04-013.予定と期待値。 "A"Gruppe und "C"Gruppe, Wettbewerb im Mêlée.
2156年10月11日 月曜日 午後十四時前
学内大会の開催時、電子工学科のアバターショップは学園校舎の正面玄関前噴水広場の中央に店舗を広げる。アバター店頭販売は学園の売りでもあるので、優先的に最も良い場所へ区画が割り当てられるのだ。独自採算制で運営出来てしまうほどの売り上げを誇る店舗である。それは、集客力の高さを示しており、混雑を招き易いと言い換えられる。
その対策は、人の流れを
さすがに午後ともなれば入店待ち行列も大分
現在は
「お久しぶりです、蓑崎さん。今回もいらしたんですね」
「夏以来ですね、
午後からアバターショップで、更新アバター本人から手渡しサービスをする販売要員に駆り出されている
頭の後ろを掻きながら仕事の関係者が聞けば顔を
日本から来独した蓑崎拓海。役者を子役時代から
「
「ありがとうございます。
生真面目なところがある
「殿下が
「私も話を聞いた時、むしろティナらしいと腑に落ちました。明確に目的を定めますが、実は辿り着く方法の拘りなどなくて、自分で楽しみながら思うさま突き進むのがティナの本質なんじゃないかと」
ついでに周りを盛大に巻き込みますが、と小さく笑みをこぼして
「はははは、実質一日でイベントをでっち上げて、まずまずの成果を収めてますからね。やると決めたらあっと言う間に実現させる行動力はお見事でしたから。巻き込まれた身としましても
「普段は面倒事を極力
「ファンとしては、
ファンとして自分なりの楽しみ方を持っている。だからこそ、十年以上も熱心に通ってくるのだろう。それが立場は違えど競技を共にしている、と言えるのではないだろうか。
「そうそう。チョイとネタバレの話なんですが。ああ、
蓑崎が情報を貰うことは良くあるが、逆に情報提供することは珍しい。
足繁く通う蓑崎は、
だから
「実はですね。夏のイベントに参加してくださった
「ヘリヤが?
「いやね、殿下が戦乙女殿に
「なるほど、ティナの仕込みですか。やれやれ、相変わらず自発的に動く時は迅速だな」
九月初旬から始まった、ヘリヤが世界中の達人の元を訪問する番組「ヘリヤ、世界を行く」は、九月中は毎週放送、十月以降は隔週の世界一斉配信ネット番組だ。初回の二時間スペシャル以降は一話四十五分枠だが、今現在放送された訪問先の倍以上取れ高があるらしい。その訪問先に
夏、ティナが強引にでっち上げた突発イベントに参集された、日本の
「ヘリヤも、ずっと旅をしているのに、番組を見る度に強さが増していました。それが驚きですね」
「学生の頃と比べて鍛錬時間が随分減ったらしいですが……。達人と出逢うことがよっぽど刺激になったんでしょうね」
「何にせよ、ヘリヤと
「ええ、本当に。私も撮影がなければ、無理を言って押しかけてたところですよ」
お互い笑いながら
そして、
剣を片手に、終わりなきことが当然だと歩み続けるヘリヤ。
その
十四時十分を少し過ぎたところで、
次の試合が開始するまで、これから四十五分間の休憩を挟む。観客を動員していることを考えれば随分と長い待ち時間となるのだが、
この競技場には三十二基のインフォメーションスクリーンが設置されており、
学園内ではMRで表示する小型のインフォメーションスクリーンが至る所にあり、競技場に入らずとも試合の様子を伺うことが可能となっている。フードコート状になった飲食店で購入した食事を
――Aチーム競技者待機室
同時に開始された二試合をモニターで見終えたティナ達は、各チームの分析を始める。まずは、エイル達Dチームとグウィン達Bチームの試合に焦点が当たる。
「あの様子ですと、リンダさんが部隊を指揮していたようですわね。その辺りはどのようにご判断なされますか、エルフリーデさん」
