01-010.履いていない同士、なにがですか? ~京姫その1~

 花花ファファの試合が終わった 5面コート。

 京姫みやこの試合は、同じコートの2戦目だ。今は会場準備のため15分程の待ち時間となっている。花花ファファの試合が3試合フルタイムで行われたため、試合コート面の順番がずれて待ち時間後すぐに試合となったのだ。


 会場から退場する花花ファファは、2戦目に向けて待機している京姫みやこの側を通り抜ける。


「予選ベスト8、おめでとう。」

「ありがとうネ。次は、京姫ジンヂェンヨ。先、待ってるヨ。」

「ああ、決めてくるよ。」


 京姫みやこは、競技者控室へと戻る花花ファファの後姿をじっと見送る。簡単な一言なれど、彼女なりの激励だったのだ。


 そして、これから戦う試合コートを見て、スウッと目を細める。ただの女生徒である京姫みやこから、騎士シュヴァリエの顔へと切り替える。


 これはさして特別なことではない。無論、ティナやヘリヤと言った上位者は勿論のこと、先の試合で戦っていた花花ファファやマグダレナも語り口調や態度が珍妙なれど、当然の如く切り替えをしている。一定のレベルに至っている者では基本的なことで態々わざわざ言葉に出すまでもない。だから、京姫みやこも当たり前の様に切り替える。


 この学園の騎士科に学ぶ生徒であれば、たとえ初心者でも1年もすれば同様のことが出来る。試合に赴けば一瞬で騎士シュヴァリエへと切り替えるコンセントレーションは基本中の基本であり、誰でもアスリートに仕立て上げるからこそ学園が名門である所以でもある。



 試合コートの準備が終わり、腕を組んで自身を高めていた京姫みやこと、今日の対戦相手であるテレージア・ディートリンデ・ヒルデ・キューネは、試合会場脇の登録エリアで各種装備の同期など、準備を完了する。そのタイミングを見計らって解説者のアナウンスが流れる。


『皆さん、お待たせいたしました。第4回戦、競技コート5面の第2戦目が開始いたします。解説は引き続き人間工学科4年、エトヴィン・ホルデイクと――、審判は同じく、ヴィンツェンツ・スラーデクでお送りします。』

『さてさて。第2戦目の競技者紹介です。東側オステン選手は、サブカルチャー大国から来た東洋の侍、二つ名【鬼姫】、騎士科2年日本ヤーパン国籍、京姫みやこ宇留野うるの!』


 京姫みやこはその場で深い一礼をする。長い黒髪はポニーテールにし、紫の組み紐で蝶結びをしている。そして礼から戻した顔には、総面と呼ばれる面具型簡易VRデバイスを付けているのだが、漆黒の鬼面である。目元を大きくくり抜き、額の左右前面には2cmくらいの角が生えている。口元は牙の付いた大口が開く。彼女の姿勢の良い佇まいと、礼儀正しい振舞い、そして名前に姫の文字が入っていることからも、面の様相と相まって、二つ名が【鬼姫】と呼ばれるようになった。

 160cm程の身長だが、やはり東洋系であることを伺わせる肩幅の狭さで、実際の身長より小さく見える。今は背筋をピンと伸ばし、真っすぐ前を見る鋭く切れ長の目は鬼姫の名に相応しい。


 彼女は侍ではなく武将を模倣している。大鎧は仰々しいため選択から外し、徒立戦かちだちせん(歩兵戦)に向いた、漆黒の同丸、身体正面側にのみ装甲がある篠籠手しのごて、膝下を守る篠臑当しのすねあて、足元は革足袋と草鞋わらじを履いている。鎧下だが、鶯色の鎧直垂よろいひたたれを着用している。同丸も直垂も臍下丈。

 そして脚の着衣は、競技向けに膨らみを抑えた袴で、布地は太腿上部分まで。腰元は完全に露出している。丸見えのボトムだが、紺色で裏地がなくピッチリとしたサイドが紐に近いローライズボトム。ボトムの形状はビーチバレーの水着を起想させる。


『続きまして、西側ヴェステン選手は、中世ドイツ王国からタイムトラベルしたランツクネヒト、二つ名【花傭兵】、騎士科3年ドイツ国籍、テレージア・ディートリンデ・ヒルデ・キューネ!』


 テレージアは、大仰に騎士の礼をするのだが、脚を前に出す様式で行っている。色とりどりの飾り羽が付いた派手なピンク色の鍔広帽は着脱防止の髪留めが付いている。簡易VRデバイスは帽子に隠されているがカチューシャ型だ。胸くらいで切り揃えた髪は、前後共螺旋状にカールしており、濃い黄色に染めている。瞳が濃い蒼であるため、目鼻立ちが良く映えるようになっている。髪型のイメージだけで言えば良くある貴族のお嬢様。(22世紀でもドリルは絶滅していない)

