02-012.京姫のこれからに向けて…カウンセリングです?
2156年4月13日 火曜日
まだまだ陽が昇る気配もない早朝4:00過ぎ。玄関から門までのアプローチへ等間隔に配置された間接照明と、屋敷に据えられた夜間用照明が広い庭を薄暗く照らしている。
それでも闇と影との区別がつかない空間で、
ゆっくりと動く影は輪郭が闇に溶け込みそうではあるが、確かにそこへ存在していることが判る。音もなく、ゆっくりと決められた動作を繰り返す。
もったいぶった出だしではあるが、彼女は朝4時に日課の鍛錬を開始している。既に彼女の生活の一部であり、顔を洗う、歯を磨くと等しい。季節寒暖関係なく、雨と雪が積もっている日以外は屋外で2、3時間程、鍛錬する。
今は、
一通りの型稽古が済んだ後は、震脚や跳躍を含めた動の鍛錬に移る。彼女が修める流派は、豪快な震脚と
ダン、ダンと、豪快な震脚をすることで生まれる音が薄暗くなってきた庭に響く。
そこへ、もう一つ影が現れた。
「おはよう。相変わらず朝が早いな、
「おはようヨ。
「ああ、今日から
現在時刻は、朝6:00を過ぎたところである。あと半時間もすれば日が昇る。
「
ヒュッと、素振りをする
「おはようございます。二人とも朝早くからご精勤ですね。」
7:00を過ぎたところでティナがフラリと現れる。普段着の姿から見るに、早朝鍛錬で訪れた訳ではなさそうだ。
「もう30分ほどで、朝食の時間です。二人ともそろそろ切り上げて身だしなみを整えてください。」
「もうそんな時間か。」
「自分でご飯作らナイと時間長くつかえるヨ。」
二人はシャワーを浴びてサッパリしてから食卓へ入って来た。既に配膳が開始されており、ギリギリ間に合ったところと言えるだろう。まぁ、ゲストとして訪れている訳なので、あまり早く食卓へ向かうと暗に催促していることにななってしまう。この辺りは難しいところで、通常なら呼ばれるまでは自室で待ってる方が良いとされるだろう。彼女達の場合は家族との親密度が高いため、細かいことを気にする段ではなくなっているのだが。
「おやようヨ!」
「おはようございます、皆さん。」
「ふぁーふぁ、みゃーみゃ、おはよう!」
ハルは朝から元気いっぱいで二人へ交互に抱き着く。
「ああ、おはよう。よく眠れたかい?」
家長のヴィルは何気なく聞いてはいるが、環境の変化で睡眠が浅くなる場合があるため、ゲストの回答とその様子を見て改善すべき点があるか確認している。
「あら、おはよう。あなた達、朝から早いわね。さあ、二人とも席について。」
母ルーンは、朝っぱら二人が鍛錬しているところを窓から見ていた。この家で鍛錬と言えば、日中、もしくは夜に行うため、早朝の鍛錬を見るのは珍しいのだ。
ドイツやエスターライヒの食事は、朝晩は冷たい食事、昼がメインとなる温かい食事を摂る習慣がある。そして、間食として10:00くらいに簡単な食事を摂る。学園生達も授業間の休息時間にサンドイッチやフルーツなどを摂っているところが日常風景のひとつである。
本日も定番のメニューで、ライ麦や穀物で創られた丸い黒パンであるブレートヒェン、ハムやサラミ、ソーセージなどを薄く切った物、卵立てに置かれた茹で卵、チーズとバターやジャム、そしてコーヒーとなる。
ベリーやオレンジなどのフルーツ、ヨーグルトやシリアルなどが一緒に出ることもある。
この丸い黒パンの正式な食べ方は、ナイフで真ん中から2つに分けてバターなどを断面に塗り、ハムやチーズを挟みサンドイッチにしたり、パンに具材を乗せてオープンサンドにする。一口ずつ千切って食べるとビックリされ、正しい食べ方として先に記載した方法を教えられる。これは、食べ方の強要ではなく、作法として在るのだ。例えば外国人が、ざる蕎麦をナイフとフォークで切り分け、蕎麦
食事の風習に関しては、ゲストである
この家で食事時の主役は幼いハルである。子供用の座面が高い椅子に座り、お行儀よくパンを食べているハルが目に留まるが、やはりポロポロとパン屑が落ちていくことに見ている者の笑みを誘う。ティナが甲斐甲斐しく世話をしており頬に付いたパン屑などを取ってやると、ニコリと笑みを返してくる仕草に皆が癒されるのであった。
朝食を摂って一
母ルーンを筆頭に、ティナ、
母と
そして、組手を行うティナと
