02-013.なぜだか組手をする羽目になりました!
――時間は
ティナと
その様子を楽しそうに見ているハルは、二人の直ぐ側にあるベンチに腰かけている。
「うん。この床、滑らないヨ。なら脱ぐヨ。」
そうなったらティナも付き合わざるを得ない。格闘向きにスポーツシューズを履いて来たのだが、
「少し、ひんやりとしますね。ここは床暖房ではなく熱交換素材ですから、床下の温度が低いとあまり温まりません。」
「んー? いう程ヒヤヒヤないヨ。あったかい方ヨ。」
極寒の中でも早朝から屋外で日課を
「このテブクロ、なかなか打撃吸うヨ。」
「……打撃で思い出しました…。
「何ヨ? そのナンたらスーツ。」
「厚さ2mmのゴム製ダイバースーツみたいなものです。元は軍用の官給品ですが、衝撃の95%がカットできるので体術の鍛錬に向いてるんですよ?」
「ほへ~。便利ヨ~。」
ティナも格闘系の鍛錬は実家でのみ行っていたため、最近めっきり着る機会が少なくなった半分忘れ去られた衝撃吸収スーツ。
厚さ2mmのゴムで出来た服を伸ばして着用することで薄く密着し、身体のラインが際立つ装備である。
このスーツは2重構造となっており、肌に触れる側のゴムは圧力がかかると固化し、外側の衝撃吸収ゴムが力を分散し易くしている。
手足の先はスーツに覆われておらず袖や裾となっているため、全身タイツとは微妙に違うが、シルエットはこちらの方がエロい。
「これなら
「ムリです! ウルスラから聞きましたよ?
アバター向けの格闘データを取得する際の相手として用意されたダミー人形である通称「総受け君」。彼の身体に纏っている緩衝材は、今回用意する衝撃吸収スーツよりも耐衝撃性は上である。それを素材の芯から再生不能な程ボロボロにした
「そかー。残念ヨ。」
「まぁ、午後からうちの会社でスタッフと顔合わせと契約がありますから。身体にダメージを残すよりはスーツで分散した方が良いかと。」
「うん、そうするヨ。でもティナはパンツ見せるカッコじゃないヨ? イイの?」
「風評被害です! わざとパンツ見せてるんじゃありません!」
などと騒がしく更衣室へ着替えに向かった。
「ねぇね、かえってきたー。おかえりー。」
「はい、ただいま。ハルはお留守番できる良い子ですね。」
「良い子はナデナデするヨ~。」
ハルは
二人とも身体にピッチリの黒いスーツを着ており、まるでボディペイントをしてるのではないかと思うくらい身体のラインが部位単位で細かく判る程である。
このスーツ、手足の先は専用のごつい系グローブとブーツなるのだが、それは採用しなかった。手首より先は素手となたったため、オープングローブを装着する。脚は踝より下が素足となった。
「さて。ルールはどうしますか? あ、
「
「じゃ、始めますか。」
「そうネ。」
お互いが少し離れ、正面を向き合ってから構えを取る。
それに対するティナは完全に自然体。所謂、自護体と呼ばれる全身に満遍なく力が入った状態である。体幹を通して立ってはいるが、一般的に見られるような如何にも構えているという
だが
「(ダレも知らない森の民の武術、言ってたネ。つまりソウイウことヨ。何気なく近づいてキュッとネ!)」
そんな思考をしながら
しかし、
格闘で中段以上の高さで蹴りが有効になるのはルールがある競技だけだ。何でもありのストリートファイト、所謂ケンカなどでは、余程の熟達した蹴り技でないと決まらない。それは、脚を掴まれる可能性が高いからだ。そこから倒され、場合によってはマウントを獲られて滅多打ちにされるだろう。例えば剣道の試合がルール無用となった場合、片方が相手の竹刀を掴み滅多打ちにしたり、殴りかかったり出来ると思って頂ければ良い。
ルールがなければ、武術の型は映画の様に美麗さがなくなり、もっと泥臭くなる。それは、双方必死になるからである。型通りに技を出すことに拘れば負けてしまう。身に着けた技とは、変化する状況の中でも相手へダメージを与えるチャンスを掴むための下地である。武術の技をその型通りに行えるのは、相手との実力差が相当開いているか、荒事を
この組手、拳による顔面攻撃以外はルールを設けていない。その状況に於いて
「なんですか、その高速バク転は。へたをすると剣を振るより速いですよ、それ。」
「そうカ? 様子見ヨ、様子見。やぱりティナは、ホンとで戦うの技ヨ。
先ほどの攻防、
「(あの手の動き、関節技入る動きだたヨ。アブナイ、アブナイヨ。)」
「(さすがに一筋縄ではいきません。あの瞬間で察するなんて、どれだけの練度ですか!)」
一交差で組手と言うより、試合の様相を呈していることに二人は気付いていない。
「じゃあ、今度は私からいきますね。」
「いいヨ。来るね。」
右脚を軸に左脚で頭部を狙う回し蹴りをしながら一瞬で2歩の間合いを埋めた。膝から先に出し、その後に足先で蹴りを出す。当然、
しかし、
衝撃吸収スーツ越しとは言え、肘を受けた脛に鈍い痛みが伝わったが、動きが阻害されるほどではない。ティナは左の蹴りを戻す勢いも足し、器用にも踵で軸の方向をクルリと変えて
「!!」
「今の躱す、スゴイヨ。ゼロ距離にヨク反応したヨ。」
「なんですか今の! そこはかとなく危険な香りがしました!
