百合談義『百合ぽい』

赤木入伽

百合談義

 学校のお昼休みに、花守梨衣奈は優しく微笑みました。


「緊張せんでええよ。ウチも百合アニメにちょこっと興味あるだけやから」


「う、うん。あ、あのね……」


 近藤彩花は頷きつつも、言葉を慎重に選んでいました。


 なにせ彩花と梨衣奈の友達歴は、わずか一ヶ月足らずなのです。


 そんな友達に、いくら彩花の大好きな趣味とはいえ、百合アニメという時と場合によってはセンシティブになる事柄を紹介することになったのです。


 しかも梨衣奈にとって彩花はたくさんの友達のうちの一人ですが、彩花にとって梨衣奈は数少ない友人――失いたくない友人なのです。


 なので彩花は、梨衣奈が引いたりしないように、百合ついて丁寧な解説を始めました。


 ただ、読むのが面倒な読者さんは、かぎかっこが終わるまで飛ばして。


「えっとね…………、まず現実の同性愛はもちろん昔からどこにでもあったし、日本でも文学や浮世絵でも同性愛をテーマにしたものはたくさんあってね、例えばレズビアンに限定すれば、鎌倉時代の『我身にたどる姫君』がレズビアンを扱った最古の文学作品って言われていて、江戸時代には葛飾北斎や喜多川歌麿がレズビアンの春画を描いているの。ただね、やっぱり作者が男性ってことが原因なのか、レズビアンよりもゲイをテーマにしている作品のほうが圧倒的に多くてね、しかも明治時代になったら学生の間で男色が流行したり、森鴎外が男色を取り上げたこともあったけど、欧米の影響で同性愛は不道徳とか野蛮っていう印象が強くなっちゃってね、私がネットで調べた限りでは明治時代にはレズビアンの文芸がなくなっちゃって、しかも一九一一年には女学生ふたりが心中事件を起こしちゃったものだから女性同性愛が社会問題になっちゃったの。ちなみに同性愛って言葉が日本で定着したのはこのころね。ただ、この後の議論で同性愛は後天的な仮性のものと先天的な真性のものって二種類があって、仮性だったらいずれ異性愛になるものとして特に問題ないと思われるようになったの。しかも明治初期の男色を好む男子学生と同じように、このころの当の女学生も女性同性愛を良いものと支持していてね、そんな声があったからなのか分からないけど、一九二五年から百合のさきがけと言われる『花物語』っていう小説が連載されだしたの。内容は、女学校や寄宿舎で暮らす女の子たちの友愛や恋愛を描いたものなんだけどね、ちょうど同じころに現実でも女の子だけの寄宿舎を作った『宝塚歌劇団』の成功もあってか、『花物語』は大ヒットして、これに影響された作品も増えていって、こういう女の子同士が育む友愛や恋愛のことを『エス』って呼ぶようになったの。『エス』っていうのは、女の子たちが擬似的な姉妹みたいになっていることから、Sisterの頭文字Sをとったものね。ただ、人気があっても、学術的に問題ないって思われても、この時代に同性愛を描くのは世間からの受けは良くなくてね、しかも戦後になると、それまで若い男女の恋愛を描くのがダメだったのに許されるようになって、さらに物語じゃなくて現実でも男女の自由恋愛が一般化されたせいもあって、わりとすぐにエスは衰退していっちゃうの。だけど別に現実のレズビアンがいなくなるわけでもないし、その影響はあっちこっちにあってね、例えば江戸川乱歩賞を受賞した『濡れた心』は女子高生のレズビアンを扱った推理小説だし、日本初の連載少女漫画『リボンの騎士』の続編『双子の騎士』でも同性愛を思わす描写があったの。そしていろんな女性同性愛の作品が出てきていたんだけど、『薔薇族』っていうゲイ向けの雑誌が一九七六年に『百合族の部屋』っていうコーナーを作ってね、ここで初めて『百合』っていう言葉が誕生したの。まあ、この『百合族の部屋』を読むのは現実のレズビアンよりも薔薇族を読む女性――今で言う腐女子が多かったみたいで、その後に『百合』って使うようになったのもエッチな業界ばっかなんだけどね。ただ同時期には、今もある少女小説としては最古にして後に大人気となる百合小説を発売する『コバルト文庫』が発刊されて、あと女性同士の関係性を主題にした『ベルサイユのばら』が宝塚歌劇団の舞台化もあって社会現象になるほど大ヒットしてね、さらに一九九〇年代になると『セーラームーン』『少女革命ウテナ』『マリア様がみてる』とかも大ヒットしてね、特に『マリア様がみてる』はさっき言ったコバルト文庫の作品なんだけど、いわば当時の現代版エスみたいなものでね、ものすごい人気で男性の百合読者も増やしたとも言われているの。だけどね、実は少女小説はもうこのころを過ぎると全盛期の勢いを失っちゃうし、もともとエッチな業界で普及していた百合って言葉も廃れてつつあって、ネットを調べてみても“最近、百合族って聞かないな”って言っている人もいたんだけどね、代わりに二〇〇三年には百合専門漫画雑誌『百合姉妹』が創刊されて、アメリカでも百合作品のイベント『Yuricon』が開催されてね、ついに百合って言葉が表舞台での普及を始めたの。