【閑話】「Épée et magie RPG」競技ゲーム「無事に戻るまでが探索です」プレイ活動録 ~競技ゲームプロチーム:Blue Blood~

Feuer Kugel!」


 スケレットスケルトン6体と相対している仲間達前衛の後ろから放たれた呪文キーワードは、ローブを纏い三角帽子を被った少女の声であった。幼さを残しながらも艶やかに朗々と響いた詠唱を鍵として魔法の杖魔術デバイスから拳大の火球が産み出される。蝋燭の灯が重なり合って渦巻く様に複雑な構造を持った炎とも呼べない小さな火のつぶては、時たま青や緑と言った色とりどりの小さな火が渦の中で産まれては消えを繰り返す。この独特な極彩色は彼女が放つ魔法の特徴だ。

 フッ、と杖の先から零れる様に切り離された火のつぶては、勢いよく標的へ向かって進路を取る。火のつぶての産みの親である少女は杖を振り、火球の軌跡をコントロールする。その道筋を湾曲させ、仲間達前衛の間をすり抜けながら激しい剣戟を繰り返すスケレットへ確実に命中させる。

 途端に色とりどりの火がスケレットスケルトンを覆い、Labyrinth迷宮の壁を明るく染める。火が消えると、その場に骨が崩れ落ちた。まずは一体。そして、続け様に呪文キーワードを放つ。仲間達前衛が敵の体力を減らした順に火のつぶてを当てていく。

 都合、4度の詠唱でこの戦いは終わりを告げた。


「コストパフォーマンスが悪すぎるわ。後12回しか呪文が残ってないもの。このスケレットスケルトン、1撃で斃せないのは厳しいわ。」


 ブツブツと言い出す少女の名は、リーゼロッテ・ウルリーケ・クローヴィンケル。愛称はロッテ。【極彩色】の二つ名を持つ自称大魔導士だ。


「それは仕方ないだろう、ロッテ。まだオレ達はレベル1なんだから。」


 このチームのリーダーである、【聖騎士】エリアーシュ・シェスターク。大型の両刃片手剣を使う騎士である。


「アーシュ殿はまだ良いではござらぬか。拙者は獲物が刀故、骸骨相手にはいささかダメージが乗らないでござる。」


 【斬り燕】の二つ名を持つ隼翔はやと卯月きさらぎ。拙速を尊ぶ侍が持つ斬撃特性の刀では、斬撃耐性のあるスケレットスケルトンなど硬い敵には得てして威力が減退してしまう。


「自分が思うにサブに鈍器を仕込む様に促されてるんじゃないか? シールドバッシュが使えりゃ打撃扱いになるんだが、それがレベル2スキルなのは序盤じゃ対策して苦労しろと言ってるんじゃ?」


 そう零すヨーナス・マルク・グリューニングは【移動要塞】の二つ名を持つ、守護騎士と呼ばれる防御力特化の騎士である。


「つーかさー。骨、硬すぎない? アタシのナイフだとダメ入んなかったよ? リアの鈍器はどーだった?」


 手の中でクルクルとナイフを回す少女は、斥候であるフランツィスカ・アルニム。彼女は暗闇での隠密活動を得意とするため、【夜鴉】の二つ名が付いている。


「リアのメイスでも通常と変わらないダメージでしたわ。弱点の打撃属性ですのに。それなのに体力の削りが少ないと言うことは、レベル1では相手をしてはいけない敵だったのでは?」


 メイスを愛おし気に撫でる女性は【柘榴ざくろの聖女】と呼ばれるエウラリア・バディーニである。聖職者のため、スケレットスケルトンなどの不死系特効の呪文キーワードを覚えるのだが、まだスクロール呪文書を購入しても実装出来るレベルではない。


 彼等は慎重に移動しながら先ほどの戦闘について話し合っている。一所で足を止めていると敵の徘徊索敵に引っかかり易くなるためだ。


「確かに、序盤としては強すぎだ。徘徊系強モブの可能性が高いな。」

「ちょっと、アーシュ。あんなの度々エンカウントしたら魔法が枯渇するわ。探索途中で死に戻り確定よ!」

「自分が思うにLabyrinth迷宮 Eigentümerオーナーは、そこまで鬼畜にしないだろう。」

「マルク、裏付けがないわ。私はと思って、いざって時のために詠唱は節約するわ。」

「はいはーい、そこまでそこまで。索敵に引っかかったよー。このカンジだとコボルト6匹かな?」

「それならメイスで潰せますね♪ せめて次こそは宝箱をドロップしてくれれば良いのですが。」


 斥候のフランツィスカ――愛称フラン――が指差した方向に目を凝らすと、子供大の身長で土色の肌を持ち鼻と耳が長く醜悪な面持ちをしたよこしまなる妖精――ドイツの古い伝承にある――が錆びた剣や鶴嘴つるはしを手に手に近づいてきた。彼等の探知エリアにチームが入ったのだろう。認識出来ない奇妙な言語で叫びながら此方こちらへ駆け出してくる。

