おいしいお酒

Meg

おいしいお酒

 夜。スマホ画面には、自室で酒を飲んでいる優奈ゆながうつっていた。

 同じ画面に理子りこが入室した。理子はアルコールの研究者で、薬品がぎっしり並べられた暗い部屋の背景をみるに、今も研究室にいるようだった。メガネにひっつめ髪で、けばけばしい優奈とは正反対だった。

「理子お疲れー。今残業中?」

 真っ赤な顔の優奈はコップを画面の前で揺らした。巻髪が汗ばんだ頬にはりついていた。

 2人は大学時代の友人だった。優奈は文系、理子は理系、外見も内面もまったく正反対だったが、教養科目の授業で知り合ってからなぜか意気投合して大親友になった。

 優奈が社会人になり、そのまま大学で研究を続ける理子にはなかなか直接には会えなくなってしまっていたが。

「優奈お疲れ。うん、いいデータが取れなくて。既往研究ももっと調べなきゃ」

 理子は少し疲れたようすで言った。優奈が前に会ったときよりもやつれた感じだった。理子の周囲には英語の論文の紙束が大量におかれていた。

「へえ、大変そう」

「でも彼氏のトウマ君と別れて落ち込み気味だったから気が紛れていいよ」

「トウマ君浮気するような人には見えなかったのにね。理子かわいそう」

 かなしそうに優奈は言った。トウマ君は理子の研究科の同期で優奈も面識があった。

「まあね。それより急にzoomしようって、どうしたの?」

「理子が教えてくれたお酒のレシピ超うまいっていうの伝えたかったの。さすがアルコールの研究者」

 優奈はパッと笑顔で明るく言った。

 理子の表情もつられたように少しゆるんだ。

「ああ、それは嬉しいけど飲みすぎちゃダメよ」

「でもめっちゃうまいよ。お酒なんか作るの初めてだったし、なんとかノールみたいな意味わかんない薬品まで買ったけど理子を信じてよかったわぁ」

「なんとかノール?あれ?」

 理子は手元の論文をバサバサとあさり始めた。だが優奈は理子のあわてたそぶりに気づかなかった。

「私いい友達持ったわ。ブランデーも混ぜよ」

 鼻の穴を大きくして、優奈は酒にブランデーを混ぜた。

 理子が顔を上げ、真剣に言った。

「ごめん優奈。それ研究中の薬品のレシピかも」

「え?」

 優奈は硬直した。

「飲んだら3分以内に全身の筋肉が溶ける」

「ええ?あ、腕の力が」

 優奈は腕を震わせコップを落とした。

「筋肉が溶けてきてるの?いやああああ」

「落ち着いて優奈!えっとえっと、あった」

 理子は紙の山から論文を1枚引っ張り出した。

「何何何?」

「薬についての論文!どっかに分解させる方法が書いてあったんだけど」

「どうしたらいいの?う、なんか肩に力入んない気がする」

 理子は指でメガネを目元に押し付け論文を凝視した。

「うーん。英語だからちょっと待ってね。私英語あんまり得意じゃないんだよね。えーっと」

 優奈は震える手のひらを仰向けた。

「ひい!指ももう動かないよ!理子早く!」

「急がなきゃ。えーと……、あ」

 理子が目を止めた。だが優奈はすでに放心状態でなにも聞こえていないようだった。目も死んでいた。

「理子。私もうダメかも。足の筋肉溶けた」

「優奈、さっき混ぜたブランデーの度数いくつだった?」

「理子、大好きだったよ。私のこと忘れないでね。それから理子に内緒でトウマ君寝とっちゃってごめん」

「論文には『1mLあたり40%以上のアルコールを混ぜれば薬品の成分が分解される』って書いてあるんだけど」

「へ?」

 優奈の目に光が戻った。腕や指に力を入れてみると、正常に動いた。

 理子は冷静に言った。

「溶けないね、優奈」

「あ、あはは。なんだ。そうみたい」

 優奈は頭をかきながらヘラヘラと笑った。

「優奈が私からトウマ君寝とったんだ」

「違うの。あれはその」

 優奈はブンブンと両手を振り、必死で弁解しようとした。

 だが理子は冷たく吐き捨てるように言った。

「優奈は溶けてないけど友情は溶けたね。じゃ」

 理子の画面が冷酷に消えた。

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