「部隊を率いる戦い方に慣れてるわね、あの
テレージアとエルフリーデの二人は、ホーエンザルツブルク要塞攻略イベントの際、防衛側の遊撃班に所属していた同僚であった。エルフリーデの指揮でテレージアが敵を引き付け、班の人員で仕留めていく戦術を用いたが、その立場を変えたような戦術が彼女達にリンダを意識させた。
「最後辺りのエイルは見慣れない動きだったわ、見慣れないのよ」
「気配察知で反応するカウンター技術と見た。あれは私との相性がいい」
「なら、対エイルは
「ルーは常に正対すれば封じられるわ、封じられるのよ」
マグダレナと
ルーが相手を振り切るための高速移動は、エイルの深い顔を引きずり出した。
「やはり、シルヴィアは固かったですね。正面から崩すのは非常にめんどうくさいです」
「曲射も決まらない的だから遠距離が安定~」
「大弓で長距離狙撃がいいカナ? 見えないとこからズドン、で狩る?」
「それだと射線造るの大変そうだし。移動射撃の方が当て易そう」
出来る出来ない以前に、めんどうくさい、と言ってのけたのは姫騎士さんである。ウルスラはシルヴィアと対戦した時の経験からだろう、近接は危険と判断している。
続くララ・リーリーとニルツェツェグは、最初から距離を計算に入れた戦法を考慮しているようだ。
「Cチームの戦い方もおもしロかったワね。チームを二つに分ケてマルで軍隊を動かシたみたい」
「さすがメイヴィスと言ったところかしら。伊達にガーター騎士団の副官をやってないわね。
「Eチームはアイリ・プーマライネンが、さすがプロ
「あー、
ヴリティカとクラウディアは、Cチームに目が行ったようだ。部隊を二つに分けて伏兵や挟撃に使う
部隊運用の話が出たので、指揮官でもあるエルフリーデがEチームの話題を振ってきた。どうやらEチーム、個の戦力で見ればティナ達のチームと比肩しうる潜在能力を持つが、戦術に問題を残している様子。集団戦は、指揮経験者の有無でチームの明暗がはっきりと別れてしまう競技である。騎士科の学科で騎士教養を学ぼうとも、実際に指揮を執ることは知識だけでは足りない要素があるのだ。
最初に試合からあぶれたチームは、結果、他チームの戦い方を見てから試合に
「ふむ。Cチームとは平地マップですか」
ポツリと周りへ確認するように漏らしたティナ。只今、試合開始十五分前。
ティナは顔を上げ、チームメンバーを一望しながら口を開く。この団体を取り纏める総指揮官としての言葉を紡ぐ。
「では最終確認です。居残り組は私、マグダレナ、ニルツェツェグ。使用戦術は電撃と集中。テーマは敵味方どちらかが半壊時、固定砲台存命で戦術を挟撃へ。全体発令はエルフリーデ、クラウディアの優先順位で」
既に装備を着用し、準備は整っている。四十五分の待ち時間が終了してより試合会場へ移動するルールであるが、平地マップは競技場内の試合コートで執り行われるため時間を取られることもない。
競技者待機室から試合コートまでの長い通路。外の喧騒とは打って変わり、広がる静寂が靴音を遠くまで届かせる。良く聞くと人数と音の数が合わないことに気付くだろう。完全に移動の音を消している者が数名いるのだ。装備や衣擦れの音、メンバーの何気ない会話が普段よりも良く響く。その響きが次第に競技場の騒々しさに上書きされ、それも消え去る。
――屋外
試合コート長辺にある待機線で両チームが客席へ一礼した後、試合コート短辺の両端に別れ、陣地起点となる開始線で試合開始を待っている。平地戦であるため、試合コートは非常に見通しが良い。双方のチームメンバーが七十メートル越しで顔の表情まで見ることが出来る。つまり、試合前の挙動から用いる戦術や初手に何をしようとしているのか読むことが可能な距離でもある。陣形など展開しようものなら一目でばれる。だから指揮官は相手に読ませないよう腐心するのだ。
「あれ一試合目とは違って一部隊できますね」