 すかさずリーダーであるアーシュが指示を出す。


「よし、オレ、隼翔はやと、リアで迎撃するぞ! ロッテとフランは後衛でサポート、マルクは後ろへ敵を流すな!」


 本来、後衛ポジションの聖職者が前衛に組み込まれているのは、彼女を放っておくと嬉々としてメイスで敵を殴りに行くからだ。窘めても無駄であり、回復役の仕事もしっかりこなすので、もう好きな様にさせている。 

 そして、接敵。先程のスケレットスケルトンと違い、あっと言う間に敵は片付いた。彼らが今日、このLabyrinth迷宮に潜ってから何度も戦ったコボルトと変わりない強さだったことでホッと一安心する。有名なチームである彼等は、適正レベルの敵であれば苦戦などしない強さがあるのだ。そう考えると先のスケレットスケルトンがイレギュラーなのだろう。ならば一度引いてしまったイレギュラーとの遭遇は、今後もありうるとして行動を選択する必要がある。まだ余裕がある内に方針を決めた方が良いだろうと、アーシュは判断する。


「みんな。そろそろ経験値は貯まったと思う。ここは一度、レベルを上げに戻って仕切り直さないか?」

「自分が思うに、それが最善策だ。せめてレベル2スキルがあれば立ち回りに余裕が出る。」

「意義なーし! 帰りも結構、距離あるし今が戻り時っしょ。」

「そうですね。少し殴り足りませんが、余裕がある内に引き返した方が良いですわね。」

「殴り足りないって、リア殿…。まぁ、拙者もレベル2で護法が得られる故、撤退は賛成でござるよ。」

「やっぱ、戻った方が無難よね。さて、レベルアップで呪文キーワードスロットを増やすか魔術値を伸ばすか悩みどころだわ。」


 全員一致で帰還を選択する。探索に不確定要素を孕んだ場合、彼等の判断は早い。撤退するべき時にそれを選択できるだけの経験を積んできているのだ。

 Labyrinth迷宮の入り口を目指して元来た道を進む彼等ではあったが、簡単には済まなかった。ここまで探索した時の倍以上、敵とエンカウントしたのだ。ようやく出口に辿り着いた彼等は疲労困憊ひろうこんぱいの有様で、このLabyrinth迷宮の名称が伊達や洒落で付けられていた訳ではないことを痛感した。


 ――Labyrinth迷宮名「無事に戻るまでが探索です」――


 最も油断しがちである帰還時に難易度が高くなる設定がされていることを揶揄したLabyrinth迷宮名であった。



 ――彼等のチーム名「Blue尊き Blood血脈」は、Chevalerieシュヴァルリ競技の前身であるアトラクションから派生した「Épée et magie RPG」競技と呼ばれる、現実世界で自身の身体によりRPGを行うゲームのプロチームである。

 カテゴリーとしては、プレイヤーが実際に身体を動かす「eスポーツ」であり、スポーツ選手の扱いとなる。故に、彼等は実際に倣い覚えた武術の技を使い、また自ら生み出した技術を使って戦うのだ。


 ここは、ドイツのザクセン自由州ドレスデン行政管区バウツェン郡にある大型アミューズメントパーク。広大な敷地と数々のアトラクションはとても1日では回り切れない規模である。そのアトラクションの一つ、「Épée et magie RPG」ゲームタイプの常設型アトラクションが8月半ばからリニューアルするため、月初めから宣伝を兼ねた先行プレイ実況を撮影するプレイヤー役として、運営会社から仕事を受けて彼等は訪れたのだ。この手のアトラクションは、大抵、半年から1年のサイクルで新しい催し物に入れ替わる。

