01-012.エイルと、囮と、ビックリ技です ~ティナその1~
今は試合会場脇の登録エリアで、武器デバイスや換装した鎧の攻撃箇所判定の最終チェックを行っていた。なにせ事前に鎧のデータは申請していたが、この学園では初めて使う武器である。最終チェックと動作トリガーの正常性を念入りに確認していた。
「(
「(しかし、テレージアは
「(あのスタミナと膂力。危険です。そこが一番怖いところですね。単なるお笑い担当ではなかったのですね。)」
ブツブツと。少々失礼なことも呟いてはいるが。傍から見るとちょっと近寄りがたい雰囲気を出している。
競技コントロール機材を挟んで反対側の登録エリアでは、ティナを見たエイルが少し引いている。この
『競技コート4面をご覧の皆さま、長らくお待たせいたしました! 第4回戦2戦目も引き続き、解説担当のスポーツ科学科5年、キース・スウィフトがお送りいたします。審判も引き続き、スポーツ科学科5年、アナトリア・ルッキーニです!』
『更に更に! この2戦目ではスペシャルゲストをお呼びしました! 騎士科5年、【騎士王】アシュリー・ダスティン・グウィルト!』
『どうも。アシュリーです。なぜか連れてこられました。』
『粗暴な言動で一部では「チンピラ王子」と呼ばれている彼、アシュリー。私、付き合いは長いのですが昔から非常に手が早い! 先日もこれから試合をするエイル選手を口説き、こっ酷く振られています! ざまあ! だからこの試合に連れてきたら面白かろうと思って呼んだんですよね。』
『てめぇ。なに人のプライベー『あっ、選手の準備が整ったようです!』……。』
『まずは、第2戦目の競技者紹介です。
エイルは、片脚を引き、もう片脚で膝を曲げる様に背筋を伸ばした挨拶、カーテシーをする。
鎧は、白地にメタリック調で仕上げてあり、所々に金細工や金縁、アクアマリンの様なクリスタルが埋め込まれている。胸元はエイルの大きな円錐型の胸にちょうど被さる様にパーツが分けられて造られている。鎧下は白いワンピースで、裾は股下5cm程、腰から下のスカート部はフレア状だが、前と後ろの中央がスリットとなっており、左右に分かれたスカートはスリット上で被さる形になっている。スカートの裾から3cm程に金糸のラインが織り込まれ、鎧とデザインの統一感を出している。
『次は
ティナは、両手を下腹部正面に手を重ね、丁寧なお辞儀をする。今日の髪型は左右の側頭部上部から三つ編みを作り、それをクルリと輪にするように銀細工に緑のクリスタルを埋め込んだ髪留めで止めている。
そして、ティナの鎧だが、公式試合で初公開のものとなる。
正直、今日のティナの出で立ちは、とても姫騎士に見えない。むしろエイルの方が姫騎士の名に相応しい見た目だろう。実際、エイルも今の二つ名に落ち着くまで姫騎士と呼ばれていたことがあった。今は違うのでティナの討伐対象には入っていないが。
観客もティナの普段と違う様相にヒソヒソと意見を交わしている様子。
『フロレンティーナ選手は今まで見たことがない鎧ですね。全身オレンジ色で可愛らしい
『オレは好きだぜ、あの鎧。丈が短くて後ろ姿が何とも言えねぇなぁ。』
『あなた、そんなだからモテないんですよ? チンピラ王子。』
『………。』(´・ω・`)
解説席は教室のノリである。【騎士王】は弄られキャラの様だ。
二人がコート中央の開始線に付く。まずは審判に、そしてお互いに礼を行う。
エイルは、ティナの出で立ちについて
つまり、あの鎧は、何かある。
そして鞘を持たずに武器デバイスだけ持ち込んでいる。
それをエイルが判断材料の一つにすることを織り込み済であろうことも判っていて
「はぁ、出来ればエイルとは当たりたくなかったのですが。」
ティナが溜息交じりで切り出した内容は弱々しいものである。
エイルは洞察する。この少女は嫌なら嫌とハッキリ言うタイプだ。
「そお? それは、あなたが私のことを苦手だから? それとも、私があなたと同じ
「その二つもそうです。これが
「そうねぇ。お互い苦労しそうよねぇ。フロレンティーナが、いつも通り王道派騎士スタイルで来てくれるのなら助かるわ。」
「私は、【姫騎士】を謳う
ユーザー向けのサービス会話だが、既に双方は戦っている。
ティナは会話自体は含みはあるがブラフもなく本心だ。ただ、この会話を基に思考を組み立ててくれないかな、と
エイルは再び洞察する。会話の中でのポイントは「二つもそうです」「真っ先にご退場」「王道派騎士スタイル」。
「二つもそうです」、「も」と
「真っ先にご退場」、ここで煽って来た。駒があれば戦略で潰すのは容易い、と言っている。
「王道派騎士スタイル」、ティナを煽る。他の手がなければ、楽に倒せると。
最後はしれっと笑いながら答えていたが、隠し事をしている様子はない。ただ、使うとは答えない。そつなく曖昧な回答だ。王道派騎士スタイルは使うだろうが、全国大会のような亜種を潜ませてくるだろう。
「今まで機会がなかったからお互い初めて同士の戦いですもの。良い経験になるわ。」
「はい。ぜひとも胸をお借りするつもりで勉強させて頂きます。」
お互いの選手が笑顔なのに薄ら寒くなっていた審判アナトリア・ルッキーニは、空気を換えるため少し大きい声で合図をだす。
『双方、抜剣』
アナトリアの高い声が澄み渡り、ティナは胸の高さで上方を向けていた武器デバイスから刀身が生える。
エイルは鞘から音もさせずに剣を引き抜く。白銀の剣身が日を浴びて光るヴァイキング型剣。銘は