「やっぱりそう見る? あのバラつき方、隠そうとしても慣れてないから不自然よね」
「
一応、総指揮官の肩書であるティナと、この試合で指揮官となるエルフリーデ、副官になるクラウディアの三人は、メイヴィスのチームを分析する。メイヴィス本人は情報を読み取らせないのはさすがだが、チームメンバーはそうもいかない。戦術を隠すこと自体に慣れていないため、ほんの僅かだが違和感を漏らしてしまうのだ。
『試合開始一分前です。各競技者は用意をしてください』
学園生アナウンサーの場内放送が流れた。
和気藹々とした女学生の集まりが一瞬で気配を変える。
競技開始のカウントダウンアラームが鳴り始める。ポーン、とスタートを知らせるアラームが響く。
「はーい、みなさんいってらっしゃーい」
Aチーム総指揮官であるティナが、何とも間の抜けた言葉でメンバーを送り出す。居残り組三人を除いて一斉に走り出した。
試合開始まで雑多に入り乱れていたティナのチームメンバーは、走りながら入れ替わり、位置取りを変え、三つの部隊が編成された。
中央を征くは、指揮官に
「援護射撃を開始してくださーい」
先を征く二つの部隊が接敵する前に、ティナの掛け声と
――メイヴィスのチームは、ティナ達が予想した通り部隊を一つに纏めて運用していた。
相手に対して斜めになるよう一列で進軍する、日本の陣で言うところの
「右舷、弓あり! 盾持ちは部隊防御!」
メイヴィスが指示を出す。斜めに長く敷いていた陣は、盾を持ったメンバーが矢を防ぐ形で縦列の陣に変えることを強いられた。
四十メートル近く離れていながら、バンと射撃音が聞こえるララ・リーリーの弓は、音の大きさ通り異常な威力を持っていた。盾で受け流しても腕が跳ね上がりそうになるほどだ。それが三、四秒の間隔で撃ち込まれ、矢を防御しながらの進軍はどうしても遅滞してしまう。更に、部隊の右側から飛来する矢は、先に進めば進むほど射角が鋭角となる。そうなると、盾持ちのメンバー――メイヴィス含め五人である――は右の攻撃から部隊を守るため、防御に集中せざるを得なくなり攻撃の手は削られる。そこへ正面から矢が連射で飛来し、前方の防御にも手を割かなければならなくなった。
そして、防御に集中することで部隊の脚が完全に止まってしまう。
「左舷! 攻撃に備えろ!」
進軍が停止したところに、防御の薄い左からヴリティカ、リゼット、エルフリーデが陣の後方を
右前方の狙撃、後方から突撃、左前方から遠中近接複合の一撃離脱。これが繰り返され、防御にリソースを奪われた。突撃へのカウンターでポイントを奪うことは出来たが決定打にはならず、部隊は疲弊し数を減らしていく。
「(参りました。よもや飛び道具と機動戦術の組み合わせで封殺されるとは……)」
絶妙のタイミングで三方向から高度な技量で攻撃が繰り返され、反撃の眼も潰されてメイヴィスは天を仰ぎたい気分だ。
「はーい、次は挟撃お願いしまーす」
なんとも呑気な指示が敵陣のティナから飛んできた。その声を聞き、メイヴィスは即座に指示を出す。
「後方! 左舷警戒!」
その声に続いてクラウディアとエルフリーデの指示が飛ぶ。
「退避! 遅滞戦闘開始!」
「先頭へ射撃開始!」
メイヴィスは、現場指揮官の二人から指示が出されたことに舌を打つ。間近で出された敵の指示は、集団戦の訓練をしていないチームメンバーへ影響する。聞いた言葉に反応してしまうのだ。ここでまた一人、戦力を削られた。
実際、退避などされず後方からは突撃が襲い、射撃と言いながら一撃離脱と、なんら変化がなかった。
何も出来ず、部隊は半分まで数を減らしてしまったことにメイヴィスは
「みなさーん、後少しでーす。取り囲んじゃいましょー」
ティナの呑気な声が響く。直後にクラウディアとエルフリーデが同時に部隊指示を飛ばす。
「防御陣形展開!」
「戦列反転!」
指揮官達の指示とは裏腹に、ティナのチームは突撃を仕掛けてきた。メイヴィスは、驚きに目を見開く。今まで敵指揮官全員が発した指示は全てブラフであった。それは、最初から最後まで戦局をデザインしていると言うことだ。いくら即席チームが相手であろうとも、そのようなことが出来るなど
そして、迫りくる相手の陣形が変わっていることに気付く。ずっと突撃を仕掛けていたエルフリーデ率いる部隊にクラウディアが加わり、四人編成となっていた。残り二人、ウルスラと
右舷と左舷からの弓による挟撃、その防御を妨げるための突撃による直接攻撃。三方向からの攻撃は、互いを補う効果がある。正直、ここから戦局を覆すには駒も足りず、作戦立案の余裕もない。ならば、最後の仕事をするまでだ。
「全員、散開!」
エルフリーデの突撃班が今まさに接敵しようとしたところに、メイヴィスは指示を出した。本来は、部隊を二つに分けて運用する際、敵が突撃して来たところを退避誘導して道を開いてやり過ごし、一斉に取り囲んで攻撃するために用意した戦術だ。
今回の場合は、個々の機動力で回避、もしくは一瞬でも良いから優位なポイントで反撃をする戦術である。これは奥の手ではない。圧倒的不利になった際、せめて剣の一振りで報いるため、最後の最後に使う死地へ向かう戦術だからだ。
突撃したエルフリーデ達はこの土壇場で目標に大胆な回避を取られさぞかし面食らったことだろう。攻撃を凌いでいた四人が蜘蛛の子を散らすように一貫性が無く退避したからだ。そして突撃が反転する動きに合わせて正面側で盾持ちが防御を固め、攻撃力が高いもう一人は斜め後ろから斬り掛かる。
盾持ちの一人はウルスラに。メイヴィスはララ・リーリーに。共に弓へ向かい駆け抜け、左右と緩急の動きで的を絞らせない。盾を正面で使い、矢を防御しつつ最速で取り付くことが第一である。残った二人が突撃部隊の気を引いてくれている間に。
ウルスラ側に突撃をかけたメンバーは、移動中の脚を射抜かれるも勢いだけで敵陣へ辿り着いた。速射のために弦のテンションを緩めているウルスラの弓は、盾を正面に
が、それはならなかった。
――シャリッと金属を滑らす音が聞こえた。気配無く認識の外から、
四対二で戦っているメンバーは良く凌いだ、と言えよう。盾の技量が高かったため、最小限の被害で猛攻を受け流していたが、絶えず回転する剣技を持つヴリティカの連撃には耐えきれなかった。とうとう姿勢が崩れ、盾が剥がれたところを縫ってエルフリーデの刺突が決まる。ここで一人敗退。
残ったもう一人も、さすが攻撃力がある
『戦局のお知らせです。只今、Cチーム残存一になりました』
無情にも場内アナウンスは、チェックメイトが掛かったことを告げた。
「(皆、このチーム相手に良くここまで持たせてくれました。後は私が示す番ですね)」
メイヴィスは防御力の高いイギリス式武術を修めているため、狙撃に対する防御を回避と盾で極力流しながら処理する。盾で正面から受けなければ走る速度を落とさずに辿り着くことが出来るだろう。不幸中の幸いと言うには心穏やかではないが、他のメンバーを仕留めた部隊は、こちらへ手を出す素振りが無い。差し詰め、最後の戦いを見守っているといったところだろう。
後、数メートルのところで、最後の壁が立ち塞がる。
「ほーほっほっほっ! ここから先はわたくしがお相手ですわよ」
高笑いと共に、ララ・リーリーの護衛であるテレージアが道を
弓の射線を現れたテレージアで
しかし、テレージアは乗ってこなかった。
メイヴィスが一瞬のタイミング外しを行ったのは、テレージアが自身の射程圏へ相手が入る直前から初動を開始すると計算したからだ。その前提が
目標はテレージアの後ろで弓を引くララ・リーリー。彼女の存在が戦術を全て崩す切っ掛けとなった。ならば、せめてその原因を討ち取る。