「
二人は会話をしながら、拳や手刀で打ち合い、逸らし、流し、と繰り返している。合間に小さな下段蹴りが刺し込まれたりするが、お互い防御も固く回避性能も高いため決定打にはならない。
ティナの力が乗った手刀は受け流されずに
その隙間から
だが、ティナも脇に刺し入れられた
中腰の様に前傾となった
「やぱり、ティナと
「そういうものですか。こちらは決め手が
「
「うーん、あまりうれしくないです。久々に一杯一杯ですし。」
今度は二人が同時に飛び出す。ティナは、相手の左頭部を外側から狙う様に少し円軌道を描いた右上段蹴りを放つ。それを見て
両者の上段蹴りが空中でかち合う様に見えたが、それぞれが違う挙動へ変化した。
ティナは
ところが
ティナの右上段蹴りは空振りとなることで、身体が反時計回りに回転することになった。そこへ軸足を狙う
身体の回転がまだ残っている状態で足の裏に力を加えられたことで体勢が崩れ、
「
「いやいや、ムチャクチャです! 蹴りを受けるフリして軸脚を狩るなんて、一体どんな鍛錬を積んでるんですか!」
「このくらい出来ないと、
「大師達って。なんですか、その修羅の国は…。」
先の一交差で
そもそも二人が織り成す技は、技や型を伝える伝統的な武術――競技としても採用される――ではなく、過去から脈々と受け継がれ練られてきた実戦の技である。戦乱のない時代でも暗躍し、絶えず戦いの中で練ってきた。ならばこそ、技が受けられる、返されることも予想の範疇であり、別の技へ繋げる技量は必須である。本来の意味で、あらゆる状況でも対応出来る様、過去から積み上げてきたのである。例え、手足の1、2本を失っても遜色がなく戦える程に。
彼女達の攻防に、その姿が見え隠れする。
故に、技のひとつひとつが競技では危険とされるものであり、それを使うのが当たり前であるかの様に平然と戦うのである。
それは、彼女達の精神性に寄るところが大きい。
22世紀になり剣戟を仮想化したことの恩恵は、剣術が特定のルール下で競技として型や技を競い合うものから、伝え受け継いだ型や技を戦場や果し合いさながらに実戦で研鑽を積むことが可能となったことである。術から道へ変わった武道には影響はなかったが、剣術などの武術と呼ばれる競技の様相はガラリと変わった。型や技は本来の用途で用いられることでよりリアルな戦いとなり、競技者が術理をより深く解する切っ掛けとなる。だが、それは競技者が認識する範囲内のことである。
ティナと
「疲れました…。」
何度か休息を挟みつつも、午前中一杯続いた組手がお終いになってティナが最初に発した言葉であった。
弟は、まだ幼いと言うのに長時間二人が戦う姿を楽しそうに見ていた。時たま、わー、きゃーと歓声を上げ、ぴょんぴょん飛んだりパチパチと拍手を打ったりする。今も、すごいすごいと拍手喝采だ。
「うんうん、充実した時間だたヨ。ティナは、たまに
ティナのグッタリ顔に比べ、スッキリ顔の
「途中で気が付きましたが、これは組手ではなく試合ではないですか? 普通に戦ってましたし。」
「そうカ? 他流だから別にイイと思うヨ? どうせ技チガウから合わせられないヨ。」
「まぁ、格闘術はアバターで公開しますから、隠す必要もないので
「イイ返事ヨ! それとこの服とてもイイヨ!
「ああ、この衝撃吸収スーツは軍用品なので、欲しいなら伝手から取り寄せてもらいますよ。」
「たのむヨ! 2、3着欲しいヨ!」
「わかりました。発注しておきます。お値段はこのくらいです――」
二人の攻防は、他人が見れば果し合いの現場であると断言する程の激しいものであったが、彼女達自身は全く以って平常運転であった。今も和気
トコトコと音が聞こえそうな足取りで、目をキラキラさせながら弟が二人に近づいてきた。
「ハルもやるー!」
「あら、ハルも組手がしたいのですか?」
「そう! くみてー。」
「ハルはナニできるヨー? 剣カナー? 体術カナー?」
「ハルは、けれるよ!」
「お? 蹴り出来るカー。じゃあ、ワタシが受けるからハルの蹴り見せてヨ~。」
わかったー、と満面の笑顔で
何気にハルの歩法が武術を習い始めている者のソレであることを
ミシリ、と音が鳴りそうな鋭い蹴りを受けて、
「ハルはスゴイヨ~、ワタシびっくりしたヨ! ワタシがイロイロ教えてあげたいヨ~。」
ハルをギュッと抱っこし、頬ずりしながら
「
その場にいたルーンだけではなく、ティナも
これは非常に珍しいことで、かく言う
その後は少々騒がしく、色々な意見が飛び合った結果、月に数回の割合で
さすがに他流武術を学び始めている幼児へ別の武術を注ぎ込むのは無謀なので、
皆の話し合いの間、当人のハルは
幼い時分は、修練が遊びの延長上にあるものなのだ。
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