04-011.騎士達と冬季学内大会。 Chevaliers und Winterturnier.

2156年10月11日 月曜日

 この時期のローゼンハイムは朝の気温が十度を下回る。日中の最高気温も十五度と、だいぶ涼しく過ごせる季節となっていた。一年を通じて日の半分が曇りである気象に反せず、本日の空も本曇りで、日差しが入る余地もないのは残念なところだろう。


 ただ今、朝の八時半。これから屋内大スタジアムで冬季学内大会第一部の開会式が開始される。コートには競技に参加する騎士シュヴァリエ達が雑多にひしめいている。一般観客の入場は九時からとなるため、ここには学園生や、その関係者、あとはメディア関係者だけである。一部、シュヴァルリ評議会の関係者や学園への出資者、学園生の家族など、特別招待枠の人達がチラホラと観客席に居り、会場の様子を興味深げに見守っている。

 では一般客はと言えば、入場制限が掛かっており、ここには入ってこれない。競技の大部分が屋内大スタジアムで実施される訳ではないからだ。特に最初の競技であるJoste馬上槍試合は、屋外ジョスト専用レーンにて騎馬を走らせて行う。一般客を屋内大スタジアムへ入場させた場合、各競技場への移動だけでも時間が掛かってしまう。故に、開会式後の競技開始をスムーズに進行させる、大人数の移動に伴う不具合の発生を抑える、などの理由から開会式の様子は、学園内各所に設置されているモニターや放送局の生配信などで閲覧する方針となっている。


「おー、試合前なのにみんな鎧着てやがります。ずいぶんキラキラ光るモンですね」

「競技参加者は、開会式で装備着用と通達があったでしょう? この光景もその内に見慣れますから」

「そうなんです? でもルーは見慣れなくても全然かまわねぇのですよ」


 如何にもめんどくさいと物語るショボショボとした顔をするルー。競技に出なくても他流と触れ合いはできるですよ、といずれ言い出しそうである。


 実のところ、この開会式は見どころが多い。これから伸びるであろう騎士シュヴァリエを見定めたり、お気に入りの騎士シュヴァリエ達の姿を試合以外で見ることが出来たりと、色々と楽しむ要素もある。そして、大会に参加する騎士シュヴァリエ達が装備を纏って一堂に会する景色は壮観だ。総勢四百人以上の騎士シュヴァリエが集まる姿を直接見られるなど、世界選手権大会以外には数えるほどではないだろうか。だから、未だに開会式の一般入場を切望する声が届くのである。


 そんな騎士シュヴァリエ達から、チラチラと視線を集めている者が二人ほど。

 キャッチーなミニスカメイドを騎士服装備として登録し、メスナイフ二刀流で近代戦闘術を織り交ぜた騎士シュヴァリエにはいない独特の武術と、ティナの縁者でが人目を惹くルー。騎士服がミニスカート仕立てなのは、ヴィクトリアンメイデンスタイルのメイドスタイルだと、彼女の多彩な歩法を妨げてしまうからだ。ルーはあくまでKampf戦闘-Dienstbotenであるのだから、メイド服を着用するのが筋である、と。注目されていることすらどうでも良いらしく、鼻歌交じりの小柄なメイドは今日も平常運転である。


 そしてもう一人。Duel決闘の優勝候補と謳われていたところに、Duel決闘不参加表明したことで、周囲の物議をかもしたティナ。更に後日、Mêlée殲滅戦へチームを編成して参加することが発表されるなど、誰も予想外の出来事だっただけに騒ぎが大きくなった。しかし、当の本人は周囲の喧噪をよそに涼しい顔である。それもそのはず、彼女に非は一切ないのだから。

 今日は腕鎧と脚鎧のメタリックオレンジが目に眩しいKampf格闘panzerung装甲姿だ。【姫騎士】を意識したよそいをしなかったのは、彼女の目的が一つ叶ったことによる余裕と、この放送を見て欲しい人が見てくれていると確信しているからだ。わざと臀部の三分の一が露出した装備をチョイスし、画面を通じてアプローチをかけるために。それが通じる相手であると分析済である。相手と物理的な距離があるため、メディアを通じて色々と印象付ける計画だ。まるでインプリンティングのように。

 もちろん、かくの如き理由でKampf格闘panzerung装甲を装備しているなど、傍目からは微塵も悟られること無く。


「直接攻勢はなくなりましたが、視線は逆に増えたようですね」

「注目されるのは何時ものことじゃないか。どうせ気にもしてないんだろ?」

京姫ジンヂェン、モノ言いがストレートになて来たヨ。でも禿同はげどうヨ」


 ティナの性格を良く知る京姫みやこ花花ファファからは、事も無げな話であると受け取っている。

 何気に花花ファファが随分と古いネットスラングを使ってきたが。もちろん死語である。


「みんなヒトのコトを気にしてナンか得でもするですかね?」


 数多の視線に対して、ルーはベクトルの違う受け取り方をしているようだ。素っ気ないと言えばそれまでだが、仮に得をする、と聞けば目を皿のようにしてキョロキョロするだろう。その視線に意味を含むことはないであろうが。