動きのないテレージアの横を走り抜けようとした時、まるでナイフでも扱うかの速度で、肩に担がれた
大質量の剣が地面を
走り抜けるメイヴィスが、後ろ脚を蹴って前へ出し始めたところに、
「(しまった! この速度、まずい!)」
走る勢いは直ぐに止められる筈もなく。右脚が前に接地した瞬間、ダメージペナルティで緩慢になった足先は身体を支えられずに姿勢が大きく崩れる。
――バンッ、と強靭な弦が音を響かせ、メイヴィスの胴へ槍と見紛う大矢が突き刺さった。
一拍の間。そして、ビー、とアラーム音が場内に鳴り響く。次いで、学園生アナウンサーが試合終了を告げる放送が流れる。
『試合終了です。各競技者は待機線へ整列してください』
メイヴィスは、ふう、と大きく息を
「ああ、晴れ間が出ていましたか……」
曇り空から何時の間にか陽の光が差し込み、地面へ落とすメイヴィスの影を色濃く延ばしていた。
今しがたまで戦っていた
『Aチーム残存八、Cチーム残存ゼロ。よってAチームの勝利です』
ドッ、と客席から場内を揺らすような歓声が沸く。Aチームはポイントを奪われはしたが、一人も欠けることなく勝利した。それだけではない。大弓による長距離射撃や短弓を機動戦に含めるなど、今まで見たことの無い戦法、しかも完封試合だったことが熱狂に繋がっているのだろう。
終わってみれば
歓声は勝者だけのものではない。不利な状況の中、猛攻を
競技者待機室に下がる
「(予め決めていた行動にブラフの差し込み。この戦術、エルフリーデとクラウディアのクセはありませんでした。やはりフロレンティーナですね。この戦局を最初から最後まで見越して、その通りに終わらせたのは)」
メイヴィスは、六月のホーエンザルクブルク要塞攻略イベントに、ガーター騎士団の副官として攻撃側で参加していた。防御側の大将であるティナが後半に差し掛かったところで窓から防衛拠点を飛び出し、敵陣のど真ん中で単独戦闘を始めるという、誰も想定しなかった行動を取った。その様子は防衛拠点攻略の作戦遂行に奔走していた最中であり、もはや戻ることも出来ない状況であったため、直接見ていない。戦場を蹂躙したと評される動画を後日確認し、その異常性に驚く。近くの
「正直、ここまで徹底的にやられたのは久しぶりね。当たった感じだとプロチームとも互角以上に戦えそうね、フロレンティーナのチームは」
今回、メイヴィスと組み合わせとなったチームは、なかなかの戦闘力を持っている。ガーター騎士団副官の名は伊達ではなく、即席のメンバーで部隊運用ができる簡素化した戦術を適用した。一試合目などは、相手の個人技がこちらより全員上となる
終わってしまった試合は反省点として次に生かす。まだエイルとリンダが所属する異色のDチームと、新入生チームでありながらチーム参戦し、統率の取れた動きと得体の知れない存在を潜ませるBチームとの試合が残っているのだから。
――再びAチーム競技者待機室
「はーい、みなさんお疲れさまでした。カロリー補充に栄養素も詰まったアメちゃん各種用意してますんで摘まんでください」
飴玉がこんもりと盛られた、底の浅い手提げ籠をテーブルに置いたティナ。今日の試合は終了のため、消費したカロリー補充の一環として振舞っている。疲れにはエネルギーへ直ぐ変わる糖分が摂取できる飴なども有効なのだ。
「最後、テレージアとララ・リーリーは魅せたわね、魅せたのよ」
戦局を締めるに
「
「殿下、変態軌道とはあんまりじゃありませんこと⁉」
同じく、本人曰く居残り組兼茶々を入れる係と
テレージアは身体運用による攻撃をするため、構え自体を偽装したのだ。右の肩甲骨を背中側の方へ斜めに下げ、同時に右の
「そもそもあの大弓、威力が尋常じゃないみたいだしー。人が引けるかアヤシイしー」
居残り組の弓騎兵であるニルツェツェグも口を開く。同じ弓使いとして、ララ・リーリーの大弓に信じられない点が多い様子だ。実際、信じられない思いはララ・リーリーを除くメンバー全員の共通認識ではあるが。しかし、そのニルツェツェグも他のメンバーが信じられない顔をするレベルの曲撃ちが得意な弓使いなのだが。
「アレはバイソン撃ちの大弓ネ。人の力じゃ使えないカナ。大地の精霊に手助けしてもらうのが大事ネ」
現在、絶滅危惧種のバイソンではあるが、新大陸に欧州人が入植する以前にはネイティブの貴重な蛋白源に数えられていた。罠や集団による直接戦闘などで狩猟が行われていたが、弓だけで仕留めるには至難の業である。なにせ、成体のバイソンは一メートル半の体高と三メートルを超す体長を持ち、体重は一トン以上ある。多少のことでは怯むことなく時速六、七十キロメートルで突進してくるのだ。追いかけられたら、バイソンが諦めてくれる他に逃れる方法がない。自分の体高以上の跳躍力を持ち、なかなかに小回りも効く。自動車よりも遥かに危険な相手なのだ。
「あの弓は、後ろ脚と持ち手を一つに繋げて大地で支えるネ。弦は前脚で大地の精霊から力借りて全体重と合わせて右指先に乗せて引くカナ」
どうやら野生の自動車を仕留める弓の扱いは、スピリチュアルな言葉が混ざっているが身体操作による技法を必要とするようだ。
「途中までの弓を含めた遠中近の連撃を移動しながら一撃のみ与える戦法、小規模なら撹乱にも使えそうな面白い結果だったわ」
「そうね。攻撃の当たり外れは二の次で、脚を止めずに走り抜けることを優先するって聞いた時は、どう着地させるのかイメージが湧かなかったけど、三面攻撃はかなり有効ね」
「実際、別方向から弓の支援が入ると、ほぼ追撃なしで離脱出来るのは新鮮だったわ」
「人は二つ同時に集中しないといけない事態が起こると行動が散漫になるってティナが言ってたけど、それが顕著に表れた例よね」
エルフリーデとクラウディアは、部隊を率いて相手と対峙した際の所感を語る。戦術の方針は事前に全て決めておき、指揮官が言葉に出す指示は全てがブラフ。戦闘中に指示が必要な時は、微細な身体の所作で伝えると言う、今後を踏まえた命令系統の
Cチームとの戦局は、ティナが読んでいた通りの展開であった。ララ・リーリーの初撃に対して、開始早々メイヴィスは反撃に移らない、と言い切っていたくらいだ。結果、その通りだったことにクラウディアはティナに問いかける。
「メイヴィスが初撃で脚を止めるって、何から読んだの」
「彼女、アシュリーの副官だけあって計略はお手のものですけど堅実なんです。序盤から損失が上回る戦術は取ったことありません。あの局面で固定砲台に向かえば、エルフリーデとクラウディアも迎撃に動くでしょう?」
その言葉を聞いて、なるほどと頷くクラウディアとエルフリーデ。メイヴィスが指揮を
ガリッ ボリッ ボリッ
カリ ゴリゴリ ガリッ
飴を砕く音が聞こえる。この音を子気味良いと感じるかは人次第ではあるが、ヴリティカとリゼットが飴を口に含んでは噛み砕くを繰り返している。
「二人とも一回も飴なめてない的~。
「飴は口の中がデロデロする前に食べキりたいですカら」
「これは噛み砕く食べものなの。ゆっくり食べるのはめんどうなの」
「ハッカ味の匂いが強くて失敗。次は匂いのしない
ウルスラのツッコミに、ヴリティカは口の中をサッパリしておきたいらしい返答。リゼットは、ガムもある程度噛んだら飲み込んでそうな雰囲気だ。
「ふ~ん、それならサルミアッキをコッソリまぜて置く的~」
「あら、なら私はラクリッツシュネッケンでも混ぜておきましょうか」
サルミアッキはアンモニア臭、ラクリッツシュネッケンはゴムタイヤ臭のする外国人からすれば人が食べて良いものなのか判断に迷う飴だ。後者はとぐろを巻いたグミではあるが。混じっていたらロシアンルーレット
「それでは殿下、皆に一言ございませんか?」
「そうよ、ティナは総指揮官なんだから初戦を終えて達成感とか抱負とかイロイロあるんじゃない?」