 今回のゲームはLabyrinth迷宮タイプ――所謂、ダンジョンと呼ばれるアトラクションで、吹き抜けありの3層構造を持ち建物内は移動式パネルで迷路を構成している。もちろん、Chevalerieシュヴァルリと同様に「Système de compétition Chevalerie」をゲームに特化してシステム根幹としているため、MR表示と簡易VRデバイスの効果で現実にダンジョンがあると見紛う程のクウォリティである。更に、「難易度高めの玄人向け」と顧客を煽る売り文句付き。


「ぐぬぬ…。やっぱり呪文キーワードスロット増やしてFeuer Kugelスクロール呪文書をもう一枚乗せた方が無難ね。」


 Labyrinth迷宮入り口にある商店やレベルアップ施設が付随したキャンプと呼ばれるエリアで、魔法使いの少女リーゼロッテは帰還してからレベルアップの恩恵をどうするかずっと頭を悩ませていたのだ。

 そして、レベルアップで上昇可能な項目、回数制限のある魔術スクロール呪文書をセットする呪文キーワードスロットと魔法の威力補正上昇を計りに掛けた結果、弾数を増やすことに決めた様だ。

 この「Épée et magie RPG」競技体系のゲームはレベルアップで身体能力の上昇はない。その代わり、上昇したレベルはそのままポイントとして扱い、スキルスロットや、呪文キーワードスロットなどの拡張や特殊技能にポイントを割り振るのだ。


 リーゼロッテ・ウルリーケ・クローヴィンケル。彼女は以前、本編に一度だけ登場したティナの同級生である。ティナがマクシミリアンへ入学するまでの、小等部時代から中等部2年間はクラスメイトであった。家を行き来する程度には仲が良いのだが、余暇のサイクルが異なってしまったので直接顔を合わせるタイミングが中々取れない。なにせ、学生の内から「Épée et magie RPG」のプロチームに所属しているので、彼女の時間に合わせてチーム活動が週末や長期休暇などになったからだ。


「帰りにスケレットスケルトンに合わなかったのはレアだったのか、もしくは推奨レベルの違うエリアに踏み込んだ可能性があるな。」


 斥候のフランが作成したLabyrinth迷宮のマップを見ながら、リーダーであるアーシュは分析する。推奨レベルと自身のレベルが合わなければ、レベル差による攻撃と防御へマイナスペナルティが発生する。そうなると普通の斬った張ったでは時間が長引き、苦戦を強いられる。


「自分が思うにエリア違いだったんじゃないか? もう一度同じエリアまで行って様子見するか、まだ探索していないルートに行ってみるか、かな?」

「リアはHeiligen聖なる Waffe武器を覚えましたのでスケレットスケルトンを殴打したいのですが。」

「ウチの聖女様はる気満々だね。アタシは罠探知が増えただけだしどっちでもいーよ。」

「私も弾数増やしたからどっちでもいいわ。だけど帰りがあるから魔法は温存するわよ?」

「ああ~、帰りでござるか。まさか疲弊したところに戦力投入してくるとは思わなかったでござるよ。」

「それじゃ、もう一度スケレットスケルトンが出たところまで行ってみるか。また遭遇したら一戦して、その結果から進むか別ルートを探索するか判断しよう。」


 リーダーの言葉に誰も文句はない様だ。チーム全員のレベルが一つ上がっているため、多少の余裕が出ており、現在の戦力を図るには丁度良い相手でもあるからだ。

 誰かが促さなくとも皆がLabyrinth迷宮入り口に足を向ける。方針が決まれば再突入と、既に彼等の習慣となっている。


 Labyrinth迷宮内部は、まるで蛍の光が反射している様な弱々しい蒼褪めた明るさがある。それでも前後5mは認識出来るため十分と言える。目を凝らせば暗闇に慣れ、もう少し先までは見ることが出来る。


「さっそく探知にかかったよー。ザントマン砂男が2体とコルンヴォルフ穀物の精霊狼が3匹だね。混ざってやってくるかな?」

「混成か。ザントマン砂男を優先攻撃。砂撒かれて眠らせられたら堪らん。」

「ならば拙者が1体受け持つでござる。」


 そう言うが早いか隼翔はやとは飛び出すと同時にザントマン砂男へ二太刀浴びせ1体を仕留める。その隣には聖職者であるリアが飛び出しており、メイスでザントマン砂男を殴打する。柘榴ざくろの様に頭が弾けてザントマン砂男が息の根を止めた。「さすが【柘榴ざくろの聖女】殿でござるな」と、エセ侍の呟きが聞こえる。

