【閑話】男子高校生の他愛もない日常 ~武徠~

2156年10月25日 月曜日

 東京都墨田区。朝晩が少し肌寒く感じ始め、木々の葉が色付いて来ている。この地区のシンボルである東京スカイツリーを見上げれば、抜ける様な空の高さに映える姿が季節は秋だと告げている。


 食欲の秋。

 芸術の秋。

 読書の秋。


 秋を象徴する様々な単語はあるが、ここ東京都立吾妻橋高等学校ではもっぱらスポーツの秋一色である。とは言え、学生達がスポーツ活動にいそしんで、と言う訳ではないのだ。この学校に通う2年生が先日得た実績により校内はその話題でスポーツ一色に塗り替えられたのだ。


「なんだかなぁ。チラチラ見に来るわ、指差されるわで落ち着かねぇな。」

「いやはや、校内は君の話題で一色となっているね、キング。」

「ほんとだよ。毎試合燃料投下するから至るところの格闘スレが炎上してコメの流れが早い早い。」

「スワン…。掲示板じゃなく試合見てやれよ、試合を…。」

「いやだな、ミッチー。ちゃんと見たよ。でもキングの試合、秒で終わったもの。プロ相手に瞬殺ってどう思う、アキ。」

「私に話を振るのはいささか違うのでは? それ、そこに当事者がいるんだから直接聞くのが一番だろう。」

「ま、それもそっか。んで、キング。土曜日の試合についてナニかコメントちょーだい。出来ればスレを炎上させるくらいの爆弾発言を希望。」

「あん? 試合よかチラチラヒソヒソが鬱陶しいんだが。」


 登校してホームルームが始まる前の時間。本来ならば、また一週間の始まりを告げる憂鬱な月曜日の朝であるが、今日に限っては生徒達は活気、と言うより騒々しさで溢れている。

 その原因を作ったのは、2年B組に在籍する楢木ならき 武徠ぶらいである。


 一昨日に国内で行われた打撃系格闘イベントに期待の新人としてスーパーヘビー級で出場し、優勝経験があり常に上位へランクインしているクロアチア国籍の有名なプロ格闘家を秒殺すると言う誰しも予想しなかった勝利で凱旋したのだ。まだ学生で、しかもこの試合が公式4戦目と言うキャリアから格闘ファンやメディアで大騒ぎとなるのは当然であろう。更にメインイベントでは無かったが、近年の格闘ブーム再来でゴールデンタイムのTV放送で流れたことが拍車をかけた。


 だからこそ、一躍有名人となり休み明けの今朝は登校中から視線を集め、今この時も他のクラスや学年からチラチラと見に来る生徒がいるのだ。


「名言いただきました! 試合の相手は眼中無し! 今の台詞、スレに投下してきていい? 脚色して。」

「ヤメロ。脚色すな。鼻の穴にケシゴム詰め込んでガムテ貼るぞコラ。」

「まったく。掲示板で煽っているのはスワンと言うオチではなかろうかね。」

「おいおい、アキ。さすがにスワンもそれは……。つーか正直に吐け、スワン。」

「ひどいな、アキもミッチーも。ボクがそんなことする訳ない訳ないだろう?」

「…おい。」

「君、どうやら実行犯の様だね。」

「テヘッ!」

「まぁ、オレは別段どーでもいいけどな。」

「いいんだ!? キング!?」

「言質いただきー! あざーっす!」

「キング。随分と懐が深い様だが良いのかね。スワンが絡むとロクな事になりかねないぞ?」

「そんときゃそんときだ。」


 彼等4人は小学校時代からの腐れ縁である。

 その友人達が顔を合わせて、校内で噂の元となった一昨日の格闘イベントについて話が出るのは必然であろう。なにせ噂の当人がいるのだから。


 アキと呼ばれているのは、古くから続く茶道の家元に産まれ、幼少時から古風な老人たちの間で育ったことが言葉使いに影響が出ている川西かせい あきら。彼自身も茶の湯茶道を嗜むが、もっぱら懐石料理を作る方に興味がいっている。

 ミッチー。相良さがら 道孝みちたかの渾名である。相良家は剣道の道場を構えており、小学生の部団体戦ではこの道場から出たチームが去年、全国大会で通算8度目となる制覇をしている。所謂、名門道場の跡取り息子である。

