01-013.ちょこっと奥義、だしちゃいます ~ティナその2~

 エイルは思案する。戦い方を考えさせられる相手は久しぶりだ。

 ティナは大きく分けて、王道派騎士スタイル、策略、変則。この3つのパターンを組み合わせていると思っていた。だが、技自体の欺瞞が隠されていた。更に、することを厭わず、自分もポイントを稼ぎ相手に先行を許さない。

 新たに2つのパターンを認識するも、これが曲者だ。今は、お互いが2ポイント。後1ポイントで1本となるが、無傷で取れるか甚だ怪しい。様子を見るか、相討ちで1本取るか。


 お互いが警戒する。あと一歩踏み込めば攻撃範囲となるが、リスクとリターンがセットになってしまっているのだ。お互い、お手本になるような美しい軌跡を剣に描かせるも、浅い位置での牽制しか出来ていない。


 ティナも思案していた。さすが、クラスの相手では、通常の技ではポイントを取りにくい。一つだけ技を使うつもりできたが、それだけでは足りなさそうだ。ここはもう一つ技を出すべきか。

 早い段階で、手の内を明かすかどうかの判断を強いられることになった。だから当たりたくなかった相手である。


「(しかたありません。このままだと例えを使っても逃げきられてしまいます。もう一枚カードを切ります。疲れますがアレをやりますか。)」


 エイルは解説者が謳ったように「無冠の女王」と称されている。相手に恵まれず早い段階で敗退してしまうため、彼女の世界ランキングは3桁ではある。ならば何故、無冠の女王と呼ばれるのか。

 それは、エイルが騎士シュヴァリエだからである。しかも、あのヘリヤランキング1位からポイントを取れる数少ない騎士シュヴァリエでもある。

 彼女は全国大会の予選でいつも敗退する。その相手は、ヘリヤ・ロズブローク。姉妹であるため、同じ県から出場するからだ。つまり、大きな大会ではいつも世界ランキング1位と代表を争うこととなる。だからランキングポイントは伸びないのである。

 ヘリヤがいなければ、全国大会のみならず、世界選手権大会に出場していたであろう騎士シュヴァリエ。それがティナの相手だ。出し惜しみをして勝てる相手ではない。



『最初と比べて、剣先が合わさる位で、お互い付かず離れずですね。それでも高度な技だと見て判るのは流石です。しかし、大きな動きはありませんね。』

『そりゃ、高位の騎士シュヴァリエ同士だからな。深間に入りゃ一瞬でポイントが決まる訳だから、いかに効果的に攻められるかああやって探り合うんだよ。』

『効果的に攻める、ですか?』

『そうだ。こちらが攻めて反撃を食らわないように優位に立てるポイント探しだな。』

『なるほど。さすがアシュリー。腐ってる騎士王。コメントが的確ですね。』

『そこは、腐っても、じゃねーのかよ! つかっ、腐ってねーよ!』


 試合は膠着しても解説者席は呑気である。



 すでに試合時間は1分少々を過ぎた。こちらから仕掛ける。

 ティナは接近する姿勢を取ったままバックステップでエイルとの距離を空ける。そして、左脚を前に出し、右脚を身体の少し後ろになる様に置く。右手を腰の位置に、左手を胸の少し下の高さに置き、剣先10cmの辺りを掴む。ハーフソードのZweite第2 Verteidigung構えを取る。剣は斜め上を向く形となる。

 ハーフソードとは、歩兵戦で甲冑を纏う相手と対峙するための技術だ。剣を刃の付いた棒の様に扱う。添え手が剣先の近くを持つため、防御時は安定して受けることが出来、鎧の隙間などを狙う時の正確さも向上する。


 エイルはティナの真意を測りかねた。ハーフソードの技は基本的に体術なども絡めた近接戦だ。お互いハーフソードの構えであれば、近接による剣同士の打ち合いにもなるが、片方が剣の間合いを維持した場合、相手の懐まで踏み込まなければ攻撃手段がない。なにせ、Chevalerieシュヴァルリ競技では、身体を使った攻撃は禁止されているため、ハーフソードから始まる技の殆どは使えない。更に、剣身はホログラムなのだ。簡易VRデバイスで感触はあるが実体はない。そこを持って振り回そうにも身体の動きや速度によっては手の中を透過し、何のために左手を添えたか分からなくなる。Chevalerieシュヴァルリ競技では、意味がないと言われているスタイルである。では、何故か?そのスタイルに何かある筈だが全く見当が付かない。ただのフェイクやフェイントのためのではない筈だ。