 一足遅れて戦線に到達したアーシュは、リアをターゲットして飛びかかろうとしたコルンヴォルフ穀物の精霊狼の首元へ真横から剣を振り下ろす。クリティカルが発生した様で、一撃で狼の首が転がり落ちる。2匹のコルンヴォルフ穀物の精霊狼を盾で受け止めているマルクは、レベル2から使えるシールドバッシュで狼の体勢を崩し、2匹が重なってもつれる。そこへ後方からマルクを避ける様にFeuer Kugelが弧を描いて着弾する。複数の色をした炎が憐れな狼を纏めて包んだ。


「やっぱり初期レベルの相手なら問題なく一撃で仕留められるわ。」

「自分が思うに、味方を避けつつ動目標を2匹纏めて魔法で当てるのは相当な技術だと言える。」

「アタシもそー思う。実際凄くナい? 命中率80%超えで味方被弾率2%て記録になるんじゃん?」


 どの様な状況でも味方の隙間を縫って敵に魔法を当てる技術。それこそが、ロッテにプロチームからスカウトが来た理由だ。

 「Épée et magie RPG」競技の魔法は、細胞給電式コンタクトモニターに表示されたターゲットをロックして、魔法を発動すると発射する仕組みだ。当初、ロックは発射のタイミングでターゲットに固定され、遮蔽物が無ければ必中であった。また、フレンドリーファイアがデフォルトで設定される競技であるため、乱戦の中で敵に向かって直線で飛ぶ魔法は、しばしば仲間を巻き込むこともあったのはご愛敬。


 しかし、魔法使いのスキルは自動追尾などの機能で優遇され過ぎとなり、ゲームバランス的にもスポーツの観点からもズレてきたところで、現在のシステムに改修された。主たるところは自動追尾機能の撤廃。敵をロックした位置が着弾ポイントとなるため、魔法からの回避は呪文キーワードが耳に入ったら左右に大きく避けることで逃れることが出来る様になった。だが、改修項目その2として、魔法を使う側も杖の振り方などで弾速や着弾までの軌跡をコントロールする機能が追加されたため、魔法で敵に着弾させる技術がそれなりに必要となった。


 ある時、一人の少女が敵にロックせず魔法をおおよその方向だけで射出し、杖による軌跡コントロールで激しく動き回る戦闘中の敵に命中させる活躍を見せた。偶々ではないことは見た者全てが理解した。それは乱戦の真っただ中で味方の隙間を掻い潜って魔法を通したりと、高度な技量でフレンドリーファイアを起こすこともなかったからだ。

 今までにも、似た様なことを試した者はいた。しかし、難易度が非常に高く、実用可能になるレベルに至った者は極々一部だ。

 その様な技術を持つ魔法使いは引く手数多あまただ。だからロッテには沢山のスカウトが舞い込み、学生であることを手厚く考慮してくれた大手ホビー会社所属のプロチームに参加したのだ。


「こっちも久しぶりにクリティカルが出せた。」

「クリティカルは難しいでござるよ…。騎士シュヴァリエの方々が簡単にクリティカルを出すところは恐ろしかったでござるよ…。」

「ああ、自分もあれには驚いた。流れる様にとは正にあのことを言うんだな。」


 聖騎士と守護騎士、それに侍の前衛3人は、マクシミリアン国際騎士育成学園で一般公開される6月祭を見に行っていた。催し物の一つ、電子工学科が作成した今冬リリース予定でベータ版として公開した「Épée et magie RPG」のゲーム(タイトル未定)を最上級生組の騎士シュヴァリエと一緒に協力プレイしていたのだった。そこで戦闘に特化した騎士シュヴァリエは攻撃箇所の制限を外すと如何に戦闘力が高のか思い知らされた。彼等彼女等はコンマ数秒単位の攻防に慣れており、ゲームなどの敵キャラクターモブが振るう攻撃などは隙が多いだけで、無防備をさらけ出しているに過ぎない。面白い様に敵の攻撃を避け、首や頭部、心臓部分クリティカルへ確実に攻撃を当てていった。騎士シュヴァリエ達も普段では、まず獲ることが難しい心臓部分クリティカルが容易く奪える相手なので調子に乗ったと言うこともあるが。