 スワンと呼ばれる彼、諏訪すわ 隆二りゅうじ。神主の家系だが、次男なので好きに生きている。デジモノ、廃墟、プラモ、ゲーム等々、気になったものは徹底的に遊びつくして次の遊びを探すタイプ。今は動画サイトで配信しており、中々に視聴者が多い。


 そして。稀代の大横綱と呼ばれる黒将灘こくしょうなだを親に持つ武徠ぶらいは、小学生時代からオークキングと渾名あだなされ、今では単にキングと呼ばれている。

 元々、楢木ならきと言う苗字を英語読みしたことと、鼻の骨が変形して少々鼻が上を向いていることから揶揄した渾名あだなではあるが、実際は良く知られるモンスターの様に醜い豚顔ではない。

 ブルガリア人とのハーフであり、顔つきはどちらかと言えば精悍で整った方だ。鼻の形が鋭い雰囲気を和らげ、むしろ愛嬌がある面立ちにバランスが傾いている。

 そして、女性に対しては紳士的に接する様、母親から魂の奥底に刷り込むくらい躾けられているので、筋肉で膨れ上がった大男なれど、意外と女性受けは良い。


「おらー、席に着け席に。HRはじめっぞー。」


 ガラリと教室の扉を開け入ってきたのは、20代後半程でメガネに白衣を羽織った女性。科学の教鞭をとり、この教室の担任である如月きさらぎ 紹子しょうこ。生徒からはショーコちゃんと呼ばれるアラサー間近の独身である。


「ああ、楢木ならきは試合に勝っておめっとさん。まさかプロの試合に出るとはなぁ。高校生が勝つなんて異例なんだって? 先生、良く判らんけど次も勝てるのか?」

「ん? いや、全部勝てるぞ? それが最低限のスタートラインだからな。ショーコちゃんこそ格闘に全く興味ないだろう。」

「そんでも、生徒が世間様では無謀な挑戦をしてるとか噂が流れれば心配くらいするさ。」

「じゃあ、心配無用だってこと証明して来てやるよ。」


 プロのリングで勝利する。その一言は教室を騒めかせる台詞であろう。クラスの内でも何人かはリップサービスだと思っている。しかし、武徠ぶらいを良く知るものは理解している。彼は決して戦いに対してはウソをつくことが無い。その彼が「全部勝てる」と言ったのだ。それは虚言や妄言ではなく、自信があるのだろうと。


「おおっと。話はここまでだ。出席取るぞー。相川ー。」

「へーい」

「相沢ー」「はい」

「江藤ー」「うぃーす」

「榎――」「――」

「――…」

 … …



 昼休み。授業中もチラチラ視線を受け、休み時間毎に取り囲まれて色々聞いてくる連中に嫌気がさしてきた武徠ぶらいである。休み時間の度に学年関わらず人に取り囲まれるのは勘弁して欲しいところだ。昼のチャイムと共にそそくさと学食へ逃げ込む。

 学食でいつも席を確保するミッチー。彼も実家の道場で鍛えられ中学時代に剣道個人戦で優勝するくらいには身体能力が高く、持ち前の機動力を生かしてスルリスルリと人混みを掻き分け良い席を取るのが彼の得意技だ。


「おーい、こっちこっち!」

「おーさすがミッチー。角っこでナイショ話も出来そうなベストチョイスだねぇ。ほいミッチーの分。B定食で良かったよね。」

「良い位置であるな。この場ならば不敬な衆目は避けられるであろうな。」

「オイオイ、随分時代かかった言い回しだなアキ。」


 武徠ぶらいは興味本位で近づくものが出ない様に周りを威圧しながら席に移動する。それでも近づこうとする者にはジロリと一睨み効かせる。食事時くらいはゆっくりしたいのだ。

 食堂の定食を並べる幼馴染と比べ、武徠ぶらいは実家から持たされた重箱二段重ね。身体を造り直している最中なので、それに則した栄養を取れるように配慮して貰った内容となっている。


