01-010.履いていない同士、なにがですか? ~京姫その1~
会場から退場する
「予選ベスト8、おめでとう。」
「ありがとうネ。次は、
「ああ、決めてくるよ。」
そして、これから戦う試合コートを見て、スウッと目を細める。ただの女生徒である
これはさして特別なことではない。無論、ティナやヘリヤと言った上位者は勿論のこと、先の試合で戦っていた
この学園の騎士科に学ぶ生徒であれば、たとえ初心者でも1年もすれば同様のことが出来る。試合に赴けば一瞬で
試合コートの準備が終わり、腕を組んで自身を高めていた
『皆さん、お待たせいたしました。第4回戦、競技コート5面の第2戦目が開始いたします。解説は引き続き人間工学科4年、エトヴィン・ホルデイクと――、審判は同じく、ヴィンツェンツ・スラーデクでお送りします。』
『さてさて。第2戦目の競技者紹介です。
160cm程の身長だが、やはり東洋系であることを伺わせる肩幅の狭さで、実際の身長より小さく見える。今は背筋をピンと伸ばし、真っすぐ前を見る鋭く切れ長の目は鬼姫の名に相応しい。
彼女は侍ではなく武将を模倣している。大鎧は仰々しいため選択から外し、
そして脚の着衣は、競技向けに膨らみを抑えた袴で、布地は太腿上部分まで。腰元は完全に露出している。丸見えのボトムだが、紺色で裏地がなくピッチリとしたサイドが紐に近いローライズボトム。ボトムの形状はビーチバレーの水着を起想させる。
『続きまして、
テレージアは、大仰に騎士の礼をするのだが、脚を前に出す様式で行っている。色とりどりの飾り羽が付いた派手なピンク色の鍔広帽は着脱防止の髪留めが付いている。簡易VRデバイスは帽子に隠されているがカチューシャ型だ。胸くらいで切り揃えた髪は、前後共螺旋状にカールしており、濃い黄色に染めている。瞳が濃い蒼であるため、目鼻立ちが良く映えるようになっている。髪型のイメージだけで言えば良くある貴族のお嬢様。(22世紀でもドリルは絶滅していない)
160cm中程の身長は、鍛えたことが伺える引き締まった体躯をしているが肉付きが良く、零れる程大きな胸がプラスして大柄に見える。
彼女は、ランツクネヒトを模倣しており、非常にカラフルで派手な装いだ。鎧一式はメタリック調のピンクで仕上げられている。胴は身体にフィットする臍丈の鎧で、大きな胸を主張したデザイン。こちらも腰回りが完全に露出し、黒いレースのガーターを付けており、黒いリボンをV字に巻き付けた様なTバックと繋がっている。流石に、このボトムは注意を受けていたが「ランツクネヒトは目立ってなんぼ」と頑として聞かず押し通した過去がある。
彼女の祖先はランツクネヒトから功績を上げて成り上がった男爵家の末裔であり、ランツクネヒトの中でも一際派手だったという。成り上がりなれど貴族の意地にかけて祖先の派手に見せるスタイルだけは譲れなかった。そもそもランツクネヒトの派手な衣装は目立つためではないのだが、現代に至っては見た目のイメージから認知され易いため、スタイル重視を前面に押しているのであった。
審判とお互いへの礼は、テレージアは脚を前に出す様式の騎士の礼、
テレージアが語り掛ける。
「ほーっほっほっほっ! はじめての対戦ですわね、東洋のSAMURAI
「こちらこそ。戦い方を変えたという西洋の傭兵との戦い、私も楽しみにしてました。ただ、一つ訂正を。私は侍ではありません。こちらの言葉では
「そうですの?
「ええ。単なる一勢力の筆頭ですね。戦国の世、部下を引き連れ戦陣を切る猛々しい将です。私の国の言葉では『武将』と言います。」
「Bushō、と言うのですね。それが貴方の
「あなたの拘りと同じです。」
「ふふふっ、そうですわね。」
テレージアは心の底から湧き出した笑顔で答えた。それはある意味、志を同じくする同士と言える者との邂逅であった。
テレージアの拘りであるランツクネヒト。
この試合を観戦している観客は、自分の簡易VR機から今の会話を聴けるサービスを受けている。観客席からBushō、Bushōと呟く声が聞こえている。
そして、年上の相手には丁寧な言葉使いとなってしまう
『双方、抜剣』
審判の合図がかかる。
面白いことに二人とも腰に剣を佩いているが、メイン武器デバイスは別にある。
そして下を履いていない同士。
テレージアは、60cmはあろうかと言う剣の柄を持っている。その先から1.3mはある刀身が生成される。両手を意味する大型両手剣、
剣身の鍔側30cm程がリカッソ(刃がない部分。手を添えたり握ったりできる様になっている)が付いており、本来ならばそこを持って長柄武器の様に遠心力と力を乗せた攻撃が出来るようになっている。リカッソの剣先側は棘の様に突起が付いており、敵に引っ掛けたり、リカッソを持って攻撃する際、鍔の様な働きを持たせられる。剣身自体は剣先に行くに連れ、僅かに細くはなっているが、概ね真っすぐな直剣と言える。剣先は凡そ10cm程度の二等辺三角形となっている。剣の全長は1.9mに及ぶため重量もあり、4kgを超す。剣として実戦で使うには少々重い。これは、剛力で知られた彼女の祖先が立身出世を果たした剣がモデルとなっている。
