02-026.みんな全国大会から帰ってきました!

2156年 4月30日 金曜日

 ドイツ組の他、ヨーロッパ組の大部分は全国大会予選の日程が重なっている。大会に出場するため騎士科の学園生は実に6割近くが帰省していることもあり、騎士科教室のホームスペースが随分と広く感じる。日もだいぶ伸びて1日の時間が長くなって来たが、人が少なくなった今は逆にその長さが静けさを誇張し、常日頃の騒々しさを恋しく思ってしまうものだ。


 昼の食堂も普段よりいているのが判る程である。今日は少し気温が高めであったこともあり、オープンテラスで食事を摂ったティナと花花ファファが少し呆れた調子で静かに話し合っている。あまり声を大にして話すことでもないのだろう。


「アッサリ勝ったヨ。」

「あっさり勝ちましたね。」


 彼女達の話題は京姫みやこの試合についてだ。日本の時差は8時間あり、向こうは現在同日の16:00過ぎ。今から6時間前に京姫みやこの全国大会の予選である県大会決勝戦があったのだが、くだんの老害との戦いだった。

 それが、今まで苦労していたのは何だったのかと言うレベルで、あっさり勝っている。相手は気付いた時には負けており、茫然自失となって言葉も発せられない程だった。

 実際、現地のニュースでは話題となり、その後に記者の突撃インタビューなどが敢行されるが終始ノーコメントを貫いて逃げる様に送迎車に乗る姿が捉えられている。小乃花このかが期待していた戯言すら出さなかったと聞いたのは、日本組が全国大会から戻ってきた後だった。


 ティナ達は、朝一で国際シュヴァルリ評議会日本支部が投稿した県大会の試合動画を見て来たのだった。

 実は、今まで加納大老と呼ばれる老害の試合動画は公開されていなかった。表向きの理由としては流派の秘技とか運営に影響が云々と言いながら圧力をかけたのだろう。更に国際シュヴァルリ評議会日本支部の一部か或いは全部が言いなり、もしくは結託していたと思われる。

 それが解消されたと言うことは表では人員整理と政治的な処理を行ったのだろう。


「一目で老害だと判る御仁でしたね。」

「ソウネ。あんな老賊ラオゼイが威張れる日本リーベンは懐が広いヨ。」


 今まで試合動画を公開させなかった理由もそこにあるのではないのだろうか。


京姫みやこ、ますます技の出が判らなくなりましたね。」

「無拍子の技とチガウから厄介ヨ。全部の技が無拍子みたいなものヨ。」

「ゾーン状態には入ってた様ですけどサマディ無我の境地には至ってなかったですね。」

「その必要なかたヨ。だからじゃないカ?」

「確かに。サブ武器デバイスウェポンだけで立ち合ったのも何かあったんでしょうね。」


 彼女達が動画を見た限り、老害と呼ばれている老人ははなから京姫みやこを侮っており、傲慢とはあの様な姿であると例えにすることが出来る程であった。

 対する京姫みやこは、いつもの大身槍おおみやりではなく、相手の打刀より短い脇差を武器として持ち込んでいる。

 多分、何かあったのだろう。あの老害のどうあっても自分が勝つと確信している顔が物語っている。


 ティナはこの状況に至った予想を立ててみる。

 京姫みやこはヘリヤから2ポイントを取得した騎士シュヴァリエであると知れ渡っている。老害にとっては自分を脅かす脅威となる可能性が高い。妨害工作などもあったかもしれないが、父や学園長が動いている限り事前に防がれている筈。

 そして、老害は国際シュヴァルリ評議会日本支部に融通を効かせることが出来なくなった。1国の武術界に君臨しているレベルと、国を股にかけて甚大な影響力を持つ大貴族の一族達相手では戦いにもならなかったのだろう。

