01-006.春季学内大会第一部、開催です

2156年3月9日 月曜日

 3月の第一日曜日の翌日から5日間、春季学内大会第一部が実施される。


 競技種目としては、Chevalerieシュヴァルリ競技公式種目である、Duel決闘luttes乱戦Mêlée殲滅戦Drapeauフラッグ戦Quartier本部_général防衛Joste馬上槍試合Tornei騎馬戦トーナメントが行われ、Duel決闘が水木金の3日間を予選として、その他6競技が月火の2日間で優勝決定まで行われる。

 Duel決闘だけ日数が多く1日を占有して実施されるのは、競技の花形と言われるだけあって競技人数が一番多いためである。


 Duel決闘は、春季学内大会第一部で予選となる。4つのトーナメントから各ベスト8、計32名を選出する。今季の予選は、出場枠360人の上限まで参加者で埋まっている。そして、予選実施週の翌週水曜日から2日間、春季学内大会第二部が本選となる。


 Joste馬上槍試合Tornei騎馬戦トーナメントなどの騎馬を使用した競技は、迫力もあり人気は高いのだが如何せん出場者自体が少ない。そのため、月火の午前中に試合が組まれ一気に優勝まで決める。

 Mêlée殲滅戦Drapeauフラッグ戦Quartier本部_général防衛は、月火の午後から2日間で優勝を決める。


 学園内の諸行事は、予算や日程を含めた責任を伴う最終決定は学園側が受け持つが、実習の一環として運営を学園生に委ねられている。

 学園には以下の学科があり、それぞれのスペシャリストを育成している。

  ・騎士科

  ・人間工学科

  ・スポーツ科学科

  ・電子工学科

  ・運営科


 イベントの段取りと取り纏めは基本的に生徒会が受け持つが、実働部隊は各学科の委員会が主導となる。今回はChevalerieシュヴァルリ競技の運営であるため、Chevalerieシュヴァルリ競技委員会が主導で、進行と運営を受け持つ運営科を中核に添え、機材を電子工学科、審判員と競技者のサポートをスポーツ科学科、救護関連を人間工学科、使用する会場と試合コートの取り纏めを騎士科が行う。このように、各学科の生徒が集まれば競技が可能となるよう指導されている。卒業後は即戦力となる人材が豊富となるため、騎士以外の人員も引く手数多である。


 今は開会式が終わり、本日最初の競技であるJoste馬上槍試合が開催されるまでの空き時間。ティナ、花花ファファ京姫みやこの三人は、Joste馬上槍試合会場の学園生観戦席へ移動中である。この学園のChevalerieシュヴァルリ競技に関連する大会は、公式の下部大会であるため、一般公開されている。今も一般客に交じっての移動だ。そのため、時たまティナがサインを求められたりするが、笑顔で受けファンサービスを欠かさない。お得意のロイヤルお手振りも連発だ。


 三人は空いた席を見つけて一息つく。そもそも、学園内大会にはTV局も入り、学内放送もあるので、学内のあちこちにあるスクリーンから生放送で観戦が出来る。更に簡易VRデバイスとモニタがあれば、どこでも個人的に生放送を観戦できる。わざわざ試合会場に赴かなくても良いのだが、騎馬を用いた試合となると迫力も臨場感も違うため、現地で見たくなるのだ。


「お馬さん、やって来たヨ。」


 花花ファファの声に入場ゲートを見ると、8騎の騎馬が入場してくるところだった。面頬バイザー面鎧バシネットを開き、顔を見せた全身鎧プレートアーマー騎士シュヴァリエに、馬鎧を装備した戦馬の行進。まさしく中世騎士の世界が眼下に展開されている。