しかもこの時期から最近まで深夜アニメの本数が劇的に伸びはじめたころでね、いろんなアニメに百合要素が少なからず入ってきて、例えば魔法少女ものでは『まどか☆マギカ』、アイドルものでは『ラブライブ』、麻雀ものの『咲』、競技で戦車に乗る『ガルパン』、青春部活ものの『響け!ユーフォニアム』、義理の姉妹の恋愛を描いた『citrus』とか、いろいろ出てきて、特に日常系では『らき☆すた』『けいおん』さらには『ゆるゆり』ってタイトルに百合を入れちゃった作品まで出てきちゃって、あと今紹介したのはどれも女子中高生が主人公であることが多いんだけど、最近は『社会人百合』っていうジャンルも人気が出てきていてね、あ、社会人百合と言えば、登場人物の属性で分けるジャンル名として『姉妹百合』『双子百合』あとは『おねロリ』『同一CP』っていうのがあるけど、特に後半の『おねロリ』『同一CP』はネット上のイラストのタグとしてばっか使われていて、そこまで普及はしていないの。しかも『同一CP』はパラレルワールド設定なんかで、同一キャラが二人以上いるときにその二人をカップリングしたものだから、BL作品も含まれるしね。それとBLと言えば、男の娘を含むものは『疑似百合』『偽百合』、もとは男から女に性転換したキャラが出るのは『TS百合』、極めつけにただただ可愛い男の子キャラのBLを表す『BL百合』っていう紛らわしいものもあるんだけどね、これが百合って定義を勝手にすると反発する人も出てくるから、この話題はここでおしまいね。それとね恋愛要素での分類もあって、恋愛を含むのは『ガチ百合』、恋愛を含まないのは『ソフト百合』って呼ぶこともあるんだけど、これはギャグとか冗談のときに使うことのほうが多くてね、漫画のジャンル名とかで実際に使われるのは『ガールズラブ』『GL』っていうのなんだけど、百合っていう言葉に比べるとそんなに普及してなくて、しかも恋愛を含まない百合の表現はない状況でね、しかもさっき言ったとおり百合ファンの中でも百合の定義は曖昧なままだから、ネットでオススメの百合アニメとかを探しても、恋愛を含むもの含まないものが一緒に紹介されていたりするから注意してね。あと他の百合用語で言えば、女性声優さんが仲良くしている光景を『百合営業』って呼んだり、二人の女キャラが夫婦みたいに仲良しなことを『百合夫婦』って言ったり、それと物語が百合っぽい展開になると『キマシタワー』って言う人がいるけど、これは百合アニメの『ストロベリー・パニック』でキャラが『来ましたわ』っていうセリフでね、あと他にも『クソレズ』『クレイジーサイコレズ』っていう変態やヤンデレの百合キャラを指す言葉があるけど、聞いてのとおり蔑称だから使わないほうがいいっていう言葉もあってね、さらに使わないほうがいい――じゃなくて、めったに使う人はいない言葉なんだけど『一八リットル』っていう百合を指す隠語があってね、これは百合って漢字が一〇〇合とも読めるから、そこから発展させて、一〇〇合の容量は一八リットルってことになるのね、あ、それと私みたいな百合ファン女子を『姫女子』『百合女子』っていうこともあるんだけど、暴走しちゃう百合ファンは『百合厨』『百合豚』って罵倒されることもあるから注意が必要なところね。それと暴走と言えば、これまでの百合作品は現実のレズビアンとは全然別物ってこともあるから、作品と現実はちゃんと切り分けて考えてね。それでね、他にも紹介しきれなかった作品はいっぱいあってね、昔ので言えば『乙女の港』とか、『おにいさまへ』は欠かせないし、もう少し最近では『神無月の巫女』『桜Trick』『安達としまむら』『捏造トラップ』『やがて君になる』『バンドリ』『東方』、あ、あと主人公が男なのに二次創作で百合が活発なのが『艦これ』『アイマス』とかだけど、二次創作で百合設定つけることを嫌う人もいて――」


「ちょ、ええかな?」


 梨衣奈は言いました。


「え? ……な、なに?」


 彩花は、梨衣奈が急に口を挟んできたので驚いた様子でしたが、実は梨衣奈がこのセリフを言うはこれで十二回目でした。


 やっと気付いてもらえた梨衣奈は苦笑します。


「あんな、時計見てみ」


「え? 時計?」


 言われて彩花は辺りを見回したものの時計なんてなく、ポケットからスマホを取り出しました。


 そして、


「え、あ! あと五分で――!」


「あと五分でお昼休みは終わりや。お弁当、はよ食べよ」


「う、うん!」


 梨衣奈に促され、彩花は慌ててお弁当を食べ始めました。


 ただ一方の梨衣奈はとてもゆっくりとした動作でお弁当を食べ始め、しかもその顔はまたどこか苦笑しているような、苦虫を噛み潰したような顔でした。


 というのも、梨衣奈は考えていたのです。


 ――まったく、なんでウチが百合の話をさせたんか、この子は全然気づいてへんやろな。


 梨衣奈は溜息をつき、次は直球にするかとも考えました。

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