02-027.現代の騎士は戦う以外の仕事も大事です!
2156年5月20日 木曜日
御子の昇天日であるため祝日である。今日から日曜日までの4日間、学園に帰る時間を省くと実質3日半であるが、「Calenberg-Akustik .AG」、通称「C-A.AG」のCM撮影のためにザルツブルクに帰省したティナ達である。
朝から丸々時間を使える様、前日19日の夕方に邸宅に着いたのだが、仕事で帰ってきたこともあり弟は構って貰える時間が少なく残念そうだ。
今、ティナ達はザルツブルクの北東にある「C-A.AG」本社ビルの1階プレゼン室でミーティング中である。一通り、今回の企画書と絵コンテ、シーンの意図等、意識の刷り合わせを行い質疑応答を終えて休息を取っている最中だ。
「いや、本当に良く出来ているな。重さも丁度良いし、何より穂の再現性が見事だ。」
CM撮影の小道具として、
絵コンテを捲るティナの手が止まり、槍を持ち上げ色々な角度から細かく検分する
「随分と嬉しそうですね。それ程気に入りましたか?」
「ああ。私の
「長い、長いヨ。ワタシは得意じゃナイ長さヨ。」
「
今回のCMディレクターである商品企画部のナタリーナがそう答えた。
「
「あら、気になる?
「素晴らしいです。特に槍の穂が実物と見紛う程の完成度です。材質と製法は違うでしょうが刃の付け方も実物同様です。」
その台詞を聞いてティナが「ん?」と片眉を上げる。どうも、自分が知る鍛冶工房に依頼を出したのでは?と疑問が浮かぶ。考えて見れば、模造とは言え武器製作をするならばブラウンシュヴァイク=カレンベルク家の知古は一つしかない。
「ナタリーナさん。もしかして、その槍は
「さすがにティナちゃんは判るのね。そう言えば鎧も造って貰ったところなんでしょ?」
「ええ。金物は代々、
古くは武器工房を営んでいた鍛冶屋の末裔である。その歴史は古く、ブラウンシュヴァイク=カレンベルク家のお抱え鍛冶師から家を興し、少なくとも500年は家系図を遡れる1000年以上続いている鍛冶の一族だ。貴族お抱えであったことから技量は極めて高く、今なお職人技は受け継がれている。その腕は
「ティナの
「当家がブラウンシュヴァイクの名を冠する前よりの付き合いですからね。最初期から輸入した
「なるほど。永きにわたる職人技だからこその出来栄えか。」
「最新素材ですから、本物に勝る強度と耐久がありますよ。」
「竹林があれば試し斬りをしたいところなんだがな。」
ドイツは気候的に寒いため、孟宗竹などの太い竹は育たない。かぐや姫が生まれることが出来ない地域だ。たまに自生する笹などを見かけても竹藪になる程育つことがない。そして、竹は元々アジアから輸入したものである。
ミーティングが終わり休息に入ってから、調整と準備のため席を外した撮影担当のテオファーヌと営業のローマンが戻ってきた。ローマンは今回、スタジオや撮影場所などの折衝を行っているため、フロントマンとして一緒に同行する。
「さて、そろそろスタジオに移動しようか。みんな準備はいいかい?」
テオファーヌに先導され、移動用のマイクロバスに乗り込む。29人乗りサイズだが、車体の後部2/3は機材運搬スペースとなっているため、実質10人の座席しかない。本日のスタッフを含めてギリギリ1台で移動可能となった。
実際、今日の撮影は
到着したスタジオは、黒ホリゾント、所謂黒い背景で撮影が出来るスタジオである。ホリゾントとは、ドイツ語の「
このテーマでは音に拘っている様で、撮影中はスタッフも僅かな音も出さない程、徹底して注意を払っている。
鬼姫と呼ばれる
そして、今回は上から水が流れ落ちるギミックを導入しており、まるで細い滝の様に写る。もちろん、水は垂れ流しではなく水を受ける水槽があり、受けとめた水を上部から流す循環機能を持っている。その部分はカメラのフレームに映ることはないが。
「実際見ると、
「チョット、無拍子に近づいてるヨ。気を付けないと見えても避けられなくなるヨ。」
「そうか? 自分の姿は見えないから今ひとつ判り辛い話だな。」
本日の撮影は終わり、彼女達はティナの実家に戻って来ている。撮影期間中はこの邸宅を拠点として使っている。明日は日中の街中で
食後のお茶の時間。
この時期、日中の気温は20度近くと温かくなっており、日の入りが21:00近い。夕食後の時間である今でも窓から入ってくる光は、昼食後と言っても差し支えがない程である。
「夕べも言ったけど、
「はい、
「そこは焦ってはダメよ? ゆっくりと馴染ませながら、ね。」