「うおっ! キングの弁当スゲェな! …っておかずだけしかねぇじゃん?」

「今、身体絞ってるからな。炭水化物は控えてんだ。不要な筋肉も削ぎ落してるしな。」

「そう言えば、先月末の初試合から痩せてた来たよね。腹回りがどんどん細くなってるじゃん。腹に巻いて痩せる器具でも通販したかと思ったよ。むしろ使ってたら良いニュースになるのに。」

「スワンは相変わらずであるな。しかし、身体を絞る、であるか。」

「まぁな。何事も用途に合った筋肉があるんだよ。俺が速度を上げるには筋肉が余分に付き過ぎてる。」

「ふーん、そんなもんなのか? 剣道だと体重制限ないからイマイチわかんねー。」


 ならい覚えた様々な武術を全て扱いつつ最適なパフォーマンスを出すため、武徠ぶらいは身体造りをやり直している。彼は関取と同様、見た目に相反して体脂肪率は24%未満と筋肉質な身体を持っていた。元々骨も頑丈で重いため、鍛える内に145kgと重量級の体重になった。だが、膨れた筋肉はパワーはあれど速度に劣る。スーパーヘビー級と比べれば、軽量のバンタム級が放つパンチは圧倒的に早く、且つ手数が多く出せる。そこには身体の重さや筋肉量が関わってくるのだ。


 姫騎士との模擬戦。

 それは武徠ぶらいにとって、得難い経験であった。どの様な相手、どの様な武術に対しても勝利するには、何が足りないのか身体に叩き込まれた。自身の反応速度に身体が置いて行かれることから、速度をもう一つ二つ上げる必要があると判断する材料となった。力だけでなく速度と技。それが全て噛み合わねば己の積み上げてきた武術は生かすことが出来ないのであると。


「じゃさ、キングはどんくらいダイエットしたの?」

「せめて減量って言えよ、スワン。今122kgだな。」

「ひゃー、随分減ったね。でもまだ0.12トンもあるんだ。」

「大きな単位で表すと随分と重量がある様に聞こえるのが不思議であるな。」

「いやいや、分母がデカイから判り辛いけど1割半も体重一気に減らして大丈夫なんか?」

「むしろ動きにもキレが出てきたから、この前後位がベストっぽいな。」


 ティナと会ってから2カ月――この期間で有に23kgの体重を落とした武徠ぶらいではあるが、体脂肪率は7%をキープさせている。戦うためのスタミナを残すためだ。今の彼は一回り小さくなったと言うより、彼の言葉通りに全体の筋肉が締ってきている。むろん、八重垣部屋の朝稽古を横綱とぶつかり稽古も欠かさないが、体重の軽くなった今の方が勝率は良くなった。そこには力のみならず、自分の覚えた武術を相撲のルールで使う芸当を織り交ぜ始めていることにも起因する。


 10月2日から土日の2日間で開催されるUユース-18以下の打撃系格闘トーナメント。こちらにティナは約束通り枠を一つ用意した。さらに1週間後の10月10日の日曜日、今度は総合格闘技の若手ホープとの試合を組んだ。カレンベルクの名を使い無名の新人に対して異例ではあるが、それぞれの格闘団体へ枠を設けさせたのだ。相応の見返りとして運営資金の提供をちらつかせて。

 1週間スパンでスケジュールを組まれているのはタイトではあるが、格闘がメジャーになった黎明期には1日3試合を平気でこなすなど、今にすれば随分と無茶だったことを考えれば随分と優し気な采配だ。ちなみに現在では試合前は最低でも1カ月程度の練習・調整期間を開けるのが普通となっている。


 武徠ぶらいにチャンスが二つ用意された。ティナからのメッセージである。

 ――勝って見せよと。


 そして、迎えた10月2日。有名処の若手選手達に比べ、全く無名の武徠ぶらいだが、前年度スーパーヘビー級Uユース-18のチャンピオンとマッチングされた。どうせティナのことであるから、主催者側のプライドを煽って相手を決めたとしか思えないのだが。22世紀にもなると、食生活や栄養が行き渡ったことで、国内でも100kgを越えるスーパーヘビー級の選手は増えて来た。そのため、武徠ぶらいの相手は、Uユース-18ではあるものの先行してプロになった選手であった。