「ルーちゃんは人気者ですね! みんな見てますよ! くっ! にゃん月殺法の会得が間に合っていればお披露目出来る機会でしたのに……!」

「ほえー、やっぱりメイドさんはみんな大好きなんですね。ローゼンハイムにメイドさんのいる喫茶店がありますよ! みんなルーさんみたいにカワイイ格好してます!」

「ルーは普段から一流のメイドなのです!」

「また話の方向が変わってますよ。皆さん、不思議な武術を使うルーさんに興味津々だと言うことです」


 ベルが逸らした話をハンネがベクトルを変え、ルーが全く関係ないことを言い出す。今回、方向修正をしたのはラウデだ。彼女も全く違う話へ摺り替えられる天然系会話術に大分慣れて来たようだ。


「はい、あなた達、開会式が終わりますわよ。締めのお言葉を聞き逃せば大会は始まりませんことよ?」


 お姉ちゃん役が板についたテレージアが小騒ぎしている妹組達に注意を促す。ここまでが自然な流れとして定着しているため、ティナ達は口を挟むことなくお任せ状態だ。

 テレージアが紡いだ言葉は、遠回しに気持ちの切り替えについて示唆しているのだが、妹組がどのように受け取るかは彼女達次第だ。何気ない言葉に含まれている意味合いを考える訓練も兼ねている。何せ、試合開始前の騎士シュヴァリエ同士が行うマイクパフォーマンスは単なるお喋りではなく、相手を探る心理戦でもあるからだ。


「さて。着替えに行きましょうか。できればJoste馬上槍試合は直接見たいですし」

「馬に乗ってヤリでツンツンするヤツです? 見にいくと楽しいんです?」

「騎馬を使った競技は迫力があるからな。一度は見ておいて損はないさ」

「ふーん?」


 疑問を含んだ返事をするルー。京姫みやこの言葉を聞いても、想像が追い付かないようだ。


「はいはーいヨ! 早くしないと更衣室ミッチリネ! 急ぐヨ!」


 皆、何とも言えない顔をしているところを見るに、更衣室が隙間なく人で埋まった景色を想像でもしたのだろう。かす花花ファファの後押しに逆らうことなく、足早に更衣室へ向かう一同であった。



 ――屋外Joste馬上槍試合レーン


 本日のメイン競技となるJoste馬上槍試合なだけに、観客席には続々と観客が入場している。Joste馬上槍試合用の四レーンを囲むように配置された、およそ一万席強の殆どが埋まっている。空席が見えるが学園生用にリザーブされたもので、それも次第に埋まってゆく。そして、立ち見が出るくらいに観客が集まったところで開始時間となった。


「お馬さん、やって来たヨ」


 入場ゲートの動きを目敏めざとく見つけて楽し気に声を上げる花花ファファ。馬と遊びたくて学園内の厩舎や騎馬トラックに脚を運ぶのだが、花花ファファが近寄ると馬が逃げるのだ。騎馬、つまり戦馬として多少のことでは動じることがないよう調教をされているが、本質は人より遥かに敏感で臆病である。そのため、花花ファファが内に秘めている膨大な気配を察し、慌てて遠ざかってしまう。

 彼女が最も馬と接近出来る機会はJoste馬上槍試合の観客席だ。だから、ご機嫌になるのだ。

 ちなみに、ティナは乗馬も出来るが、豪胆な性格の馬に限り、と注意書きが付く。それ以外の馬には、花花ファファと同じく遠巻きにされる。七月に学園を卒業したヘリヤなどは、そもそも近寄る前に馬が逃げてしまう。


 常歩なみあしで歩く騎馬が九騎、順々に入場して来た。まずは、観客へ競技者の紹介を兼ねて競馬場のパドックさながらにレーンの周りを数周する。競馬と違うのは、騎馬は馬鎧や馬飾りカパリスンを纏い、騎手は全身鎧プレートアーマーと一メートルに及ぶ突撃槍ランスの武器デバイスを携える騎士シュヴァリエであることだ。

 面頬バイザー面鎧バシネットを開き、顔を見せた騎士シュヴァリエの中に、【騎士王】アシュリーが見える。


「またアシュリーがいますね。今回もJoste馬上槍試合だけ参加のようですし」

「在学生で円卓の騎士に所属してるのが五人しかいないからじゃないか?」

「メンバーがまた二人卒業なされてしまいましたから。さすがに臨時メンバーでQuartier本部_général防衛用のチームを仕立てるのは厳しかったのだと思われますわ」


