04-009.見習い達と準備。 Jünger und Ausbildung.

2156年9月27日 月曜日

 澄み渡る空とは裏腹に、自称Kampf戦闘-Dienstbotenはしかめっ面をしながら足を引き摺るように騎士科一年の教室に入って来た。誰が見ても不機嫌であることを隠すこともせず太々ふてぶてしいこと極まりないのであるが、キチンと挨拶の言葉を交わすだけの常識はある。


「おはようさんですー……」


 しかし、いつも我が道を征く元気いっぱいの娘からこぼれた言葉に勢いはなく、語尾など今にも消え入りそうである。入学してから一週間少々と短い付き合いのクラスメイト達でも、いつもと明らかに違う様子に何事があったのかと教室内を動揺が走ったくらいだ。


Morningモーニン. ルー。月曜早々随分と機嫌が悪そうだな。朝メシがハズレだったか?」

「そんな小せぇことではルーの機嫌を害することなど不可能と知れ、です。弟侯爵はそんなだからグウィグウィグウィとか呼ばれるです」


 朝っぱらから面倒くさいのが声かけてきやがった、とでも言わんばかりにジト目をしながら口を開いたルーは、大概な言葉を放り投げている。ちなみにグウィグウィグウィは、グウィンの本名であるマエルグウィン・グウィネズ・グウィルトにグウィの発音が三つあることからルーが適当な語録で言い出しただけである。


「弟侯爵ってなんだよ、その新単語は……。おまえ口の悪さはどんな時でも平常運転だな!」

「褒めてもナンもくれてやらねぇですよ?」

「褒めてねーよ‼」


 早速ルーのペースでコントに巻き込まれたグウィンは、ツッコミ役にならざるを得ないところが兄アシュリー共々、哀愁を帯びている。


「まぁ、いいです。ちょうどオマエに話があったですから」

「なんだ、珍しい。今度の大会に出てくれる気にでもなったか?」


 ルーは大きな、それは大きなため息をハァーと長く深くく。そして気怠けだるそうに口から言葉を漏らしていく。


「不本意です。ホンっっっとうに不本意で面倒で出来ることならやりたくなくてバックレたくてしょうがないですが、この間の誘いに乗ってやるです……」

「おい、マジかよ……。ありがてぇが、察するに姫騎士殿の差し金か。だから不機嫌だったわけだな」

「そのとーりです。姫姉さまが面倒くせー案件をルーに振りやがったです……」

「まぁ何にせよ、あと一人がどうやっても集まんねえから手をこまねいてたとこだ。その申し出、ありがたく受けさせて貰うぜ」

「くっ! 要員が埋まっていれば良かったものを……」


 再びルーは、大きなため息をいた。心の底から面倒くさいことはしたくないのだと、誰が見ても判る渋面を隠そうともしないのは、ある意味いつも通りだったと言えよう。



 ――昨日の夜


 日曜日の日中、ルーはティナが打ち合わせで別行動となるため、妙に馬が合うベルとハンネの三人で学園敷地内にある屋内スポーツ用遊戯室に行っていた。卓球やらダーツやら輪投げやらで散々遊び倒して過ごしていたのである。

 夕方解散になり、日中の運動で空腹をかかえたルーは、その足でティナを夕飯へ誘いに行った。やはり、まだまだ身内には甘えん坊なのである。


 時間的に外食へ出かけるのも手間であると、ティナがケータリングで注文したピザをついばみながら、ルーは今日一日にあったことを次から次へと矢継ぎ早に話していった。報告ではなく、お姉ちゃんに聞いてもらいたい、と言った欲求からであることに本人は気付いていないが。

 その話をティナは終始、にこやかに聞いていたのだった。


 と、言うところで終われば暖かみのある日常の一コマだったのだろうが、そこはさすがの姫騎士さん。最後にぶっ込んでくるスタイルは崩さない。


「ところでルーは、今度の学内大会の集団戦とかパンク不良王子から誘われませんでしたか?」

「うゆ? グウィンのヤツからですか? うーん……うん? そういえば、即席チームに混ざらないか言われたような?」

「あら、そうなんですね。……ふむ、せっかくですからお呼ばれしてください。今の段階で集団戦に技術がどう影響するのか測れますから」


 あからさまにウゲェとしかめっ面を晒すルー。如何にも「めんどくさい」と言った表情だ。


「……姫姉さま。ルーはDuel決闘も出るですから、すでにオナカいっぱいなのです。働き過ぎは逆に能率が下がって非効率なのです。適度な労働が成功者の秘訣ってウォルマートでもささやかれてるです」