 1ラウンド38秒KO勝ち。

 それが武徠ぶらいのデビュー戦の結果である。最初、確認する様に相手にキックやパンチを出させ、それを棒立ちで受けるという相手を舐めているとしか思えない素振り。

 「こんなもんか。」そんな呟きが漏れた後、マットに沈んで完全KOされたのは相手選手だった。斜めに踏み込んで相手の攻撃が当たらない位置からももの裏側へ当てるミドルキックで相手の体勢を崩し、蹴りを放った態勢からパンチで狩り獲る、下を崩して上で決めると言うオーソドックスなスタイルで完勝した。ラッキーパンチでもなく完全に格が上の試合を見せたのだ。場内もメディアも沸きに沸く。スポーツ新聞記者などは武徠ぶらいが元大横綱 黒将灘こくしょうなだの息子であることをすぐさま調べ上げ紙面を賑わした。

 スーパーヘビー級が増えたと言えど、国内ではUユース-18以下の人数が余り多くないこともあり、2日に渡って計2戦の試合で終了した。武徠ぶらいは全て1分以内に勝利することでU-1818歳未満以下スーパーヘビー級で優勝を果たす。


 次の週、10月10日。打撃系格闘とは全くルールが違う、投げ、関節、寝技ありの総合格闘技に出場する。対戦相手にはコネで出場した旨をマイクパフォーマンスで罵られるが、それがどうした全て勝てばよかろうと、返す言葉は堂に入っており、どちらが挑戦者であるか判らなくなる始末だった。

 試合開始後、受け身を取らせない投げからのマウント。そして頭部へ2発の拳で相手を失神させる。1ラウンド47秒KO勝ち。それが武徠ぶらいの戦績であった。


 その翌週、10月23日の土曜日。打撃系格闘運営側も武徠ぶらいの実力は十分だと判断し、プロ格闘家がひしめくイベントのセミファイナルとして武徠ぶらいを招き、過去に優勝経験がある国外の選手とマッチングした。ある意味、武徠ぶらいの試験である。ここでどれだけ戦えるかで、金の取れるプロとして器が如何程であるか測るつもりでいたのだろう。

 が、試合当日。一瞬で踏み込み、相手のガードを弾き飛ばしながらのストレート1発。レフリーストップによる失神KO。1ラウンド8秒。武徠ぶらいの強さが本物であることが知れ渡った瞬間であった。


「キングの試合、まさに秒殺だったよねー。相手は四天王とか言われてたヒトじゃん。」

「格闘ファンがラッキーパンチとか言ってるみたいだけど見る目ないよな。」

「確かに。素人の私が見てもキングが格上に見えたくらいであるからな。これぞ横綱相撲と言えるだろう。」

「まぁ、最初の牽制技術はさすがプロの技だったけどな。んでもなぁ。相手に怖さを感じなかったからな。」

「あ、何かわかる。剣道やってたころ試合開始前に向き合うだけでコイツヤベーぇーって感じるヤツがいた。そういうやつだろ?」


 極稀に、全くすごんでいる訳でもなく自然な佇まいなのだが、対峙するだけで格が違うと感じる相手と出会うことがある。それは、自身が過去から積み重ねた経験を基に判断された本能に近い感覚から来るものだ。だからと言って、それが勝敗を決定する類のものではない。相手の何に対しておそれているかで結果が変わるからだ。