ティナの剣は、以前紹介したので詳細は省くが、剣身の長さがエイルの片手剣と同じである。柄だけが両手剣としても長めの30cmであるが、全長は両手剣と言う程長くはない。今回はマーブル状の波紋が浮いた剣同士である。
『双方、構え』
アナトリアが右腕を水平に前に出し、軽く拳を握って胸元へ。彼女の大きな胸が揺れる。彼女の仕草にファンも多い。
エイルは、右脚を少し前に出し、左脚を少し後ろに引く。左手を後ろに回し右手を頭上より少し高く、剣先を後方へ斜めに傾ける。ファルシオンで見られる
その構えにティナは付き合った。左脚を前に置き、右脚は後ろ側で少し外向きに配置。右腕を曲げ頭の後ろ側の高さで
エイルは表情を変えずに考察する。
「(
ティナの表情も変わらない。
「(…などと考えているのでしょうね、エイルは。ふふっ、少しビックリさせてあげますよ。)」
アナトリアの右腕が上にあがり、少し溜めた後振り下ろされる。
『用意、――始め!』
ティナが動く。前に置いた左脚に重心を移し、踏み込みで身体を倒す様に前に出す。そのまま右脚を大きくスライドさせることで、1歩分動作の時間を縮める。そして、視線をエイルの胸元をチラリと見て突きを放つ。だが、狙いは腕。いや、厳密には振り上げられている剣を持つ拳。
距離に伴う攻撃までの時間短縮。そのタイムラグによる一瞬の虚、更に視線誘導も入れたが、エイルは事も無げに防ぐ。右脚を引く。その勢いにフワリとスカート前後のスリットが開き、レースが入ったシルクの白い下着が顔を覗かせる。そして、キュッと勢い良くスカートが左回転する。
それだけでは終わらない。
エイルは、巻いてティナの剣の下側に移動した剣先を上に向ける様に滑らせる。そうすることでティナの剣自体を上に持ち上げ、反撃が出来ない斜め上に移動させながら、切っ先をティナの右手の甲へ吸い込ませた。
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が響く。
エイルはティナの狙いである剣の持ち手への攻撃をそのまま返してきたのだった。
しかし、エイルの攻撃は止まらない。ティナがダメージペナルティで剣の持ち手が緩慢になっている間にもう一手仕掛ける。今なら、どんな優秀な
ティナは左脚を一歩引き、剣を腕全体で逆時計回りに小さく回し、エイルの剣から逃がしながら攻撃が繋がる導線を下方へ外す。自分の剣は、エイルの胴に攻撃の導線を捉え突きの姿勢に入る。片手剣の長さではギリギリ届かない距離だ。流れる様に、左手を剣の柄に添えようとする。が、それは囮だ。
当然、エイルは左手を使うことを許さず左前腕を切り上げて来た。
再び――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が響く。
その瞬間、ティナはエイルの胴に向かって突きを繰り出す。ダメージペナルティで剣を握る程度しか出来ない右手では、腕を使った突きくらいしか出来ない。
――苦し紛れ。
さすがのエイルも、そう思ったことだろう。届かない攻撃に避ける必要はなく、反撃の動作を開始する。
三度、――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が鳴り響いた。
2ポイント対2ポイント。この試合コート4面を映している場内スクリーンには、エイルが腕へ2回攻撃、ティナが胴へ1回攻撃した情報が表示される。
この試合を見ている観客も刹那の攻防に沸き、別の試合を見ていた観客が何事かと注目する。
解説席は教室のダベリ具合を醸し出しながら、今の一交差をスロー画面で賑やかに解説を付けている。
エイルは試合で驚いたのは久しぶりだった。
攻撃の際、気付くか気付かないかの視線誘導。そして、相手の持ち手自体を狙う厭らしさ。一瞬でこちらの剣から逃れ、胴へ攻撃の導線を繋ぐ技量は見事だ。やはり自分とよく似ている
しかし、ここからが違う。
左腕を柄頭へ添えて突きの距離を伸ばし、胴へ届かせるつもりなのだろう。その挙動を取ることは予想通りだった。だから左腕を攻撃するため残しておいた剣先を素早く移動する左腕に切り上げた。ところがティナは、踏み込みもせず右腕だけでは届かない突きを放ってきた。左腕を潰されたことで苦し紛れの攻撃だろうと次の一手に動き始めたのが失敗だった。届かない筈の突きが胸に吸い込まれたのだ。手の中で剣の柄を滑らせて。この土壇場でこんな手を使う相手は初めてだ。
切り上げた剣で振り下ろしを行う予定であったが、攻撃をされたのが右腕の付け根に近い鎖骨の5cm程下の位置。ここを狙うのも厭らしい。この場所は神経の繋がりが集中しており、攻撃されれば一時的に腕の上げ下げが出来なくなる。つまり、逃げ一択にさせられた。
「(多分、試合のどこかで使うつもりの技だったのね。騎士剣の技に変わるでもなく、片手剣の技を変えるでもなく。技の効果自体を変えてくるなんて、テレージア以来よ。)」(彼女の場合は、威力を変えていたが)
ティナは穏やかにほほ笑みながら内心猛っているのはいつもの事である。
ビックリドッキリ技の伸び~る突き。剣を握る程度で実行できる。
攻撃は成功したが、それまでが良いようにあしらわれた。
「(さすが、仕掛けた技を上回る技量で倍返する、心ポッキンスタイルです。ホンと、なんですか! あの器用な巻き技は! 回避も防御もさせない巻き技なんてチートです! 運営! 今すぐ垢バンを! ここにチーターがいますよー!)」
「(やっぱり左腕を潰しに来ました。
あなた全国大会の時、その脳内コントやったでしょうが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます