04-008.姫騎士と競技。 Prinzessin Ritter und "Chevalerie".

2156年9月26日 日曜日 14時過ぎ

 学園敷地内、北側にある正門から学園校舎の丁度中間辺りにコミュニティセンターが建設されている。このコミュニティセンターは、ローゼンハイム郡の住人ならば予約すれば何時でも利用出来る施設だ。注意点は、完全予約制であること、利用目的によっては許可が下りないことだろうか。当然、不利益を生むような団体からの予約はキャンセルされる。


 コミュニティセンターの多目的小ルームは、四十平米(約二十四畳)ほどの小空間である。よく画廊になったり、小規模なイベントに用いられたりするが、今回は会議卓と移動型モニタ――ホワイトボード兼スクリーン――を合わせて借り入れている。よくある会議室の雰囲気そのものだ。卓上に用意されたお茶は、中国ヒーナ組に出前を頼んだ普洱プーアル茶と点心五種盛り蒸籠セイロで、飲茶ヤムチャと呼ばれる形式になっている。


「みなさん、お集りいただきありがとうございます。チーム全員での初顔合わせとなりましたが、本日は学内大会での大まかな方針と戦術についてお話させていただきます」


 参集したの顔を見渡しながら、ティナはそう言葉を紡いだ。ティナを含めると多いチーム編成だ。詰まるところ、状況によりメンバーを入れ替えるのだと、この場に集まった者達が想像するには容易たやすい。


 本来、Mêlée殲滅戦競技では十二名が一チームとなり競技する。しかし、学内大会の場合はどうしてもDuel決闘などに参加が集中し、団体戦への参加比率は少なくなる傾向にある。同じく十二名一チームのQuartier本部_général防衛などはヨーロッパでも人気があり、固定チームが組まれていたりするのだが、Mêlée殲滅戦の場合は、Drapeauフラッグ戦luttes乱戦にリソースを取られ、十二名一チームで試合を組むにはチーム数が不足する人数しか集まらないことが多い。その対策として、学内大会では八名一チームへ縮小する特別ルールを適用することで、対戦数が多くなるように調整している。


「いやー、本気度が凄い的。集まった面子がおねーさんの想像を超えてたー」

「何を仰いますか、ウルスラ。これは個人競技じゃありませんですから。集団チーム戦を戦うやるからには徹底的に勝ちを獲りにいきますよ?」

「ああ、だからこのメンツなの。戦術で入れ替えれば全マップに対応出来そうなの」


 顎に人差し指を当て小首を傾げた彼女の名は、リゼット・ルイゾン・シドニー・エルメス。フランスから来た騎士シュヴァリエで、ロングソード型のエストック使いである。エストックは主に鎖帷子などの鎧通しとして使われることが多いが、長大なロングソードからショートソードに至るまで種類が幾つもあり、彼女が使用するのは刺突、斬撃を攻撃手段とした、柄を含め全長百三十センチメートルの得物である。断面は菱形で、剣身けんみ中央から鍔元までは構造上頑丈であり、その部分で殴打することも出来る。

 Salzfestungのリーダー、エデルトルートの武器デバイスと同じであるが、リゼットはドイツ式の剣術ではなく、片手剣であるサーブルの運用をするため、まるで違う武器を扱っているようで独特な特徴がある。


 そう。リゼットを例に取り上げたが、ティナが集めた人員が普通である筈もない。


 アクロバティックな身体操作をって、剣の距離を弓で精密射撃するウルスラ・ルンドクヴィスト。

 ロングソードをサーブル運用するリゼット・ルイゾン・シドニー・エルメス。

 面子を集めたティナ自身も、複数の武術をひょいひょい切り替える予測不能なスタイルだ。

 そして、残りの面子。


 Zweihänderツヴァイヘンダーを通常の両手剣、そして槍やグレイブなどのポールウェポンとして運用するテレージア・ディートリンデ・ヒルデ・キューネ。

 隠形と気配察知、死角からの攻撃を得意とする小乃花このか神戸かんべ

 騎馬の最大戦速で疾駆しながら動目標に弓を射るアナンディーン・ニルツェツェグ。

 弦のテンションが強く中距離のレンジをカバーする短弓と、戦斧トマホークを扱うララ・リーリー。

 幾何学的歩法と点の攻撃、そして闘牛士の技を併せ持つマグダレナ・ペレス・サバレタ。

 インドの達人グル導師・アヤン最後の弟子であり、パタと言う前腕を覆う鎧に剣が生えた武器で円の身体操作を用い、あらゆる方向から攻撃を繰り出すヴリティカ・チャウデゥリー・ガウタム。

