04-012.計算外と想定外。 "B"Gruppe und "D"Gruppe, Wettbewerb im Mêlée.
2156年10月11日 月曜日 午後
昼を過ぎて、
学園敷地の東側に位置する屋外
観客席の入り具合は半分ほど。とは言っても、他の競技を観戦している一般客も合わせれば五、六万人が学園に入場しており、アミューズメントパークや大規模イベントと
チケット料金は学生大会と言う前提のため、球技などのプロ競技観戦チケットよりも大分価格は抑えられている。一日のみ有効なチケットから大会終了までの全日程で有効となるシーズンパスなど、顧客の予定に合わせた組み合わせで購入出来るようになっており、当然のことながら複数日程を購入するほど割引が効く。そして、チケットには様々な特典が組み込まれている。学園敷地内でアクセスできる試合中継と解説音声、提携テレビ局の有料番組生放送、および同ネット放送、学園生編集のネット放送などが簡易VRデバイスの受信機能でサービスを受けられる。ARスクリーンに限り、ここだけで配信されるコンテンツの閲覧サービスも人気が高い。また、別料金になるが観客席にも指定席やVIP席が用意されていたりと、様々なオプションも取り揃えられている。
マクシミリアン国際騎士育成学園が公式下部大会を開催して以来、ここローゼンハイムの一大イベントとして広く認知されており、今では観光収益なども成長
イベント期間限定で一般住宅での宿泊施設提供許可証発行、近隣に存在する観光名所を抱き合わせた各種ツアーや様々なクーポン券の発行など、相乗り感も多々あるが地域に貢献する事業体となっている。
当然、イベント開催期間はマクシミリアン国際騎士育成学園の広大な敷地に多種多様な露店が出店しており、
現在午後十三時半。
観客席から感嘆や驚きなど、様々な声が上がり騒がしくなっている。今しがた、スクリーンにAからEの五チームにメンバーが割り振られ、試合の組み合わせが表示されたからだ。ちなみに、チーム参戦をしている場合は申請順に符号が付与されるため、ティナのチームはA、グウィンのチームはBである。
「ランダムチーム編成の妙です。侮れないチームが一つ産まれました」
スクリーンに表示されているチーム表を見て、思わず肉声で言葉が漏れてしまったティナ。予想していたより、一つ上のレベルを持つチーム編成が成されたことに少し眉尻が上がる。
「糊代込みで五戦を想定して正解でした。場合によっては優勝決定戦も有り得ます」
「五チームで五試合確定って言い切ったのは、やっぱり一敗を許容してたのね。不確定要素も必ず計上するカレンベルクの兵法だもの」
カレンベルク一族であるクラウディアは、ティナと同じ兵法を伝授されているだけあって、どのような思想が用いられていたのか察していたようだ。
「でも全勝するつもりヨね? ちょっとメンバーが危険な組み合わせのチームいるケど彼女達がどう動クか」
「そうでございますわね、ヴリティカさん。特に
ブリティカとテレージアが今回のイレギュラーに強力な攻撃力を持つ相手が混ざっており、
そのイレギュラーのDチームに所属する一人――もちろんイレギュラーな人物でもある――が、優雅な所作で近寄ってきた。
「あら、随分不景気な顔をしてますのね、フロレンティーナ」
「はぁ。不景気にもなりますて。まさかあなたが
ティナは、
「上級生になると
シレッと答えるエイル。この辺りの駆け引きもティナが会話から思惑を読むであろう前提で紡いだ言葉だ。何気ない会話が全く油断できないのである。まぁ、お互い様なのではあるが。
学内大会は
「それより、その鎧……
「訓練用の鎧です。
「そうなのね。予備で形状も同型と言うことは、また暗器が隠されてるのかしら」
