ろ脚を蹴って前へ出し始めたところに、ける間もなく右くるぶしを正確に斬り飛ばしていた。


「(しまった! この速度、まずい!)」


 走る勢いは直ぐに止められる筈もなく。右脚が前に接地した瞬間、ダメージペナルティで緩慢になった足先は身体を支えられずに姿勢が大きく崩れる。


 ――バンッ、と強靭な弦が音を響かせ、メイヴィスの胴へ槍と見紛う大矢が突き刺さった。


 一拍の間。そして、ビー、とアラーム音が場内に鳴り響く。次いで、学園生アナウンサーが試合終了を告げる放送が流れる。


『試合終了です。各競技者は待機線へ整列してください』


 メイヴィスは、ふう、と大きく息をき、天を仰ぎ声を漏らした。


「ああ、晴れ間が出ていましたか……」


 曇り空から何時の間にか陽の光が差し込み、地面へ落とすメイヴィスの影を色濃く延ばしていた。



 今しがたまで戦っていた騎士シュヴァリエ達十六名と、試合に出なかった三名が試合コート長辺側の待機線で横一列に並ぶ。試合結果を表示するインフォメーションスクリーンに向かう形だ。そして、学園生アナウンサーが勝敗を宣言する。


『Aチーム残存八、Cチーム残存ゼロ。よってAチームの勝利です』


 ドッ、と客席から場内を揺らすような歓声が沸く。Aチームはポイントを奪われはしたが、一人も欠けることなく勝利した。それだけではない。大弓による長距離射撃や短弓を機動戦に含めるなど、今まで見たことの無い戦法、しかも完封試合だったことが熱狂に繋がっているのだろう。

 終わってみれば十分じゅっぷんに満たない試合時間であった。だが、密度が非常に濃い内容に観客も満足した様子が伺える。

 歓声は勝者だけのものではない。不利な状況の中、猛攻をしのぎながら最後まで戦い抜いたCチームへ称賛の声が端々から上がる。Chevalerieシュヴァルリのファンは勝敗だけを見ることはない。素晴らしい試合をした競技者こそをたたえるのだ。


 競技者待機室に下がる騎士シュヴァリエ達へ、惜しみない拍手が送られる。それは彼女達が場内から消えた後も続いていた。


「(予め決めていた行動にブラフの差し込み。この戦術、エルフリーデとクラウディアのクセはありませんでした。やはりフロレンティーナですね。この戦局を最初から最後まで見越して、その通りに終わらせたのは)」


 メイヴィスは、六月のホーエンザルクブルク要塞攻略イベントに、ガーター騎士団の副官として攻撃側で参加していた。防御側の大将であるティナが後半に差し掛かったところで窓から防衛拠点を飛び出し、敵陣のど真ん中で単独戦闘を始めるという、誰も想定しなかった行動を取った。その様子は防衛拠点攻略の作戦遂行に奔走していた最中であり、もはや戻ることも出来ない状況であったため、直接見ていない。戦場を蹂躙したと評される動画を後日確認し、その異常性に驚く。近くの騎士シュヴァリエをなぎ倒して活路を開く、などではなく、攻撃側の戦略に穴を空け、戦術の起点となる騎士シュヴァリエを餞別しながらほふっていった。それは、何処をどう攻めれば軍の機能不全を引き起し、残った騎士や部隊がどのように行動するかまで予測している動きであったのだ。


「正直、ここまで徹底的にやられたのは久しぶりね。当たった感じだとプロチームとも互角以上に戦えそうね、フロレンティーナのチームは」


 今回、メイヴィスと組み合わせとなったチームは、なかなかの戦闘力を持っている。ガーター騎士団副官の名は伊達ではなく、即席のメンバーで部隊運用ができる簡素化した戦術を適用した。一試合目などは、相手の個人技がこちらより全員上となる騎士シュヴァリエの集団であったが、シンプル故に効果が非常に高い戦術で、総合戦力が上のチームを打ち破っている。先の第二試合も初動さえ間違えなければ、もう少し相手を削れる戦いが出来たであろう。

 終わってしまった試合は反省点として次に生かす。まだエイルとリンダが所属する異色のDチームと、新入生チームでありながらチーム参戦し、統率の取れた動きと得体の知れない存在を潜ませるBチームとの試合が残っているのだから。