大型ではあるが、これもロングソードのカテゴリーに入る。通常、騎士剣のような両手剣は、扱うには足元から脇の下程度の長さが良いと言われ、刀身が凡そ90~1.2m程、柄が25cm未満である。しかし、
『双方、構え』
審判の掛け声に、二人は剣の構えに入る。
対するテレージアは、剣先を上に顔の高さで柄を持つ型、
大型両手剣は振り下ろしでのスタミナ消費が激しい。その重量と長い剣身による遠心力が合わさり、移動エネルギーが増大するからである。だから、大型両手剣では剣を回転をする動作が多用され、その勢いを継続するような技の組み方を行う。
この場合は、剣の遠心力を得るため剣を背中に向けて担いだ型、
テレージアの構えは意表を突いたが、
――やれるコトをやる やれないコトはやれないヨ――
相手が予想の範疇を超えたとして、いつも通り自分が出来ることをすればいい。但し、大型両手剣の破壊力は計算して技に上乗せする。そのことだけを念頭に置く。
審判が右腕を上げる。そして、合図と共に右腕を振り下ろす。
『用意、――始め!』
合図とともに、テレージアが飛び込んで来た。まだ間合いは遠いまま剣を左斜めに振り下ろし始める。あの長い剣ならば懐に入る頃には槍の上からこちらの左腕に届くだろう。
そして、迎撃のために槍を出した瞬間、テレージアが放った攻撃の導線が槍に向いていたことに気が付いた。
彼女は最初から槍を破壊するための一撃を繰り出していたのだった。
攻撃力が全て槍に向けられているとすれば、たとえ
しかし、大型両手剣の攻撃力は予想以上で剣の勢いは止まらず、そのまま振り下ろされ地面に剣先が飲まれた。隙が見え絶好のチャンスではあるのだが、こちらの槍も穂先が地面まで落とされており、銅金が変形している。どれ程の威力があったのかが伺える。そして、この状態では反撃も出来ない。
一瞬の逡巡。
その瞬間には、打ち下ろされた大型両手剣が胸元まで跳ね上がり、胴に向けて刺突を放ってきた。
槍の石突付近を持つ右腕を頭上まで持ち上げ、剣の脇腹に当て、滑らすように柄で流す。
何とか防御が間に合ったが、穂先は未だ下を向いたまま。テレージアの剣も流され、お互い攻撃が出来ない状態となっている。そして、二人は飛び跳ねる様に後退する。
その時、――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が鳴り響いた。
「しれやられましたわ!」
テレージアは隠すことなく渋い顔を見せた後、ニヤリと笑いながら一言発した。楽しくて仕方がないと言う顔だ。
作戦は、速攻による武器破壊。それも大型両手剣では不得手とする大上段から槍の持ち手を狙ったと見せかけた奇襲攻撃。
相手の
思った通り、相手は槍を突き出す。槍の持ち手を移動して攻撃の導線をずらしてくる。防御からのカウンターを狙っているだろう。
そのまま切断の技に入る。振り下ろしの見た目は変わらないが、軸足である左脚のつま先に力を入れ、生まれた反動をそのまま剣に乗せることで接触時の瞬間威力を上げる。
だが、
次の一手は、剣を振り上げ、そのまま突き。テレージアは、大型両手剣に特化する様、身体運用を鍛錬しており、剣の振り下ろし、振り上げを苦にしていない。
しかし、ここでも槍の石突側を持ち上げる様に柄を斜めにして剣の軌道を変えられた。
互いが攻撃範囲外の密着状態。踏み込んだ足を跳ね上げすぐさま距離を取るが、突きを放った後の体勢で後退の挙動をしたため、僅かに腕と身体の挙動がずれる。そこへ下から槍の穂先が腕を薙いでいった。
「それは、こちらの台詞ですよ。」
テレージアが運用する大型両手剣は想定の上を行っていた。攻撃を銅金で受け流し槍の破壊は免れたが、経験をしたことがない信じられない威力だった。
そして、そのまま銅金を引っ掛けられ、穂先を地面まで押し込まれた。腕ごと引きずられ右半身が正面に晒される。
そこへ軽量武器を扱うかの如く、大型両手剣が軽々と跳ね上がり開いた身体へ突きを放ってきた。何とか槍の柄で剣を滑らせて回避したが、その連撃に身が凍る。
――強い――
これだ。これを見たくて、この学園に来たのだ。まだ見たことのない武術。そして強い相手との戦い。
――楽しい――
不思議と笑みがこぼれる。
お互い近すぎる間合いを立て直す離れ際、テレージアの体勢が崩れる。突きを流された姿勢から強引に身体を引いたことで、筋肉が動作する制約から左右の腕が上方向へ1cmほど開き、こちらの攻撃の導線が繋がった。そこへ、ごく自然に、まるで当たり前のように槍の穂が吸い込まれた。
ひたすら積み上げ身体に染み込ませてきた技。その成果がここに有った。
お互いが想定の上を行く。
それが楽しいと嗤う。
槍と剣先がかち合う。高いが鈍い音を響かせる。
打ち、流し、巻き、躱し。繰り返す攻防。
剣と槍ではあるが、お互いの間合いはほぼ変わらない。
等しく打ち合いが続く。
お互い一歩も引かず、第1試合は過ぎていく。
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