 まずは、少し前傾になり、右脚を前に出し少し膝に余裕を持たせ、左脚は身体の傾きに合わせた延長線上に後ろ側で配置。右腕を腰の少し前に出し、剣を相手の胸に向ける型、Eberの構えを取る。これで相手の射程外からどう動くか情報を収集する。


「(全く厄介なね。読み切れないなんてここ暫くなかったわ。最初に使った巻き技もダメね。もう対策を練っているでしょうね。今は知ることが優先ね。最初に言った通りやっぱり苦労させられてるわ。)」


 実はエイルもティナとの戦いは出来れば避けたかった。平気で煽り、煽っても笑って返す。会話にひっそり違う意味を乗せて話してくる娘相手だ。読み合い騙し合いが多すぎて辟易する。まぁ、相手も同じ気持ちだろうが。兎も角、少しでもティナの情報を集めて、その全貌が知りたい。彼女が伏している騎士シュヴァリエが凡そでも見えれば技の仕掛けどころなどは推測出来るようになる。技に虚偽を含めているだろうが、対策が打ち出せるまでは、こちらの技量でしのぐ方針とした。


 ティナが攻撃を仕掛ける。エイルの反撃に合わせ、器用にも剣先で受け止め離脱する。ヒットアンドアウェイを繰り返す。エイルが退避のタイミングに合わせ追撃しようものなら瞬時に大きくバックステップを踏み、攻撃範囲から逃れる。バインド鍔迫り合いにも至らず、何を狙っているのか誰も理解できない。もちろん、エイルもである。


 「(攻撃にも繋がらないヒット&アウェイの繰り返しなんて、一体何を狙っているの? その真意が素振そぶりも全く見せないのはどういうこと?)」


 ティナの攻撃は闇雲にも見える。が、実際そうであった。エイルが剣をどの様な位置に出すかの再確認くらいにしか意味がない。

 全ては自身の攻撃準備が整うまでのダミーである。その間に己を高めるための祝詞を紡ぐ。


「(Erweitern Sie Ihren psychische, kein Problem?)」

 ――精神を拡張します。宜しいですか?


「(ja. alles klar!)」

 ――問題ない


「(Die Kraft des Schattens, entsperren.)」

 ――陰の力、開錠


「(Sie Aktivieren.)」

 ――起動


「(Schweigen, Konzentration.)」

 ――静寂、集中


「(Zündung, Gleichförmigkeit.)」

 ――点火、均一


「(verknüpfen.)」

 ――結合


「(Die Kraft des Schattens, Befreiung.)」

 ――陰の力、解放


「(Bereit zum Angriff.)」

 ――攻撃準備


 エイルはティナの左手が剣を掴んでおらず、手の甲に剣を乗せていることに気付いた。この左手は突きの発射台なのではないか、ハーフソードの構えはをするためのダミーだったのか、と判断する。

 即座に突きの迎撃態勢のため、右手と右脚を前に出し剣先を斜め上に向けた型、Gerade突き Versetzung受けの構えに移行する。発射台を用いることで力を乗せて安定した突きが放てる。下からの切り上げが弱点になりそうだが速度がある場合、そのまま上腕か肩口まで届く可能性が高い。ならば斜め上から右方向へ切り下げ、攻撃の導線を外せば当たることはない。

 だが、その動きをティナは待っていた。


 ここで、エイルはティナの雰囲気がガラリと変わったことを感じた。それは、ヘリヤが神速攻撃を行う時と良く似たものだった。


「(Ziel! Feuern!)」

 ――狙え!撃て!


 ティナが弾丸の様に間合いを詰め、突きを放つ。認識外の速度に思考は遅れるが、エイルは決めていたルーチンを反射的に行えていた。ティナの挙動に合わせ、突きを右外へ迎撃し易い様に右脚を少しだけ左に滑らし、身体の軸を右よりに寄せ、剣を振り下ろす。