 多分、テレージアの弁が正解なのだろう。アシュリー率いるガーター騎士団、通称【円卓の騎士】は、複数企業がスポンサーに付いているプロチームだ。メンバーの殆どが社会人で、学生の方が少ない。彼は戦場を俯瞰で分析し、全体の流れを読む戦略家である。彼が指揮するチームメンバーならば、どのような戦略を用いても、その意図と目的を察するだけの機微を持つほど練度が高い。しかし、学内大会の場合、正規メンバーより臨時メンバーが多くなるため、十二名のチームで運用するには連携や意思の統一が難しくなるのだ。故に、学内大会では、良くても八人体制のDrapeauフラッグ戦Mêlée殲滅戦にしか集団戦に出てこない。

 逆に、連隊、師団などの大規模で指揮をする場合は、寄せ集めの騎士シュヴァリエでも上手く運用出来ることを先の攻城戦イベントでまざまざと見せつけたため、彼が受け継いでいる家伝の技術はいくさ向けだと伺える。


「おー、腐れ王子のお馬さん、葦毛で堂々としてるヨ。あっ! お馬さん、コッチ見たヨ! ホラ!」


 花花ファファはやはり、馬にしか興味を持っていないようだ。葦毛の馬を指差してから、側で見たいのだろう、観客席最前列の立ち見スタンドまで走って行った。


「んー、うゆ? Joste馬上槍試合ってコンな雰囲気です? ルーが知ってるのとナンかチガウ気がするです」

「どーしたんですか? ルーちゃん。ルーちゃんが見たJoste馬上槍試合ってどういうのですか?」

「ヤリがパーンと爆散するですよ。破片がブワーッと飛び散るです」

「それ私、知ってます! バルサの木で出来た槍を使うんですよ! フランクライヒフランスで良く試合してます!」


 ルー、ベル、ハンネの天然系会話術が明後日の方向にずれなかった珍しい例だ。

 ハンネは物理競技であるアーマードバトルを嗜んでいる繋がりなのか、国際ジョスト連盟が主催するジョスト競技も見たことがあるようだ。しかし、ヨーロッパ圏や新大陸の国々で盛んな競技なのだがピンポイントでフランスを取り上げたところを見るに、あまり興味を持っている訳ではなさそうだ。


「おいおい、国際ジョスト連盟のジョストはドイチェラントドイツ連邦共和国ベルギエンベルギー王国、それにネーデルラントオランダ王国だって競技加盟国だぜ? もちろんウェールズもな」

「なにいきなり乙女の会話に入って来てるですか。そんなだからグウィンはグウィグウィグウィと呼ばれるです」


 ルー達一行が陣取っている観客席脇の通路を移動中だったのだろうグウィンが声をかけてきた。出店で買ったラージサイズのドリンクと、フィッシュ&チップスの包み紙を手に、まさしく観戦を楽しもうとするスタイルだ。


「相変わらずオレへのアタリがいい加減だな! んな奇妙な呼び方はルーしかしてねえよ!」

「そのカエルのタマゴジュースどこで買いやがりましたか。タマゴのモッチャモッチャがなかなかオモシロイやつです」

「話聞かねえな! それより世界のタピオカドリンクファンに謝れ!」


 斜め方向の会話術なルーと、突っ込みを入れるグウィン。彼等が普段、どのように接しているかが良く判る一幕だ。

 ベルとハンネは、急な闖入者に面食らって……などは全くなく、グウィンの髪形に視線が釘付けだ。二人はリーゼントが右に左へ移動するに合わせて、キラキラとした目で追っている。よっぽど珍しかったのだろう。はっきり言ってリーゼントなど、普通に生活していればまず見ない髪型である。そして、妹三人組の様子を横目で見ながら溜息をこぼすラウデ。これが普段の図式である。


「グウィンはナニしてるですか? カエルのタマゴジュースをルーに貢ぐですか?」

「ナニ自然にたかってるんだよ。……Duel決闘が競技の華ならば、Joste馬上槍試合騎士シュヴァリエの華だからな。折角、生で見られるんだ。見逃す手はねーだろ。まぁ、ルーは違和感持ってるみてえだがな」