「そこは当たって見てのおたのしみということで」
「ふふふ、何が出るのか楽しみにしているわ」
クスリと軽く笑い、自分が割り当てられたDチームへ戻っていくエイル。あと数分で競技説明が始まり、それぞれの試合会場へ移動するのだ。
ティナとエイルの会話は、外から見れば軽い挨拶であった。しかし、双方とも言葉少なく交わした会話は、当たり障りのないように見せているのだ。エイルのキーワードは、
「(やっぱり、エイルは前に戦った時の言葉を拾ってきてるっぽいですね)」
ティナが、春季学内大会の
「(しかし、エイルは私と戦うためにピンポイントで
どこから漏れたのでしょう、と首を捻るティナであるが、ここ暫くの行動を考えれば、何らかのタイミングでチームメンバーの集まる様子を見られた可能性が高いだろう。
事実、エイルはトレーニングルーム棟の帰り道、ティナ達チームが初顔合わせ終了後にコミュニティセンターから出て来るのを
そして――あら、そっちにでるのね。ではお邪魔しようかしら――と。
ティナのチームが如何程であるか、直接見てみようと集団戦へ参加することに決めたのである。
「(鎧のカラーリングから森林戦特化だと気付いてるでしょうが、森に入った
インフォメーションスクリーンには、チーム割り当てと試合組み合わせが一覧表となって
ティナも、どのマップが最初に当たるかさすがに読めず、森林戦特化の
「姫姉さまー、向こうにヘンなヒトがいるですよ」
トテトテとティナに歩み寄るルー。その姿は子犬が構って欲しいときの様子に似ている。
「あら、ルー。もうじき競技説明の時間ですよ? チームメイトと一緒にいた方が良いんじゃないですか?」
「うゆー。だけど気になるです、あのヒト。ライフル持ってやがります」
「ああ、リンダですね。彼女は合衆国の北軍を模倣してますから。あのライフルは銃剣術の土台ですから射撃はしまんよ?」
弾が出るのは
ほえー?、と口を開けてキョトンとするルー。だが、その怪しげな言葉の内容を聞く間もなくお呼びがかかる。
「おい、ルー! そろそろ説明始まるからこっちに集合しろ」
「なんですか、グウィン。説明なんてどこで聞いたってオンナジです」
「そのまんま試合コートに移動するから集合しろって最初に言っといたろーが! 相変わらず自由だな!」
グウィンに襟首を掴まれ、ズルズル引き摺られていくルー。姫姉さまオサラバです~、と呑気に手を振り、なんだかんだと余裕がありそうだ。見送るティナは、お得意のロイヤルお手振りに
競技説明――どちらかと言えば観客や視聴者向けだ――が開始され、インフォメーションスクリーンにルールや試合進行の方式などが解説者の台詞と共に一つずつ表示される。
本日は、合計四試合を消化する予定だ。残り六試合は翌日行われ、その午後は三位決定戦や優勝決定戦が発生した場合の糊代として確保されている。
「最初のミソッカスは私達のようね」
競技説明後、インフォメーションスクリーンに試合組み合わせが表示されている攔の横へ試合順序が割り振られていく様子を尻目に、エルフリーデは肩を
「だけど、エイルのチームと新入生チームが
「そうね。技量派のシルヴィアとエイル、トリックスターのリンダとルー。それと
リゼットとマグダレナの言葉は、グウィンのチームが初っ端からエイル達と戦うことを示している。グウィンが大会までの間に、新入生達の練度を如何程まで仕上げて来たかも、この試合で判明することになる。しかし、彼等のチームは
「へー。エイル達は障害物マップを引いた的~。今回は建物が遮蔽物なんだ~、って建物に入れるんだコレ」
「ほんとですね。今回は運営側も随分と趣向を凝らしてきましたね」
「さあさ、皆さん。待機室に移動致しませんか? 腰を落ち着けて試合を拝見させていただきましょう」