「もう、適当にスーパーマルクトマーケットの名前を出して……。ルー、明日の朝一でパンク不良王子に返答しておいてください」

「ルーは労働の尊さを遵守じゅんしゅしたいのです。それは身に余る仕事を引き受けないのが正解なのです」

「チーム参戦なら、大会までに連携などの練習が行われるはずですね。そちらのスケジュールが判りましたら直ぐに教えてください。ルーの鍛錬時間の調整をしますから」

「また、ナチュラルスルーです……。そんでルーに決定権がないのがいつも通りです……」


 言い分をスルーされた精一杯の抵抗は、口をすぼめて不貞腐れながら文句を言うこと。ルーもティナが必要なことだと判断して言っていると判ってきたため、これ以上は駄々をねないくらいには成長している。まぁ、反論も無駄だと諦めているのかも知れないが。



 時間は現在へ戻る――


 教室内でザワリと静かな騒がしさがおこる。まるで小さな種火が燃え続けるように。


「およ? 何だかザワザワしだしたです?」

「なんだ、自覚がなかったのかよ。お前の行動は注目されてたんだぜ」


 それもそうだろう。Chevalerieシュヴァルリ競技で見たことがない武術を使う、得体のしれない存在だと強く印象されているルーが、即席チームだろうともグウィンの指揮下で集団戦に参加すると言うのだ。授業で挨拶代わりの模擬戦があった際、特大の反則技を繰り出し、実戦で人をたおすための技を練っていることをまざまざと見せつけた。そのような個人技を持つ者が、集団戦で運用可能なのか、そしてどう戦うのかなどの、耳目じもくが集まっているのだ。


「ヒトのことを気にするなんて、随分と余裕があるヤツらです」


 ジト目で周りを見回すルー。そんな台詞が出てくるのも、普段の自分が置かれている状況を省みているからだろう。


「そう言ってやるな。実力がある騎士シュヴァリエの動向を押さえておくのはプロを目指すなら基本だぜ?」

「ルーは騎士シュヴァリエじゃないですし、プロにもならんです」

「まんまで返すのかよ! ハァ、言葉の裏も読み取って欲しいところだぜ……」


 しったここっちゃないです、と目が語っているルー。先の遣り取りも興味を失っていることが見て取れる。

 会話を読む機微は目下修行中だが、この様子だとまだまだ時間がかかりそうだ。


「だれが出るですか?」

「いきなり話題変えたな。集団戦は人数集まるまでは参加者は公開されねーんだよ。それよか誰が出るか聞いても相手のこと判んのか?」

「しらんですよ? 儀礼的に聞いたです」

「ヤレヤレだぜ……」


 臆面もなく言い放つルーに、グウィンが呆れ顔になるのも仕方がないと言うもの。


「ともかく、参加登録しとくから、今日の午後には申請が通るだろう。そしたらチームの顔合わせに呼ぶから出てくれよ」

「……へーい。時間さっさと教えやがれです」

「せめて初っ端での顔合わせくらいは普通に対応して欲しいとこなんだがなぁ」


 ルー参加の言質はとったが、チームに馴染めるか怪しくもあり、キリキリと胃を痛めることになる予感がするグウィンである。しかし、それを踏まえて用兵をすることこそが仕事であると意気込む反面、入学初っ端の仕事から難易度が高いなぁと、人知れずぼやくのであった。



2156年9月29日 水曜日

 自称Kampf戦闘-Dienstbotenが、ぐったり顔をしながら足を引き摺るように騎士科一年の教室に入って来きた。今日で連続三日目となれば、さすがにクラスメイトも慣れたものである。「ああ、またか」程度の視線を向けるのみで、なんら普段と変わらない日常として扱うところは、騎士シュヴァリエを目指す者の図太さなのだろうか。