「盗み聞いてたですか。いずれ暗がりで刺されちまいますよ、悔い改めろ!です」

「たまたま聞こえてきただけだってーの。それより、その二人の視線どうにかなんねーか? さっきからオレのリーゼントずっと見てやがる」

「ベルにハンネもグウィンの髪形が気になるです? 何が詰まってるか知らんですが、見て楽しいもんじゃないですよ?」

「ルーちゃん、チョンマゲです! おでこの上にチョンマゲがあるのですよ、イングランドの人はお侍だったのです!」

「頭がとんがってます! 骨は軟骨でしょうか。アーメット甲冑兜作るとき大変そうです!」


 視線の意図が斜め上だった。グウィンは諦めたように息を一きし、肩をすくめる。


「ご期待に添えなくて悪いが、ただの髪型だ。チョンマゲでもないし骨も入ってもいねーよ。残念だったな」

「えー⁉ お侍さんじゃないんですか……」

「隊長ツノの付いたアーメット甲冑兜が造れそうだったのに」

「絶対あの中にオヤツとか隠してるです」


 ぶつくさ言い始めた妹組。一つ後ろの席で彼等の遣り取りが終わるまで、各々おのおのの表情をつぶさに観察していた姫騎士さん。静かに頷き、声を上げる。


「侯弟殿下のお名前はグウィン、でしたね。あなた、席は決まってるんですか?」

「これは公爵殿下殿。お声がけいただき痛み入る。知人が頑張ってくれたんだが、席は確保出来なかったんでね。立ち見する予定だ」

「それなら、こちらの席においでなさいな。この席に座っていた本人は最前列スタンドへかぶり付きにいってしまいましたから、当分空いてるんですよ」


 一瞬、考えるグウィン。単なる好意か、ルーに関することなのか、いずれにせよ、そこに座れば話を聞かれる立場になるだろうと察している。が、今の時点では何を聞かれても特に不都合はないだろうと判断し、素直に誘いへ乗ることにする。むしろ、ティナ達のグループは情報の塊であるから、逆に役立つ情報が漏れ出る可能性に期待する。


「では遠慮なく、その申し出を受けさせていただく。正直、


 グウィンが、少しだけ格式ばった言葉を用いたのは、格上である公爵令嬢の誘いであるからだ。そして、彼が感謝の言葉を紡ぐまでの僅かな間に、この場に留まることによる損得計算をしたであろうと察する姫騎士さん。さすがにアシュリーほど感情を隠すすべこなれていないようだ、と。


「はい、こちらへどうぞ」


 クスリと笑顔になり、自分の隣席を手で示すティナ。その笑顔に、おのれの未熟さを見抜かれたと気付いたグウィンは、ほんの僅かに表情が揺れる。ティナは再びクスリと笑い、席へ促した。


「ああ、邪魔するぜ」


 前席に座る下級生組四人から好奇の視線を浴びたまま、身体を屈めてティナの隣に座るグウィン。思わず深く息を吐いてしまい、気付かれないように取り繕う。


「(こんなところがまだ未熟って訳だな。しかし、公爵殿下は恐ろしいな。笑い顔一つで指摘と指導を頂戴するとは思わなかった。世界レベルを目指すなら読まれるような失態はしないようになれ、ってか)」


 この何気ない短いやりとりの中には、判る者だけに向けた高度な会話が含まれていた。グウィンが受けた指導とは、読まれないように研鑽しなさいと言うこと、たとえ読まれても揺るぎを表に出さないように、である。

 ティナは、この二つを最低限、ルーに学園在学中で学ばせる予定だ。その練習相手として、ルーを在学中に運用するチームへ勧誘したグウィンに白羽の矢を立てた。ルーへゲスト扱いで協力するようにと、ティナが指示を出したのは、集団戦の経験を積ませるためだけではない。指揮官が如何に悟らせない立ち回りをするのかを側で見させるには、実力と実績なども耳馴染みが良い、うってつけの相手だったからだ。

 Chevalerieシュヴァルリ競技では、集団戦のカテゴリーでも人数的には小規模である。そのため、試合コートも相手の指揮官を直接見ることが可能な距離となる。故に、指揮官は常に冷静沈着であり相手に情報を与えないことが大前提である。僅かな揺らぎから戦術を読まれてしまうことも有りうるのだ。

 だから、ほんの少しだけグウィンへ手を差し伸べたのだ。ルーが今後も世話になるので。


「なんですかグウィン。借りてきたニャンコみたいです。姫姉さまに粗相でもしたら頸動脈掻っ捌くですよ?」

「また物騒だな! ……そりゃ、身の狭い思いもするさ。世界でもトップクラスの騎士シュヴァリエに囲まれてんだ。いくらオレでも


 グウィンの左隣にティナ、更にその奥はテレージア、そして右隣に京姫みやこ小乃花このかの順に座っている。確かに世界でも名が売れている錚々そうそうたる面子に囲まれているが、グウィンは言葉通りに恐縮している訳ではない。この状況に身を置いた新入生の騎士シュヴァリエが取るであろう行動をわざとなぞっているのだ。ティナに今段階でも、この程度のブラフはおおせると見せるためだ。それが先程、指導頂いた返礼とでも言うように。