ちなみに、ヨーロッパの剣術道場であるため、床は石畳となり靴を履くのが前提。
ハルは、壁際にあるベンチに座り、脚をプラプラさせて皆の挙動をキョロキョロと楽し気に見ている。
「さて、
「はい。よろしくお願いします。」
ルーンは目を瞑り頬に指を当て、少し考えこんでいる。ややあと目を開けて京姫の顔を見ると言葉を紡ぎだす。
「春季学内大会の予選ベスト8までの試合と、本選の2戦目にヘリヤと当たるところまで一通り見させてもらったわ。」
「それを見た上で私の主観で話すから、
「解かりました、
「簡単に流すわよ。予選の1、2、3試合目まで、あなた迷ってたでしょ。どお?」
「……はい。おっしゃる通りです。」
「どんな風に迷ってたのか聞かせて?」
「はい。あの時は私はこのまま高みに辿り着けるんだろうか迷っていました。ティナは目標のために淀みなく先を目指していましたし、
「少なくとも、私が見上げなければ見えない高みに居ることは感じていました。」
「ふーん、なるほどね。それでどうしたの? あのおせっかい焼きの
「ええ、
「あー、あの
ルーンは「私の主観で話す」とは言ったが、
「予選ベスト8戦の前、控室にヘリヤとエイルが入って来まして。ヘリヤは
「その時エイルは、ヘリヤがずっと基礎を磨いてここに在るとおっしゃってました。そしてヘリヤはアズ先生、失礼【永世女王】からの評価が未だに
「それでもヘリヤが出来ることを出来る様に積み重ねた結果、その遥か先まで辿り着いたことを知ったんです。」
ここで言葉が一度途切れる。ルーンは内容を纏める。トリガーは
「(成る程、そこがターニングポイントよね。意識の持ち方が明確に変化したんでしょう。)」
「そう。予選ベスト8を戦う時は、どんな気持ちだったの?」
どの様に心を置いていたのか知ること。そして喋らせることにより、再認識させること。それがこの問答の真意である。
「エイルとヘリヤの話を聞いて、少し気が晴れたというか…。そして試合の時、不意に
「そして、テレージアは強敵でした。想定外の立ち回りに翻弄されて。でも楽しかったんです。」
ルーンはその言葉に笑みを
「気が付くと自然と技が出ていました。身体が先に動いてから思考が追い付く感覚でした。」
「テレージアには色々と教えられました。武術というものの奥深さを。」
その時のことを思い出したのだろう。
心持ちの変化が訪れてから、最初の相手に恵まれたと言える。テレージアは、
次の本選第一試合。
そしてヘリヤとの一戦。今の自分がどれだけ出来るのか、全てを見せるつもりで刀を
「ありがとう、良く判ったわ。あなたは良い対戦者と出会えたのね。だからこそ、噛み合ったのね。」
ふぅ、と一息吐き、ルーンは今後の方針を決める。
「
「心の置き方ですか?」
「そう。焦らず、捕らわれず、常にリラックスした状態を保つこと。普段からいつでも切り替えられる様に覚え込ませるの。」
これは、ゾーンに入る前のフローと言われる状態を作り出すことだ。ソーンに入るために精神を鍛練したところで効果はない。普段からフロー状態にあることが最も大切なことだ。
例えば勝負事などで負けそうになると焦りが出たり、相手の強さから苦手としたりするのは、全て脳が判断しているからである。こうなった場合、ゾーンには決して入れない。
ならば、その思考に陥らない様、普段から精神状態を安定して置くことで、どの様な状況でも自身の全力を出せる様に導く。
ゾーンとは極度の精神集中による産物で、自身でその状態を自由に引き出せるものではない。
だから、彼女の精神状態がトリガーであると言って良い。ティナと違い本来在るべく姿である。
ルーンは、最終的に
「ちょうどいい雑音があるから、この状態で始めましょうか。少し待っててね。」
そう言ってルーンは、燭台と蝋燭を持ってきた。そして
「楽な姿勢で、蝋燭が尽きるまで火を見ていなさい。但し、何も考えずに、よ。」
これには
燭台の前に正座し、火を見つめる。小さく揺らめく火を見ていると、先日までの戦いが頭を
「
そう言われて
更に10:00になると、間食の時間が取られて集中が乱されたりする。外部からの刺激に平静となれる様、
何度か同じ注意を受けて、
こうして
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