「へー。そんなに凄かったんだー。アタシもイベント見に行けば良かったなー。」

「私は学校だったから行けないのよね。一度はティナの試合を生で見たいところだけど。」

「そう言えば、メインイベントは格闘試合だったとリアは聞きましたが。」

「見て来たよ…。まさかコミックやアニメーションの様なアクションが現実で出来るなんてな…。」

「ロッテ殿のご友人はんでもなかったでござるよ。【舞椿】殿のカンフーと【姫騎士】殿が未知の格闘術でぶつかり合う様は手に汗握る熱い戦い! 目で追えなかったでござるが…。」

「まぁ、そのくらい出来ても不思議じゃないわ。ティナは物心ついた時から剣以外にも小母おば様に体術で転がされてきたんだから。あの娘、基本的にわよ? 私もたまに巻き込まれて自衛術を教え込まれたもの。」

「俺が思うに、ロッテがモンスターの腕を取って頭から落とす技はその時教わったものだろう。自衛と言うより攻撃技だが。」

「うん。歳の割に信じられないくらい体術とか巧いもんねー。ホントは武闘家じゃないかと思うくらい。」

「フラン、私は大魔導士よ! 大魔導士たる者、魔法が使えない時でもその存在は確固たるものなのよ!」


 のんびりしている様だが、彼等チームはマッピングした地図を元に道を違えることなく正確に強敵が出現したエリアへ戦闘を繰り返しながら着々と進んでいる最中さなかでの会話である。

 ちなみに、前衛3人組が客席から見たティナと花花ファファの格闘戦はプレミアム配信である。プレミアムメンバー登録、つまり月額サービス制コンテンツの一部なので一般メディアには出回らない。月額4ユーロで、学園内の一部イベントを除き動画が見れる様になる。学園生の試合動画は学園設立当初からデータが保存されているので、閲覧出来るコンテンツ量は莫大だ。


「みんな警戒! アタシの索敵にUnbekannt正体不明の男が4体確認。このまま直進で2ブロック後の左折して直ぐのところに溜まってるよ。明らかに待ち伏せだねぇ。」

Unbekannt正体不明…まだ戦ったことない敵か。気になるところだが、先程のスケレットスケルトンクラスと想定して、一当てして出現する敵の強さを図りたい。これでスケレットスケルトンクラスであれば、レベルの違うエリアの入り口付近と判断しよう。」

「先ほどより余裕がござったら、もう一当てして判断材料を増やしませんでござるか?」

「2戦するの? じゃあ、Feuer Kugelは両方で多くても10発までは使うわ。可能なら立ち回りで敵が重なる瞬間を造って。魔法はやっぱり温存したいから。」

スケレットスケルトンならリアはHeiligen聖なる Waffe武器を掛けて骨が粉になるまでり潰したいのですが。」

「敵の特性が判らん。リーダーとしては軽装メンバーは状況が判別出来るまで後方支援を頼みたい。」


 敵に近付いたことで、会話がハンドサインに変わる。まず、マルクが音を立てない様に慎重に曲がり角まで先行し、そっと鏡を通路に差し込み様子を見る。マルクが確認役なのは、万が一敵に奇襲されたとしても守護騎士の防御力で持ち堪えられる可能性が高いからだ。

 マルクからハンドサインが出される。数は4、人型、武器は剣、動きは無し、と次々に情報を送って来る。どうやら敵は相手を認識後に行動を起こすタイプの様だ。

 ここで、斥候であるフランがマルクと位置を入れ替える。彼女のスキルには鑑定レベル1をセットしてあるので、鏡越しに敵を確認してから後方で待機しているチームの元へ戻る。


『(アイツらはフィンツ=ヴァイヴル鍔広帽で襤褸を纏う男。森の妖精だよ。素早さがそこそこ。問題はシミターの出血効果かな。)』


 この体系のゲームでは所謂パーティーチャットなどの情報共有手段に利便性はないため、小声で情報を伝達するフラン。それはスキルなども同様で、鑑定スキルも主に敵の名称や主たる特徴のみ通知される簡易辞典的な扱いとなっている。レベルや弱点など詳細事項が判ることはない。相手の攻略方法は、実際自分で戦って見付けていくのが「Épée et magie RPG」で発売されるゲームで主流になっている仕様だ。しかし、索敵する際に敵の名前が判る様になるのは大きい。一度戦ったことのある敵ならば、どの様に立ち回れば良いか事前に判断できるからだ。今まで遭遇した敵は殆どがドイツの妖精をモチーフとしていた。だが、ゲームのキャラクターは別物で、必ずしも伝承にある特性が使われている訳ではない。