テレージアに促され、チームに割り当てられた競技者待機室へ移動するメンバー。第一試合が制限時間一杯の四十五分まで費やした場合、自分達の試合開始までは最長で九十分待ちとなる。移動や試合開始までの糊代も含めると、もう少し長くなるのだが。長時間の騎士装備着用は少しずつ疲労を蓄積する。だからスポーツ科学科のサポート要員に一度装備を外して貰い、楽な状態で身体を休めるのだ。装備を外し、一息ついたところで、部屋に四機設置された観戦用モニターが最初の二試合を映し出した。
――屋外
グウィン達とエイル達の二チームが試合コート短辺の両端に分かれ、陣地起点となる開始線で試合開始を待っている。もう一試合の組は森林戦のため、公園エリアへ移動している。観客からは、客席上部のインフォメーションスクリーンに、その様子が表示されており、この場から森林戦の閲覧が可能となっている。マップを用いた試合に参加する競技者は例外なく、インフォメーションスクリーンから戦況を把握できないように処置が施されている。細胞給電式コンタクトレンズ型モニターやAR表示デバイスなどがジャミングされており、スクリーンを見上げても灰色にしか見えない。もちろん、音声通信も遮断される。
試合コートは中央にMR表示で壁だけの建物が三つほど、双方の視界を遮る形で配置されている。建物も複数の入り口や裏口、作為的に大きな窓があったり、明らかに複数の部屋があると思われる建物など、全て間取りが異なる造りとなっている。建物内部の構造は競技者へ非公開であり、室内を使った戦術を予め用意することが出来ない。また、壁越しの攻撃も当然だが出来ない。
配置も
建物は感触もあり、簡易VRデバイスにて接触時の制御はされているが、壁はホログラムなのだ。通り抜けようと思えば可能であり、室内で乱戦となった時には戦闘の勢いですり抜けてしまうことも想定されている。しかし、
「さて。見通しが効かねえ上に建物内も活用できるときたもんだ。殆どが遭遇戦になるだろうが、建物内じゃフォローは無いと思ってくれ。ヤバくなったら予定通り
グウィンの作戦には、相手と正対するよりも奥深くまで進軍することを優先し、
「私達、三人は建物に入らず敵陣へ移動で良いのですか?」
「ああ。シルヴィア、アドリアナ、スラヴェナの
受けた相手の技を倍返しする技量を持ち、状況に捉われない動きをするエイルが、自らの枷となり得る狭い屋内で戦うことを選ばないだろうとグウィンは予想している。そして、エイルに正面切って対抗できるのは、同格であるシルヴィアだけだ。だから彼女にチーム内でも戦闘力が秀でている二名を付け、可能な限り三対一の図式に持ち込んで完封する絵図面は引いてある。だが、エイルを単独に分断すること自体が非常に難しいと思われ、理想の形に持ち込むのは分の悪い賭けでもある。唯一の懸念事項は、エイルが小盾を持ち込んでおり、複数人と戦うことを前提としている点である。
「ルーが背後から狩るのは変わらんです?」
「ここでのおまえは
「あの歴史の教科書に載ってるみたいなヒトです? ライフル担いだ昔の軍人」
合衆国南北戦争の北軍を模倣するリンダ・フォーチュンは、金
「ミーナとオレの
符号による戦術の行使。グウィンが試合ごとに符号の方式を変えるため、毎回一度きりしか使われない。今回は三桁の番号を用いた通称ナンバーズシステムを作成した。そして、初めから屋内戦、つまり障害物は相手に利用させ、行動制限を掛けたところで叩く戦術である。
「盾持ちのオレとチェスター、シルヴィアは、移動時は防御重視だ。相手が相手だからな。道すがら狩るどころか逆に仕留められる可能性の方が高けえ。序盤は危険を極力回避して、損耗を如何に抑えられるかが鍵だ」