 カレンベルク家の分家であり、千五百年の歴史を持つ一族の武術と兵法を継いでいるクラウディア・フリーダ・カレンベルク。

 エデルトルート率いるSalzfestungの二軍に在籍する集団戦の専門家エルフリーデ・アルビーナ・フォイヒトヴァンガー。


 皆が一様に一癖も二癖もある面子だ。

 よくもまぁこれだけの人材を集めたと、呆れられる程には有名どころが揃った集団となっている。

 何せ、冬に控えたDuel決闘の世界選手権大会出場選手が四名、luttes乱戦の出場選手が一名と、約半分が世界トップを競う試合に出場すると言う豪華メンバーである。

 普通に勧誘した程度では、専門外の競技であるMêlée殲滅戦態々わざわざ参加してくれるとは思えない面々だ。


 ――Mêlée殲滅戦のチームを組みませんか?

 ――そして、全試合を完膚なきまでに蹂躙してみませんか?


 ティナが勧誘で用いた言葉。甚だ問題を含んだ誘い文句であるが、まごうことなき彼女の本音である。戦うやるからには徹底的に――先ほどティナの述べた言葉が、もあらんと感じるほどに非常識な勧誘文句から滲み出ていたからこそ、この面子が口説き落とされたのだ。また面白いことを始めた、と。


「皆さんには最初にお誘いした通り、一段階レベルが上のMêlée殲滅戦をしていただきます。あらゆる競技マップで優位な戦術が組めるメンバーを集めたと自負しています」


 淡々と決定事項であるかの如く、ティナは言葉を続ける。


「現時点で出場人数は我々含めて四十一名、あと二名出場表明があれば五チーム編成になるでしょう。つまり五試合は確定ですね」


 試合の組み合わせや人数調整などは、学園生達が組織するChevalerieシュヴァルリ競技委員会が主体となって行っている。参加人数に不足が生じる競技などがある場合、個別に騎士シュヴァリエへ競技参加のオファーを出すことで賄うのだ。

 そして、Mêlée殲滅戦は総当たり戦、つまりグループトーナメント方式である。だからこそ、五チーム編成が成されることを見越して、ティナは五試合が確定したと断言したのである。


「マップが三種類なのは変更ないわよね? レイアウト変更でやり繰りする何時ものパターンだとして、ティナはカレンベルクの戦術を持って来るつもり?」

「いえいえ、ガッツリな戦略をみなさんに覚えて貰うには、さすがに時間が足りませんて。簡易になりますが、短期間で連携が修得出来る戦術を用意しました。それよりクラウ、その座り方は如何かと思うのですが……」


 ティナの又従姉妹またいとこであるクラウディアは、イス座面のへりへ脚を抱えるように踵を乗せて座っている。身体をコンパクトにしながらしゃがみ込んで、深く背もたれに寄り掛かっている状態と言えば良いだろうか。兎も角、膝を立てているので正面からは、千鳥格子模様の綿製パンツが丸見えだ。短いスカートでその格好は淑女としてはどうか?と、問いただされても仕方がない。


「気にしない、気にしない。どうせ女子しかいないんだから気楽にいきましょ」


 以前、ティナの再従姉妹はとこであるマルレーネも似たことを言っていたのをかんがみるに、カレンベルク一族はリラックス状態ならば細かいことを気にしない性質であると思われる。休日のズボラなティナしかり、である。


翡翠ヒスイ餃子の餡が良い。中国ヒーナ組、仕事に抜かりない」


 気配無く、縁側の老人のように普洱プーアル茶をズズズと啜る小乃花このか。会話に参加していない。

 それを後押しするようにお茶請けのシィェンディェンシンを摘まみながら所感を漏らすヴリティカ。


「四色の具が乗ってる四角いのは、焼売とか言うヤツだワね。キレイな彩りしてルね。ふむ、食感は皮の薄いサモサを蒸したカンジかしラね?」


 彼女は、語尾が後半になればなるほどイントネーションが変わってしまう特徴ある喋り方をする。母国語がヒンドゥスターニー方言のヒンドゥー語と英語なのだが、ドイツ語の発音は慣れ切っていないらしく、表現が少し間延びしてしまう。インドでは方言が多種多用で、三十に及ぶ主要言語、約二千の方言が存在する。そのため、通常は英語を使い意思疎通をすることが多い国民だ。