「なるほど。武道ではその様なことが起こるのであるか。」

「おもしろいね。じゃさ、キングは逆に怖いってヒトはいるの?」

「いるぞ。格闘家じゃないけどな。戦ったら一方的にボコられた。ハッキリ言って実戦だったら最初の一撃でオレは死んでたな。」

「え!? マジか? キングを相手に誰が!? だってオマエ、横綱と互角に戦うじゃん!」

「ミッチー、落ち着いてよ。キング、…あとで追及しようと思ってたネタの関連で一つ信憑性のないネタがあったんだけど…。」


 スワンこと諏訪すわ 隆二りゅうじは、勿体ぶりながらチラチラと様子を伺う体裁を取りながら押し黙る。


「いや、スワン。その突っ込み待ちの姿勢は如何かと。ほれ、ミッチーが焦れて貧乏ゆすりをしだしておるぞ。」

「はぁ。で、スワン。オレにナニ聞こうとしてたんだ? つまんねーことだったら鼻に粘土詰めるぞ。」


 ニヤリと笑うスワン。フヒヒと厭らし気な笑いを零しながらテーブルに簡易VRデバイスから写真を投影する。


「これなんだけどねー。キングも隅に置けないなーなんてね。あ、これ追及ネタね。」


 その写真は川縁の歩道を写した一見すると風景写真。しかし「ほら、ココ、ココ」と写真の端を拡大すると、女性と腕を組み歩いている武徠ぶらいがそこにいた。腕を組んだ女性と、その後ろに護衛らしい黒いスーツ姿の女性が二人。共に盗撮防止のジャミング機能で人相が判らないことから肖像権保護がされているVIPであると伺える。

 写真を見た全員が沈黙する。ミッチーなどは目を見開いているくらいだ。


「…オイ。スワン、いつ撮った。」

「ボクじゃないよ? 最近とある筋から入手したのさ! それよりも、この相手について聞きたいんだけどね? どこのお姫様だろうねー。」

「え? ナニ? キングいつの間に羨まけしからんことになってんだよ。オマエ、硬派通してたじゃん! 女は要らんって雰囲気醸し出してたじゃん!」


 裏切りだー、と叫びながらバンバンと机を叩くミッチー。血涙を流しそうな勢い。


「ほうほう。明らかに逢引としか見えんな。この件に関して我らは何も聞いてはいないと言うことは、お相手は紹介するのもはばかれる立場のお方であるか?」

「あー、そう言う訳じゃないんだがな。ちょっと複雑な事情があってな。」

「へー。姫騎士ちゃんと複雑な事情なんだー。この場合は情事かなー?って、チョットやめてキング! 鼻にインゲン詰めないで!」

「姫騎士? ちょっと待て。姫騎士ってあの? 超美少女じゃん! マジ? ナンデ? 普通出会いないじゃん! どこで知り合った! オレにもわけろ!」

「ミッチー落ち着きたまえ。なるほど、スワンがお姫様と表したのも頷ける。彼女は貴族の姫であらせられるからな。スキャンダルを考えれば我らにも言い辛かろうて。」


 この夏、ティナはTV番組出演にイベントにと、日本で大暴れしたお陰で大分話題になっていた。姫騎士と言えば彼女に紐付くレベルで記憶に新しい。


「もー。インゲンのタネが鼻の中に残っちゃったじゃないか。ホントは姫騎士ちゃんのこと追及しようと思ってたけど、もう一つの情報ソースが本題。」


 おちゃらけた様子から一変し、真顔になるスワン。その目は武徠ぶらいを正面から見据える。


「キング。ボクが仕入れた情報ソースだと、姫騎士ちゃんと戦ったって聞いた。それも格闘で。本当?」


 想定外の台詞から言葉がなくなり、一種異様な空気が幼馴染達を包む。

 ふぅ、と息を一つ吐き、武徠ぶらいが口を開く。


「…ったく、どっからネタ仕入れてきたんだか。その話は本当だ。オレはティナと戦ってボコボコにされた。一つも攻撃を当てられずにな。」


 更に想定外の台詞が飛び出し言葉が出ないのだろう、暫く無言となった。それと対照的に食堂のガヤガヤとした賑やかさが別世界の出来事の様に耳元で聞こえる。


「…とんだ情報だね。じゃあ怖い相手ってやっぱり姫騎士ちゃんのこと?」

「おう。全く歯が立たねーし、本気にもさせられなかった。その上、オレの弱点やらダメ出し喰らうし良いとこなしだ。」

「それは予想出来なかった話ではあるな。可憐な少女がキングを翻弄するなど恐ろしいものであるが。」

「マジか…。姫騎士ちゃんを愛称呼びって、どんだけ親密なんだ!」

「ソコかよ! なんで斜め上のセリフ出してくんだよ!」

「美少女とんずほぐれつ密着したのか! ずりーぞ! 俺も戦いたい! そして寝技でシッポリしたい!」

「聞けよっ!」


 彼等は真面目な話をしていても、途中からしょうもない遣り取りに変わってしまうのは何時ものことである。


「正直、マジかいやー!って叫びたいとこだけどさ。それよりも、キングは姫騎士ちゃんとはどーいう関係なのさ?」


 結局、皆が聞きたい点はそこに集約される。武徠ぶらい本人が自分より姫騎士さんが強いと言ったのなら、言葉通りの事実として彼等は受け取る。その言葉を疑わない程度には付き合いは長いのだ。今、彼等が武徠ぶらいを見つめる目は「素直に吐け」と口程に言っているのである。