「テレージア、クラウディアまで……。特段、話すことは無いんですが……」
やれやれ面倒くさいと言う雰囲気を
「基本、最初から戦術を十全に行使出来るメンバーを集めてますので、今回の勝利も予定通りです」
「トップレベルにある
「逆に、トップレベルの
「これ以降も私達の予定は変わりません。とりあえず、危なそうな相手はみんなも対策を練ってるようですし、特にこれ以上は言うことないですかね」
唯一、想定外だったのは、ララ・リーリーが持ち出した大弓の威力と連射速度が正に固定砲台だったことです、とティナは話を締めた。既に戦術や部隊運用については散々話し合い、パターンと立ち回りを決定済である。ティナの言葉通り、変える必要もない。全チームの試合も目を通す機会に恵まれた。実際の姿から誤差の修正も終わっている。
後は、やるべきことをやるべき時にやれば良い。それが出来る面々なのだ。
ティナ達の試合は比較的早く終了したため、まだ継続しているもう一試合を途中から見る時間が十分あった。全員で見れば、気付いた点や疑問点、注意すべき事柄など、その場で意見交換出来るため、手間が省ける。試合が終わった後も暫くの間、話し合い、と言うより雑談が続くのであった。
今日の予定はこれで終了。纏った装備から
「結構な量があったハズですが……。それもまた頼もしい限りとでも思っておきましょうか」
彼女達が背にした競技場の
「さて。明日はE、D、Bチームの順ですか。ルーとは最後に当たりますが、四試合目ともなれば集団戦の動きに少しは慣れてきたころでしょう。
足取り軽く、鼻歌交じりで空になった手提げ籠を抱えるティナ。軽くなった籠は、彼女の気分を表しているかのようだ。
「姫姉さま~! 待ってくださいです~」
トテトテと子犬が駆け寄るように走って来るルー。グウィンのチームは今日二試合を消化しているため、大体同じ時間まで競技場に滞在していたのだ。
「あら、ルー。あなたも今帰りですか? もっとミーティングが長引くと思ってましたが」
「うゆ? 各チームのお
グウィンのチームも事前に戦術を用意して相手へ当て嵌める方式を取っているようである。簡単に類推出来る言葉をポロッと口にするあたり、ルーに秘密の情報はまだ渡せないなぁ、と姫騎士さんは溜息を一つ。と同時に、漏らしても差し障りのない情報しか与えていないグウィンは、ルーのことを良く判っている様子。ティナがルーを任せるに値する相手であるか査定をしている中で、評価を一つ上げた
「姫姉さま、その籠なんです? オヤツです? 中身、ないです……」
「ああ、これは試合後の燃料補給用にアメちゃんを持って行ったんですよ」
「な……ん……です、と⁉ ウチのチームはオヤツ出してくれなかったです‼ ずーるーいーでーすー」
手提げ籠の縁を持ってユッサユッサと揺らすルー。その姿は駄々っ子のそれである。
「もう、しょうがない
「‼ やったー! 姫姉さま大好きです~」
よっぽど嬉しかったのかティナに抱き着きピョンピョンと跳ねるルー。まだまだ甘えん坊なところは抜けきらない。
そして、離れたかと思えば、ひとさし指をキュピーンと空に掲げ、キラキラとした目で嬉し気に語り出す。
「ポッケに入れて持ってくです! 試合でモグモグ出来るです!」
「試合中に食べてはダメですよ? 飲食禁止ですから」
「ひぅ! そん……な……バカな……」
四つん這いになり愕然とするルー。天国から地獄へ突き落された見本のようだ。
「さあさ、夕ご飯でも食べに行きましょうか。大会期間中は学園の食堂で
「
シュピン!と勢いよく直立し、いそぐですー、とティナの背を押して進むルー。
相も変わらず切り替えが早いと言うか、現金なものである。
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