「これ、ボーズモンゴル餃子みたいだし。んー、やっぱり肉じゃないしー」

「肉なら塊で欲しいカナ。あ、コレはミンチ先生が入ってるネ」


 ニルツェツェグとララ・リーリーも点心に興味深々である。ララ・リーリーが言うミンチ先生とは挽肉のことだ。彼女は、様々な料理に幅広く使える挽肉に敬意を払って先生付けで呼んでいる。


「エストックに指環を付けてるのは初めて見たの。興味深いわ、興味深いのよ」

「わたし専用のカスタムなの。ムリネ手首回転をするときLangenロングSchwertソードだと長さの分、切先が振れるの。指環があると、重さに流されないの」


 マグダネラとリゼットはエストック談議に花を咲かせている。闘牛では基本的に片手剣のエストックが使用されるので、マグダネラにも馴染みがある武器だから話が合うのだろう。


「だからテレージアは夏季休暇中に彼氏の実家でお世話になってたのか。いきなり実家にお邪魔するなんて随分と思い切りがいいのね」

「ななな、なにを仰るのかしら⁉ エルフリーデさん! ど、どこからそのお話を伺ったのかしら! わたくしが日本ヤパーンに赴いたことは親しい方しかご存知ないはずですわ。ええ、そのはずでしたわ!(早口)」


 エルフリーデからツッコミまれるテレージア。日本のイベントに参加した動画は公開されているので、夏は日本に居たことがバレバレである。そこに写るテレージアと至道しどうの距離感は、女性ならば直ぐにピンと来たのだろう。カマを掛けられたのだが、それが正しかったとテレージアの動揺具合が物語る。


「開始早々カオスな件について」

「あははは、うけるー。みんな好き勝手やってる的ー」

騎士シュヴァリエって自由人が多いのよね。一息つくまでは放っておきましょ」


 クラウディアの言葉に、やれやれと肩をすぼめるティナ。

 どの道、初日の顔合わせなので、襟元正しくする必要もない。この場は、各々おのおのでチームメイトを知ることが第一である。試合までの期間が短いため、信頼関係を築くのは難しくとも、一緒に戦う上で信用出来る相手かを見定める必要があるのだ。

 彼女達は、背中を任せられる相手であるか、コミュニケーションと言う手段を持って探る。相手を観察することは、騎士シュヴァリエであれば当然の如く行うものである。それが戦う相手であるのか、同僚であるかの違いだけで、何ら変わることはない。

 だからこそ、ティナも全員の音頭を取って無理に話を進めることはしない。必要な脱線だと捉えているからだ。


 そうこうする内に、集まった面子は気の赴くままに話し相手が変わっていく。技術的な話は殆ど出ず、その個人に対して気になるところなど、特に面白おかしかった話題などがピックアップされたりしている。素の部分を刺激して、相手の反応を引き出し、本質を見極める。

 ――和気藹々としながら、したたかな真似が出来る面々――

 ティナが参集したのは、必要なことを得るために自ら動き、それを糧とすることが出来る人物達だ。名を馳せて一流と呼ばれるだけの理由を持っている者達である。


 結局、皆が落ち着くまでは、たっぷり三十分程かかった。


「はーい! みなさん注目ー」


 パンパンと手で拍子を打ち、弛緩した空気を引き締めるティナ。この場に居る者の視線が集まる。


「十分にコミュニケーションは取れたようですし、お互いの理解が深まったのではないでしょうか。それを踏まえて本日の主題である、戦術の方針についてお話させていただきます」


 言葉を紡いだティナは、たおやかな笑みを浮かべていた。それは、騎士シュヴァリエとして話をすると雄弁に物語っている。この隠し事の多い姫騎士が突拍子もないことを仕出かすのは、ここ暫くで皆の共通認識となった事柄だ。だからこそ、この場に集まった面々は何でもない素振りをしながらも、内心はどんな話が飛び出すのか興味深々なのである。


「まず競技マップですが、例年通り三種類を遣り繰りすると通達がありました。最初に言った通り五試合の前提では、レイアウト変更によるマップの重複が二つ出ることになります」