「…仕方ねーな。情報拡散すんじゃねーぞ? オレだけの話じゃねーからな。」


 武徠ぶらいから聞かされた話は、彼等にとって予想外であった。「今日だけで予想外の話多過ぎねーか?」と言葉が飛び出す始末。しかし、胸中は皆同じだったのだろう。

 姫騎士個人が武徠ぶらいの目標のためスポンサーとなったこと。

 スポンサードの成果目標として、2年を目途にオランダの格闘競技「リアルファイト:ベアナックル」である程度の成績を収めること。

 そして、彼女に見染められたこと。


「ほう。キングの生活能力を確保しつつ目的を果たす段取りであるか。中々に厳しいが面白い試みであるな。」

「うん。良く考えてあるよねー。キング自身が動かないと回らないなんて随分とキングのこと理解されてるよね、この仕組み。」


 幼馴染である彼等は、武徠ぶらいが「全てを斃し最強を手に入れる」ことを人生の目標に掲げていることを良く知っている。だからなのか、話の食いつく場所が違ってきたとしても彼等にとっては些事である。


「でも積極的だね向こうの人は。いきなりプロポーズかぁ。スンゴイ良いネタなのに公開出来ないのが~。」

「ナンデ、キングバッカリ…。リアジュウホロベ…ホロベ…」

「ミッチー。君のそういうところが女性からもてない原因ではないのかね。」

「グハッ! ム、ムネン…」

「おー、クリティカルだねぇ。アキはいつもミッチーに止め刺すからなー。でもさ、キング。オークと姫騎士って、まんま薄い本みたいだね。」

「本人もメジャーなカップリングだとか言ってたぞ。」

「えっ、そんなこと言っちゃうなんだ! ナニソレおもしろい! ネタいっぱい持ってそう!」


 目をキラキラと輝かせるスワン。「姫騎士ちゃん、ゼヒ友達になりたい!」などと言っているが、ネタ枠と同類項の扱いをしている様に見えてしまうのは彼の性格的なところが大きいのだろう。

 この流れも、いつものことなのでスルーされるまでがセット。


「ふむ。だからキングはドイツ語を習いだしたのであるか。婿入りするのならば現地の言葉は必須。」

「そんなんじゃねぇよ。クライアントの母国語がドイツ語だから言葉を合わすのは当然だろが。」


 その話には余り触れて欲しくない武徠ぶらい。いずれ答えを出す必要がある問題であるが、今はそれよりも優先する事柄がある。そう言った思いが態度に出ており、膨れっ面を造っている。


「あれ? キング気付いてない?」

「ウウウ…俺でも判ってるぞ。」

「なんだよ、スワンもミッチーも。オレが何に気付いてないんだって?」

「キングは姫騎士嬢を相当、気に入っていると言うことであるな。でなければ態々わざわざ相手に合わすなど考えないのだよ、君は。」

「そーそー。普段だったら、何でオレが合わせなきゃなんねーんだって言うもん。」

「さっきの説明ん時から姫騎士ちゃんに好意を持ってるのが判ったぞ? キングは興味無い相手の話はもっとドライだかんな。チッ、相思相愛かよ。ウラヤマシイ…」


 正に寝耳に水と言った言葉を聞き、キョトンとした表情に変わった武徠ぶらい。反論しようとしたが押し黙る。自分を良く知る三人が三人共、同様な意見であることを見るに、どうやら自分では気付かなかった態度の変化があるのだろう。色々と葛藤があるのだろうか、武徠ぶらいは百面相をし始めた。その様子を幼馴染達は眺めつつ、彼の心情が表情で物語っていることに笑みを浮かべるのだ。