このチームメンバーは大会までの期間、世界選手権出場クラスのシルヴィアと、
「ルー、ハンドサインは覚えてるな?」
「ナニ当たり前のこと言ってるです。陰に潜む戦闘士は目線と手信号に置き
「知らんがな……」
思わず八の字に眉尻を下げるグウィン。
ハンドサインの使用を促すのは、競技開始後に通信機などの連絡手段が利用制限を掛けられるからだ。指示や連絡なども肉声かハンドサインのみとなる。唯一電子的な機能として、
『試合開始一分前です。各競技者は用意をしてください』
学園生アナウンサーの場内放送が流れる。
その短い言葉を聞き、競技者が
この放送で試合に赴く競技者への音声情報は全てシャットアウトされた。試合終了のアナウンスまで通信機能も停止する。
場内をカウントダウンアラームが鳴り始める。最後の四秒は――ピッ、ピッ、ピッ、ポーンとスタートを知らせる電子音が鳴り響いた。
「状況開始!」
グウィンが
最初の予定通り、シルヴィア率いる
相手陣地寄りに配置されている左翼側の建物へは、チェスター率いる
別動隊のルーは、音をさせずにコート側面ラインギリギリから敵陣近く、左翼側の建物を抜ける手前まで到達している。相手側も開始早々、陣地付近に入り込まれていると想定していないようで、警戒度は完全に前方から敵が来るであろうルートへ向いている。ルーは敵の動向を注視する。初手として、コート側面から建物を迂回してくるならば少し戻った角にて待ち伏せ、部屋へ入って来るなら後ろから回り込み仕留める算段であった。
しかし、相手側の部隊全体が見えてしまった。
「(あー、こりゃイカンです)」
気取られず観測点へ即座に展開できるルーは、優秀な斥候でもある。しかし、競技コートは広く見えるが、実戦で考えれば遮蔽物もあり非常に狭い。直ぐに接敵する距離しかないため、得た情報を持ち帰る行動は有効とは言えない。
「
この場合、斥候からの情報は声を上げて自軍に伝える、が正解となる。
だが、それは敵に自分の位置を教える行為でもある。
ルーの声が消えると同時に、グウィンが指示を出す声が遠間に聞こえた。
ルーは、密集陣形を取った敵から二人ほど、警戒しながらこちらへ向かってくる気配を掴み取る。まだ、自分は姿を見せていないため、建物の影に潜んでいる、もしくは撤退したと判断されている前提で戦闘状態に移行する。
競技中と言う限られた状況下では、相手が取るであろう警戒行動は二つ程度の基本的な方法に絞り込まれる。建物より離れた奇襲を受けない位置で安全を確保しながら様子を伺う。もう一つは、気配を押さえながら建物の影から身体を隠しながら覗き込む。相手が
「(いない……。既に撤退されたか……)」
壁の影からそっと少しだけ顔を覗かせた敵チームの
その瞬間、彼女の細胞給電式コンタクトレンズ型モニタに、右膝へ一ポイント、左胴へ二ポイント、合わせて一本獲られて敗退したメッセージがARモニタに流れ、唖然とした。右膝の内側と左腹部にダメージペナルティを感じることが現実であると証明している。そして、視界の下から不意に、音も無くぬるりと滑らかな動きで立ち上がる小さなメイドが現れたことに驚きを隠せなかった。
ルーは、近寄る相手が発する動きの気配から、路地裏から見えない位置で壁に張り付こうとしていると察知する。二つ目の方法、壁の角から覗き込む挙動だ。ならば、死角位置となる壁の角からほんの少し後ろ側に、下半身を壁へ水平に添わせ地面擦れ擦れとなる立膝で高さをコンパクトに納める。上半身は壁を背に張り付くように右半身で姿勢を小さくしたまま気配を断つ。覗き込んで安全を確認する場合、まず目線の高さから物を認識し、全体を把握するのでタイムラグが発生する。
次の行動に移るまで、瞬き程度の時間も必要としなかった。
