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「ああ、相変わらずだよ。このひと月ロンドンにいるが、一度も顔を合わせていない」
こんな深刻な不仲を打ち明けても、ウェルズリーは敢えて大仰に目を見開いて「そりゃあ、筋金入りだ」と軽々しく扱うことで、ヘンリーが不必要なほど憂鬱にしないウェルズリーだ。
「君こそ奥方とは夫婦仲睦まじいようでいいことじゃないか」
イートンを卒業したのち、すぐに社交界でハワード家の次期当主として振る舞うことを求められたヘンリーとは異なり、ウェルズリーはロースクールに進学した。そこで優秀な成績を修めてからは法廷弁護人として敏腕をふるい、それは同業の者からみて大変魅力的であったようで、上司にいたく気に入られ、勤め始めて間もない頃にその娘と結婚していた。
「やっかむなよ。その愛しの我が君もいまは、君のミス・クルーに夢中で、私なんて忘れ去られているよ」
「私の、とはどういうことだ」
するとウェルズリーは、茶化すわけでもなく心からのきょとんとした顔になった。
「え……? 私はてっきり、ミス・クルーとはそういうことなのかと」
相手がウェルズリーなので、ヘンリーは遠慮なくにらみつけた。
「そういう邪推は、私にも彼女にも失礼だというのを胸に留めておきたまえ」
「ふぅん……」
ウェルズリーは関心深げにヘンリーを眺め、考えこむように指で顎先を触った。
「では訊くが、どうしてそんなお気に入りの玩具をとられた子供のような顔をしているんだい?」
「なんだって?」
その顔だよ、とウェルズリーはヘンリーを指さした。
「さっきから、惜しいことをした、とでも言いたげな、そんな顔をしてミス・クルーを眺めているじゃあないか。それは否定させないよ」
ウェルズリーの指摘がまったくの見当違いではなかったので、ヘンリーは即座に否定することができなかった。セーラときたら、彼女を慕ってそばへ寄ってくるものは誰一人としておろそかに扱わないのだ。請われれば請われるままに、インドでの少女時代の話、フランス留学時代の話、オーガスタとの日々の話を聞かせてやるのだ、まるで彼らが古くからの親しい友人であるかのような態度で。
このひと月の間にセーラとは特別な絆を育んできたと信じて疑わなかったヘンリーだが、誰をも平等に愛するかのようなセーラを見ていると、急に自信が揺らいできた。彼女にしてみれば、自分の信奉者が一人増えたに過ぎない気でいるかもしれない。
かといって、いくらウェルズリーといえども、ヘンリーがセーラにだけは心に懸けずにはいられない理由を説明するには、二、三の言葉では難しい。結果、黙り込むことになるのだが、それを面白がってウェルズリーは言った。
「くわしいことはわからないが、ミス・クルーを特別に思っているのは変わりがないようだね。それならこんなところでやせ我慢をしていないで、さっさと自分も彼女の特別な人にしてもらえばいいのさ」
「どうやってそんなことを? 人の指図を受けるような女性ではないのに」
「君にはとっておきの正攻法が残されているじゃないか」
まったく思い当たらないヘンリーが、興味をそそられた顔をすると、ウェルズリーは片目をつむってみせた。
「まだ誰のものでもない貴婦人への正攻法、すなわちプロポーズだよ」
せっかくまともに話をする気分になっていたのにからかわれたのだと思ったヘンリーは、たちまちウェルズリーからそっぽ向いた。
「期待した私が馬鹿だった」
そんなわけでウェルズリーは、この唯一無二の親友の怒りを鎮めるために、その日のガーデン・パーティー中、ずっと気苦労をしなければならなかった。
リトル・ミセスと 和泉瑠璃 @wordworldwork
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