 その姿を視界の隅で捉え、やはりアシュリーと兄弟だな、と納得するティナ。彼もブラフと真実を組み合わせるタイプなのだろうと。


 ざわざわと客席が騒がしくなる。九騎の騎馬が横一列に並んだことから、トーナメント表が発表される時間だと見て取ったからだ。客席上部に設置された大型インフォメーションスクリーンを騎士シュヴァリエが見上げる中、コンピューターの乱数配置にてシード枠以外のトーナメント表が埋まってゆく。第一試合が四戦、第二試合にシード枠一つあるトーナメントが完成する。三位決定戦込みで全九試合の工程だ。


「アシュリーは前回優勝者なだけに、シード枠へ配置されたな」

「騎士王は剣より突撃槍の練度が高い。その謎は弟が今明かす」


 小乃花このかは、グウィンが説明することなど当然であるかの如く話を振る。その言葉で、皆の視線がグウィンへ集まる。ベルやハンネなどは謎と言うキーワードに目をキラキラさせている。グウィンは、強制的に何かを話さなければ済まない状況に持ってきた彼女達の妙な連携に、半ば呆れながら口を開く。


「あー。簡単に言うと貴族のプライドだな」

「プライド、でございますか? 侯弟殿下」


 同じく貴族の末裔であるテレージアが話を促すように疑問を口にする。妹組達が言葉を挟んで会話をあらぬ方向へ発散させないために必要な合いの手なのである。


「ウチはカレンベルク一族と違って、じつも理も少ない血筋だけの貴族だからな。過去の栄光にすがるくらいしか取り柄はねえのさ」


 貴族のプライドと答えつつも、それがして大切ではないとグウィンは綴る。


古き良き騎士の時代英仏百年戦争一騎打ちジョストを忘れられねえんだよ。だから、時代が変わって一騎打ちジョストが古臭くなっても、技術を捨てらんなかったのさ」


 戦場の在り方が変わり、無用な技術となっても代々伝え続けてきた。


「それが今に続いてる」


 まるで呪われた因習であるかのように。彼の言葉には、蓋をすることも、無いとすることも出来ないことが存在すると語っている。それは存在意義を捨てることだと。


「グウィンもJoste馬上槍試合するです? ナンで指揮官してるです?」

「言ったろ? 一騎打ちジョストってな。だが、そいつは本懐じゃねえってだけさ」

「ふーん?」

「アニキがいくさ全体を見る戦略家だからな。オレは手足となる部隊を率いて戦術を練るだけだ。手足が勝てなきゃ優秀な頭も無駄になるからよ」


 それは、グウィルト兄弟の持つ一騎打ちジョスト技術が単なるたしなみであり、彼等のスタイルは飽くまで部隊を率いる指揮官が本筋と言うことだ。そして、先陣を切る、つまり矢面に立つのは次男である自分の役目であると。


「うーん、よく判らんです」


 その言葉を引き出したルーの素朴な疑問は、得意なことを何故しないのか、と相手の言葉に対して放つだけの外側から見た意見であり、言葉の意味を捉えてはいない。だから、返された言葉の理解が追い付かないのだ。

 ティナは、あと少し深く読み取って受け答えして欲しいものだと思った反面、ルーの教育方針で優先事項を再考した方が良さそうだ、と今後の方針について後ほど修正しようと心に留めておく。


「ダウナー系回答を騎士王の弟がした」

小乃花このか、せめて赤裸々に明かしたとか言葉を選んだ方が良いんじゃないか?」

「どっちも酷でえ言い草じゃねえか……」

「そうですよ、二人とも。一族の恥部を吐露したグウィンの立場がなくなりますよ」

「公爵殿下も言葉に容赦ねえな! ルーと言い、カレンベルク関係者の芸風かよ!」

「さあさ、みなさん。第一戦目が始まりますわよ? 折角の試合、見逃したら損ですわ」


 丁度良いタイミングでテレージアが軌道修正する。この様子だと、上級生組が時たま織り成す不適切な会話などもテレージアが上手くさばいていたと見える。


「あ、来ました! ルーちゃん見てください! 馬も鎧を着てピカピカしてますよ!」


 ベルが遠くを見るように、手でひさしを作りながら騎馬の入場を指差す。そこには、武器デバイスがオンになった突撃槍ランスが光っている。


「槍がデカイです? ルーの見たのはもっと細くて短い槍だったです……」


 段々と語尾がしぼんでいくルー。何かを感じ取っているようだが、本人もそれが何か判っていないのだろう。しきりに首を捻っている。


「あの突撃槍ランスは、いくさで使えるサイズに準拠してるんだぜ? 実際の武器を再現するってのも仮想化の恩恵じゃねえか」


 Joste馬上槍試合競技の突撃槍ランスは、全長四メートル未満の制限はあるが、木材の芯に金属を貼り付けた実物を仮想化したものである。重量も四、五キログラム、穂先は騎馬突撃チャージにて鎧を貫くために尖っており頑丈だ。だが、武器自体は仮想化されているため、攻撃による落馬や怪我などは発生しない。