「おはようさんですー……」


 力なくポロポロと口から落とすように挨拶の言葉を垂れ流したルーは、今にもしおしおとしおれそうである。


Morningモーニン. ルー。また随分と絞られたようだな」

「なんだ、グウィンですか。オマエのせいで日々の指導が密になりやがったです……」

「見事なほどの言い掛かりじゃねーか……。お前さんの指導に関しちゃ、オレに責任はねーぞ?」


 ルーが参加する集団戦の訓練スケジュールは、放課後開始から二時間を充てられることになった。そのため、ティナも自チームの練習時間を放課後から一時間にスケジューリングをし、ルーの個別指導に被らないよう調整している。ルーが個別指導へ割ける時間が後ろ倒しとなったため、内容を密にすることで時間自体は短縮された。

 そして変わり種の話としては、ティナが練習のスケジュール調整をした際、ルーの育成についてマグダネラが興味を持ったため、ひょっこり顔を出したことだろうか。

 幾何学的歩法で円を描きながら相手の懐深くに届く点の刺突を繰り出す戦法は、体術や隠密による攻撃を競技では封じられているルーにとって、まさに天敵であった。なす術もなくコテンパンにされたとだけ言っておこう。


「世の中にはままならんことが多いのです。ほんの数週間でルーのランキングが下降線を描いてやがります」


 などと、ブチブチこぼすルーの姿は、哀愁が物理的に見えそうなくらいだ。

 しかし、彼女の鼻っ柱を折った相手達は、世界でも上から数えた方が早い実力者だということを認識していないのだろう。なにせ、今までChevalerieシュヴァルリ競技などとは全く無縁であったのだから。


「まあ、それはそれとして。大会の参加者が発表されたの見たか?」

「うゆ? 見てねーですよ。別にどーでもいいですし。森林と障害物マップはルーが無双してやることに変わりないです」

「あー、やっぱりか。その様子じゃ、公爵殿下からようだな」

「姫姉さま? なんです? 出るヤツに秘密でもあるですか?」


 どれどれと、AR表示から学内通知を開き、内容確認するルー。余りお知らせ機能などを使っていなかったので、手つきがモタモタしているのはご愛敬。

 ようやく該当の通知に辿り着いたようで、鼻歌交じりで呑気に見ている様子が伺えた、のだが。

 ルーの動きがビシリと固まった。そして、ギギギと音が聞こえるのではないかと言う様にグウィンへ顔を向ける。その目は驚愕が散りばめられている。


「目を疑ったのはコッチだぜ。公爵殿下の洒落にならねぇチームとは一回しか戦わなくて済むのは幸い、とは言いたきゃねえが、今のメンツじゃかなり厳しい相手だ。戦術も一部練り直しがいるな、こりゃ」

「……ヤベーです。非常にヤベーです。姫姉さまのチーム、小乃花こにょかさんにテレージア姉さん、マグダネラさんまで居るです……。カレンベルクのクラウディアさんってバリバリの軍閥家系じゃねぇですか! ルーの無双タイム終了のお知らせです……」


 虚ろな目をしたルーがブツブツと言葉を漏らしている。戦闘時以外は機嫌を隠そうともしないので、傍から見ると浮き沈みがとても判り易い。Waldmenschenの民の暗殺職がこれで良いのかと疑問を上げられそうだが、仕事の時はちゃんと切り替えるので問題はない。ただ、普段との落差が天と地ほど違うのだが。


「おいおい、そんな単純な話じゃねーよ。姫騎士殿が集めたメンツ、ぶっちゃけ正規チームとして運用するなら世界が狙えるレベルだぞ? 姫騎士殿が集団戦に参戦するっちゅう噂が聞こえたときにゃDrapeauフラッグ戦あたりと読んでたが、まさかMêlée殲滅戦の方に来るとはなぁ。胃が痛い話だぜ」


 グウィンが危惧しているのは、ティナ達と当たる際、ほぼ確実に敗戦する予想が出来たからではない。彼が寄せ集めたチームは、一年生を主体としているからだ。チームとして統率がとれた世界レベルの相手が複数人、一度に相対あいたいする可能性がある訳で、嫌でも技量差や経験不足を叩きつけられる。騎士シュヴァリエになる者はメンタルが強い傾向にあるとは言え、入学早々、修行最終段階で用意されるような高くそびえる壁に挑まざるを得ない状況は、精神的負荷が相当なものになるだろうと予想される。場合によっては試合後にトラウマ案件となる恐れもあり、事前からメンタルケアを密にする必要があるとグウィンは考えたのだ。部隊を常に最良の状態に保つことも指揮官の重要な役目である。