 指を折りながら数を表すティナ。勿体もったい付けて一拍置いてから続きを語り出す。を開けることで、視線を再び集めた。その形になれば、皆が話に意識を向けるのだ。


「ですので、どのマップが重複しても良いようにマップ三つに対して戦術を二つずつ用意しました。全て用兵と立ち回りが異なるように組んでいます」


 ここで、戦術を六つではなく、三つを二通りと態々わざわざ分けて言ったのも理由がある。三と言う数字は少なくも多くもない丁度良い数字であり、人々が無意識に扱い易いと感じている数だ。文章や要点を話す時も三つのポイントを上げる方法にすれば、印象が形として記憶に残り易くなる。打ち合わせなどの説明資料にもドキュメントプレビュー時に三つのポイントを短文で記載し、口頭でその内容を説明する方式が良く取られるのも、人を引き込ませ易い構造をしているからだ。

 その業務的戦術を会話に織り交ぜるティナは契約ごとやプロモーションで培った、場の操作をしているのである。


「三つのマップに、それぞれ二つの戦術、ね。五試合全て違う戦術を使う認識で良いかしら? 各戦術の粒度を知りたいわね」


 戦術の話から始めたので、集団戦のエキスパートであるエルフリーデが真っ先に喰い付いてきた。続いて、家伝で戦術を練っているクラウディアが言葉を付けたす。


「それと、参加者が特殊な技量持ちばっかりよね。これでどう人員の割り振りをするのかも気になるところじゃない?」

「それ気になる的ー。弓が三張りあるからどー使うのか、おねーさんだとちょっとわかんない分野かなー」

「私も作戦とかを貰って実行する係だから良く判らないしー」

「一対多の技法は練ってるけド、多対多は鍛錬にも含まれてナイからどう動くのか今一つ理解が追い付いテないカな?」

「まぁまぁ、皆さん。まずは殿下のお話を最後まで伺ってから論議を始めた方が宜しゅうございますわよ」


 話が発散しそうになりかけたタイミングでテレージアがすかさず方向修正を行った。ここ暫く、妹組ルー達を相手に会話の舵取り役であっただけに慣れたものである。


「はい。再びマイクが戻ってきましたので、ザックリ説明に移らさせていただきます」


 実際ティナがマイクを使ってる訳ではないが、発言権を主張するための方便である。


「今回、全体の一貫した戦略としては、相手に何もさせずに抑え込むことをメインのテーマに据えています」

「それを実現するために、各マップで優位性の有る戦術を二つずつ用意し、全ての試合で異なる戦術を展開します」


 ここまで聞いて、口を開きそうであったリゼットは、思いとどまるのを良しとしたようだ。一度顔を上げて乗り出そうとした挙動から、椅子に深く座り直したのだから。

 そう言った行動を誰かがするであろうことも想定済と、姫騎士さんは目線をチラリと向けただけで言葉を続ける。


「試合までは二週間しかありません。急造チームでもありますから、期間内に出来ることは限られます」


 ここで、再びティナは溜めを入れる。そしておもむろに指を三本立てる。


「ですので、大会までの準備としては三つの項目に重点を置きます」


 この場に設置されているホワイトボード兼スクリーンに三つの項目が映像表示される。

 ティナは態々わざわざ先端からレーザポインタが出力される差し棒で、これから話す項目部分を丸く囲む。


「一つ目。戦術パターンの陣形と行動指針を大枠だけ覚えてください」


 戦術一つ一つについて、浅い部分を主に用いて深い部分は切り捨てると暗に言っていることは、この場に集まった者もなるほど、と理解した。各々おのおのは個人技のレベルが高い。故に、固定チームのように、試合に向けてチームとしての動きを身体が覚えるレベルへ調整するには間に合わない、と現状を省みて判断することも容易く出来るのだ。


「二つ目。移動とタイミングをメインとした連携の摺り合わせです」


 次の項目に差し棒のレーザーで下線を何本も引いて印象付けながら、横目で周りを見回すティナ。先の言葉による皆の反応を確かめているのだ。耳にした言葉を咀嚼する者、静かに頷く者、視線を外さずに注視する者に分かれた。


「三つ目。戦術ごとのキーポイントを用意します。陣形が崩れても、それに準じた立ち回りで補います」


 差し棒で項目の周りをグルグル光の線を引きながら、三本目の指を立てて言い切る。それは確固たる意志をもってこの三つを必要であると断言するためだ。三番目に持ってきたと言うことは、単純に項目を列挙した訳ではないことは、聴衆となった騎士シュヴァリエ達にもわかる。しかし、「キーポイント」と言う言葉通りの意味は理解できるが、それは何を指しているか説明待ちの状態だ。重要点であることだけは話の流れから想像がつく。