『(では、マルクが先頭で敵を引き付けてからオレが右、隼翔はやとが左から斬り込んで敵の強さをはかる。回復はリアとフランのアイテムで頼むぞ。ロッテは敵の強さが判明するまでは魔法は準備のみ。)』


 了承の旨は各々おのおのハンドサインで答える。彼等のチームではリーダーが作戦を告げた時点で作戦開始となるからだ。

 声もなく、それぞれが配置につく。前衛3人は右からアーシュ、マルク、隼翔はやと。後衛3人は右からリア、フラン、ロッテとなる。ロッテは格闘、リアは前衛並みの攻撃力があるため、敵に回り込まれた際でも迎撃可能となる。初見の敵と戦う場合に彼らが用いる陣形だ。


 盾を構えながら声を上げてマルクが敵のど真ん中に突撃する。敵の注意がマルクに集中したところで、マルクの影から現れる様に右からアーシュが、左から隼翔はやとが斬り込む。その3歩後ろに後衛の3人が陣取る。

 一撃二撃と剣を振るうが、敵の体力はなかなか減らない。その時点で明らかに推奨レベル以上の敵であることをチーム全員が認識している。だから、その様な敵に対する連携へ言葉がなくとも自然と切り替える。


Feuer Kugel!」


 体力が減ったフィンツ=ヴァイヴル鍔広帽で襤褸を纏う男が、戦闘エリアの狭さから後列に待機していたフィンツ=ヴァイヴル鍔広帽で襤褸を纏う男とポジションを入れ替わろうと2体が接近したところに、ロッテの放った魔法がマルクの頭上を飛び越えて直撃した。1体が極彩色の炎に焼かれて朽ちる。もう一体は殆ど体力が減ったのだろう。動きに精細さが欠けている。

 その隣で戦っていた隼翔はやとから血飛沫のエフェクトと「Blutend出血」のAR表示が出て、身体の動きが明らかに鈍くなっている。出血値の蓄積が耐性値を超えたのだろう。


Heilen治癒!」


 リアから放たれた回復魔法は、隼翔はやとの全身を仄かな光で包む。失われた体力が回復する。全回復した訳ではないのだろう。少し動きにぎこちなさが残るが問題とならない程度の様子。


「助かったでござる! こいつら出血量がえげつないでござる! 一気に身体の自由が効かなくなったでござる!」


 隼翔はやとの戦闘スタイルは速度重視のため、動きを阻害しない軽い鎧を纏っている。そう言った軽鎧は出血耐性が金属鎧よりも低いため、出血値の蓄積が早いのが欠点である。それでもローブや革鎧よりは耐性が高い。

 アーシュやマルクの体力は、フランが回復薬(微)を投擲するだけで済んでいるが、出血値の蓄積量が危ういだろうと予見される。そろそろ戦闘を終わらせる必要がある。


「ロッテ!」

Feuer Kugel!」


 アーシュの合図と同時にロッテから魔法が放たれる。アーシュとマルクの隙間から火のつぶてフィンツ=ヴァイヴル鍔広帽で襤褸を纏う男を炎で染め上げ、身体が力なく崩れ落ちる。それを見て不利と悟ったフィンツ=ヴァイヴル鍔広帽で襤褸を纏う男が逃走しようとしたところにマルクがシールドバッシュで態勢を崩し、アーシュが剣を突き入れて止めを刺す。

 最後の1体は体力がまだ十分残っている様で、身体の動きに疲労も見えなかったのだが、隼翔はやとが一撃で葬る。


心臓部分クリティカル! 心臓部分クリティカルに決まったでござるよ! 練習の成果が今ここに! 師匠、拙者はやったでござるよ!」


 以前、ザルツブルクの宮殿美術館にチームでゲームのPV撮影に来た際、偶然ティナ達三人娘と出会い、ロッテの伝手で少しだけ交流を持った。その時、隼翔はやと京姫みやこから太刀の扱いについて少し教授して貰ったのだ。槍にしろ太刀にしろ、突きの基本は中段であり、安定して威力が最も出せる構えだと。その薫陶を受けて隼翔はやとは中段突きの練習を熱心にしていたのだ。本人の許諾を得ず、勝手に京姫みやこを師匠と崇めているところが痛い。