「エースが手に入ったことはありがてーが、ジョーカーをもう一枚逃したことが裏目に出やがった、か。交渉術も今後の課題だな」


 絶望感を一周して、うがーと吠えるルーを見やるグウィン。この娘エースの使い処を練り直す必要があるなぁと、溜息を一つくのであった。



 ――グウィンが小等部ジュニア時代にDrapeauフラッグ戦Mêlée殲滅戦を主戦場にしていることは、多かれ少なかれ騎士シュヴァリエの間では知れ渡っている。彼が集団戦で大会に出場するとなれば、そのどちらかの競技以外は考え難い。

 だが、ルーはグウィンのことを知らなかった。後付けの知識として入ってきたが、それがどう影響するかなど察することを出来よう筈もなく。だから、ティナからグウィンの参加要請を受けろと指示を受けた時、ただ面倒くさい仕事を振られたなぁ程度の認識だったのだ。

 しかし、ティナはルーが集団戦の誘いを受けたと聞いて、グウィンはMêlée殲滅戦に参加するつもりであると読んだ。

 Drapeauフラッグ戦は、戦術、チーム連携の他に個人の技量が深くかかわる。入学直後の即席チームでは、大将を守るだけで終わってしまうだろう。更に攻守それぞれの技量が必要なQuartier本部_général防衛などはもってのほかだ。消去法でMêlée殲滅戦に参加するだろうと確信した。

 ならば、ルーに集団戦を経験させると共に、グウィンがルーをどのように運用するのか、今後も参加協力させて得るものがあるのかを見定める一助とすることにした。ルーには自分がMêlée殲滅戦に参加することを伏せて。


「まさか、弟君がシルヴィアを口説き落としていたとは予想外でした」

「ん? ……ああ、今度のMêlée殲滅戦のことか。私も誘われたが、やはり断ったよ」


 ティナはMêlée殲滅戦のメンバーに京姫みやこ花花ファファも誘ったが断わられている。京姫みやこDuel決闘に集中したいから、花花ファファは大会前半は屋台を出すため、である。


「ほえー。京姫ジンヂェンを誘ったカ。リーゼントのヤツなかなか侮れないヨ」

「ですね。助っ人のチョイスが彼のキャリアを感じます」


 グウィンは少なくとも、実績を持っているシルヴィアと京姫みやこを勧誘している。面識のない上級生に対して勧誘、つまりプレゼンを取り付けるだけの処世術を持っていることになる。そして、純粋に戦力を考えるならば花花ファファが誘われてしかりなのだが、そんな話は出ていない。

 そこからティナは、グウィルト兄弟が同じタイプの指揮官であると判断した。

 ヘリヤや花花ファファは、個の戦闘力は極めて高いが、指揮で縛れないタイプだ。だからホーエンザルツブルク要塞攻略イベントの際、二人は徘徊ボス、自由裁量の別動隊として位置付けられ、軍の戦力としてカウントされていなかった。

 それと同じことが花花ファファを誘わなかったことに現れている。

 を大前提としているため、奇策を用いるにしても部隊ありきなのだ。助っ人の高い戦闘力はチームの火力不足と技術不足を補うためであり、運用に問題のないレベルで連携を仕上げてくるだろう。だから確実性を増すためにも、部隊運用の意を汲んでくれそうなシルヴィアと京姫みやこに打診がされたのだ。故に、一人で無双してしまいそうな花花ファファは勧誘対象外だったと推察される。同様にのイベントで、集団戦も得意とすることが判明したテレージアも勧誘されなかったことが判断を後押しする。テレージアは一人で多人数を抑え込むことが出来てしまうため、頼りになり過ぎるのだ。


「なんとなく、パンク不良王子のやりたいことが見えてきました。随分と先を見通そうとしてるみたいですね」

「先、か。なら、今回は学内大会の空気を体感するつもりだろうな」

「それと資質確認ヨ」

「ええ。今現在の自身がどのレベルに位置するのか測るのでしょうね。そこから今後の目標設定をするんじゃないでしょうか」

「たった二つしか歳は違わないが、小等部ジュニア一般大会シニア出場者との間は、力の差が大きくあるからな」


 小等部ジュニア一般大会シニアで一番違うところは、一般大会シニアは満十二歳以上から参加可能な、実質年齢上限が設けられていない大会であることだ。ある意味、箱庭であった小等部ジュニアから、いきなり世界に挑むことが出来るようになる。まぁ、小等部ジュニア時代の実績評価が一般大会シニアに通用するレベルに達していなければ、真面に戦うことすら難しいことであるのだが。