 国際ジョスト連盟のJoste馬上槍試合競技とは、物理と仮想と言う在り方の違いがあるため、競技者やファン層の棲み分けも出来ており、互いに違った楽しみ方が確立されている。


 開始アラーム音と共に、騎馬が襲歩ギャロップまで速度を上げる。時速六、七十キロメートルの速度でお互いが対向し、すれ違う時分には相手の速度が加算され、体感は優に倍まで跳ね上がる世界だ。駆け抜ける騎馬のとどろき、巨大な突撃槍ランスが交差し、鎧と撃ち合う金属音。一瞬で展開される交差劇を生み出すのは、この速度でも正確に的を狙えるよう、騎士シュヴァリエが鍛え上げた技量の賜物たまものだ。

 馬の遅速や、速度を押さえて脚を残す速度と距離の戦術、突撃槍ランスの穂先が触れ合った瞬間に訪れるコンマ一秒以下の駆け引き。仮想化された武器だからこそ行える、実戦さながらの攻防。

 重厚な騎馬が颯爽と走り、騎士鎧が光の尾を引く。鎧に付けられた槍懸架台ランスレストに柄を乗せ、精緻な制御から放たれる突撃槍ランスが激突する度に上がる歓声。


 迫力と臨場感に溢れるJoste馬上槍試合は、人気が高い競技種目である。競技人口の少なさが玉にきずではあるが。


「ふわー、すごいスピードです! キュバーときて槍がズバーンってなりました!」

「馬の人は自動車くらい早かったのに、あんな遠くから大きな槍の尖端をシュピーンと刺してます! リンゴを木から取るとき便利そう?」

「相も変わらず激しい競技です。槍だけでなく、馬術の要素が入ることを考えると、非常に高度な技術が必要なのですね」


 ベルは相変わらず天才語録系の感想であった。そしてハンネは途中から突撃槍ランスを高枝切りはさみのようなアイテム運用出来るか考え始めていた。ラウデは同じ騎士シュヴァリエの名を冠しても、Joste馬上槍試合は全く違う技術体系であることに感嘆している。三者三様である。


「やはりJoste馬上槍試合は直接見るのが一番楽しめますね。騎手と馬が呼吸を合わせるところとか画面越しだと判りませんですし」

「それは言えるな。人馬一体となるタイミングや微細な駆け引きとか、そばで見ていないと気付かないしな」

「巻き技同士の撃ち合いはよかった。あの速度だと一手で全てが決まる」

「盾装備の方は、随分と姿勢制御がお上手でしたわね。襲歩ギャロップの状態で上半身を動かして破綻されませんでしたから、馬術を相当鍛錬なされているのでしょう」


 上級生組は純粋に観戦を楽しんでいるが、一々視点が穿った言葉ばかりだ。それを直ぐ横から聞こえていたグウィンは競技ではなく、会話の内容に感想をこぼした。


「……歴戦の騎士シュヴァリエは見るところが違うな。本職の目線として変わらねえ」


 そうですか?と、軽い姫騎士さん。鬼姫、鴉揚羽、花傭兵も、そうなのか?と、軽い。彼女達にとって、競技者の動向を分析するのは、既に習慣となった当たり前のことである。そのため、グウィンの言葉に反応が薄いのだ。


「あら、ルーはどうしたんですか? また、おもしろい百面相をして」


 初めて見るJoste馬上槍試合を食い入るように見入っていたルーであるが、今はしきりに首を傾げている。何か考えが纏まらない様子である。


「姫姉さま、Joste馬上槍試合ってヤツ、やっぱりナンかヘンです。モヤモヤするです。ん? ゾワゾワです?」

「ルー? ……んー、そうですね。最後まで見れば、答えが出るやもしれませんよ」


 眉尻を下げてウンウン唸り出していたルーは、そんなものかと素直に従う。良く判らない違和感があるが、Joste馬上槍試合自体は面白く思っているからだ。


「お、アシュリーがようやく登場か」

「なんだ? アニキのヤツ、こっち睨んでる風に見えるが……」

「侯爵殿下に何か御座いましたのかしら」

「なんでしょうね? まぁ、気にしても仕方ありませんし、放置安定でしょう」


 アシュリーは、春季学内大会の優勝者なだけあって格上の戦いを展開した。巻き技、強打による落馬判定、二連突きと言う離れ業までやってのけ、大いに観客を沸かせる。毎試合、危なげなく戦い抜き、二度目の優勝を手にした。