「あ~! 宝箱出たよ、ホラ! アタシの出番~♪ 開錠、開錠っと。」

「苦労した分、ランクが高いものだと良いな。」

「リアはメイスを強化するErteilung付与系の薬だと嬉しいですわ。」

「自分が思うに期待するのは宜しくないのでは。」

スクロール呪文書! スクロール呪文書!」

「ちょっと!? 心臓部分クリティカルでござるよ!? 誰か拙者に反応して欲しいでござるよ!」

「ざ~んね~ん。微妙なお宝でした~。回復薬(微)が2個と回復薬(小)が1個。」

「微妙だな。」

「微妙ですわね。」

「ガン無視でござるか!」

「微妙よ。」

「微妙だ。」

「なんでコッチ見て言うでござるか!?」


 隼翔はやとは弄られポジションの様だ。


 遭遇した敵の強さから、ほぼこちらのルートは推奨レベルが高めであると想定される。自分達も1つレベルを上げても苦戦することから、想定されるレベル帯は3~4が最低限必要だろうと彼等は結論付けた。確認のためにもう1回だけ戦うと決め、進路をそのままに少し進むとフランの索敵に敵が検知される。


「警戒、警戒~! 索敵に引っかかったよ。今度はフィンツ=ヴァイヴル鍔広帽で襤褸を纏う男2体と、Unbekannt正体不明の獣3体。どうする?」

「やはり別エリアだな。戦闘はUnbekannt正体不明の獣をマルクが引き付けてる間に、フィンツ=ヴァイヴル鍔広帽で襤褸を纏う男をオレと隼翔はやと、ロッテの魔法で片付けよう。」


 結局、Unbekannt正体不明の獣は、モラ邪精霊と言う変身能力を持った敵であった。白ネズミ、白手袋、革袋に化け、最後には蛾となって天井付近より眠り粉をバラ撒くと言う厄介な能力を持っていた。ロッテのFeuer Kugelしか届かない位置のため、連射させた火のつぶてを同時に着弾させ火力を上げると言う離れ業で仕留める。昆虫は良く燃えるのである。眠り粉が炎に焼かれて色鮮やかにパチパチ弾けるところは幻想的であった。


 強敵と2戦した結果から適正レベルに達していないエリアであると判断し別ルートへ引き返した彼等だったが、「Labyrinth迷宮を意図して戻る」行為と判断される様で、前回撤退した時と同様に来る時より倍の敵が襲い掛かってきた。それでもレベルを1つ上げているため自分達のレベル以下の敵は容易い相手であるのだが、只管ひたすら障害物を増やされ時間を浪費する格好となった。そして、入り口寄りにある未探索の分岐を選択して違うルートに入ったところ、やはりこちらのルートが適正レベルであることが確認出来た。


「うーん、このLabyrinth迷宮、ノーマルモードでこの難易度ってことは1日でクリア出来ないんじゃないかな。」

「そうでござるなぁ。既にトータル2時間は掛かってまだ半分も攻略出来てないことを考えれば…。」

「どうだろ? アタシは未探索ルートが正規順路で、レベル爆上がりとか、攻略アイテムが手に入るとかな気がする。」


 「Épée et magie RPG」競技ゲームに於けるレベルアップの概念は、拠点や特定の安全地帯でしかレベルアップをすることが出来ないソフトウェアパッケージが多い。特にダンジョン系のゲームはレベルアップに一度ダンジョンから外へ出る必要がある方法を採用しているソフトウェアメーカーが大半だ。これは、レベルアップさえすれば強引に進めてしまうことを防ぐためだ。

 行き詰まれば近辺で敵のリスポーンを待ちながら只管レベルアップする。その方式ではダンジョンと言う特殊空間の醍醐味である謎解きや探索などが二の次になり、ゲームを攻略する楽しみが半減したと言う過去の統計から産まれた仕様でもあるのだ。とは言え、簡単にレベルが上がり、ストレスなく先に進める爽快感をテーマとしたゲームもあるが、それは購買層のターゲットが明らかに違うので棲み分けは出来ている。