 だから直接、京姫みやこに接触を図り、使う武器を制限する確約をさせた。恐らく、呆れ果てた京姫みやこわざと乗ったのではないか。


「そんなところだと思いますが、どうでしょう。」

「あと評議会の人間、タブン全部入れ替えたヨ。日本リーベンの動画なのに英語版しかなかたヨ。」

「あっ! 確かに。こちらから暫定的に人員を送ったのですね。それじゃあ日本語版は作れませんね。」


 ティナは、評議会の人員入れ替えについて、フム、と頷きながら自分の見解を話す。


「そうすると、もうひとつ予想ですが。去年の県大会、京姫みやこの判定処理が不正操作されてた可能性があります。」

「ウン。間違いないヨ。あの相手レベルなら去年でも勝てたヨ。」


 違う武術と戦うすべを持たない相手は、世界に目を向けて研鑽を積んでいる騎士シュヴァリエにとっては恰好の獲物に過ぎない。


「ですね。京姫みやこほのめかした通り、巧いのではなく上手いだけでしたから。小等部ジュニア時代に大会を荒らし廻ってた頃の京姫みやこの方が騎士シュヴァリエとしては要注意と思えますもの。」

京姫みやこ、小さいころからチガウ武術とヤるを踏まえて戦てたヨ。日本人リーベンレンで珍しいヨ。まぁでも、今回不正は対応済ネ、キット。」

「ええ。私達でも不正に気付くくらいですからね。事実、試合ではそんな様子は見られませんでしたし。」


 それは既に終わったこと。彼女達は只、どの様な経過だったのか推察していただけ。


「これから日本リーベンの武術界、大変ヨ。粛清の嵐ヨ。」

「あの御仁と係わりのあった重鎮の方々が対象になりそうですよね。」

「仕方ないヨ。甘い汁吸うならソレだけ仕事出来ないと邪魔者ヨ。」

「評議会も大変になるでしょうね。現地の癒着とか優遇措置とか洗い出しと粛清が始まるでしょう。それも世界規模で。」

「Wie Du in den Wald hinein rufst, so schallt es auch heraus. 『身から出た錆び』ヨ。諺あてるカ?」

GutOKです。良く日本語の諺も覚えてましたね。」

京姫みやこが言ってたのナンかオモシロかたから覚えてたヨ。」


 花花ファファが言ったのは、ドイツ語圏にある「身から出た錆び」に該当する諺である。「森で叫べば声が響く」と言う意味であるが、諺が生まれた当時は森には猛獣などの野生動物が棲息していた。その中で大声を出せばどうなるか後は判るだろう。

 そして、中国では「ドイツ語は学べば学ぶほど簡単になる」「日本語は学べば学ぶほど難解になる」と言われている。むしろ、これが諺になるのではないだろうか。


 兎も角、国際シュヴァルリ評議会の相談役であり、Chevalerieシュヴァルリ競技を生み出したSPIの現監査役である学園長が自ら動き、問題が明るみに出たのだ。問題解決のためには苛烈とも言える処置がなされるだろう。なにせ、Chevalerieシュヴァルリを愛し、騎士シュヴァリエ達が正当に評価されるよう尽力をされている方だ。更には彼の庇護下にある学園生が巻き込まれたのである。今回で膿みが出し切られることであろう。


「そう言えば。」

「ナニヨ?」

花花ファファの国、全国大会を3月中に始めるのが完全に大会規約を無視してますよね。」


 国際シュヴァルリ評議会より、Chevalerieシュヴァルリ競技の公式大会の開催については3月と10月を避ける様に通達されている。その時期は、学生大会などの公式下部大会に充てられる様にスケジュールをしているのだ。


「あの国の騎士シュヴァリエは、国外興味ないの多いヨ。だから国でやる大会の方優先してるヨ。」

「それならもっと全国大会の規模が小さくなるのでは?」

「国は世界大会にはヒト送り込みたいネ。だから率先して仕切るけど、日程は他の大会の隙間に詰め込むヨ。」

「それが2週間で予選から本選を強行する理由ですか…。」


 何とも言えない理由にモヤモヤするティナ。Chevalerieシュヴァルリ競技者と分けて仕舞えば良いのにとは思うが、ところ変われば主義思想も変わるので正しいと思われることも同じではない。こればかりは個人での対応は不可能であるし、国家間同士でさえ線引きされる部分に踏み込んでしまうため、国際シュヴァルリ評議会も余り強くは言えないジレンマがある。


「あ、学内速報が更新されました。また誰か勝ち抜いたみたいですね。」


 不意に、細胞給電式コンタクトレンズ型モニタに学内速報が表示される。視界右下に枠と文字が宙に浮いた様な表示だ。脳波と瞳孔の動きに合わせて表示位置が固定されている様に錯覚させ、フォーカスがなされる。


让我看看どれどれ、テレージア勝てるヨ。あれ? エイルが勝てるヨ? ヘリヤは?」

ノォゥズィンノルウェーは、暫くヘリヤを全国大会で3回戦以降のシードから参戦させるらしいです。トーナメントに彼女がいると余りにも絶望感が高すぎるから後進若手の育成に影響が出始めたとかで。」

「うーん。強すぎるも問題ネ。京姫みやこ日本リーベンも同じなりそうヨ。」

「在り得ますね。サマディ無我の境地に至った相手とまともに戦える方が少ないですし。」

「ティナのトコロはドーヨ?」

「私の国は州が少ないですから1つの州から4、5人は全国大会に出られるんですよ。それに、世界選手権大会の代表は実績ベースの評価で決まりますので必ずしも全国大会を優勝する必要はないんです。」


 大抵の国では全国大会の成績を評価基準とし、その他の実績を加味して最終的な世界選手権大会出場選手を決定するのだが、個別に選手選考会を開催する国は方針が異なることが多い。 

 エスターライヒは9つの州で構成され、人口も東京都より少ない。そのため騎士シュヴァリエ個人の能力を見定める方針であり、世界選手大会の出場選手枠も全国大会の成績のみでは評価されない。様々な活動実績やランキングポイントも加味され、全国大会上位入賞者も含め、選手権選手選考大会が開催される。Duel決闘の場合はスイス式トーナメントを採用しており、実力の近い者同士で競い合い、合計ポイントで優劣を決める。それ以外の種目でも参加人数によって、総当たり戦や勝ち残り式トーナメント(マクシミリアンの学内大会はこの方式)を行う。しかし、これは選考会であって、優勝者が参加資格を得られると言ったたぐいのものではないのだ。だからティナは最初、選考基準を満たせる様に王道派騎士スタイルの技のみでランキングポイントを調整していたのである。


「しかし、テレージアは良く州大会を勝ち残りましたね。バイエルン州は騎士シュヴァリエのメッカでもありますのに。」

長器械長物の技、混ぜた違うカ? 京姫みやこのオモシロ刀の使い方マネた思うヨ。」

「長巻?でしたっけ。あの武器特性はテレージアにも向いてますものね。Zweihänderツヴァイヘンダーでアレをやられたら相当厳しくなりますね。」


 京姫みやこがヘリヤ戦に用いた長巻で、槍と剣、そして薙刀の技を繋いで使った。剣と槍、ポールウェポンを扱うテレージアは、Zweihänderツヴァイヘンダーの運用を長巻からヒントを得たのだろう。そもそも、彼女は京姫みやことの戦いで、剣を槍として使っていた。元から素地はあったのだ。


「あら、シルヴィアも州大会を勝ってますね。まぁ、全国大会の常連ですし、規定路線ですね。」

「今日までの戦績一覧も出たヨ。あー、マグダレナ決勝で負けてるヨ。」


 ちなみに、ウルスラは全国大会へは出場していない。彼女はälvaエルフを模倣するために弓を鍛錬し続け、練習の場として学内大会に出ているだけなので、そもそも世界選手権大会にも興味がないのだ。

 この後も学園から全国大会へ参加している騎士シュヴァリエの試合結果などを見ながら、あのはどーした、このはどーだと囃し立てながら会話のネタとして続いたのであった。




2156年5月17日 月曜日

 全国大会まで出場した選手が帰って来た。予選で敗退した騎士シュヴァリエ達は、大会予選終了後に帰って来ていたので数人を除いて殆どが日常生活へと戻っていた。


「一先ず、おめでとうございます、京姫みやこ。やり過ぎが目に余りましたが。」

「とりあえずオネデトウヨ、京姫ジンヂェン。でも、格下まで極致の技使うはヤリ過ぎヨ。」

「ありがとう、二人とも。でもコメントが厳しいな…。」

「予選見ましたから。あれで京姫みやこが勝つのは確信してましたので。やり過ぎですが。」

「ソウヨ。もし負けたら暫く弄られ役だたヨ。ヤリ過ぎだたけど。」

「いや、信用してくれてたのは嬉しいが、やり過ぎって…。あれは、どんどんこなれて自然に出て仕舞って…。」

「あら、言い訳ですね。」

「言い訳ヨ。」


 実際、京姫みやこの御仁に勝利して以降、全国大会ではたがが外れた様に勝ちを取っていった。

 途中辺りからは精神修養の成果が出始め、半分無心の状態で放つ初動の判らない技に相手は翻弄され、気付くと負けていると言うレベルにまで至る。

 更に、再び無我の境地にまで踏み込むことが出来た。その時の相手は明らかに自分より技量が劣っている選手で、何が起こったのかも判らないまま敗退させてしまったのだ。

 さすがに京姫みやこもあれはあんまりだったと反省している。

 後は小乃花このかとの戦いに、大身槍おおみやりを用いて挑んだり、決勝戦は昨年末に学園交流でドイツに来ていたエゼルバルド騎士学院の留学生で、野太刀を使う自顕流の少年が相手だった。

 各対戦は無傷で勝利することが多く、ポイントを失った場合でも多くて2ポイントのみで1本を取らせることもなく優勝した。

 京姫みやこは当面の間、サマディ無我の境地化とソーン化の発動コントロールが課題だ。


「まだまだ先は遠いな。」

「そもそも覚えたての技術じゃないですか。まだ慌てる必要もありませんし。」

「積み重ねるは一生ヨ。地道に進め!ヨ。」


 素地があったとは言え、まだ1カ月も鍛錬を積んでいない技術である。その真価が現れるのはもっと先であろう。


「そう言えばテレージアはベスト8でしたね。やはり長巻の使い方にヒントを得た様ですね。」

「戦い方変えて慣れてナイとこ突かれたヨ。あとチョットが届かなかったヨ。」

「テレージアが? Zweihänderツヴァイヘンダーで長巻の扱いを?」

「ええ。剣と槍、ポールウェポンの運用を統合してましたよ。」


 京姫みやこがテレージアとの戦いで学んだ様に、テレージアも京姫みやこの技に感銘を受けていた様だ。

 しかし、長巻の技を見てから1カ月あったと言え、全く新しい運用方法をいきなり実戦に持ち込む度胸の良さには感服する。


「テレージアと言えば。京姫みやこが決勝で戦った彼は代表入りしたのですか?」

「ん? ああ、彼も代表入りしたが知り合いだったか?」

「いえ、年末の交流会にイングランドから来られてましたよね?」

「ほへー。ティナ、よく覚えてたヨ。私、気付かなかたヨ。」

「言われてみれば交流会で来てたな。彼に何かあるのか? テレージア?」

「そうですよ、何かあるのはテレージアですね。」


 にんまりと笑うティナ。色々と含んでいる笑い顔は如何にも何かありますよ、と語っている。

 花花ファファ京姫みやこも興味を惹かれ、ティナの次の言葉を待っている。


「どうやら、の方とテレージア。ウフフな仲になってる様です。朝を共に迎えるレベルで。」

「おや、そうなんだ。ウフフ、テレージアが彼とね。」

「へー、イツの間にヨ。お安くないネ~ウフフ。」

「ちょいと野暮用のお出かけ先で見かけたのを、先日つついたらウフフなことを自爆しました。」


 皆、ニヤニヤと恋愛話に花も咲く。やはり年頃の乙女である。

 そういえば誰それがどうこうだ、などと、それぞれが知っている話がどんどん出てくる。

 しかし、話題は全て他人のことばかり。


 彼女達には浮いた話のひとつもないことは、あえて誰も触れることはなかった。まるで禁忌の様に。


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