「リーゼントが集めた面子、国内大会でソコソコ成績上げたが何人かいるヨ。あ、この子は男子だたヨ」

「さすがに小等部ジュニア時代、大会を荒らし回った騎士シュヴァリエは、みんなDuel決闘に流れましたか。まぁ、入学して間もないですから一年生を中心に集団戦の要員調達すると駒不足になるのは否めませんね。京姫みやこが出てあげてもよかったんじゃないですか?」

「いや、当分は安定した動きが引き出せるまで、Duel決闘を主戦場にするつもりだよ」

「ナンだ、残念ヨ。京姫ジンヂェンはナンかオモシロイことするがいいヨ」

「あ、それイイですね。知られざる京姫みやこの世界とか」

「二人共……。せめて具体的に言ってくれ」


 発表された大会出場メンバーを学内通知で見ながら、ルーに係わる情報を拾って会話をしていた筈の三人娘。途中から京姫みやこいじりになっていたが、ボケ内容が曖昧過ぎてツッコミのキレが見られない一幕であった。



 ――午後から降り出した小雨は、この時期では珍しくシトシトとゆっくり時間をかけて空気を潤している。放課後になっても雨が止む素振りも見えず、外はまるで薄膜が張ったようである。

 その中を各屋内スタジアムへ足を向ける者の姿がチラホラと目に付く。大会前の調整や鍛錬を行う者達だ。学園内の施設を行き来するくらいでは、雨粒を軽くはたいて落とす程度で問題ないらしく、傘を差す者もいない。石畳――正確には熱交換パネルだが――の表面は、水を通す多孔式パネルが被せてあり、雨は通路脇の排水溝へ流れる。水溜まりどころか水ねすら起こらず、土砂降りであっても瞬く間に水がける造りだ。雨を避けるように走る生徒も、泥ねを気にすることはない。


 屋内小スタジアム。

 ティナは、小スタジアムのDuel決闘コート六面の内、二面を放課後の三時間ほど長期で借り入れている。小スタジアムの良いところは、壁面にスライド式のパネルが格納されており、展開するとコートを囲って個室化出来るところだ。特に大会前などで秘密裏に鍛錬を行いたい者などに人気だが、今の時期は予約で埋まっているため新規で借り入れることは絶望的だろう。

 姫騎士さんは、Mêlée殲滅戦に出ることを七月には決め、チームを用意するつもりでいたので、連携の訓練場所として予約の空きが多い時期に場所を押さえていたのだ。ルーの鍛錬もこの場所を利用している。


「ほんげー‼」


 大げさな叫び声と共にコロンコロンとルーが小乃花このかに転がされている。今日は体術ありの鍛錬である。週に二回は体術あり、急所攻撃ありの鍛錬を行わないと、ルーがせっかく受けた他流の技が身体で反応出来るまで落とし込めないからだ。


「ん。三十五点。ちゃんと関節極まる前に逃れた」

小乃花こにょかさんの採点カライです! ちゃんと逃げたのです!」

「逃げる前に四回痛点を極められてる。実戦なら既に死にたい

「うぐぐぐぐぅ~」

「はーい、交代してくださーい。次はテレージアですね」

「ふうぅー、ようやく業務終了のお知らせです……。野生動物だって普通は訓練なんかしねーのですよ」

「殿下、了解しましたわ。小乃花このかさん、交代いたしますわ」

「……なんか予想外のセリフが聞こえやがったです。ルーが交代するチガウデス?」


 今日のお仕事終わったハズですよ?などとボソリとこぼしながら冷汗をダラダラ流す小柄なメイド。絶望五秒前、と言ったところだろう。


「あれ? テレージア姉さん、なんでルーの前に立つです? ルーがピンチな気がするです」


 集団戦に向けたチーム鍛錬の時間を優先的に割り振っているため、ルーの個別指導は小一時間程にされている。少ない時間で密度を倍に増やしているのだ。短い時間でも有効に鍛錬できる方法はWaldmenschenの民ならば、誰しも修得している。だから特段問題は発生しない。ただ単にルーの小言と叫び声が増えるくらいだ。耳を澄まさなくとも「ふげー!」と賑やかに聞こえて来る。