「自分が思うに、さっきのルートは自分達だから対応出来たが、一般客ならゲームオーバーだ。」

「リアも侵入不可を促す立て札とかメッセージとか区別出来る様なものは見てないですわね。」

「ある意味、初見殺しよね。死に覚えゲーかしら? それLabyrinth迷宮でやられると相当キツイわね。」

「だな。普通に進める場所にあるから躍起に挑んで玉砕し続けるケースも多そうだ。」

「リスポーンは30秒後で身体負荷増大のペナルティが1分だったよね? 下手なトコだとそのまま全滅する光景しかアタシは浮かばない…。」


 このゲーム、全滅時はダンジョンの最初から攻略し直す。その際は戦闘の強制終了、敵との遭遇は止められ、ダンジョン入り口まで別の出口から退出する。また、パーティがギブアップ申請をすれば同様に裏口退出となる。問題は、ダンジョンに入ってから敵や宝箱から得た金貨は没収され、一度も拠点に戻らなかった場合は無一文となる。そうすると、拠点にあるショップなどの金銭がかかる設備が利用出来なくなる。武器の劣化修復や、回復アイテムなどの装備を整えることが出来ずに再度ダンジョンに潜ることを強いられる訳だ。


 最終的にLabyrinth迷宮「無事に戻るまでが探索です」をクリアに要した日数は3日程。

 シンプルだが王道で、謎解きも探索も奥が深く、振り返れば確かに面白かったと感想が出る。

 しかし。一本道の分岐が多く、ギミック発動のためや、正しい道を選ばなかった際に長い距離を引き返す必要が度々起こり、戻ると言う行為が発生した時点で敵の遭遇率が倍に跳ね上がり攻略速度を遅らせる。

 更には2層目でボスを斃して出口となる3層目に入った途端、帰還ミッションが発動し、敵の遭遇率は2倍、尚且つ後ろから敵が追いかけてくると言う鬼畜仕様。

 よく無事に戻れたとチームメンバーの誰もが思った。


「いやー、ホンとに冒険だったでござるな!」

「確かに面白かったけど、アタシは疲れたよー。」

「自分が思うに、一般客ではクリアが難しいんじゃないか?」

「依頼料が高い筈だよ。仕事の拘束が長引けば1週間と言われたのが頷けるよ。」

「リアは聞いたのですが、デフォルトは難易度イージーで、且つ妖精さんが着いて来てナビゲートしてくれるとのことですよ。」

「あー、ナビ着きじゃなきゃマニアしか来なくなるわね。私達、難易度ノーマルだったわよね? ハードだったらどんだけなの…。」


 難易度設定は、ダンジョンへ入場する際に選択して決定する。彼等はプロのチームであり、ちゃんとチーム連携と頭を使って攻略すればクリア出来ることを証明するため、難易度ノーマルでテストプレイする契約であった。


「まぁ、私の見せ場が結構造れたからよかったわ。」


 自称大魔導士は、仕事の出来に満足だった様だ。

 自分の見せ場となる時を見逃すことはない。

 だからこそ、この競技で魔法使い系のトップグループに数えられるのだ。



 後日、彼等「Blue尊き Blood血脈」のプレイ映像から造られた宣伝が効果を表したのか、リニューアルオープン後は中々に好評を博した。

 だが、ダンジョンの構造は月ごとに移動パネルによって変更される。インターネット攻略情報サイト泣かせのアミューズメントであったと言う。

 人気が着々と出てくるころを見計らい、「Blue尊き Blood血脈」のプレイ実況動画がアミューズメントパークのサイトで公開される。30分単位で編集した動画は実に40話に渡り、彼等が持つ技能の高さに驚きや感嘆を誘い、また立ち回りなどはヘヴィーユーザーが大いに参考とした。

 動画にはオープニングでチーム「Blue尊き Blood血脈」の面々が紹介されていた。

 彼等の動画を見たことがある者は誰でも知っている。

 可愛らしくも臆面なく香ばしさを振りまく彼女の姿を。



 画面の中、ロッテはクルリとターンを決めた後、マントをヴァサッと翻し、腰に差していた杖を取り出す。軽く1回転させコーンと床を突く。

 肩にかかった髪をファサッと左手で流し、その左手は親指と人差し指をピーンと伸ばして顔の前面、左目の下に来るように置き、右目を瞑る。身体は妙に斜めに傾いているがピーンと伸ばされている。


 そして声高々に名乗るのだ。


「我こそは「Épée et magie RPG」競技チーム「Blue尊き Blood血脈」所属、孤高の大魔導士! 二つ名【極彩色】のリーゼロッテよ!」


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