敗退した
相手に攻撃タイミングも、防御タイミングも
ルーが視界の脇で捉えたグィン達の乱戦。予め決めていた密集陣形を取られた時の戦術に、グウィンがブラフの指示を声高に叫んだことが功を成し、撹乱は見事に成功したようだ。しかし、相手陣営は、
小さなメイドは、誰の認識からも外れてしまう経路を辿り、音も無くスルリと消えた。
「(チッ、完全にジリ貧だな。まさか障害物を無視して部隊丸ごと突っ込んでくるとは予想外も
表情は冷静だが、グウィンの内心では次の策に移るタイミングを見出すため、戦場を俯瞰で見下ろしながら高速に思考している。
密集陣形を取られ、こちらの戦術を個の戦いに
現在は、こちらの人数が一名多いため拮抗しているように見えるが、ポイントを獲られている
相手の陣形はエイルを最前線の頂点に据え、三角形を
そして、エイルの後ろ、
ライフルの尖端に装着する
騎士剣より長さに
陣の先頭で猛威を
――キンッ、と金属の撃ち合う音が幾度と響く。互いが繰り出すは、全て必殺となる一撃。シルヴィアの直刀式サーベルとエイルのヴァイキング剣が飛び交い、盾で凌ぎ、剣で抑える。
長く続く剣戟は、高い技量と互角の実力を
「(さすが、無冠の女王と呼ばれるだけはあります。全ての攻撃に通せる筋道が見えません。完全に根競べですね。僅かでも乱れた方が仕留められます、か)」
シルヴィアは、付け入る隙が全く無いエイルの技量に舌を巻く。
新入生だったエイルと戦い、敗れたのが今から四年前。当時、イタリアの全国大会でベスト4に入賞したシルヴィアを全く歯牙にもかけなかった相手。それが今では拮抗していることに喜ぶべきか、未だに越えられないことに悔やむのか。シルヴィアの表情からは伺い知ることは出来なかった。
「(技の
エイルが得意とする、受けた技を上回る技量で倍に返し、相手を追い詰める何時もの戦法に至れない相手。シルヴィアが持つ攻撃の鋭さ、防御の巧みさは、自身が得意とする技で仕掛けなければ拮抗できず、予断を許さない状況にある。このまま続けば、息切れを起こすのはエイルであると自身でも判り切っている。今は
「(来たか)」
戦場を周辺視で捉えていたグウィンの視界に、敵陣の後方――まだ遠くだが――より、小さなメイドの姿が陰を縫って滑るように近付いてくるのが見えた。それは場を
「(駒が揃った。ここで仕掛ける)」
待っていたタイミングが
「
その指示は、エイル達チームメンバーの動揺を誘った。「突撃」に備えたところ、相手が撤退の挙動を取ったからだ。
グウィンが今回の大会だけのために導入したナンバーズシステムによる本当の作戦指示と、言葉で紡ぐ虚実を含んだ作戦指示の同時発令。
一瞬、時が止まった空間の中で動く者が
ぬるり、と、音も無く陰が滑る。それは敵陣の陰から這い出たルーの姿。光を反射せず陰と同化した
パンッ、と乾いた炸裂音が一つ。
作戦指示により退避行動を取ったシルヴィアは、エイルの追撃を避けられる剣と逆の方向へ一歩下がった。
だがそれは、リンダの射線が通った瞬間であった。
リンダはライフルを手離し、反射より早く左腰前のホルスターからリボルバーを引き抜く。同時に左手で
腰だめで
零コンマ零八秒。
シルヴィアが胴を撃ち抜かれて敗退するまでの時間だ。
そして、リンダが敗退した瞬間でもある。
今度は、グウィン達チームメンバーに動揺が走る。状況を
だが、グウィンはすぐさま切り替え、立て直しを図る。作戦指示を出すために口を開いたところで、
「(してヤラレタな、こりゃ。せめてエイルを狩れりゃ勝ち筋は残るか……。まぁ、今回は残った連中にゃ悪いが作戦通りに動けるか実戦練習ってとこだな)」
フリーとなったエイルは、真っ先に指揮官であるグウィンを仕留めた。指揮官