 試合の度にグウィンが睨まれていたが、大した理由ではない。女性陣に囲まれて観戦している弟をねたんでいただけだ。女性関係では狭量のアシュリー。彼を構成する、もてない要素の一つである。


「アニキの視線が謎過ぎた……」

「騎士王、二連覇。このまま三連覇を狙う可能性」

「ああ、それはありそうだ」

「おねーさま、騎士王の人が槍を自在に操ってました!」

「ええ、見事な技量でしたわ。プロとしてJoste馬上槍試合で活躍するに十分なレベルですわね」

「ラウデ、すごかったですね! 槍がビュッビュッときて、それからスパーンでした!」

「ベル、擬音語で話されても私は半分も理解出来ませんよ」

「お馬さん、可愛かたヨ~。やぱり乗せて欲しいヨ~。パカパカ走りたいヨ~」

「あら、いつの間に戻って来たんですか、花花ファファ。脇目も振らずに馬を見てましたね」


 午前中でJoste馬上槍試合の全試合が終了し、人々が観客席から移動を始める雑多な時間。観戦の喧騒とは違った騒がしさは、少し緩くなった空気で満たされている。ティナ達も各々おのおのが所感を語ったり、既に関係のない話などを始めている。


「さて、私は午後からアバターショップで売り子だから店舗に行くよ。向こうで昼を用意してくれてるんだ」

京姫みやこも全国大会とコマーシャルで初めて見せた技がありましたものね」

「アバターと言えば。電子工学科がおっちゃん磁雷矢にアバターのオファー出したって聞いた」

磁雷矢じらいやさんもまた、素晴らしい技をお持ちでございましたものね。在野に達人と言えるべく御仁ごじんられたことを考えますと、世界は大層広うございますわ」

「赤いNINJYAのヒトですね! 手裏剣でフロレンティーナさまが攻撃されてました!」

「私、午後はお店でバイト店員と交代ヨ。粥品おかゆ盅頭飯點蒸飯の点心出してるヨ。みんな買いに来るがイイヨ!」


 花花ファファ達、中国ヒーナ組は相も変わらず出店しているようだ。今年は中国ヒーナ組に新入生が六名入学してきた。花花ファファが春季学内大会にてヘリヤからポイントを奪った試合はインパクトも強く、暫く中国武術が話題となった。それに後押しされて入学を決めたのだろう。今後、夏に中国で行われた花花ファファの下克上イベントに触発された者が、Chevalerieシュヴァルリに於ける中国武術の可能性を求めて入学、もしくは編入してくるだろう。


「わたくし達は食堂へ参りますが、殿下は如何いたしますか?」

「私とルーは、一族用に調整した戦闘糧食がありますから、一旦宿舎へ戻ります」


 ここでティナとルーは一行から離れる。テレージアと小乃花このかは、Mêlée殲滅戦のチームメンバーであるため、午後に合流となる。ルーも同様にグウィンのチームへ合流することとなる。


 宿舎へ歩くティナとルー。お互い一言も喋らない。次の競技場に移動する一般客や、学園入り口前の円形広場で出店している屋台などの賑わいが、遥か遠くの出来事のように聞こえてくる。ある意味では静かな時間だ。

 ルーはJoste馬上槍試合競技終了から、一人神妙な顔をしていた。ずっとモヤモヤ感の正体を突き止めようと、考えを巡らせていたのだ。ようやく考えが纏まったらしくフンスと意気込み良く視線を上げる。そこにはティナの瞳が見守っていた。


「ルー、その様子だとあなたがJoste馬上槍試合で感じたこと。それは何であったか察しがついたようですね」

「姫姉さま。……ホンモノなのにニセモノなんです。実戦に見えて違ったです。攻撃は槍の先が消えるだけです……。ヒトはナンともないのです」


 違和感の正体。見えているものは、現実と虚構が織り交ざって出来ていたこと。

 騎馬や騎士も本物で、物理的な鎧も纏っている。しかし、突撃槍ランスは本物に見える偽物で、与えるダメージも偽物だった。攻撃を受けた騎士シュヴァリエに物理的な力は働いていない。だからこそ、長大な突撃槍ランスはの穂先は人を突き抜けて存在することもないし、槍を受けた衝撃で落馬することもない。