「では、それぞれの題目について、説明しながら質疑応答と行きましょうか」


 気になるところを質問していただき、それぞれが意見を出し合った方が教わるだけでは得られない理解力が増しましますから。などと姫騎士さんは申しているので、用意した戦術の内容を膨らませる気満々なのだろう。むしろ、この戦術を実際に運用する騎士シュヴァリエ達の意見を合わせて、初めて完成する前提で用意したのではないだろうか。全てを自分で決めてしまうのは面白くない、と。


 一つ息を吐いて言葉を続けるティナ。


「まずは、戦術パターンについてです。先程の通り、三つのマップに対応する戦術を二通りずつ用意しています。内訳的には、電撃、奇襲、遅滞、誘致、挟撃、偽装、集中の六種類で、全て陣形が異なる造りとなっています」

「はい! 質問なの!」


 リゼットが軍人さながらの無駄がない所作しょさで挙手をする。


「何でしょう、リゼット」


 リゼットは人差し指を顎に当て、小首を傾げながら口を開く。それは質問と言うより所感であった。


「その六つは、それだけの運用で完結してるとは思えないの。戦況に合わせて流動的な切り替えや組み合わせをする前提ならシックリくるの」

「あら、察しが良いですね。まさしくその通りです。各戦術の内容は後でお話しますが、有利に戦局を支配する方法として、相手の動向に合わせて別の戦術を織り交ぜながら相手が対処するいとまを与えないつもりですから」

「えーと、はい! 疑問点を上げてもヨいかしラ?」

「はい。構いませんよ、ヴリティカ。意識の摺り合わせも兼ねてますんで、些細な事でもどんどん意見を出してくださった方が助かります」


 肩の高さで挙手をするヴリティカ。休日と言うことで私服だが、紺と黄緑のツートンカラーをベースとしたシルクのサリー姿だ。紺色部分には草花を中心に宗教的幾何学模様が刺繍されており、見た目的にも豪奢でかなり華がある。下に着込む半袖の上衣であるチョリは濃い黄色をしており、サリーの色合いにアクセントを添えている。


「その切り替える、と言うノは? 試合マップのパターンに紐ツいた戦術なら、選択範囲が狭まルんではないかしラ」

「いえ。確かにマップへ合わせた戦術を用意しましたが、あくまでマップにテーマを決めて戦術を当て嵌めただけです。実際はどの戦術で戦っても問題なく運用可能です」


 リゼットとヴリティカは、貰った回答に何となく厄介な含みがあると感じて思わず片眉が釣り上がる思いを隠すことなく顔に出している。

 この二人だけではない。クラウディア、エルフリーデ、それとララ・リーリーも何とも言えない顔をしている。

 ティナが質問に答えたと言うには、読み取れる内容が集団戦に造詣が深い者にとって非常に面倒くさい意味合いが含んでいることを察してしまったからだ。各戦術の粒度云々どころか、複雑に絡み合う予感を。

 特に、カレンベルクの兵法である部隊指揮教養を叩きこまれているクラウディア、戦略と戦術を用いる集団戦が主戦場のエルフリーデ、狩猟解禁期間には部族の戦士たちと集団で連携しながら狩りをするララ・リーリーの三人が渋い顔をしている。


「あら、何に思い至ったか判りませんが、そんなゲンナリすることないじゃありませんか」


 姫騎士さんは、シレッとたおやかな笑みで返すのだ。騎士シュヴァリエとしてその言葉を出したと言うことは、彼女達がゲンナリする原因を確実に判っているのだろう。


「六パターンを常に切り替えて予測不能にすると見た」


 蓋椀湯呑に淹れた普洱プーアル茶をズズズと啜りながら小乃花このかがポツリとこぼす。


「確かに妥当ですわね。絶えず変化する戦術でしたら、終わった試合を参考にされることも防げますわ」


 テレージアが小乃花このかの言葉に相槌あいづちを打った。

 この二人、竊盗しのびと傭兵の兵法を継いでおり、戦況が絶えず変化する前提の元に技術を叩きこまれている。だから、状況に応じて戦術を変えるのは当前だと根底にあるため、素直にティナの言葉を受け止めている。