 160cm中程の身長は、鍛えたことが伺える引き締まった体躯をしているが肉付きが良く、零れる程大きな胸がプラスして大柄に見える。


 彼女は、ランツクネヒトを模倣しており、非常にカラフルで派手な装いだ。鎧一式はメタリック調のピンクで仕上げられている。胴は身体にフィットする臍丈の鎧で、大きな胸を主張したデザイン。こちらも腰回りが完全に露出し、黒いレースのガーターを付けており、黒いリボンをV字に巻き付けた様なTバックと繋がっている。流石に、このボトムは注意を受けていたが「ランツクネヒトは目立ってなんぼ」と頑として聞かず押し通した過去がある。

 彼女の祖先はランツクネヒトから功績を上げて成り上がった男爵家の末裔であり、ランツクネヒトの中でも一際派手だったという。成り上がりなれど貴族の意地にかけて祖先の派手に見せるスタイルだけは譲れなかった。そもそもランツクネヒトの派手な衣装は目立つためではないのだが、現代に至っては見た目のイメージから認知され易いため、スタイル重視を前面に押しているのであった。


 審判とお互いへの礼は、テレージアは脚を前に出す様式の騎士の礼、京姫みやこは背筋を真っすぐに腰から折れるお辞儀をする。


 テレージアが語り掛ける。


「ほーっほっほっほっ! はじめての対戦ですわね、東洋のSAMURAI Krieger戦士。わたくし、今日の試合を楽しみにしていましたのよ。」

「こちらこそ。戦い方を変えたという西洋の傭兵との戦い、私も楽しみにしてました。ただ、一つ訂正を。私は侍ではありません。こちらの言葉ではKriegsheld武将が当てはまるかと。英雄と言う意味ではなくね。」

「そうですの? General将軍Feldherr司令官の意味ではなく?」

「ええ。単なる一勢力の筆頭ですね。戦国の世、部下を引き連れ戦陣を切る猛々しい将です。私の国の言葉では『武将』と言います。」

「Bushō、と言うのですね。それが貴方の騎士シュヴァリエとしての拘りですのね。」

「あなたの拘りと同じです。」

「ふふふっ、そうですわね。」


 テレージアは心の底から湧き出した笑顔で答えた。それはある意味、志を同じくする同士と言える者との邂逅であった。

 テレージアの拘りであるランツクネヒト。京姫みやこの拘りである戦国武将。二人とも目指すべく、なりたい自分がある。だからこそ、ここまで進んできているのだ。その先に行くために。

 この試合を観戦している観客は、自分の簡易VR機から今の会話を聴けるサービスを受けている。観客席からBushō、Bushōと呟く声が聞こえている。京姫みやこの二つ名が【Bushō】に変わってしまわないか心配ではある。

 京姫みやこは自分の二つ名【鬼姫】を気に入っている。彼女が憧憬する槍働きの武将、鬼武蔵(森長可。森蘭丸の兄)や鬼半蔵(服部半蔵)に似た二つ名であるからだ。

 そして、年上の相手には丁寧な言葉使いとなってしまう京姫みやこ


『双方、抜剣』


 審判の合図がかかる。

 面白いことに二人とも腰に剣を佩いているが、メイン武器デバイスは別にある。

 そして下を履いていない同士。

 

 テレージアは、60cmはあろうかと言う剣の柄を持っている。その先から1.3mはある刀身が生成される。両手を意味する大型両手剣、 Zweihänderツヴァイヘンダーである。

 剣身の鍔側30cm程がリカッソ(刃がない部分。手を添えたり握ったりできる様になっている)が付いており、本来ならばそこを持って長柄武器の様に遠心力と力を乗せた攻撃が出来るようになっている。リカッソの剣先側は棘の様に突起が付いており、敵に引っ掛けたり、リカッソを持って攻撃する際、鍔の様な働きを持たせられる。剣身自体は剣先に行くに連れ、僅かに細くはなっているが、概ね真っすぐな直剣と言える。剣先は凡そ10cm程度の二等辺三角形となっている。剣の全長は1.9mに及ぶため重量もあり、4kgを超す。剣として実戦で使うには少々重い。これは、剛力で知られた彼女の祖先が立身出世を果たした剣がモデルとなっている。


 大型ではあるが、これもロングソードのカテゴリーに入る。通常、騎士剣のような両手剣は、扱うには足元から脇の下程度の長さが良いと言われ、刀身が凡そ90~1.2m程、柄が25cm未満である。しかし、Zweihänderツヴァイヘンダーは刀身こそ騎士剣より少し長い程度だが、厚く重量があり、その重量を生かすため柄自体も非常に長く取られている。剣自体の長さが身長を超えていることが多い。 Zweihänderツヴァイヘンダーはランツクネヒトが用いたことで有名になり、槍衾の柄を切断したとも言われる。槍などの柄は固定されている訳ではないため、剣で切断するには非常に練度の高い技が必要となる。大きさと重さによる優位性で振り回すだけの剣ではない。



 京姫みやこは1m程の石突が付いた槍の柄を持っている。柄から60cmの柄の残りと、その先に40cm程の刀身が生成される。長柄武器の場合、手を添える範囲以外は全てホログラムで生成するルールとなっている。槍の柄で物理的に攻撃出来ない様に配慮した結果である。槍の穂先は、大身槍おおみやりとしては短い長さ41cmの直剣状で、尖端は5cm程のなだらかな三角形となっている。穂の断面が二等辺三角形となっており、片面が三角の山に、反対面が平面となっていることから平三角槍と言う分類になる。生成された60cmの柄部分は、太刀打たちうちと言う部分で、本来は麻紐などを巻いて漆で固め、強度と打撃力を増すように作られている。敵の槍や太刀を払い、時には太刀の様に振り下ろして打撃を与える場合に使用する。槍の銘は、大身槍おおみやり めい 備前行包作びぜんゆきかねさく。全長は石突まで含め2m、重さは3kg弱。


『双方、構え』


 審判の掛け声に、二人は剣の構えに入る。


 京姫みやこは、上段ノ構えをとる。左半身となり、左手を前、右手を後ろで肩の高さに水平に構える。槍の長さを競技用に手槍(短槍のこと)にしているため、右手は石突近くまで下げている。Zweihänderツヴァイヘンダーは、一部の男性騎士シュヴァリエが使っているだけで、使用者は極僅かである。様々な様式が異なる武術と相対するにはその大きさと重さが枷になることがあるからだ。しかし、今相対しているのは女子なれど、Zweihänderツヴァイヘンダーとしても重量級の剣を自在に使いこなす相手である。初めて戦う大型両手剣を警戒し、上段の構えで出方を伺う。


 対するテレージアは、剣先を上に顔の高さで柄を持つ型、Vom Tag屋根の構えであった。攻防どちらにも優れている型ではあるが、大型両手剣で、しかも高速に刺突が飛来する槍を相手にするとは思えない構えだ。

 大型両手剣は振り下ろしでのスタミナ消費が激しい。その重量と長い剣身による遠心力が合わさり、移動エネルギーが増大するからである。だから、大型両手剣では剣を回転をする動作が多用され、その勢いを継続するような技の組み方を行う。

 この場合は、剣の遠心力を得るため剣を背中に向けて担いだ型、Zornhut怒りの構えや、刺突に対応するためLangenort突きの構えなどの方が得策ではないだろうか。


 テレージアの構えは意表を突いたが、京姫みやこ花花ファファの言葉を思い出していた。


  ――やれるコトをやる やれないコトはやれないヨ――


 相手が予想の範疇を超えたとして、いつも通り自分が出来ることをすればいい。但し、大型両手剣の破壊力は計算して技に上乗せする。そのことだけを念頭に置く。


 審判が右腕を上げる。そして、合図と共に右腕を振り下ろす。


『用意、――始め!』


 合図とともに、テレージアが飛び込んで来た。まだ間合いは遠いまま剣を左斜めに振り下ろし始める。あの長い剣ならば懐に入る頃には槍の上からこちらの左腕に届くだろう。

 京姫みやこは、槍の太刀打たちうち部分で打ち流し、穂先が下段を向いたそのままで楊矢之槍あんやのやりの型で、相手の左脚に突きを入れる流れが浮かぶ。

 そして、迎撃のために槍を出した瞬間、テレージアが放った攻撃の導線が槍に向いていたことに気が付いた。


 彼女は最初から槍を破壊するための一撃を繰り出していたのだった。


 攻撃力が全て槍に向けられているとすれば、たとえ太刀打たちうち部分で受けたとしても只では済まない。日本の槍は穂を留めるなかごが柄の中に通っており、その部分を切断するのは難しい。だが、大型両手剣のエネルギー量を考慮すれば、柄を破壊し、なかごにまで達するであろう。最悪、ひしゃげるか、少なくとも湾曲すると思われる。既に剣が触れる直前であるため槍を引くことも出来ず、何とか銅金部分(槍のなかごを柄の中で固定する金属の輪)に合わせ力を受け流すことが出来た。