「ねー。」
ハルが母の語尾を繰り返して
「判ってるよ、ハル。私はゆっくりゆっくりとな。」
「ゆっくりー。」
「ソウヨ、ゆっくりネ。ゆっくりしたらお片付けしようカ、ハル。」
「はーい!」
元気に挙手しながら答えるハル越しにリビングへ目を向ければ、カーペットの上には夕食までハルと
2156年5月21日 金曜日
天気の良い午後ではあるが、平日の街中は休日に比べれば遥かに人出が少ない。今日は
まるで踊っている様にリズム良く歩く
リンツァー
その夜は、CM撮影などと言う初めての体験に上機嫌になった
2156年5月22日 土曜日
只今の時刻は朝6:00を少し過ぎたところ。日の出は5:30より少し前であるため、既に日は高く陽光は眩しく感じる。しかし、今の時間帯が1日で一番気温が低いため、少し肌寒くもある。
映画撮影用ドローン――通称6枚羽――を準備するスタッフ、レール式カメラドリーを設置するスタッフ等、準備に慌ただしい。
今回のロケ地であるホーエンザルツブルク要塞は、5月から9月までの営業時間が朝8:30~夜20:00と長く、日中帯に貸し切りで無人の時間帯を作るのが難しい。そのため営業時間前を貸し切り、早朝ロケとなったのだ。
ティナは、いつもの姫騎士衣装だ。ハイエンド向けブランド『Prinzessin Ritter』のテーマは驚愕であるため、
ちなみに6枚羽は映画撮影用に開発された大型ドローンである。6つのプロペラは、カメラのフォーカス追従によるレンズ位置変更やズーム等によりモータートルクが発生しても安定した空中制御を可能とする。ホバリング性能が売りのひとつで、固定カメラの様な静止点映像が撮れる。
広場を歩く姫騎士を6枚羽がカメラフレームを
塩の保管庫だった建物の南側にある
ティナは、自分がハイエンド向けブランドのイメージキャラクタであることを考慮し、CM撮影中は公爵の姫君としての顔で通した。その結果、非常に清楚で嫋やかな雰囲気を醸し出しており製品イメージを形作る一助と成している。さすがにスポンサー契約を幾つも受けているだけあってクライアントの意向を正しく理解し、それを表現するための方法を的確に用いている。そのお陰もあり撮影も順調に進み、ロケ地であるホーエンザルツブルク要塞の営業開始時間にはスタッフ諸共撤収することが出来た。
各人の撮影が終わり三人一緒のスチルを撮るため宮殿美術館へ移動する。撮影用にレンタルした部屋は、謁見の間に続く控えの間である「ANTE CAMERA」310
撮影用に、別の部屋から白いフレームを持つ赤いビロード生地を使ったソファーが部屋のアクセントになり、質素ながら豪奢な雰囲気を演出している。この部屋で午前中一杯、様々なポーズでスチル撮影を行った。
23日の日曜日は予備日として確保していた。だが、撮影はスケジュール通りに進行し、土曜日の午後にはタスクが全て消化された。遅延も問題も発生しなかったため、非常に優秀だと言える。
「拍子抜けするほど何事もなく仕事が終わりました。」
業務終了後に邸宅まで送ってもらい、少し遅くなった昼食を摂りに近所のラーメン屋に出向いた三人娘。「この店は日本のラーメンと同じ味がする」と、
「仕事ウマくイクは良いヨ?」
「その口調だと、普通は何か起こるものなのか?」
本来、初仕事では
初仕事で
「ああ、確かに
「正直、初仕事でトラブル処理を学んで欲しかったところです。知ってると知らないでは、後々何か起こった時の対応で全く評価が変わります。」
「評価? 仕事のカ?」
「この
「
ここでティナは、ラーメンの
どんぶりをテーブルに置き、ティナは話を続ける。
「表からはあまり見えませんが、業界内では瞬く間に情報が横に広がります。スポンサー企業やテレビ番組作成会社、広告代理店にイベント企画会社などなど。」
「その
「つまり、
「
「そう言うことか。普通に就職したら鍛錬時間を維持できない。だから
「プロチームに所属する道もありますが、扱いに困る方は余程の才能がなければ採用され
「鍛錬は一生ヨ。学ぶも一生ネ。」
「それが正解です。
例えば。
――余程の強さを持っている
――名が知れ渡っている
――人気が高い
――キャラクターに華がある
その様な売れ線と成りうる
ファンを大切にしなければ
趣味ではなく、現役の
しかし、華やかさとは裏腹には生々しい現実がある。
表舞台で活躍出来るのは、ほんの一握りである。
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