 しかし先の三人、クライディア、エルフリーデ、ララ・リーリーは、八名と言う一小隊に等しい少数チームで、試合時間四十五分の局地的な戦いにそこまでするのか、と言う思いの方が先に立つ。相手となるチームは基本的にコンピューターでランダム編成される即興チームだ。こちらが戦術を一つでも用意して連携を事前に固めて置けば、それだけでも相当有利に戦局の主導を握ることが出来るのだ。なのに態々わざわざ戦術の切り替えまで用いると言うことは、司令塔の判断に割く労力が増えるのと、駒となるメンバーの運用にもある程度の細かい指揮が必要になると言うことだ。

 少なくともティナの戦術運用は、大規模戦を考慮しているのではないかと訝しむレベルである。項目の記載にある大枠と違う方向ではないか、と。


「わたしは、ターゲット指定された獲物を射るシゴトだったから、ふんわりとしか判らないしー」

「切り替える前提だから移動とタイミングの連携なのかしら。連携なのよ」


 部隊としての戦術にうといマグダネラとニルツェツェグは、言葉の裏までは汲み取れなかったようで、言葉通りに題目を受け止めていると見れる。ウルスラは特に意見はないようで、フーンと言った様子でそれぞれの意見を聞いていた。


「それでは二つ目行ってみましょう! 一つ目を運用するための必須事項ですから!」


 気を取り直して、ではなく、妙に張り切っている雰囲気で語り出すティナ。先に回答した内容の裏を読んだ面々へ、察したことが正解であると答えるように。そして、意気揚々とホワイトボードスクリーンの二項目目を差し棒の描画モードで花丸のように囲っている。


「移動とタイミングの連携ですが、戦術切り替えの挙動もこれに含みます」


 ああ、やっぱりか、と三名程が半分諦め顔である。

 ティナの言葉前半部分。騎士科に属するならば戦術理論や戦術基本の履修をしているため、行軍や展開、仕掛けどころや引き際などを円滑に運用することだろうと大体の予測は出来る。だが、後半部分が入って来ると話が複雑になる。戦況に合わせた局地的部隊運用を匂わせているのだ。ケースに合わせて個々の技量で適宜対応する――などではなく、イレギュラーケースも踏まえて戦局全てをデザインしようとする試みが伺えてしまったからこそ、渋い顔をしてしまうのだ。

 その思いが口からこぼれるクラウディア。親戚だからこそティナのことを良く判っている一言だ。


「ティナって普段は面倒なことは回避しまくるのに、自分から動く時はやたら難易度の高い面倒事に周りを巻き込むのよねー。笑顔で能動的に」

「ちょっと、クラウ! 言い方! 風評被害です!」

「小等部時代の弾丸ツアーとか、巻き込まれた達はいい迷惑だったと思うけど? 最近だと日本でのイベントとかかしら? 実質一日ででっち上げたヤツ」

「……」


 姫騎士さん、押し黙ったところを見ると、自覚はあったようだ。

 ちなみに弾丸ツアーは、若年層のChevalerieシュヴァルリ普及を名目に、同世代の騎士シュヴァリエを巻き込んだ巡業イベントを企画・強行したのだ。二つ名【姫騎士】定着を目論む啓蒙活動が真の目的だったのは内緒の話。


「はい、それでは説明しますね」


 何事もなかったかのように笑顔で話を再開する姫騎士さん。瞬間的に自分のことを棚に置く精神力の強さは瞠目に値するだろう。面の皮が厚いとも言うが。


 結局のところ、集団戦経験組の予想通り戦局をデザインするための戦術であった。

 六つの戦術には其々それぞれ行動指針があり、作戦行動自体は単純とも言える簡易なものである。だから大枠を覚えれば良いのだ。しかし、戦術切り替えなどの組み合わせで奥深さを見せ、総じて行動予測が困難で複雑な造りに変貌する。

 更にはチームを二~四部隊に分けて運用する前提となっており、どの試合でも部隊指揮が出来るティナ、クラウディア、エルフリーデの三人中、必ず二人はメンバーに含め、指揮官の役割を果たすのだ。それを聞かされたクラウディアとエルフリーデは貧乏くじを引かされた感が否めないようで、ムッツリしていたが。