 武器デバイスはまだ展開されていないが、彼らの武器は4m程の突撃槍。襲歩ギャロップのスピードですれ違い様の攻防は迫力があり見るものを引き付ける。

 行進の最後、葦毛の馬に跨った、威風堂々とした騎士シュヴァリエが入場してきた。観客も彼が誰だか判ったようで歓声が上がる。


「ああ、【騎士王】はこちらに出ていたんだな。」


 京姫みやこが言う【騎士王】は、二つ名である。彼の名はアシュリー・ダスティン・グウィルト。家系は、ウェールズの古い王族の末裔で称号タイトルは侯爵、かのアーサー王(物語のペンドラゴンではない)の血が入っているらしい。

 上級生組の5年生で、名前がアーサー王に近く血筋のことを含め、いつしか「騎士王」と呼ばれていた。普段は、Quartier本部_général防衛Drapeauフラッグ戦などで指揮官として活躍しているが、今回はJoste馬上槍試合に参戦したようだ。

 余談だが、Quartier本部_général防衛は12人が1チームなので円卓の騎士などとも呼ばれるが、本人曰く「オレはアーサー王物語ペンドラゴンじゃねえ」とのこと。


「めずらしいですね。あの人、Joste馬上槍試合もやってたんですね。」

「あれじゃないか? TV局主催の騎馬を使ったDrapeauフラッグ戦の大会に招かれてる話。その調整も兼ねているんじゃないか?」


 Chevalerieシュヴァルリ競技は、国際シュヴァルリ評議会が主催する公式大会以外にもローカルの草試合含め、数多くの大会が開かれている。スポンサー主催の大会や、プロトーナメントなどは公式大会と比べて賞金も高額であったりする。


京姫ジンヂェン、それどこのTVヨ?」

「確か、UKのどこぞの局だったと思う。優勝賞金100万ポンド(約1億5千万円)が設定されてた。」

「あら、随分と賞金額が大きいですね。Drapeauフラッグ戦(8人チーム)なら頭割りかしら?」

「うらやましいヨ。ワタシ賞金で蒸籠ヂォンロン買い直したいヨ。」


 わざわざ賞金で買う程ではない。



 午前中一杯を使ったJoste馬上槍試合は、「騎士王」の優勝で終わった。いつもは指揮官としての優秀さが目を引くが、今日はJoste馬上槍試合も強いと周囲に知らしめた。

 突撃槍で巻き上げからの突きや、落馬扱いの強攻撃による1本勝ちなど、見どころは多く、観客も満足のいく試合が続き大喜びだ。


「さて、私はこれからDuel決闘コート施設準備の手伝いだ。二人は?」


 学内大会中、騎士科の仕事は意外と多い。会場設営や試合コートの調整、消耗品などの備品確認や準備、学園生主体の外部向け放送動画への技術コメント、露天などの出展や手伝い、一般客の対応等、雑務が色々ある。それをローテーションで回している。


「ワタシ、中華屋台の店主ヨ! 呼び込みで演武ヤルヨ! 着替えなきゃヨ!」


 花花ファファは、東坡肉ドンポォロオ花巻ファチュェン(中華饅の皮の部分)で包んだファーストフードの屋台を出していた。個人で。仕込みは済んでいるので、暫くは売り子バイトのみでも問題ない。


「私は、午後からアバターショップの売り子です。アバターデータが更新されましたので。」


 アバターデータとは、騎士育成学園が公式リリースした3D格闘ゲームと3Dビューワーによる騎士シュヴァリエ辞典にアドオンする、騎士シュヴァリエ達の3Dモデルデータである。学園生を対象に、有名となった者やユーザのリクエストで騎士シュヴァリエの3Dモデルデータを作成・販売する。無論、モデル本人の許可が出たものだけだ。アバターが随時追加更新され、データベースとしても楽しめることもあり、長年に渡り根強い人気がある。


 ティナのアバターはエスターライヒ全国大会の試合データが追加されたもの。もちろん、ピンクのティーバックとクルリと回ってスカートを翻すモーションも追加されている。更にデータを作る電子工学科の面々は、学園、およびAbendröteアーベントレーテ社と交渉して、ティナがCMに出演した衣装――シースループリンセスドレス&下着姿――のアバター作成と数量限定販売の許可を取っていた。もちろん、ティナは即OKを出している。