 ルーが思い出したのは、国際ジョスト連盟の試合。あれは競技用の模造武器だったが物理的な法則に則ったものだと。そして、自分が鍛錬や訓練で使用する武器も模造であれど本物であった。仮想化された武器を扱うのは、急所を狙う実戦訓練の時だけで、ルーにとって技術とは全て実戦の中にある筈のものだった。

 故に、現実と仮想の違いが顕著に現れるJoste馬上槍試合競技で目を白黒させたのだ。


「そうですよ、ルー。これがChevalerieシュヴァルリです。競技はあくまででしかありません。は、しっかりとそれを認識し、割り切る必要があるんです」


 使ための技を練り、それを行使する。暗部を持ち、現在も武術を実戦投入している一族であるがために、環境による差分が発生することを認識しなければならない。故に、実戦や模擬戦と似て非なる競技というさく殊更ことさら意識する。競技とて侮ってはならない。それは、世の裏表を区別することにも含まれるのだから。


「うゆ? だから技を競技に落とし込む、です? 別モノだから?」

「その通りですよ。あなたは護衛見習いですよね? 今時点でも護衛対象を陽の下で警護することも有るでしょう」


 ルーの脳裏には、まだ五歳の可愛らしい次期当主の顔が浮かぶ。


「仮にトラブルが発生したとして、状況に合わせた最適な技術が必要となります。何ごともやりすぎてはいけません。ともすれば過剰防衛と判断され、加害者扱いです。護衛対象も少なからず責任を問われるでしょう」


 その光景をルーは想像したのだろう。ぐぬぬ、と低く唸って眉根を寄せている。


「そうならないための割り切りです。状況に合わせて最適な行動を取れるようにする訓練でもあります」


 ――FinsternisElysium MassakerKünste――

 フィンスターニスエリシゥム鏖殺おうさつ術で、戦闘士と呼ばれるカテゴリーに分類される、暗殺術に特化した技術を研鑽してきたルー。彼女が身に着け、誇りにする技術は、世間一般では知るよしも、学ぶ機会すらないたぐいのものである。本来、表に出てくること自体がない。

 なまじ優れた才能を有していただけに、無意識レベルで反応し、技を繰り出せてしまう。しかし、それは全て確殺の技術なのだ。ティナのように幼い時分から競技に接していれば、実戦の技と如何に違うのか認識出来ていただろうが、それを言うのは詮無きこと。


 だからこそ、今現在、競技で使える技に技術を適用させる鍛錬を繰り返している。その真の目的は、認識の違いを埋めることにある。身に着けるには本人が気付かなければならない事柄のため、ルーには知らされていなかったが。

 戦闘術、護身術、競技。同じ技法を用いても全く別ものであると。


 ウゲェとしかめっ面を晒すルーの顔芸は、「めんどくさい」と物語っている。


「また、そんな顔をしてるのは気付いたんでしょう? 今までの訓練にも違いが含まれていたって。ならば、しっかり意識して技を練ること。それが正解です」

「ふわーい……。ルーはそこはかとなくカシコイのでナンとなくアレするのですよ……」

「そんなヤル気のない受け答えをして。もう、仕方ないですね」


 ショボショボとした顔になっているルー。気付いたことが、日常生活も含めて幅広く影響することだと判ってしまい、ゲンナリとしているのだ。

 物覚えも良く優秀だが、覚えたことを組み合わせて考えるのが非常に苦手なルー。まさにそれを行使しなければいけない面倒な事態であると。

 そして、面倒になりそうなことは極めて遠慮したいルー。


「姫姉さま、世の中には知らずにのほほんとしていることが幸せなこともあるのです」

「はいはい、知ってしまったのだから諦めなさい」

「えー……。そうです! 知らなかった過去に戻るのです! 映画でもありました! バック トゥ ザ ストリート?」

「それだと裏道のことですて。また適当な引用をして……」


 スヒュースヒューと吹けない口笛をしながら誤魔化そうとするルー。

 いつもの日常風景だ。


「さあ、さっさと戻りますよ。昼をる時間が無くなってしまいますから」

Waldmenschenの民の戦闘糧食は腹持ちいいですけど、脂っこいのです」


 Waldmenschenの民の高位歩法保持者が消費する莫大なカロリーを補えるように調合した戦闘糧食。木の実や果実、脂肪分をカラメルで固められたもので、少量でも必要な栄養分とカロリーの補給が出来る。満腹とならないため行動阻害することもないため、作戦行動中に摂取する目的で携帯される。だが、ルーの言う通り腹に重い。ゆっくり消化するため長いこと胃に残るのだ。ティナも正直、余りりたくない食事であることは口に出さず。


 ブチブチとこぼすルーをティナはなだすかし、宿舎への道を二人で歩む。

 その後ろ姿は、主従ではなく姉妹のようであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る