 そして、三つ目の項目で挙げられていたキーポイント。これはマップと用いる戦術に対するテーマ的意味合いであった。例えば、弓兵が健在であるか、損耗が予定内であるか、対戦相手が策略通りの挙動であるかなど、進軍速度や戦術変更に対する判断材料であったり、接敵時の対応など、複数の意味を持たせていた。一意の方針ではないため、猶更に戦術を読み難くしている。

 

 各戦術と部隊の動きなどはプレゼンよろしく綿密な資料が造られており、ホワイトボードのスクリーン機能が大活躍であった。プレゼン資料は当然の如く、各人に配布している。


 二時間に及んだ説明会と言う名の打ち合わせで、様々な意見が飛び交った。特に司令塔役を振られているクラウディアとエルフリーデは、各部隊が分散した際の連絡方法や、戦術切り替え時の同期方法など、摺り合わせに大きく時間を取られた。何せ、伝令を出せるほど人的リソースがないからだ。

 弓部隊も狙撃する距離を気にしていた。彼女達は距離に応じて弦のテンションを変える、もしくは対応する弓に変える必要があるからだ。ウルスラがDuel決闘に使う弓などは、超近接、および速射のためわざと弦のテンションを緩めており、有効射程は十メートルしかない。


 話し合いで最初に確定したことは、練習についてであった。一項目から三項目までを加味しながら聞けば、戦術は高度で複雑なのだが、それは組み合わせたことによる見え方であって、紐解いて見ればティナが最初に言った通り一つ一つはかなり簡易化されていた。騎士シュヴァリエならば修得を苦にしないレベルであったのが判り、所々で安堵の声が漏れている。

 兎も角、平日夕方の一時間ほど全員で集まり、戦術に含まれる陣形のおさらいと連携の練習をすることとなった。ティナが一時間と設定したのだが、あくまでMêlée殲滅戦は掛け持ちと言うことで参加依頼を受けてくれた面々に配慮してのことだ。彼女達が本来参加する競技への調整期間中に時間を割いて貰う訳で、そちらに影響が出ないよう模擬戦どころか剣を持つことさえも練習に含めていない。


 試合まで後二週間。一見、練習量が不足しそうに思えるが、全く問題ないだろうとティナは確信している。

 そもそも集めた人材が世界で戦えるレベルにあり、個々の技量はトップクラスで手を入れる必要もない。弓部隊にしても同様だ。Chevalerieシュヴァルリと言う競技で弓を獲物として戦い続けられるのは、極々僅かしかいない。そのほんの一握りに含まれる三名がここに居るのだ。

 予定通り仕上がれば、総合戦力が尋常じゃないチームが産まれることだろう。なればこそ、姫騎士さんから笑いが漏れてしまったとしても仕方がない。


「フッフフフフフフフ」

「(紛うことなきチート軍団が爆誕します。いささか面子が反則気味なのはご愛敬。Lasstレッ uns 蹂躙!)」


 今日のティナは、珍しく心の声と乖離が見られない。どちらも黒い。怪しげなオーラが立ちのぼりそうだ。

 その様子に違和感でも覚えたのだろう。テレージアがティナを気遣ってきた。


「殿下、如何なさいました? お加減を崩されましたでしょうか?」

「いえいえ、ナニも問題ありませんよ? このチームが実働する姿が楽しみで、思わず含み笑いがこぼれてしまっただけですから」

「そうでございましたか。それならば宜しゅうございました……」


 テレージアの言葉に歯切れがないのは、やはりティナの違和感が拭いきれないからだろう。くだんの姫騎士さんは、怪しい気配がまだ漏れてますので。


「ところで。森林マップの戦術、行軍範囲に地上以外が含まれてるのが正気を疑うわ」

「そう、それー。ティナの発想が斜め上すぎてうける的ー」

「エルフリーデにウルスラもなにを仰いますか。せっかく公園エリアの森林地区がマップになるんですから自然物を有効活用するのは当然です」


 呆れ顔のエルフリーデ、大笑いするウルスラを尻目にシレッと返すティナ。

 木々の合間を立体機動するつもりなのだろう。Waldmenschenの民は森の中でこそ最高戦力となるのだ。


 しかし。

 一時期、コッソリ鍛錬中の姿を見られ、公園エリアにUMAが棲みついた噂がまことしやかに囁かれたことを姫騎士さんは忘れている。

 そして試合後、森林マップで大暴れした姫騎士さんは後悔するだろう。


 UMAの正体見たり、と口々に囁かれることによって。


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