 しかし、大型両手剣の攻撃力は予想以上で剣の勢いは止まらず、そのまま振り下ろされ地面に剣先が飲まれた。隙が見え絶好のチャンスではあるのだが、こちらの槍も穂先が地面まで落とされており、銅金が変形している。どれ程の威力があったのかが伺える。そして、この状態では反撃も出来ない。


 一瞬の逡巡。

 その瞬間には、打ち下ろされた大型両手剣が胸元まで跳ね上がり、胴に向けて刺突を放ってきた。

 槍の石突付近を持つ右腕を頭上まで持ち上げ、剣の脇腹に当て、滑らすように柄で流す。

 何とか防御が間に合ったが、穂先は未だ下を向いたまま。テレージアの剣も流され、お互い攻撃が出来ない状態となっている。そして、二人は飛び跳ねる様に後退する。

 その時、――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が鳴り響いた。



「しれやられましたわ!」


 テレージアは隠すことなく渋い顔を見せた後、ニヤリと笑いながら一言発した。楽しくて仕方がないと言う顔だ。

 作戦は、速攻による武器破壊。それも大型両手剣では不得手とする大上段から槍の持ち手を狙ったと見せかけた奇襲攻撃。

 相手のを真っ向からたたき折る。折れずとも大型両手剣の威力であれば、相手の武器を巻き込み反撃は出来ない形となる。

 思った通り、相手は槍を突き出す。槍の持ち手を移動して攻撃の導線をずらしてくる。防御からのカウンターを狙っているだろう。

 そのまま切断の技に入る。振り下ろしの見た目は変わらないが、軸足である左脚のつま先に力を入れ、生まれた反動をそのまま剣に乗せることで接触時の瞬間威力を上げる。

 だが、京姫みやこは攻撃箇所へ槍の穂側に嵌まっている金属環きんぞくかんを滑り込ませてきた。流石の大型両手剣でも金属を断ち切ることは難しい。しかも金属環きんぞくかんのサイズから断面は板金鎧の装甲よりも厚く思われ、且つ曲面は力が分散する。結局、槍の柄本体には掠らず、金属環きんぞくかんの脇を引っ掛ける様に槍を巻き込んだだけでで成果は出ていない。

 次の一手は、剣を振り上げ、そのまま突き。テレージアは、大型両手剣に特化する様、身体運用を鍛錬しており、剣の振り下ろし、振り上げを

 しかし、ここでも槍の石突側を持ち上げる様に柄を斜めにして剣の軌道を変えられた。

 互いが攻撃範囲外の密着状態。踏み込んだ足を跳ね上げすぐさま距離を取るが、突きを放った後の体勢で後退の挙動をしたため、僅かに腕と身体の挙動がずれる。そこへ下から槍の穂先が腕を薙いでいった。



「それは、こちらの台詞ですよ。」


 京姫みやこは、フッと小さく息を吐く。

 テレージアが運用する大型両手剣は想定の上を行っていた。攻撃を銅金で受け流し槍の破壊は免れたが、経験をしたことがない信じられない威力だった。

 そして、そのまま銅金を引っ掛けられ、穂先を地面まで押し込まれた。腕ごと引きずられ右半身が正面に晒される。

 そこへ軽量武器を扱うかの如く、大型両手剣が軽々と跳ね上がり開いた身体へ突きを放ってきた。何とか槍の柄で剣を滑らせて回避したが、その連撃に身が凍る。

  ――強い――

 これだ。これを見たくて、この学園に来たのだ。まだ見たことのない武術。そして強い相手との戦い。

  ――楽しい――

 不思議と笑みがこぼれる。

 お互い近すぎる間合いを立て直す離れ際、テレージアの体勢が崩れる。突きを流された姿勢から強引に身体を引いたことで、筋肉が動作する制約から左右の腕が上方向へ1cmほど開き、こちらの攻撃の導線が繋がった。そこへ、ごく自然に、まるで当たり前のように槍の穂が吸い込まれた。

 ひたすら積み上げ身体に染み込ませてきた技。その成果がここに有った。


 お互いが想定の上を行く。

 それが楽しいと嗤う。


 槍と剣先がかち合う。高いが鈍い音を響かせる。

 打ち、流し、巻き、躱し。繰り返す攻防。

 剣と槍ではあるが、お互いの間合いはほぼ変わらない。

 等しく打ち合いが続く。



 お互い一歩も引かず、第1試合は過ぎていく。



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