 ――再びAチーム競技者待機室

「はーい、みなさんお疲れさまでした。カロリー補充に栄養素も詰まったアメちゃん各種用意してますんで摘まんでください」


 飴玉がこんもりと盛られた、底の浅い手提げ籠をテーブルに置いたティナ。今日の試合は終了のため、消費したカロリー補充の一環として振舞っている。疲れにはエネルギーへ直ぐ変わる糖分が摂取できる飴なども有効なのだ。


「最後、テレージアとララ・リーリーは魅せたわね、魅せたのよ」


 戦局を締めるに相応ふさわしい技量を見せた二人に、試合コートの外から行く末を見ていたマグダレナが称賛した。居残り組なればこそ、細かいところまで良く見えるのだ。


ZweihänderツヴァイヘンダーZornhut怒りから振り下ろしに変えた変態軌道が目立ってましたね」

「殿下、変態軌道とはあんまりじゃありませんこと⁉」


 同じく、本人曰く居残り組兼茶々を入れる係とのたまう姫騎士さんの所感は言葉を選ばない。声を荒げたテレージアのツッコミも何処吹く風だ。


 テレージアは身体運用による攻撃をするため、構え自体を偽装したのだ。右の肩甲骨を背中側の方へ斜めに下げ、同時に右のあばらを下方へ締める。左の肩甲骨は後ろに引くことで、高速に剣の軌道を縦に変えたのだ。下半身は左前のまま固定していたことから、脚から骨盤まで骨を揃えて上半身の動きを支える役目を持たせていたのだろう。Zornhut怒りの型で始まる剣の旋回軌道ではなく、撃ち下ろしのために。


「そもそもあの大弓、威力が尋常じゃないみたいだしー。人が引けるかアヤシイしー」


 居残り組の弓騎兵であるニルツェツェグも口を開く。同じ弓使いとして、ララ・リーリーの大弓に信じられない点が多い様子だ。実際、信じられない思いはララ・リーリーを除くメンバー全員の共通認識ではあるが。しかし、そのニルツェツェグも他のメンバーが信じられない顔をするレベルの曲撃ちが得意な弓使いなのだが。


 城壁防御大弩バリスタではないか疑問が残る、身の丈に近いサイズで重量がある巨大な弓には、エレベータでも吊るすのか、複雑にり合された登山ロープと見紛みまごう太さの弦が張られている。そして、生成される矢は一メートル四十センチと、短槍と見紛みまごうほどである。まるで自動車とでも戦うのか、と言ったところ。


「アレはバイソン撃ちの大弓ネ。人の力じゃ使えないカナ。大地の精霊に手助けしてもらうのが大事ネ」


 現在、絶滅危惧種のバイソンではあるが、新大陸に欧州人が入植する以前にはネイティブの貴重な蛋白源に数えられていた。罠や集団による直接戦闘などで狩猟が行われていたが、弓だけで仕留めるには至難の業である。なにせ、成体のバイソンは一メートル半の体高と三メートルを超す体長を持ち、体重は一トン以上ある。多少のことでは怯むことなく時速六、七十キロメートルで突進してくるのだ。追いかけられたら、バイソンが諦めてくれる他に逃れる方法がない。自分の体高以上の跳躍力を持ち、なかなかに小回りも効く。自動車よりも遥かに危険な相手なのだ。


「あの弓は、後ろ脚と持ち手を一つに繋げて大地で支えるネ。弦は前脚で大地の精霊から力借りて全体重と合わせて右指先に乗せて引くカナ」


 どうやら野生の自動車を仕留める弓の扱いは、スピリチュアルな言葉が混ざっているが身体操作による技法を必要とするようだ。


「途中までの弓を含めた遠中近の連撃を移動しながら一撃のみ与える戦法、小規模なら撹乱にも使えそうな面白い結果だったわ」

「そうね。攻撃の当たり外れは二の次で、脚を止めずに走り抜けることを優先するって聞いた時は、どう着地させるのかイメージが湧かなかったけど、三面攻撃はかなり有効ね」

「実際、別方向から弓の支援が入ると、ほぼ追撃なしで離脱出来るのは新鮮だったわ」

「人は二つ同時に集中しないといけない事態が起こると行動が散漫になるってティナが言ってたけど、それが顕著に表れた例よね」


 エルフリーデとクラウディアは、部隊を率いて相手と対峙した際の所感を語る。戦術の方針は事前に全て決めておき、指揮官が言葉に出す指示は全てがブラフ。戦闘中に指示が必要な時は、微細な身体の所作で伝えると言う、今後を踏まえた命令系統のまで入れている。

 Cチームとの戦局は、ティナが読んでいた通りの展開であった。ララ・リーリーの初撃に対して、開始早々メイヴィスは反撃に移らない、と言い切っていたくらいだ。結果、その通りだったことにクラウディアはティナに問いかける。


「メイヴィスが初撃で脚を止めるって、何から読んだの」

「彼女、アシュリーの副官だけあって計略はお手のものですけど堅実なんです。序盤から損失が上回る戦術は取ったことありません。あの局面で固定砲台に向かえば、エルフリーデとクラウディアも迎撃に動くでしょう?」


 その言葉を聞いて、なるほどと頷くクラウディアとエルフリーデ。メイヴィスが指揮をらないケースもある訳で、それを考えれば参加者全員の分析を済ませて、如何様にも対応出来るのだろう。そこから二人は同じ思いを抱いた。ティナが全試合の戦局をデザインし終えているのではないか、と。


 ガリッ ボリッ ボリッ

 カリ ゴリゴリ ガリッ


 飴を砕く音が聞こえる。この音を子気味良いと感じるかは人次第ではあるが、ヴリティカとリゼットが飴を口に含んでは噛み砕くを繰り返している。小乃花このかは一度に複数の飴玉を口に入れ、リスのように頬が膨らんでいる。


「二人とも一回も飴なめてない的~。小乃花このかは頬っぺたがイキモノみたいに動いてる~」

「飴は口の中がデロデロする前に食べキりたいですカら」

「これは噛み砕く食べものなの。ゆっくり食べるのはめんどうなの」

「ハッカ味の匂いが強くて失敗。次は匂いのしない鼈甲べっこう飴か金平糖こんぺいとうを所望」


 ウルスラのツッコミに、ヴリティカは口の中をサッパリしておきたいらしい返答。リゼットは、ガムもある程度噛んだら飲み込んでそうな雰囲気だ。小乃花このか小乃花このかで、リスの頬袋をポコポコ動かしながら出された飴玉に文句を言っている。


「ふ~ん、それならサルミアッキをコッソリまぜて置く的~」

「あら、なら私はラクリッツシュネッケンでも混ぜておきましょうか」


 サルミアッキはアンモニア臭、ラクリッツシュネッケンはゴムタイヤ臭のする外国人からすれば人が食べて良いものなのか判断に迷う飴だ。後者はとぐろを巻いたグミではあるが。混じっていたらロシアンルーレットさながららに罰ゲームが展開されるだろう。試合間の休息時間に出されないことを祈る。


「それでは殿下、皆に一言ございませんか?」

「そうよ、ティナは総指揮官なんだから初戦を終えて達成感とか抱負とかイロイロあるんじゃない?」

「テレージア、クラウディアまで……。特段、話すことは無いんですが……」


 やれやれ面倒くさいと言う雰囲気をかもしながら、姫騎士さんは仕方ないなと、まぁ余り多くしゃべることはないのですが、と前置きして言葉を紡いでいく。


「基本、最初から戦術を十全に行使出来るメンバーを集めてますので、今回の勝利も予定通りです」

「トップレベルにある騎士シュヴァリエを集めて部隊運用したら、どこまで部隊の戦力を上げられるか結果をサクッと出してくれたので感謝いたします」

「逆に、トップレベルの騎士シュヴァリエを集めても、指揮がないと容易たやすく破られることがEチームで証明されました。集団戦ならではの結果ですね」

「これ以降も私達の予定は変わりません。とりあえず、危なそうな相手はみんなも対策を練ってるようですし、特にこれ以上は言うことないですかね」


 唯一、想定外だったのは、ララ・リーリーが持ち出した大弓の威力と連射速度が正に固定砲台だったことです、とティナは話を締めた。既に戦術や部隊運用については散々話し合い、パターンと立ち回りを決定済である。ティナの言葉通り、変える必要もない。全チームの試合も目を通す機会に恵まれた。実際の姿から誤差の修正も終わっている。

 後は、やるべきことをやるべき時にやれば良い。それが出来る面々なのだ。


 ティナ達の試合は比較的早く終了したため、まだ継続しているもう一試合を途中から見る時間が十分あった。全員で見れば、気付いた点や疑問点、注意すべき事柄など、その場で意見交換出来るため、手間が省ける。試合が終わった後も暫くの間、話し合い、と言うより雑談が続くのであった。


 今日の予定はこれで終了。纏った装備からようやく解放されて宿舎へ帰宅していくメンバー達。一人、また一人と賑やかに退室していく。皆を見送り、最後に残ったティナが手を延ばした先は、飴玉がきれいさっぱり食べ尽くされていた手提げ籠。人が居た残滓だけが残ったそれを持ちあげる。


「結構な量があったハズですが……。それもまた頼もしい限りとでも思っておきましょうか」


 彼女達が背にした競技場のは消えていない。まだ終了していない他の競技を競技場に設営された大型インフォメーションスクリーンで観戦しているからだ。席を立つ観客も少なく、熱気が続いている。


「さて。明日はE、D、Bチームの順ですか。ルーとは最後に当たりますが、四試合目ともなれば集団戦の動きに少しは慣れてきたころでしょう。パンク不良王子とルーがどう見せてくれるか楽しみですね」


 足取り軽く、鼻歌交じりで空になった手提げ籠を抱えるティナ。軽くなった籠は、彼女の気分を表しているかのようだ。


「姫姉さま~! 待ってくださいです~」


 トテトテと子犬が駆け寄るように走って来るルー。グウィンのチームは今日二試合を消化しているため、大体同じ時間まで競技場に滞在していたのだ。


「あら、ルー。あなたも今帰りですか? もっとミーティングが長引くと思ってましたが」

「うゆ? 各チームのおさらいはしたですよ? グウィンのヤツ、めんどくさいことさせやがってです」


 グウィンのチームも事前に戦術を用意して相手へ当て嵌める方式を取っているようである。簡単に類推出来る言葉をポロッと口にするあたり、ルーに秘密の情報はまだ渡せないなぁ、と姫騎士さんは溜息を一つ。と同時に、漏らしても差し障りのない情報しか与えていないグウィンは、ルーのことを良く判っている様子。ティナがルーを任せるに値する相手であるか査定をしている中で、評価を一つ上げたパンク不良王子。本人は知るよしもないが。


「姫姉さま、その籠なんです? オヤツです? 中身、ないです……」

「ああ、これは試合後の燃料補給用にアメちゃんを持って行ったんですよ」

「な……ん……です、と⁉ ウチのチームはオヤツ出してくれなかったです‼ ずーるーいーでーすー」


 手提げ籠の縁を持ってユッサユッサと揺らすルー。その姿は駄々っ子のそれである。


「もう、しょうがないですね。アメちゃん分けてあげますから明日持っていきなさい」

「‼ やったー! 姫姉さま大好きです~」


 よっぽど嬉しかったのかティナに抱き着きピョンピョンと跳ねるルー。まだまだ甘えん坊なところは抜けきらない。

 そして、離れたかと思えば、ひとさし指をキュピーンと空に掲げ、キラキラとした目で嬉し気に語り出す。


「ポッケに入れて持ってくです! 試合でモグモグ出来るです!」

「試合中に食べてはダメですよ? 飲食禁止ですから」

「ひぅ! そん……な……バカな……」


 四つん這いになり愕然とするルー。天国から地獄へ突き落された見本のようだ。


「さあさ、夕ご飯でも食べに行きましょうか。大会期間中は学園の食堂でシペツィエルスペシャルメニューを用意して夜まで営業してるんですよ」

シペツィエルスペシャルメニュー? いくです! いますぐです!」


 シュピン!と勢いよく直立し、いそぐですー、とティナの背を押して進むルー。

 相も変わらず切り替えが早いと言うか、現金なものである。


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