 一般公開の際、アバターデータは店頭販売をする。そのため、ティナは更新したアバターデータの販促で今日明日は売り子となる。店頭販売特典としてブロマイドと騎士シュヴァリエ辞典に反映出来るブロマイドデータが付くのだが、これが意外と好評で、学園の一般公開をするイベントがあるとファンやマニアが数多くやってくるのである。


 そうして、2日間を売り子として精を出すティナだった。


 この2日間で、luttes乱戦Mêlée殲滅戦Drapeauフラッグ戦Quartier本部_général防衛の優勝者が決定した。Tornei騎馬戦トーナメントに関しては出場者が少ないため、エキシビジョンの扱いで実施された。

 Quartier本部_général防衛では、下馬評通り「騎士王」率いるチームが優勝を果たした。


 問題は、luttes乱戦。8人全員が敵となるこの競技は、敵同士の協力や裏切り等、競技者同士の駆け引きも醍醐味となっており、ヨーロッパでは人気が高い。それが、今回は気紛れなのかラスボスランキング1位がエントリーしてきた。決勝試合では対戦者全員が協力し、1対7の対戦になったが、結果はラスボスランキング1位一人の蹂躙劇。luttes乱戦本来の駆け引きもチェス盤ごと引っ繰り返され、出場者は涙目である。


 ラスボスランキング1位。彼女の名は、ヘリヤ・ロズブローク。ノルウェー国籍の戦乙女ヴァルキュリャ。現在、世界ランキング1位、二つ名は【壊滅の戦乙女】。Chevalerieシュヴァルリ世界選手権第1回大会から10連覇を成し遂げ、公式記録無敗を誇る、公式名誉称号【永世女王】を与えられた騎士シュヴァリエ、アスラウグ・ロズブローク(旧姓:ヴォルスング)の長女。かつて、母親がluttes乱戦で起こした蹂躙劇をその娘が再現した。


 ティナは、忙しいながらものんびり気分で売り子をこなしながら、合間合間に近くのスクリーンでチラチラ試合観戦をしていた。が、この試合の実況で言葉を失った。

 のんびり気分が一気に吹き飛ぶ。冷汗が流れる。ヘリヤの本質に恐怖した。蹂躙劇など霞んで見える程に。


  なんだ、あれは

  なんだ、あの速さは

  なんだ、あの練度は

  なんだ、あの強さは


 ヘリヤは、確かな技であらゆる対応が出来る、基本に忠実な正統派スタイルの騎士シュヴァリエと評される。だが、その全力を誰も見たことがない。その前に勝ってしまうからだ。

 しかし、この試合は、1対7の絶対的不利なもの。彼女の公式記録からもこのような状況は存在しない全く未知の試合。彼女の全力が見れるだろうと期待される。試合が始まる。全周を敵に囲まれ間断なく攻め込まれる。彼女に剣が触れることはない。避け、剣をいなし返り討つ。三人同時攻撃を受けた時は異常な速度で対応する。人間の出せる速度なのか。30分枠の試合が正味1分弱。正攻法で全てを捻じ伏せ蹂躙した。

 そう、達人と言っても差し支えない程、異常な練度の基本技で。

 どのような時でも小手先の技も策略も必要なく、また、効かない。

 一つを突き詰めた頂点、その先の究極。

 それが彼女の本質。


 彼女はカメラに向かい、一言だけ言葉を放つ。


「あたしは見せた。だからお前も見せてくれ――ティナ。」


 身が凍るラブコール。いつの間にかラスボスランキング1位にターゲットされてた。物語の引きの様な名指しの台詞セリフ。そんなドラマ仕立ての演出はいらない。模擬戦断ったのが悪かったのか。正直泣きたい。巣に帰れ。

 色々な思いが去来し、ティナの顔色は青を通り越して白くなる。買い物客が肩を慰める様にポンポン叩いた。憐憫の目は「骨は拾ってやる」と語っている。



 生贄に捧げられたが如く陰鬱な気分でDuel決闘予選に臨むことになるのだった。


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