「へぇ、シルヴィアはそれだけ脅威なのか。確かにエデルトルートとの立ち回りは見事だったな」

「ええ。さすがヘリヤと真っ向から撃ち合ってポイント獲る相手ですから。Waldmenschenの民の技を公開前でしたら勝ち筋が組み立てられなくて非常に悩ましいところでした」


 ティナと京姫みやこが井戸端会議ライクな立ち話をしているが、登場人物が世界レベルなので、彼女達の手が届くところに世界があることが良く判る。


「突きの速度は元フェンサーだけあって速度は申し分ないわ、申し分ないのよ。でもサーブルの斬る有用性は左右の動きで広がるのよ。フェンサー競技で覚えた動きはここぞの時まで一度忘れなさい。あなたが継いだ黒軍の技は、もっと自由に動けるはず、はずなのよ」

「なるほど。確かに直線と比べ左右の動きで違和感があると言うことは、フェンサーの動きで身体が判断しているからなのですね」


 先日、ルーの育成に興味をもったマグダネラは、おもしろそうなことをしていると、チーム連携の練習後に居残るようになった。兄がフェンサーの国体選手であり、自身もスペイン式武術と準闘牛士の技を持ち、縦横無尽に移動する歩法が根底にある。フェンサーの技術から本来のハンガリー黒軍が用いたサーブル術へ切り替えている最中のラウデが難儀している、歩法と剣技の不整合。それを補う技量を持つマグダネラに師事出来るのは渡りに船であった。


「とわー!」

「それー!」


 隅の一角では、先程からハンネがドタンバタンと自発的に転がっている。もとい、受け身の練習をしている。合気の技は、腕を持って投げようが、たいを崩して投げようが、全て腰で投げをうつ。その技法は一朝一夕では身に付くはずもなく、まずは腰から受け身を取る鍛錬でイメージを作っている最中だ。いちいち気の抜けた掛け声が出るのはご愛敬。


「もっとアタマの後ろ着かないように回るヨ! 小さくヨ、小さくクルリンヨ!」

「はい、コーチ!」


 スポコンもののコントになっているが、ハンネには花花ファファいて動きを見ている。合気の受け身ではあるが、流派が違えど大抵の武術には腰の使い方に法があり、共通項が多いからだ。腰の使い方次第で、体軸の強度や技の威力が体感出来るほどに変化する。小さく回るのは、次の動作を素早く行うための準備も兼ねるのである。

 その脇では、また妙なコントが繰り広げられていた。片方は至って真剣なのだが。


「ベルにはこれを授けよう」

小乃花こにょかさん、これは……巻物!」

「そう。にゃん月殺法秘伝の書」


 小乃花このかは懐から一つの巻物を取り出し、ベルへ差し出した。ご丁寧に楷書体で「にゃん月殺法奥義」と墨で書かれている。文字の払い部分をわざかすれた仕上げにしている芸の細かさ。

 そう。架空の「にゃん月殺法」をでっち上げて来たのだ。


「ほわ~! すごいです! ありがとうございます!」

「秘伝の十か条を極めるのが奥義への近道。それは辛く険しい長い道」

「お~! 日本語で書かれてます! まさしく秘伝です!」

「まずは翻訳。そしてしょされた言葉は隠された意味がある。それを知ること」


 巻物にしるされた十か条は、身体運用の法など、普通に役立つ。本物の技能を組み合わせて実際に通用するウソの技を仕立て上げているところに小乃花このかの拘りが見える。無駄に高度な悪戯である。

 そのベルは目をキラキラさせ、大喜びで巻物を天高く掲げているが。


「ほがー!」


 また叫び声と共にルーがゴロゴロと転がされている。相手は両手持ちでZweihänderツヴァイヘンダーを操るテレージア。手を使わずにたいを崩させたのだ。

 Zweihänderツヴァイヘンダーの攻撃点から内側に入り込んだルーは、ようやく一矢報いたと思っていた。相手の大剣は振ることが出来ない超至近距離。牽制用のメスナイフも、攻撃用のメスナイフも両方攻撃が当てられるボーナスタイム。


 ルーはのちに語る。「そう思っていた時期がありましたです」

 

 テレージアの懐に入れば、長大な剣を振ることが出来ないだろうと。しかし、彼女の祖先は戦場を生き抜いた傭兵で、その技術は今もしっかり伝わっているのだ。

 すぐさま柄元を押さえる右腕と一緒に、柄頭ポメル側を持った腕を高く揚げ、剣先を下にしたまま振り子のように半円を描かせた。両の腕を持ち上げているため、肩を使い剣に威力は載せられないが、テレージアの大剣は、同系のZweihänderツヴァイヘンダーと比べても更に重く、四キログラム後半の大重量を持つ。遠心力と剣の自重だけで、ルーの刺突を両方共弾き飛ばした。本来は、そのまま剣先を上方へ向けてVom Tag屋根の構えとなり、豪剣を斬り落とすのだが、今回は、別の技法を使った。

 通り過ぎた大剣にルーの意識が向いているのを見て取ったテレージアは、ルーが踏み込んだ右脚の外側へ交差させるように自身の左脚を重ね、軽く捻った。カクンとルーの膝が落ち、攻撃の勢いが乗ったままゴロゴロと転がる結末となったのだ。


「いやー、やっぱりテレージアは器用ですね。あんな大剣を持ったまま接近した相手を崩す技も持ってるなんて、実戦の技が継がれている証拠ですね」

「だな。あの防ぎ方は思い付きと言うには練度が違う。実戦で培われた技法なんだろうな」


 実戦の技。体術を含めた本来の武術と言う意味だ。特に古武術は、剣、長柄武器、暗器、投擲など、複数の武器を扱う法であり、その技術の延長線上で体術に技を落とし込んでいる総合戦闘術である。そして、戦場で常に進化し、最適化されるたぐいのものである。


 手合わせを行なう者、教えをい学ぶ者、動きを反復する者。それぞれが自分に必要とすることをこなしていく。

 その中で、やらされている感のあるルー。彼女の場合は業務の一環として指示されている訓練なので、ある意味仕方がない。本来の技術は日常生活の中で鍛えられている。


 武を極めんとするならば、生活全てを武術中心にする必要がある。手足の所作、呼吸、生きること全てを武術の鍛錬で行うのだ。それでも辿り着ける者は極僅かである。そして、鍛錬漬けの生活では日々の糊口ここうにも苦労する。だからパトロンを必要とするのだ。

 ルーの場合、と言うよりもWaldヴァルトmenschenメンシェン達は、日々の生活の中に武術を落とし込むことに成功した民族だ。畑を耕す、狩りをする、料理を作るなど、全ての日常生活が武術の動きで組み立てられている。

 休日にはモノグサ度増量の姫騎士さんも、普段の生活がそのまま基礎鍛錬になっている。夜に行う鍛錬は、もっぱら技の練度向上のためだ。

 同様に花花ファファも、武術の身体操作で生活することが当たり前となっている。


「はーい、みなさん。そろそろ時間ですので身体をクールダウンしてくださーい」


 パンパンと手を打ち、ティナが声を張る。

 まだ鍛錬し足りないと言った顔や、ようやく終わったと安堵する顔が見える。

 安堵しているのは主にルーなのだが。


「ルーもさぼらずにストレッチしてくださいね。何度も言いますけどWaldmenschenの民の身体運用では使わない筋肉を使っていますから」

「……はーい」

「もう。露骨に嫌そうな顔して。はい、とっとと始めてください」


 ルーのイヤイヤ顔は変わらないが、さすが武術を嗜む者。適当でおざなりに、などと言うことは無い。

 妹三人組にラウデが混ざり、エッチラオッチラと身体を伸ばしながら筋肉のクールダウンを真面目にやっている。誤ったところがあると、すかさずラウデが修正を入れるので、まず間違った方法で実施されることはない。彼女達は同じストレッチをやりながら、それぞれ重点的に行う動きとその意味を教わりながら取り組んでいる。その辺りは先輩組が彼女達個別に教えるのである。

 ティナが持ち込んだストレッチの性能が良いことは、既に皆が体験済なため、花花ファファやテレージアなど上級生組も細かな操作法を教わって実施している。


「このストレッチ、教わて感心したヨ。中の筋肉がイイカンジでほぐせるヨ」

「初めて奥義を出した時にアズ先生から教わったんです。オリジナルだそうですが、高負荷を掛けた筋線維と疲労した不随意筋をメインにガッツリケアする必要がある時のストレッチだそうです」

「自分の意思では動かせない不随意筋をほぐせるのか」

「動かせますよ? 不随意筋。Waldmenschenの民の歩法は不随意筋も制御しますから」

「そうヨ? 中の筋肉動かすナイと技の威力だんちヨ」


 本来、自律神経が制御するため意志の力では動かせないから不随意筋と言うのだ。それが鍛錬で動かせるようになると言われても、その方法を知らない京姫みやこではイメージが湧かないのだろう。


京姫みやこも結構、不随意筋を起点にする動きがあるじゃないですか」

「そうヨ。全国大会で初めて見たクルリ回す技、中の筋肉で増幅させた動きて読んでるヨ」


 京姫みやこも驚き顔である。どうやら流派の中に不随意筋を動かす法がしっかりと組み込まれていたようだ。とは言え、今まで意識したこともなく、どの動きがそうであるかは皆目見当がつかず。

 知らぬは本人ばかりなり、である。


「姫姉さま~。終わりました~。掃除用具出してきますです~」

「はーい。お願いしますねー」


 鍛錬最後は、全員で片付けとモップ掛けで締める。後は、展開したパネルを壁面のスリットへスライドさせて格納すれば終わり。既に手慣れたルーチンである。


「今晩は、わたくしがシュヴァイネハクセ骨付き豚脛肉煮込みマウルタッシェン平たいラビオニスッペスープを仕込んでおりますから、皆さんを夕食にご招待いたしますわ。付け合わせにもシュペッツレショートパスタをご用意いたしてますわ 」

「おー、南部料理ですね。腕がいいと評判ですからね、テレージアの手料理は。是非、ご相伴にあずからせていただきます」

「おねーさまの料理はおいしーのです! 夕べ仕込み手伝いました!」

「ハンネはラビオリの具を包んだのとジャガイモの皮むきですけどね」


 ハンネが挙手をしながら合作です的なことを言い出したが、すぐさまラウデに突っ込まれている。子供のお手伝いレベルの微笑ましい内容が、思わず皆の笑みを誘う。


「そういえば、どこに行っても食卓にザワークラウトやピクルスが備え付けられているよな」

「スッパイのイッパイ、ヨ!」


 京姫みやこ花花ファファは、宿舎の食堂や、ティナの自宅で必ず出されている小瓶の中身をイメージしたようだ。


「え? 当たり前じゃないですか。アメリカに渡ったドイツ系移民はスッパイもののためにピクルスとかケチャップとか開発するくらい重要なアイテムですから」

「ええ、そうですわね。食卓に酸味の付け合わせは必須ですわ」

「生まれた時から食卓に並んでましたので、考えたこともありませんでした」

「私、最近はニンジンのピクルスにハマってます! ポリポリです!」


ドイツ出身組にとっては、スッパイものは無くてはならないようである。


「タパスみたいなものかしら、ものなのかしら」


 常設されるものの例えとして、マグダネラは自国スペインで頻繁に利用されるバル――大衆喫茶・居酒屋――でお茶をする際、必ず共にするタパス――おつまみ、お茶請け――を思い浮かべた。スペインは太陽が最も高くなる時間が十四時あたりとなるため、昼食の時間もその時間になることが多い。そのため夕食も二十一時頃と遅くなることから、十一時と十八時あたりに間食をする風習がある。つまり、一日五食。ドイツ人より一食多い。


「漬物と同レベル。酸味好きならポン酢、酢飯、梅干しを与えて反応を見たい」


 ボソリと気付かれないように小乃花このかが呟いている。後日、梅干しが振舞われるのだろう。


「ザワークラウトならマッシュポテトに入ってるですよ?」

「私のウチは、それにサテーソースをかけます!」


 ルーとベルのオランダ組は、同じ酸味でも少し斜め上を行っていた。



 繰り返す日々ではあるが、賑やかに過ぎてゆく。

 そして、日が過ぎるほど、年少組達の技量が向上していくさまが見て取れる。

 それは教えを授けた者にとって、幸せなことなのだろう。


 ただ楽しむだけでは辿り着けないの場所へ。

 彼女達が導くのは先人としての役割であるかのように。


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