グウィンが敗退して残り六名。ルーは単独行動のため、他五名で
が、それをさせないのがルーの仕事だ。
「(ナンか、いいカンジに動けてるです? 斬るのはヒトにブン投げたからですかね。獲物を散らすだけならラクチンです。分担バンザイ!)」
ルーの回転を伴った動きは、容易に死角へ入り、的確にポイントを奪っていく。絶えず注意を払わなければならない存在が、戦場を
エイル達のチームは残り三名。
グウィン達のチームは残り四名。
ここで状況が変わる。
「(ナンです⁉ このヒト、振り切れないです!)」
エイルがルーに張り付き、その動きを阻害する。残り二名が一組となり、まずグウィンチームで相方が敗退して孤立した
これで三対三。実質、エイルとルーが一騎打ちの状態であるため、二対二の攻防だ。小細工無しで同じ人数同士ならば、場数を踏んだ
『戦局のお知らせです。只今、Bチーム残存一になりました』
不意に学園生アナウンサーの放送が入ってきた。チェックメイトが掛かっていると公言している。
「(とうとうルーだけになっちまいやがったです……。ちょっ、このヒト後ろ獲っても見ないで反応するです! 剣速もヤタラ速えーですし、ナンで追尾しやがるです! 正面ダメ、ゼッタイ!)」
エイルに張り付かれているルーは、能面のように表情は変わらないが、内心冷汗を垂らしている。死角を獲っても、見えていない場所の方が正確に反応されるのだ。そして、見える場所では異常な剣速の切り下ろしや自在に変わる剣筋で翻弄される。攻めに転じるための後一歩が届かない。
「(シルヴィア姉さん、よくコンなヒトと切った張ったしてたです……。やっぱトンでもねぇのですって、うげげ!)」
敵で生き残ったもう一人が合流した。これで二対一。ルーは非常に厳しい状況になった。
「(……この
エイルの母、アスラウグの
ちなみに、姉であるヘリヤは、ドイツ式武術、しかも基本しか出来ないため家伝の技を一つも受け継いでいない。しかし、奥義まで駆使するエイルをいとも簡単に打ち破る異常な強さを持つ。
「(ギャー! ギア一つ上げてきやがったです‼ ナンです⁉ あの地面滑る歩法は! 骨で移動してやがるから倍近い速度じゃねぇですか! オマワリサーン! スピード違反でーす! とっ捕まえやがれです!)」
スルリスルリと二人分の剣戟を掻い潜るルー。エイルが戦闘速度を上げたため、回避に余裕がなくなっていることは傍から見ても判るほどだ。
ルーの右前方にエイルがいる状態で、左からもう一人がはたき切りを仕掛けてきた。無意識に近いレベルで最適な受けを繰り出せたルーは、ここ暫くの修行が成果をもたらしたと言えよう。だが、それが正しいとは限らないものだ。本人も思わず声に出たのは自覚があるからだ。
「あ、やっちまったです」
反時計回りに旋回してくるはたき切りの力が乗る前の地点へ、ルーは左手に持つ牽制用
上がった右腕の下を
ルーの
『試合終了です。各競技者は待機線へ整列してください』
――ビーと、アラーム音が場内に鳴った後、学園生アナウンサーが試合終了を告げる放送が響いた。
『Bチーム残存ゼロ、Dチーム残存二。よってDチームの勝利です』
学園生アナウンサーが勝敗を宣言し、場内を揺らすように湧き上がる観客の歓声が随分と騒がしい。
スタジアム長辺側の待機線で、横一列に並んだ競技者十六名の明暗がはっきり言葉で表された瞬間であった。
客席も中々に盛り上がっている。障害物マップで障害物を無視した戦術が用いられた珍しい試合であり、新入生主体のチームが予想以上に善戦したとなれば、観客の熱も上がるというもの。騒がしさに雑多な声も混じり、勝者を
客席の拍手に送られて、試合コートを後にする。割り当てられた競技者待機室で、ホッと一息をつくグウィン達チームメンバー。これから三十分プラス十五分間のインターバルだ。