 ――カカカカン、と甲高く金属を叩く連続音が響く。

 同時に、ブーと、合わせて1本となった時の通知音が場内に響く。


『フロレンティーナ選手、1本』


 審判アナトリアが声高らかに宣言した。

 場内から割れんばかりの歓声が上がる。この試合は観客の注目も多かったようだ。

 解説者も『フロレンティーナ選手が1本先取で、第1試合は終了ー! いったい何が起こったのでしょうかー!』などと少し興奮している。


 ティナは、祝詞を紡ぎ、通常状態へ戻る。


「(Kündigung Verfahren.)」

 ――終了準備


「(psychische Kraft, Befreiung.)」

 ――精神力解放


「(Schließe die Kraft und die Psyche.)」

 ――力、および精神閉塞


「(Ende. alles klar.)」

 ――終了、OK


「……ぷはぁ~~っ! はっ、はっ、はっ、はぁ~~」


 荒い呼吸を整えながら手足をブルブル振り、身体を伸ばしたりストレッチを始めたりしている。


 エイルが見たもの。突きを払う瞬間、ティナの剣と腕が高速にぶれる。ここまでしか目で追うことが出来なかった。

 剣と剣がぶつかり合い、凄まじい力で跳ね除けられた感触。無防備になった腕に刺突が入った感触。後は攻撃成功時の通知音を聞いただけだった。

 そして、今感じているのは腕に3ヵ所のダメージペナルティ。この試合コート4面を映している場内スクリーンを見る。ティナのスコアは1本と2ポイント。内訳は、あの交差で腕から3ポイント取られていることを示している。一瞬でアドバンテージを取られた。

 得体がしれない騎士シュヴァリエ。呑気にストレッチで身体を伸ばしているティナを見ながら、認識を改める。彼女は、ベクトルが違えどヘリヤと同じたぐいであると。



 ティナの技。母親から継いだ武術から数少ない剣技の近接戦用奥伝である5連撃を速射砲として使った。得意技の一つである。もともとは、奥深い森林や障害物が多い場所での戦闘で練られた技であり、一瞬の隙から相手に致命傷を与える。

 だが、5連撃は強力な技ではあるが、本来、流れる様に突きや斬撃を織り交ぜた連続技であり攻撃速度も通常と比べて速い程度である。そのままではエイルにいなされる可能性は高い。

 そこでティナは奥義を組み合わせた。これも母親から継いだ技術だ。

 暗示による、アドレナリンの大量分泌、自律神経支配と体制神経支配の解放。それが脳のリミッターを外し、一時的に筋肉が持つ潜在能力を使用する。ようは、火事場の馬鹿力を意識的に実行する技術である。


 人間の筋肉は通常、30%程度しか使っていない。100%使用すれば身体が耐えられず、筋切断や骨が砕ける。それを防ぐため脳にリミッターがかかっているのである。だから緊急時にしか解除されない。脳が、身体が壊れるより命が大事と判断した時だけだ。それを意思の力で引き出すが故に奥義。これを併用し、文字通り必殺技に仕立て上げたのである。


 大量に分泌されたアドレナリンで思考が加速する。時間がゆっくり流れるように見えるゾーンに入った状況に近い。

 そして、左手発射台を固定し、全力の5連続刺突を放った。最初の1撃でエイルの剣身へ当て体勢を崩し、2撃目で剣を完全に弾く。剣を弾かれて無防備になった腕へ残りの3連撃を叩き込んだ。


「ふい~~、ようやく落ち着きました。」


 ティナはストレッチを終え、トントンと軽く跳ねながら一息つく。身体のリミッターを外すと言うことは、通常時の限界を超えたレベルの出力を生み出すことである。ティナの扱う奥義では大体、筋肉が持つ潜在能力の60~70%を使う。故に身体への負担は著しく、一瞬しか扱えない。試合はまだ続くので今筋肉をほぐすのは宜しくないが、筋肉の高負荷によるメンテナンスをすぐしないと翌日が酷い筋肉痛で動けなくなるのだ。1本取得による仕切り直しがなかったらどうしてたのか。もちろん、甘んじて翌日はベットの住人になることを受け入れる。



「(先にあの技を出してたら、この『突く突く奉仕』は決まらなかったかもしれません。んー、難しいところです。)」


 何、その技名。わざわざ日本語で名付けているのが考えものである。字面的にもナニを考えていたんだろうか。


「(2試合目の試合運びが問題ですね。後1ポイントこれが曲者です。細々やってたらいつの間にかって展開は全国大会の準決勝で苦虫噛み潰させられましたし。やはり全力で1本取りに行きますか。初っ端から飛ばしていくか、西洋剣術から変えるか。いっそ、身体運用もあの武術でやりますか。)」


「(そうすると花花ファファ並みのEntblößungパン Höschenモロですね。男性ファンが増えれば良いのですが。ちょっと今日は姫騎士らしくない格好なのが難点です。)」


「(あ、アバターデータも更新ですね! 姫騎士Kampf格闘panzerung装甲ヴァージョンとかGut良いです! 進言しましょう!)」


 明後日の方向に思考が飛んで、またもや最後が締まらなかった。


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