「キング。もう少し自分に対して素直になりたまえ。君も良く言っているだろう、正しく認めることから始めるのであると。」

「名言出たねー。キモチに蓋しちゃだめだよ、キング。素直が一番さ!」

「素直過ぎてやらかすスワンが言うと軽いな。でも、そう言うことだぜ? 心の隅っこに残しといたら何時までも引っかかったままになるかんな。」


 何だかんだ言いつつも、お節介な幼馴染達は武徠ぶらいの良き理解者であり、味方なのだ。それはどんな時も崩れることはなく四人は共に過ごしてきたのだ。


「…そうだな。ちゃんと考えてみるか。オレはこの手の話はいまいち判ってねぇしな。」

「そうするが良かろうよ。きっと君の世界は広がる筈である。」


 スワンとミッチーが笑顔で頷いている。彼等は今ここで言葉に出すのは無粋だと弁えるくらいは長い付き合いの中で判っている。

 この話は、武徠ぶらいが自分で考える選択をしたことで終わりだと。


 なのでスワンが新しいネタを口にする。


「ところでキング。年末の格闘イベント、どっちに出るか決めたの?」

「ああ? あれか。まだどっちにするか決めてねーな。正直どっちに出てもいいんだけどな。」


 打撃系も総合系も昨今復活した年末最大イベントである格闘トーナメントは視聴率を稼げるため、どちらの陣営も躍起になって力を入れている。突如、期待の新星として現れた武徠ぶらいは話題性も十分あり、トーナメントにエントリーさせたい人材であることから、両陣営は抱き込みにかかった。

 武徠ぶらいは何処の格闘団体にも所属しておらず、移籍などでの手間もなく、有利な条件さえ出せば取り込むことが出来る相手だと たかくくっていた。

 ところが、少々問題が出た。現在は海外からの招待選手と同様の扱いであったのだが、武徠ぶらいは強いて言えば所属は八重垣部屋。もっと言えば、カレンベルクが直々に契約している格闘家と言う実態であった。

 引き抜くには放送局やスポンサーよりも影響力を持つ企業を相手取ることになり現実的ではなくなった。つまり、手元に置くことが出来ない選手となったため、結局は招待選手の枠に当て嵌めるしかない状態となる。

 そのため、打撃系、総合系の両陣営は出場オファーを出すことに留まり、どちらに出場するかは武徠ぶらい次第と言う新人にしては破格の待遇となったのだ。


 実のところ、ティナがカレンベルク名義で武徠ぶらいと契約する形に持ってきたのは、武徠ぶらいが日本国内で格闘団体に所属を縛られ、自由に動けなくなる可能性を考慮した策である。

 騎士シュヴァリエとして契約関連に熟知している姫騎士さん。こう言った手を打つところは相変わらず卒がない。


「んー、リアルファイト:ベアナックルだよね? 取り敢えずキングが目指してるところは。」

「おう。来年中には何とか出場出来るまでにはなるつもりだ。」

「じゃあ、年末は打撃系のトーナメントに出るのをオススメするよ。」

「なんでだ?」

「ソッチだと、ヨーロッパで放送があるからさ。オランダだよね、来年目指すのは。放送でネームヴァリューが上がるんじゃない?」


 武徠ぶらいが「年末イベントの出場はどちらでも良い」と言った意見から、将来的に有利になりうる方向をイベントの放送予定先で比較したスワン。つまり、オランダに拠点を置く「リアルファイト:ベアナックル」の運営会社が武徠ぶらいに目を留めて貰う方法として、現地のTV放送が手っ取り早いと考えた。メディア方面から検討したのは、スワンが動画サイトなどで配信をしているからの観点だろう。


「はー、なるほどな。放送のことなんてこれっぽっちも考えてなかったわ。」

「そういう視点は得意だよな、スワンは。俺なんかどっちがファイトマネー高いかって考えてたよ。」

「ミッチーは下世話な話題にすぐ入ってしまうのが玉にきずであるな。」

「悪かったな! 下品で!」

「アキ、ミッチーの変わらないカマセっぽさは必要だよ。あとオーバーリアクション係。」

「俺の役どころ酷くない!?」

「はははは、いつも通りだな。」



 ――他愛なく、いつもと変わらぬ風景。


 それは人生に於いて、ほんの短い期間でしかないのかも知れない。

 だが、きっと長い時を経ても色褪せることのない日々なのだろう。


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