皆が落ち着いたところでグウィンが口を開く。
「今回の敗因は、オレがリンダの情報を洗い切れてなかったことだ。戦術の土台から引っ繰り返されちまった」
相手が使わないだろうと思った戦術こそ有効になり得る可能性が隠れていると教わることになった、とグウィンは言う。
「戦況を見ながらフォローする腕といい、これ以外にないタイミングで射撃する腕といい、戦術もリンダが用意したと考えれば合点がいく」
まさか、
「あれだけの仕事が出来るヤツだ。絶対、何らかの実績があったはずだ。
リンダ・フォーチュン。合衆国はペンシルベニア州ゲティスバーグ出身である。そこは、南北戦争で事実上の決戦が行われた地であり、昨今では当時の装備や部隊編成などで、空砲や光線判定による北軍と南軍が戦うイベントを史実に基づいた七月一日から四日まで毎年開催している。無論、リンダも幼い時から北軍側へ参加しており、イベント時の階級は現在
つまり、彼女は初めから大規模集団戦に
それ以降の戦術は、シルヴィアが敗退した後に勝敗が決まった結果通りである。
「オレがいなくなった後の立ち回りも予定通り上手くやってくれたのを確認できたのは
グウィンを口切に始まり、チームメンバーで反省点や改善点などを次々に出していく。所感を含めた意見も視点が変われば見え方も変わる。現在では実現不可能なことでも、今後の課題として取り組めば良い。今大会で活かせそうなことを絞って纏めていく。
彼等彼女等は、自ら率先して動かなければ何も変わらないことを知っている。それが出来る者だからこそ、
「ルーは分担作業が楽だったです。ヤルこと減らすと驚きの動き易さだったのですよ」
何となく集団戦での優位点っぽいことがあると認識しだしたルー。まだ集団戦は一戦しかしていないので実感も湧かないのだろう。それでも個で完結していた頃と比べれば、視野も広くなった様子。未だ持って修行中の身なので、ほんの少し、と枕詞が付くが。
そして、言いたいことを言い切ったらしく、
「ところでルーよ」
「なんの用です?グウィン。このお茶は分けてやらんですよ?」
「茶が欲しい訳じゃねえよ、全く! ……なあ、おまえだったらリンダの
「うゆ?
「無茶言うなよ……」
チームメンバーも普段の軽口と思ったのだろう。苦笑したり、実際
「ナニ言ってるです? 普通、
何時もの如く言葉は淡々としているが、軽口などではなくルーにとってはごく普通のことなのだとチームメンバー達は判らされた。それはルーが、何でおかしなことを言うのか、と本気で疑問に思っている表情をしていたからだ。
「
ルーの発言は随分と衝撃だったらしく、場に引き
銃弾など、音速を超える物体を飛翔後に回避することは人間には不可能である。だから発砲前に回避する。
肩甲骨と股関節の可動範囲を広げ、柔軟に扱えるようになると、手足の速度は劇的に向上する。左右の肩甲骨を前後に引けば、瞬間的に正中線を外すことも出来る。左右に大きく
辺りを満たす空気なぞ全く知ったことではないと、ルーは空気をぶち壊す言葉を平気で放り投げる。
「……オヤツはいつ出るです?」
「大会中に競技者への間食は用意されたことがありませんが」
「な……ん……で、すと⁉ シルヴィア姉さん、ホントです……⁉」
「私の記憶では学園から一度もいただいておりませんね」
「おやつ出る署名を集めるです! グウィン! 署名造れです!」
「何でオヤツ出ると思ってたんだよ……。つーか署名なんか作ったことねーわ!」
先の試合で撃破数の半分を稼ぎ、戦場を食い散らかした小さなメイド。
しかし、そんなことは
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